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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第四章 再会、その裏で

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第83話 戦闘開始

 リーゼロッテは屋敷の庭園に野外病院として設置された天幕の中にいた。
 彼女の眼下には、目を瞑り歯を食いしばって苦しむ兵士が横たわっている。
 その腹部は血で真っ赤に染まっていた。

「ぐっ……痛ぇ……」

 負傷した兵士が患部を抑えて呻き声を漏らす。

「ほら、治療するから動いちゃ駄目よ。……『治癒魔法ヒール』」

 そう言って、リーゼロッテは傷口に手をかざした。
 続けて、呪文を唱えると、掌の先に小さな魔法陣が浮かび上がり、そこから癒しの光が漏れて、瞬く間に傷口を癒していく。

「大丈夫よ。すぐに治療は終わるから。ほら、痛くない、痛くない」

 治療中も患者に声をかけてリーゼロッテが励ます。
 一分もしないうちに傷口は完全に塞がり、真っ青に染まった兵士の顔にも少しずつ血の気が戻り始めた。

「これでもう大丈夫よ」

 額に浮かんだ汗を拭うと、リーゼロッテが言った。
 兵士が恐る恐る目を開ける。
 一瞬、ぼんやりとリーゼロッテの顔を見つめると、

「っ、え、あ! り、リーゼロッテ様?」

 度肝を抜かれた様子で兵士が叫んだ。
 痛みを堪えるので精一杯だったせいか、今まで治癒魔法をかけていたのがリーゼロッテだとは露にも思っていなかったのだろう。

「あ、痛っ!」

 兵士は慌てた様子で身体を起こそうとしたが、腹部を襲う鈍い痛みで顔を歪めた。
 リーゼロッテがそんな兵士の身体をそっと押さえつけ、優しくベッドの上に横たわらせる。

「こーら。まだ傷口が塞がったばっかなんだから、お腹に力を入れるんじゃないの。けっこう深い傷だったんだからね」

 普段よりも気さくな口調で、リーゼロッテが告げる。

「へ、あ、あ、ありがとうござい……ます」

 リーゼロッテに見惚れて緊張しているのか、兵士が明らかに狼狽えた様子でお辞儀をする。

「ほら、男ならシャキッとしなさい!」

 リーゼロッテはくすりと笑うと、兵士を叱咤した。

「は、はい!」

 兵士が慌てて返事をする。

「よろしい。しばらくはそのまま安静にしていなさい」

 リーゼロッテが満足げに頷く。
 彼女は今、屋敷に仕える治癒魔道士達と共に、負傷した者達の治療を行っている。
 ガルアーク王国の王立学院を飛び級で卒業し、リーゼロッテは天才魔道士としても名が知られていた。
 あいにくと剣の才能にはそれほど恵まれなかったが、リーゼロッテは常人とは比べるべくもない豊富な魔力を有し、あらゆる魔法を習得できる適性を持っていたのだ。
 とはいえ、仮にも公爵家の令嬢である彼女が直々に負傷兵に治癒魔法を使用することなど一般的には考えにくいことだ。
 だが、リーゼロッテはお高く留まることなく、額に汗を浮かべて治癒魔法をかけている。
 時には兵士を優しく励まし、時には兵士を叱咤する姿は、負傷した兵士達の士気を確実に高揚させていた。
 中には治癒が不完全であるにもかかわらず、胸を打たれて即座に戦場へ戻ろうとする者までいる程だ。
 そんな彼女に背後から近づき、声をかける人物がいた。

「リーゼロッテ様」

 声に反応して振り返った先には、リーゼロッテにとって直属の部下であるナタリーが佇んでいた。
 何故かその隣には尾行を命じたリオまで一緒にいるではないか。

「あら、ナタリー……、ハルト様。如何なさいましたか?」

 リーゼロッテは僅かに硬直すると、二人に用向きを尋ねた。

「早急にお伝えすべき案件があります。強力な未確認の魔物を発見しました。ハルト様がその魔物と交戦し倒したため、お越し頂きました」

 代表して単刀直入に話題を持ち出すナタリーに、リーゼロッテは少しばかり目を鋭くした。
 すぐにリオへと身体の向きを整えると、

「それは……日に何度もお運び頂き、申し訳ございません」

 リーゼロッテは恐縮そうに謝意を表した。

「いえ、結構ですよ。とはいえ、あいにく野暮用がございまして。ご報告いたしましたら、すぐにおいとまさせて頂きますことをお許しください」

 不快感を抱かせないよう、適度に言葉を選びつつも、リオは先だってきっぱりと急いでいる事実を伝えた。

「大変お忙しいところ、お骨折り頂くことを強要してしまい申し訳ございません。重ね重ねお詫び申し上げます」

 リーゼロッテが改めて頭を下げる。

「いえ、ことがことですから。手短にお済ませくだされば結構ですので」

 言って、リオは小さく首を振った。

「承知しました。とはいえ立ち話もなんですから、そちらにお掛けください」

 と、野外病院の片隅に設置された座椅子に、リーゼロッテが視線を向ける。
 今はあの場が即席の対策室にもなっているのだろう。
 そうして三人は手早く席を改めることにした。

 ☆★☆★☆★

 アマンドの南西にて、優に百を超える魔物がひしめき合い、美春達が隠れている岩の家に迫っていた。
 オーガ、ヘルハウンド、マッドボア、ベアコング――、群れの中にはアマンドを襲っている魔物の中でも特に手ごわいとされている個体ばかりが見受けられる。

「うわぁ、本でしか見たことはなかったけど、あれマッドボアにベアコングよね。こんなに大勢の魔物に囲まれて大丈夫なのかしら、アイシアさん」

 文献などで伝え聞く中でも特に厄介とされる魔物がうじゃうじゃといることから、引きつった笑みを浮かべて、セリアがアイシアに問いかける。

「大丈夫。今から大きな精霊術を使って春人に合図をするから、打ち合わせ通り目を瞑って」

 そう告げると、アイシアが上空にスッと右手をかざす。
 次の瞬間、光が爆発した。
 天空を穿つように光の柱が出現し、オドとマナの奔流を一帯にまき散らす。
 柱は一瞬で消滅し、周囲を包み込んでいた光も瞬く間に消滅した。

「今ので春人に伝わったはず」

 アイシアが今使った精霊術はあらかじめリオとの間で取り決めておいた狼煙のような伝達手段だ。
 敵に対して光柱は目くらまし以上の役割は存在しないが、オドとマナの奔流を利用し、半径五十キロ程度の距離までリオに対して異常が発生したことを伝えることができる。
 ただし、それなりのオドを消費してしまうため、リオと離れた状態だと乱発はできない。
 後ろの方に控えていた魔物はともかく、前方に出ていた魔物は突然の閃光に視界を奪われ、無力化されていた。
 おそらく一時的に失明している個体もいるだろう。

「今から私は防御に専念する。打ち合わせ通りセリアは魔法で魔物を攻撃して」
「了解よ!」

 セリアが小気味の良い返事をすると、周囲に突風が巻き起こり、巨大な暴風の結界がアイシア達を包み込む。

「『多重土槍魔法マルチアースランス』」

 大地に手を触れて、セリアが呪文を唱えると、前方で群れていた一部の魔物の真下に大きな魔法陣が浮かび上がった。
 間髪をいれずに、まるでヤマアラシのように無数の土槍が地面から生えて、魔物達を突き刺す。
 視界を奪われて動けない魔物達は、発動までの僅かな時間で攻撃範囲から脱出することは適わなかった。

「ギャァ」

 魔物達から雄たけびのような悲鳴が漏れる。
 土の槍は魔物達を刺し殺すと、結晶のように砕け散った。

「グガァッ!」

 魔法の範囲外にいた後方のオーガが怒り心頭に木の槍をセリアに向けて投げつける。
 槍は真っ直ぐと伸びていき、そのまま飛んでいけばセリアの華奢な胴体を貫くように思えた。
 だが、次の瞬間――、

「ガッ?」

 槍の軌道が大きく弧を描くよう逸れて、明後日の方向へ飛んでいく。
 家を守るように展開された暴風の結界が槍の軌道を大きく逸らしたのだ。
 乱気流の如き鉄壁は近づく存在すべてを拒絶する。
 すると、突如、暴風の結界から魔力を帯びた風の刃がまき散らされた。
 魔力を帯びた風の刃は的確にオーガの首を刈り取り、他にも魔物達の身体を正確に捉えていく。

「グ、グギ……」

 中には接近しようとしていた魔物もいたが、その刃の犠牲となり、身体が一刀両断にされる。
 一体、また一体と魔物達の死骸が増え、既に三十以上の魔物が死滅し、魔石と化していった。

「頼もしい限りね!」

 頬を緩ませて、セリアが力強く言った。
 防御に専念すると言っておきながら、アイシアはきちんと攻撃までこなしている。
 眼前にはいまだ百の魔物が押し合っているが、少しも身の危険を感じることはない。
 戦闘において後衛型魔道士は率先して排除されるのが鉄則なのだが、これならばセリアも安心して魔法を使えるというものだ。
 術者の眼前に魔法陣が浮かびあがり事象を発動させるタイプの魔法は風の結界により阻害されてしまうが、術者が任意に魔法陣の発動地点を指定する魔法ならば一方的に攻撃を行うことができる。
 魔法陣の遠隔発動は非常に高度な技術なのだが、天才と呼ばれたセリアならば難なくそれを実行できるのだ。

「『氷柱雨魔法アイシクルレイン』」

 手のひらを空にかざし、セリアが呪文を唱える。
 すると、数秒後、魔物の頭上に魔法陣が浮かび上がり、鋭い氷柱つららが降り注いだ。

「グガッ」

 一カ所にまとまり怯んでいた魔物達の身体を串刺しにすると、氷の槍は脆く砕け散った。
 その後も家の周囲に被害が出ないように使用する魔法に気をつけながらも、範囲攻撃の魔法を使用して一気に魔物の数を減らしていく。

「けっこう数が減ったわね」

 周囲を見渡しながら、セリアが呟いた。
 既に魔物の群れは当初の半分以下にまで数を減らしている。
 この調子でいけばせいぜい後十分もしないうちに殲滅できるはずだ。

「こいつらはいったい何なのかしら? こんな数の魔物が襲ってくるなんてただの偶然とはとても思えないけど。結界は発動したままなんでしょう?」

 隣にいるアイシアに、セリアが顔を曇らせながら尋ねる。

「ううん。誰かが少し離れた場所から結界を中和している。今は一時的に結界が無効化されていると思っていい」

 アイシアはきっぱりと首を振って返答した。

「ということは、これは誰かが意図的に引き起こした事態ということね。何が目的で、どうやって魔物をけしかけたのかは知らないけど、随分とふざけた真似をしてくれるじゃない」

 セリアが口を尖らせながら言った。

「そいつは遠くから私達の様子を窺ってるみたい」
「ふーん。何が目的なのかしら?」
「さあ? ここにいる魔物を倒してから確かめる?」

 精霊術を維持したまま、涼しい顔でアイシアは首をかしげた。

「そうね。リオがいないし、深追いはしたくないけど。放置はできないわね」

 言って、セリアは「はぁ」と、ため息を吐いた。

「ん。じゃあさっさとここの魔物を倒す」

 アイシアが小さく頷く。
 すると、周囲を覆う風が吹き荒れて、魔力を帯びた風の刃が再び飛び散った。
 悲鳴のような声を上げながら逃げ回っているが、風の刃は無慈悲に魔物達の命を刈り取っている。

「はぁ、自信を無くすわね。リオもこのくらい簡単にできちゃうのかしら?」

 呟いて、セリアが苦笑を漏らす。
 天才魔道士などと言われても自分では到底アイシアのような真似はできない。
 リオから話を聞いた限りでは、魔法と精霊術は似て非なるものであるため、やむを得ないのだが、仮に自分が精霊術を使えるようになってもアイシアのような真似はできないのだろう。
 そもそも既に魔法を習得してしまっているし、人間族の領域で暮らすのならば精霊術は使いにくいため、セリアは余り精霊術を学ぶ気はないのだが。
 王立学院にいた頃からリオは精霊術を扱えたという。
 あれ程に周囲の貴族達から魔法が使えないと虚仮にされておきながら、学院時代に一度も表だってその力を用いずに、周囲の目をくらまして精霊術を隠していた精神力には恐れ入る。

(けど私にくらい教えてくれてもよかったのに)

 無理はないのだが、隠し事をしていたことが何となく気に食わなくて、拗ねてみせたくなる。
 五年以上を経て築き上げたリオと私の信頼関係はその程度のものだったのか、と。
 けど、リオがちゃんと強かったのだということを改めて知れて、戦闘中だというのに、セリアはなんだか妙に嬉しくなってしまった。
 すると、そこで、

「ギャッ」

 やけっぱちになって突っ込んできた魔物達が、ごう、と突風に吹かれて、空高く舞い上がった。

「このくらい春人もできる」
「頼もしい限りね」

 ぽつりと答え返したアイシアに、セリアはフッと笑みを浮かべた。

 ☆★☆★☆★

 レイスはアイシア達が戦う姿を上空から窺うように覗き見ていた。

「うーん。やはりあの程度の魔物達じゃ相手にもなりませんか。強い精霊の気配を感じて来てみましたが、まさか人型の精霊がこんな場所にいるとは」

 スッと目つきを細め、アイシアを睨みつけるように見やる。

「契約者なしにあれだけの力を振るえているとは考えにくいですが、魔法を使っているあの魔道士は契約者ではないでしょうし、あの家の中に隠れているんでしょうかねぇ」

 顎に手をそえて、考えるそぶりを見せながら、レイスが呟いた。
 仮に人型精霊が十全に力を活用できる程の魔力を供給できる者と契約を結んでいたらかなり厄介である。
 しかし、あの程度の魔物の群れを威力偵察としてぶつけただけでは、その力の底まで覗き見ることはできない。
 せいぜいが契約者から魔力の供給を受けているのだと窺えたくらいだ。
 真の力を確認するためにはレイスが自ら出向く必要があるだろう。

「けど、ちゃんとした契約者がいたら私の手に負えそうにありませんからねぇ。そういう存在がいることを知れただけで良しとしましょうか。相手もこちらに気づいているでしょうし、もう少ししたら逃げましょう」

 あざけるような笑みを浮かべると、レイスは今しばしアイシアの力を観察することにした。

 ☆★☆★☆★

「貴重な情報を御教示くださりありがとうございました」

 リオからあらかた必要な話を聞き終えると、リーゼロッテは深くお辞儀した。
 毅然に振る舞ってはいるものの、その顔には僅かな疲労の色が窺える。
 それも無理はない。
 正直、新たに現れたグールという魔物は悩ましい存在であった。
 生身の人間を遥かに凌駕する身体能力、異常な回復能力、好戦的で凶暴な気質。
 それらを総合して発揮される戦闘能力も決して無視できるものではないが、リーゼロッテからすれば最も厄介なのはそこではない。
 真に悩ましいのはグールが死ぬ間際に人の姿を露見させたということだ。
 人間が魔物になる――、それが本当だとしたら実に由々しき問題である。
 魔物になる条件が解らなければ突発的にそこら辺にいる人間が魔物になる可能性も否定はできないし、元に戻す方法だって知ることはできない。
 情報を得るために検死しようにも、グールは魔石を残して灰となり消滅しているし、残った魔石も大きさと純度が高いという以外はいたって普通の代物にすぎないため、完全に手詰まりなのだ。
 魔物の討伐が完了していない段階で、憶測で話を進めても意味はなく、結果、精神的な疲労と不安の種だけが残り、額を曇らせることになる。

「お陰様で同様の魔物が都市の中に現れた時の対処法を迅速に通知することができました」

 そんな杞憂を打ち消す様に、リーゼロッテは精一杯の笑みを浮かべて言った。
 既に手遅れになっている箇所もあるかもしれないが、手遅れになってはいない箇所だってある以上、完全に放置することができる問題ではない。
 現在、都市を防衛する各地にグールの情報を伝達するように言い含め、ナタリーは下がらせてある。
 今頃は伝書鳩を用いて都市の各地に情報を発信し終わっている頃だろう。

「いえ、お役にたてて何よりです」

 と、リオがかぶりを振って御礼の言葉に受け答える。
 必要な話を終えた以上、いたずらにこの場で長居しても彼の精神衛生上好ましくはない。
 ゆえに、帰宅のタイミングを見計らっているのだが、リーゼロッテから助けを求めるような視線がそれとなく向けられているのは、リオの気のせいだろうか。
 リーゼロッテからすれば、今は猫の手でも借りたいような状況のはずだ。
 とはいえ、リオは冒険者でもこの都市の兵士でもない以上、この状況で戦闘を強制することはできない。
 交渉を持ちかけようにも最初にリオの方から予防線を張るように断りを入れられてしまったため、おそらく話を持ち出しにくい空気になってしまったのだろう。
 リオはそんな事情を見透かしているのか、いないのか、

「それでは私はこれで」

 そう言って、物憂げな面持ちを覗かせるリーゼロッテから、すげなく視線を逸らした。

「はい。付近の住宅街に魔物は侵入してないようですが、外は危険です。あいにく屋敷の警備も不足しており、護衛をお付けすることもできないのですが……」

 やや消沈したようにも見えるリーゼロッテには悪いが、アイシアが護衛にいるとはいえ美春達の安否が気にかかる以上、リオからすれば必要以上にアマンドの防衛に手を貸すつもりはない。

「いえ、結構ですよ。お気持ちだけ頂戴します」

 そう告げると、リオは腰を浮かせて座椅子から立ち上がった。

「お気をつけください」
「ええ。では、いずれ、また改めて」

 別れの言葉を残し、リオは野外病院の天幕を後にした。
 舗装された庭の道を歩く後ろ姿をリーゼロッテが見送る。
 そうしてお互いの距離が二十メートルほど離れたところで、

「て、敵襲です! 敵襲ー!」

 門を見張っていた兵士が声を張り上げて庭の中に飛び込んできた。
 リーゼロッテがハッと表情を変える。
 屋敷の空気も一気に慌ただしくなった。
 兵士は屋敷の庭にいる者達に警戒を促すべく、必死に叫び注意を向けさせている。
 そうして門から庭の中へと入って来た兵士が、リオに近づいてきたその時、

「こちらに接近してくる魔物がっ」

 兵士が何かを伝えようと叫んだ。
 が、黒色のグールが一瞬のうちに空から降って来ると、兵士の身体を軽々と横薙ぎに吹き飛ばしてしまった。
 少し遅れて蝙蝠のような背中の翼を羽ばたかせて、舞い降りてくる五体のグール達。
 あまり上手く飛ぶことはできないのか、飛行して来たというよりかは跳躍していると言った方が正確である。

「雑魚ガ」

 黒いグールはゲラゲラと不気味な笑いを漏らしながら、吹き飛んだ兵士を見やっている。
 今の一撃で即死したのか、兵士の身体はピクリとも動かない。
 リオはその光景に薄く眉をひそめた。

「ン。ンン?」

 ふと、目と鼻の先にいたリオの姿が黒いグールの視界に映る。
 すると、何を思ったのか、愉快そうに口元を釣りあげた。

「ク、クハ、クハハ、クハハハハハハ!」

 黒いグールが狂ったように高らかな笑いを漏らす。

「オ前ェ、ドウシテココニイル?」

 投げかけられた疑問に、リオが首をかしげる。
 こんな存在と面識を持った覚えはリオにはないからだ。

「チッ。糞ガ。俺ノコトナド眼中ニモナイッテカ」

 舌打ちをして、黒いグール――かつてアルフォンスという男だった存在は忌々しげに顔を歪めた。
 今の彼は魔物になり人間とは別な存在に作り変えられており、親しい者が凝視して初めてわかるくらいに顔つきも禍々しく変わってしまっている。
 ゆえにリオがアルフォンスのことを認識できる道理などないのだが、そんなこともわからぬ程に彼は精神が汚染されてしまったのかもしれない。
 すると、そこで、

「あれは……」

 南西の森から光の柱が立ち上る光景が見えて、リオは目をみはった。
 少し遅れてオドとマナの波を感じとる。
 するとリオの顔がとたんに引き締まり、視線を鋭くした。

「フン。余所見トハ余裕ダナ。マァ、イイ」

 アルフォンスが不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「オイ。ソコノ二体、アソコニイル女ヲ捕ラエテコイ。俺ガ殺ルカラ殺スナヨ」

 背後にいるグール二体に、アルフォンスはあごをしゃくり指図した。
 その様子をリーゼロッテは遠くから警戒したように眺めている。

「残リノ三体、俺ヲ援護シロ。行ク……ッ。逃ガスナ!」

 眼前で話し続けるアルフォンスを無視するように、リオは強化した身体能力を駆使し突如として横に駆けだした。
 即座に反応してアルフォンスも動き出す。
 残りのグール達も先の命令通りに行動を開始した。
 三体のグールはアルフォンスと一緒にリオを追跡し、二体のグールがリーゼロッテを捕らえるべく走り出す。

「させません!」

 リーゼロッテに迫るグール達を妨害するように、護衛として傍に戻っていたコゼットとナタリーが間に潜りこんだ。
 かくして侍従二人とグール二体の戦いが始まる。

「チッ、チョコマカト!」

 その一方で、面倒な戦闘を避けるべく、躊躇なく逃走を選んだリオだったが、アルフォンス率いるグール達の妨害は思った以上に鬱陶しかった。
 アルフォンスは他のグールよりも身体能力が更に高く、精霊術で身体能力とは別に肉体の強度も高めているリオに匹敵する速度で迫ってくる。
 元々屋敷から出るにはアルフォンス達の脇を抜けていく必要があったという位置関係上、僅かな移動距離のロスによって先に動き出したリオが追い付かれてしまったほどだ。

「ちっ」

 僅かに気が急いて、リオが舌打ちをする。

「クハ、クハハ、クハハハ! 怖イカ? 命乞イヲシロ。ソウスレバ助ケテヤラナイコトモナイゾォ?」

 そう言いながらも、アルフォンスは鋭い爪を突き立ててリオの身体を貫こうとしている。
 アルフォンスが追い付いて攻撃を仕掛けてきたことにより、他のグールもすぐにリオに追いつき攻撃を加えてきた。
 計四体のグールに包囲され、リオが忌々しげにため息を吐く。

「オ前ガ連レテイタ女達ハドウシタ? アノ女達ヲ差シ出セバオ前エヲ助ケテヤロウ。何、安心シロ。玩具ニシテタップリト可愛ガッテヤル」

 サディスティックな笑みを浮かべて語るアルフォンスに、リオが微かに眉を顰める。
 嵐のように激しいグール四体の攻撃を捌き、防戦に追い込まれていたリオだったが、バックステップを踏んで距離を保つと、剣を抜いた。

「フン、闘ウ気ニナッタカ。愚カナ」

 ピリピリと威圧感を放つリオの気迫を肌で感じ、アルフォンスは不快そうに目を吊り上げた。

「…………」

 黙ったままグール達を見据え、リオが一歩前に足を踏み出すと、戦いは始まった。
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