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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第四章 再会、その裏で

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第76話 リーゼロッテの憂鬱

 リッカ商会のレストランでリオとスティアード達が和解の契約を結んだのを見届けると、アリアはリーゼロッテが暮らす屋敷へと帰還した。
 リーゼロッテはまだフローラ達と会食中であるようだ。
 先の一件は迅速に伝えるべき事柄であることは確かだが、対処法を考える時間も必要だし、スティアード達との口約束もある。
 この後フローラ達一行は屋敷に一泊していくことから、アリアはリーゼロッテに先の一件を耳に入れるのは会食を終えた後にすることと決めた。
 会食が終わるまでの間、アリアは先の一件の報告書を作成し、迅速に自らに割り振られた業務の処理も行っていく。
 侍従長である彼女でなければ処理できない案件もあるし、ただでさえ膨大な書類の山が待ち受けているのだ。
 欲を言えば台無しになったランチタイムを少しでも埋め合わせるために、優雅に食後のティータイムといきたいところであったが、先の一件で相当に時間を浪費してしまったため、時間は少しも無駄にはできない。
 しばらく黙々と作業をこなしていると、部下から会食が終わったと報告が上がってきて、アリアは主の執務室へと向かった。

「お疲れ様でございます。リーゼロッテ様」

 ノックをして、入室の許可を得ると、アリアが深くお辞儀をして告げた。

「あら、アリア。どうかした?」

 気の知れた重臣の来訪に、リーゼロッテが笑顔を咲かせる。

「はい。すぐにお伝えすべき案件が一つございます」

 そう言って、アリアは小さく嘆息した。

「何かしら?」

 スッと表情を鋭くして、リーゼロッテが思考回路を切り替える。
 そこには会食中に見せたおっとりとした非常に可愛らしい令嬢の姿はない。
 相応に長い年月を一緒に過ごしているせいか、リーゼロッテは感情が希薄な部下の面持ちからあまり良くないニュースがあるようだと察する。

「現在アマンドに滞在しているベルトラム王国所属の貴族二名がリッカ商会の経営するレストランで問題を起こしました。騒動の主はユグノー公爵家の嫡男、及びロダン侯爵家の次男です」

 と、アリアが端的に報告を行う。

「何ですって?」

 やや調子外れな声をリーゼロッテが漏らす。
 騒動の主はよりにもよってベルトラム王国反革命軍の中でも最高位の幹部に相当する人物達の息子だという。
 そんな二人が問題を起こしたとはあまり穏やかな話ではない。
 この大事な時勢にいったい何をしてくれたというのだろうか――、そう考え、リーゼロッテは悩ましげに左手で顔を押さえた。

「私も心底、彼らの頭を疑ったのですが、紛れもない真実です」

 言って、アリアが嘆かわしそうに首を振る。

「それで、一体何をやらかしたのかしら?」

 具体的な事件の経緯を聞くのは躊躇われるところだが、立場上、聞かないわけにもいかない。
 リーゼロッテはおそるおそる質問を投げかけた。

「レストランでお食事をされていた他のお客様方の席に乱入し、その場にいた女性を口説こうとしたところ、口論に発展し、最終的には難癖をつけて無礼打ちの濫用を行おうとしました」

 リーゼロッテはがくりと身体のバランスを崩した。

「な、何てことをやってくれたのかしら。その物言いからすると事件は未遂で終わったのよね?」
「はい。仰る通りです」

 アリアの答えに、リーゼロッテがホッと息を吐く。
 既遂ならば問答無用で牢獄送りだ。
 未遂ならば被害者の告訴次第で牢獄送りは見送ることができる。
 ガルアーク王国としても、リーゼロッテ個人としても、ユグノー公爵にはこれから頑張ってもらわなくてはならないのだ。
 そんな人物の息子が、よりにもよって貴族の名誉を汚したとして牢獄送りになるなど、あまりにも世間体が悪すぎるだろう。
 貴族というのは外聞を大事にする以上、現時点で反革命軍の士気に影響が出るようなスキャンダルは面白くない。

「二人の身柄は?」
「身元が確かであることから逃走の恐れは低いと判断し、滞在中の宿に監視を置くだけに留めております」
「被害者はどうしているのかしら?」
「事件の発生後、加害者の貴族二名を告訴する姿勢を見せておりましたが、私から仲裁を申し出たところ告訴を取り下げました。こちらから同行を願い出たのですが、どうやら今日は所用があるようでして、無理に引き留めることはしませんでした。代わりに後日、屋敷にいらっしゃる予定です」

 リオは和解の契約書を作り終えると、それ以上の面倒事を避けるために同行は拒絶した。
 リオはリーゼロッテが転生者である可能性が高いと踏んでいる。
 髪の色は変えているため、遠目ではわからないだろうが、仮に彼女が元日本人であるというのなら、美春達と対面すれば高確率でその顔の作りに既視感を覚えるだろう。
 その時、どういった事態になるかは予想がつかない以上、リオは出たとこ勝負で美春達を連れてリーゼロッテの屋敷へ赴くことを拒んだのだ。
 アリアとしてはリオにも同行してほしかったのだが、リオ達は被害者であり、店側にも落ち度があったため、権力でゴリ押しすることはしなかった。
 とはいえ、セリアとアリアの関係や、勇者についてより詳しい情報を得るため、リオとしてもリーゼロッテかアリアと簡単に面識を持っておくことは悪い選択肢ではない。
 そこで、後日、リオだけが顔を出すことを条件に、あくまで善意の申し出という形で、その場を立ち去ることにしたのだった。

「その際、食事の代金はサービスし、再度、ご来店して頂いた際にも優遇させて頂くことを確約しておきました」
「よろしい。アリアがその場にいたのならこちらで出来る限り精一杯の対応してくれたでしょうからね。ご苦労様。とりあえず首の皮一枚で繋がったというところかしら」

 ホッと息を吐くと、リーゼロッテが言った。

「それにしても無礼打ちの濫用が未遂で終わるなんて珍しいわね。どういう経緯で未遂に終わったのか教えてくれる?」

 無礼打ちの濫用は平民が死亡するか重傷を負った場合に限って既遂となるのだが、そもそも無礼打ちを濫用する貴族は殺すつもりで平民に斬りかかっている。
 一応、平民の側に正当防衛は認められているが、未遂で終わる事案というのは非常に少ない。

「未遂に終わったというよりは、被害者の少年が未遂に終わらせたという表現が正しいかもしれませんね。どうやら被害者の少年が斬りかかってきたくだんの貴族二人の剣を切断したようでして」

 と、アリアが事件が未遂に終わった一番の理由を説明する。

「……は? え、ええ?」

 リーゼロッテが目を丸くした。
 彼女もガルアーク王国の王立学院時代に護身程度の剣術は修めているし、現在もアリアに稽古をつけてもらい、自衛のために剣術を習っている。
 だからこそ剣を切断するという離れ業のとんでもなさを理解できた。
 強度を度外視して量産性を重視した鋳型いがた製の剣ならともかく、腐っても高位の貴族が持つ剣だ。
 おそらくは最高級品のアダマンタイト鋼を鍛えた剣を所持しているはずであるが、アダマンタイト製の剣は一流の職人が鍛錬すれば岩を切っても刃こぼれしないと言われるほどの頑強さを持っている。
 そんな剣を切断したというのだ。
 しかも二人分もである。
 間違いなく偶然ではなく、狙ってやったものだろう。
 とてもではないが、たとえ同じアダマンタイト鋼製の剣を与えられたとしても、リーゼロッテでは再現できる芸当ではない。
 とてつもない腕力で剣身の部分を横から叩きつければ可能かもしれないが、訓練を受けた貴族を二人も相手にして、戦闘中にそれを行うのは神業といってもいいだろう。
 いや、もしかしたら名のある魔剣を持っていればもっと容易に可能なのかもしれないが。

「えっと、その被害者の少年は魔剣でも持っていたの?」

 努めて、冷静さを取り繕うと、リーゼロッテは現実性の高い疑問に絞って尋ねてみた。

「はい。切断痕を見る限り、叩き割ったというよりは鋭利な刃物で文字通り切り裂いたと判断しました。おそらくは恐ろしい程に切断性を向上させる魔術が込められた魔剣でしょう。とはいえ、身のこなしと気配からすると、かなりの技量を持っていることも窺えましたが。魔剣と技量、両方があってこその芸当でしょうね」

 と、アリアは観察した事実に評価を付け加えて答えた。
 リーゼロッテはアリアの実力を高く評価している。
 彼女以上の使い手は近隣諸国を探し回っても見つけることはできないだろうと断言できるくらいに。
 そのアリアが言うのだから信憑性は高い。
 リーゼロッテは小さくうなり、

「なるほど。凄腕の剣士かしら? けど、おかしいわね。そこまでの芸当ができる魔剣持ちの冒険者が近くにいるなんて、私の情報網にはないんだけど。しかもその人物は若いんでしょ? どういった人物なの?」

 と、被害者であるリオの素性に探りを入れた。

「名前はハルトというらしいのですが、近隣で名を轟かせている冒険者に同名の人物はおりません。歳はリーゼロッテ様と同じか、僅かに上といったところでございましょう」
「ハルト……」

 その名を呟き、リーゼロッテが少し遠い目をして黙り込んだ。

「心当たりがございましたか?」

 アリアが尋ねると、リーゼロッテは苦笑を浮かべながらかぶりを振った。

「いいえ、ないわ。……となると、全くの無名か、それとも偽名か、そもそも冒険者ではないか。可能性として考えられるのはこの辺りかしら」
「一応、部下を使ってギルドに問い合わせてみましたが、該当する人物に心当たりはいなかったようです。もっとも、心当たりがあったとしてもこの都市のギルドが素直に教えてくれるかはわかりませんが……」
「ちょっと興味を惹かれるわね」

 そう言って、リーゼロッテが愉快そうな笑みを浮かべる。

「仮に冒険者だったとして、これ以上、有望な冒険者を引き抜くと、本当にギルドから嫌われますよ?」

 やや呆れのこもった声でアリアが言った。

「大げさね。私は勧誘しているだけで無理に引っ張っているわけじゃないわ。どうするかはその冒険者次第よ。それに無暗に勧誘しすぎないよう気をつけてはいるわ」

 と、可笑しそうにリーゼロッテが答える。

「お嬢様のスケジュールにも合うよう、その少年には五日後の昼にこの屋敷にお越しになるようお願い申し上げておきました。その時にでもお声をかけるだけしてみてはどうでしょうか」

 アリアは小さく嘆息すると、そう語った。

「流石ね。貴方がそこまで言う人物ですもの。それほどの人材なら是非とも把握しておきたいし、もう少しどんな人物なのか話を聞かせてもらえる?」

 こちらの反応を予想してあらかじめ取り計らってくれたことを嬉しく思い、リーゼロッテが満足げに頷く。

「顔つきはこの周辺の国の人間とは少し異なっておりましたね。おそらくは異国の人間かと。他に五人ほどお連れの人物がおりましたが、こちらも人種はバラバラでした」
「へぇ、移民のグループなのかしら? だとしたら無名なのもわからなくはないけど」
「会話の矢面に立っていたのはくだんの少年だけでしたが、言葉遣いは流暢でした」
「なるほどね。人間的にはどのような人物なのかしら?」

 リーゼロッテがリオの人間性を尋ねる。

「基本的には温厚で礼儀正しい人物だと考えられます。明るいわけではありませんが、人当たりは良く、他者に物怖じすることもありません。冷静で落ち着いており、頭の回転も速いタイプと存じます」
「ますます冒険者にしておくにはもったいない人材ね」

 アリアの人物評価に、リーゼロッテが感心したように言う。
 冒険者というのは基本的に荒くれ者ばかりだ。
 粗野で短気な乱雑者が多く、無計画というわけではないが大雑把であり、教養を身につけている者も少ない。
 それでも実力があれば問題はなく、活かしどころはあるのだが、より求められているのは人格的にも優れた人間である。

「他に気になる点は何かあった?」
「私の考えすぎなのかもしれませんが、どうも話の流れを被害者の少年に誘導されていた節がありまして……」

 リーゼロッテの問いかけに、少し戸惑った様子でアリアが答える。

「どういうこと?」
「今回、スティアード=ユグノー及びアルフォンス=ロダン両名を店の支配人が制止しきれず、事前の仲裁を怠った点にリッカ商会の落ち度がありました。そこで、私の裁量でリッカ商会から仲裁を申し出ることにしたのですが……」

 アリアは当時のことを思い出す様に思案顔を浮かべると、僅かに言いよどんだ。

「考え直すと、そこに辿り着くまでの流れが妙にスムーズだったといいましょうか。まるでこちらの意図と置かれている状況を察して、その少年が会話の方向性を誘導していたのではないかと感じまして」
「そう感じた理由は?」
「感覚的なものによるところが大きいのですが、違和感を覚えたきっかけは、仲裁の話が出ると被害者の少年があっさりと告訴を取り下げたことでしょうか」
「ふーん、それだけじゃ何とも言えないけど……。貴方の直感は当てになるからね。それが事実なら大したものだわ。昨今の国際状勢なんかにもそこそこ明るいことを意味するわけだしね」

 会話の流れというのは水物だ。
 同じ話題でも伝え方や提案する者によって捉えられる印象は大きく異なってくるし、相手が望む話題であってもタイミングを間違えたり下手な出し方をすると食いつかれないこともある。
 だが、相手の考えていることを踏まえて、話者が会話の流れをある程度操作することができるのも事実だ。
 リーゼロッテとしては口数が多いタイプが必ずしも会話上手であるとは思っていない。
 会話の流れを掴んで的確に話題を提供したり、相槌を打ったり、自らの意見を述べたりと、そういったスキルを持った人間こそが会話上手だと考えている。
 とはいえ、日常的な会話をするならともかく、交渉においてそういった手管に長けた人物同士が会話をすると非常に疲れることになるのだが。

「まぁいいわ。それで、仲裁というと、具体的にどんなことをしたのかしら?」
「基本的には両者の和解の過程を見守ることに終始するよう専念しました。おおまかな和解契約の内容は、スティアード=ユグノー及びアルフォンス=ロダンの両名から、被害者であるハルトという少年及び彼に関わる人物に対して、直接的、間接的を問わずに、今後一切の手出しを禁止するというものです。違反した場合には両名の悪事をリッカ商会が持つ伝手を使って公表し、さらに罰金が魔金貨で五枚科せられます」

 なお、この契約においては、やむを得ない場合を除いて接触も極力避けることとされている。
 罰則は故意と過失の有無を問わずに科せられることになるが、契約に違反しているかどうか、相手方の嘘を判定するため、契約書には魔術が込められた特殊な紙が用いられることになった。
 これは契約者の血を契約書に染みこませることによって、契約者が契約条件に違反しているのか、嘘を吐いているかどうかを明らかにするというものだ。

「効果的だけど、なかなかえげつない罰則ね。恥の公表って貴族にとってはお金よりも痛いわよ。その契約に違反したらユグノー公爵の顔まで潰れかねないじゃない」

 契約に違反した場合の罰則の内容を聞いて、リーゼロッテが僅かに顔を引きつらせた。
 契約内容さえ履行すれば問題はないが、下手な手段に出られることを想像すると少しばかり怖い。

「申し訳ございません。仲裁者という建前上、第三者性を保つため、過度に一方に口出しをするのははばかられましたので。加害者の貴族二名があまりにも冷静さと交渉能力に欠けていたのもありますが、基本的に和解の方向性を見出して経過を見守ることしかできず……、言い訳にしかなりませんね」
「いえ、仕方がないわ。相手が貴族となれば確実に安全を確保しておきたかったのでしょうしね」
「こちらがその契約書の写しとなっております」

 そう言って、アリアは主に和解契約書の写しを差し出した。
 リーゼロッテがそれを受け取り、サッと目を通す。

「呆れた。一方的に禁止条項を呑みこんでるだけじゃない。これじゃその気になれば被害者側は何の罰則もなしに今回の件を流布することだってできるわよ」

 スティアード達にとっては穴だらけの内容に、リーゼロッテが顔をしかめる。
 契約書の作成にあたっては、可能な限り自分に有利な条項を盛り込み、予見不能なあらゆる争いが後になって発生しないよう備えておくのが常道だ。
 中には解釈の余地を残しておくべき条項もあるが、基本的には争いの発生を防ぐためにも解釈の余地はあまり残しておかない方が好ましい。
 リーゼロッテからすれば、契約条件を徹底して煮詰めない者は先の見通しを甘く見ていると言わざるを得ない。
 今回作成された和解契約書においては、リオにとって有利な条項が徹底して盛り込まれているのに対し、スティアード達に有利になる条項はまったくと言っていいほどに定められていなかった。
 スティアード達は商人ではなく貴族なのだが、これではあまりにもお粗末である。

「一名は火遊びが過ぎて事の重大さを認識し萎縮していたようですが、もう一名は怒りのあまり冷静さを失っておりました。この内容で異存はないのか両者に確認を入れたのですが、貴族側の二名があっさりと同意し、契約は成立してしまいました。相手の少年も少々呆れていたようですね」

 もちろんそうでない者もたくさんいるが、貴族の中には往々にして契約を結ぶのが下手な者がいる。
 名誉と見栄とかそちらの方にばかり意識が向いて、交渉において実利に固執することを嫌う者が多いのだ。
 この契約書を見る限りは、スティアード達にもそういった節があるのかもしれない。

「契約書の内容を見る限り無駄に争いを起こしたがる人間には思えないけれど、こうなると無暗にその件を口外しないように、彼に頭を下げて口止めをお願いした方がいいかもしれないわね。本当はそういった真似はしない方が公平なんでしょうけど」

 そう言って、リーゼロッテは深く溜息を吐いた。
 彼女の睨む通り、リオにそれを行うつもりない。
 また、それをなしうるだけの伝手も影響力も持ってはいない。
 だが、そんなことをリーゼロッテは断言できないし、仮にそうだからといって立場上、完全に放置しておいていい問題でもないだろう。

「はい。むしろその件をお願いするために彼をお呼びたて致しましたから。理性的に対応すれば話の通じる方とお見受けしましたので、あまり心を悩ます必要はないと存じますが」
「貴方がそう言うのならそうかもしれないわね。けど、このハルトという人物は中々の曲者よ。短時間で考えたにしては契約書の条件が良く煮詰められているわ」

 そう言って、リーゼロッテは契約書の写しを掲げた。
 契約書にはリーゼロッテが思いつく限りの問題に対処するべく丁寧に条項が盛り込まれている。
 この国で用いられている和解契約書のひな型とは少し異なるが、彼女から見ても隙のない良い契約書であると思えた――、少なくとも一方の立場から見ればだが。
 むしろ参考にするところが多いくらいである。

「はい。本人は平民を自称しておりましたが、能力的に考えると、お忍びで旅をしている異国の貴族や豪商の子弟という可能性が高いかもしれません。もしかしたら連れの中に貴族がいて、その少年は護衛を務める人物という可能性もあるかと」
「なるほどね。承知したわ」

 リーゼロッテはこれまでの報告を振り返り、それらを吟味するように深く頷いた。

「ユグノー公爵には早まった真似をしないように、きちんと今回の件を伝えておいた方がよろしいでしょう」
「ええ、そうするわ。報告は以上かしら?」
「はい。こちらが今回の事件の詳細をまとめた報告書となっております。ユグノー公爵にご説明される際にご参考になさってください」

 アリアが書類一式を差し出す。

「ありがとう。相変わらず仕事が早いわね」

 それを受け取ると、実務的な話が一段落したことで、リーゼロッテの雰囲気が柔らかくなり、優秀な部下を労うように柔和な笑みを浮かべた。

「親が有能でも子が有能とは限らない、か。まぁ歴史的に世襲制の国で証明されていることよね」

 リーゼロッテがあっけらかんと語る。

「仰せの通りでございます。が、それを貴族であるリーゼロッテ様が仰ってしまいますか」

 アリアは苦笑しながら同意した。

「あら、貴方だって元は貴族でしょう」
「そうでございましたね。とはいえ昔のことです」

 特に懐かしむ様子もなく、アリアはあっさりとした反応を見せる。

「相変わらず淡白ねぇ」

 と、今度はリーゼロッテが苦笑を漏らした。

「さて、それじゃあ私はこの報告書を読んで、ユグノー公爵のところに参るとしますか。お疲れ様、アリア。もう仕事に戻っていいわよ」

 軽く無駄口を叩いて気分転換をしたところで、リーゼロッテは仕事の再開を宣言した。

「はい。それでは失礼します」

 深くお辞儀をして、アリアは主の執務室から立ち去る。
 一人で部屋に残されたリーゼロッテは、窓辺に映る湖畔の景色に視線を送った。

「まぁ今回の件は前向きに考えれば嬉しい誤算ってところかしら。ユグノー公爵に対して貸しができるしね」

 そう呟き、小さく嘆息すると、淑女然とした仕草で優雅に冷めた紅茶を口に含み、リーゼロッテは報告書に目を走らせた。
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