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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第四章 再会、その裏で

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第74話 自白

「お二方にお尋ねします。貴方達は無礼打ちを行うことが難しいと認識したうえで彼に斬りかかりましたか? 彼が行った無礼な真似について何か言及したいことがあればどうぞ仰ってください」

 リオの供述と従業員の供述を踏まえ、アリアはスティアード達が無礼打ちの要件を満たしていなかったものとして扱い、話を進めることにした。

「っ……」

 アリアの質問に、スティアードとアルフォンスが言葉に詰まる。
 二人は無礼打ちの名を借りて気に食わない平民を斬り殺そうとした――、すなわち無礼打ちという制度を濫用しようとしたのだ。
 無礼打ちの濫用は貴族の名誉を汚すものとして、法律によって罰則が科せられると定められている。
 ちなみに、その刑罰は短期間、牢獄で拘留を行うというものであるが、既遂の場合を除いて、その刑を裁判によって言い渡すためには被害者の告訴を必要とする。

「…………」

 額に冷や汗を浮かべ、明らかに狼狽した様子で、スティアード達が沈黙を貫く。
 本音としては無礼打ちの濫用なんて当たり前のように認めていることだろうと叫びたいところであった。
 無礼打ちを濫用できないこの都市こそがおかしいのだ、と。
 だが、それでは自ら無礼打ちを濫用したと認めるようなものだ。
 かといって正直に話しても無礼打ちを濫用したことを認めることになってしまう。
 嘘を吐くには証人が多すぎるし、手回しをする時間すらない。
 もはや勢いだけで強引に話を押し通すのは不可能であった。
 こんなはずではなかったというのに――、ぎり、とスティアード達が歯を食いしばる。

「困りましたね。こうなるとこの場では私だけでは判断しかねますので、今すぐにでも屋敷に赴いてリーゼロッテ様のご判断を仰がなければならなくなるのですが……」

 頬に軽く手を添えて、アリアが言った。
 スティアード達がだんまりを決め込むというのならば話が進むことはないため、アリアの発言は至極当然の帰結なのだが、

「ま、待て! 父上にはこの件を報告するな!」

 と、スティアードが慌てた様子でアリアを制止した。
 先ほどまでは父親の助けを求めようとわめいていたというのに、いきなり矛盾する内容の言葉を叫ぶとは、いったいどういうことか。
 アリアは僅かに目を見開き、驚いたようにして見せた。

「おや、それはどうしてですか?」

 と、妙に芝居がかった風に尋ねる。

「父上……は、今、交渉の席に着いている。あまり心労をかけるわけにはいかない……」

 スティアードが苦々しい表情でそう答えた。
 流石に今回の事件がいつもと具合が違うことを、スティアードも薄々と察し始めている。
 父であるユグノー公爵に今回の事件の顛末を報告すれば、もしかしたら頭を悩ませることになるのではないか、もしかしたら怒らせてしまうのではないか。
 そう思えてきてしまい、急に父に頼ることに躊躇いを覚えてしまったのだ。
 今、リーゼロッテの屋敷には父であるユグノー公爵がいる。
 過去にフローラが崖から落ちかけた事件で大失態を晒した時以来、スティアードは父からの覚えがあまり良くない。
 だというのに、ユグノー公爵は政務にかまけてスティアードにあまり目を向けることもなく、教育や面倒を家臣に任せ、スティアードに名誉挽回の機会が与えられることはなかった。
 そのストレスと反抗期でスティアードは王立学院内での素行を悪くしていったのだが、それでもユグノー公爵がスティアードに目を向けることはなく、現在に至っている。
 いつもなら今回のような事件が起きた程度ではユグノー公爵から問題視されることはない。
 だが、現在、ユグノー公爵はここで重要な会談に臨んでいる最中だ。
 そんな中で他国の領土で素行不良を理由に問題を引き起こしたなどと知られたら、少しばかり不味いのではないだろうか。
 ひょっとしたら自分は意図せずして父親の顔に泥を塗りたくっているのではないか。
 ようやくそのことに思い至ったのだ。
 もはや手遅れだというのに――。
 だが、それでもスティアードは気づくことができた。
 だからこそ恐れてしまうのだ。
 もしかしたら自分は父親に見限られるのでは、と。
 家督の承継権を少し歳の離れた弟に譲らなければならないのではないか、勘当されて追放されるのではないか。
 最悪の未来が次々と脳内に浮かび、スティアードは一種の恐慌状態に陥った。

「はぁ……、はぁ……」

 急に動悸がしてきて、スティアードの息が荒くなる。
 不味い。
 何としてもこの件はこの場だけの話にしなくては。
 スティアードは必死に考える。
 だが、アリアはそんなスティアードの心情を知ってかしらでか、

「おや、どうやら気分が優れない御様子。可愛い御子息の一大事となればお父上も御心配なさることかと存じます。やはりここは屋敷の方に出向いてリーゼロッテ様に御報告した方がよろしいでしょうか。ちょうどユグノー公爵も今はリーゼロッテ様とご会談の最中でしょうし」

 と、演技がかった口調でそう言ってみせた。
 スティアードが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「このまま黙っておられては頭打ちで、これ以上は話が進みません。後はこの場にいる方々から証言を頂く程度で、口裏を合わせないように後で個別にと考えていたのですが……」
「……っ」

 びくりとスティアードとアルフォンスが肩を震わせる。
 この中で最優先で説得すべきなのは支配人だが、この場にいないだけで他の従業員にも目撃者はいたかもしれない。
 しかも店側にもある程度は迷惑をかけた以上、大金を握らせるか圧力をかけなければスティアード達の味方をしてくれる可能性は薄い。
 もっとも、リーゼロッテが経営するリッカ商会がそのような賄賂染みた真似を許容することはありえないのだが。
 そうなると、個別に取り調べられれば、本当にスティアード達の悪事が表沙汰になりかねなかった。

「……めろ。……やめろ!」

 と、なりふり構わず、スティアードが大声で叫んだ。
 その姿に室内にいる者達が目をみはる。

「は、はは……。おい、何が望みだ? 取引しようじゃないか。金か? いいぞ、金貨なら腐るほどある。僕は上級貴族だからな。いくらでもやる」

 発狂したように語るスティアードに、あからさまに場の空気が白けた。
 スッと目を細め、リオがスティアードを見つめる。

「おいおい。本気になるなよ。未遂だったんだ。このくらいのことで」

 そう語るスティアードは引きつった笑みを浮かべていた。

「スティアード様」

 と、アリアが横から良く通る声で呼びかけた。
 スティアードがビクリと身体を震わせて、アリアに視線を移す。

「な、何だ?」
「落ち着いてください。まずは何があったのか、仰っていただかないと。皆様は混乱しておいでです」

 スティアードの隣には呆気にとられた表情を浮かべるアルフォンスがいる。
 流石の彼もスティアードの変化には戸惑いを感じていたのだ。
 目を見開いて自分を見つめるアルフォンスの姿に、スティアードは僅かに冷静さを取り戻した。

「あ、ああ……」

 消沈した様子でスティアードが返事をする。

「僭越ながら私が推察した状況を申し上げます。お二方はその事実に相違がないか、『はい』か『いいえ』に準じる言葉でお答えください」

 アリアとしてもこれ以上、いたずらに時間を消費していくのは面白くない。
 さっさと話を先に進めるために、スティアード達の自発的な供述を待つのではなく、積極的に尋問を行うことにした。

「まず、貴方達は当店に来店すると案内された部屋が気に食わなかった」
「あ、ああ……」
「そこでこのテラス席に座るためにこの場へいらっしゃった」
「ああ」
「するとここに先客となる彼達がいた」
「そうだ……」

 淡々と質問を投げかけるアリアに、スティアードとアルフォンスがぼそぼそと返事をする。
 流石にスティアード達も居たたまれない気持ちになっているのか、素直に質問に答えていく。
 完全に誘導尋問になっているが、スティアード達が自ら供述しない以上はこうする他にない。

「彼達を退かせて自分達がこの席に座ろうとしたところ、好みの女性がいたことから声をかけた」
「ああ……」
「一度は女性に袖にされたが、それでも貴方達は女性に声をかけ続けた。この際、そこにいる彼の制止を受けたが、それを無視した」
「……そうだ」

 僅かに言いよどんだが、それでもスティアード達は首肯した。

「彼と言い争いになり、思わず剣を抜いてしまった。この際、無礼打ちの要件を満たしていないことを認識していた」
「っ……」

 スティアード達の表情が明らかに変わる。
 流石に自らの失態を自白する真似は躊躇われるのだろう。

「どうかしましたか? 早くお答えください」

 アリアが冷たい視線を二人に向ける。
 まるで言い逃れを許さないと言わんばかりに。

「……条件がある。本当のことを言えば父上には報告しないと約束しろ」

 と、ここにきてスティアードがいきなりそんな条件を提示する。
 縋るようにアリアを見つめ、瞳で必死に訴えかけていた。

「お、おい。スティアード君」

 条件付きとはいえ自白することに躊躇い、焦ったようにアルフォンスがスティアードに呼びかけた。

「穏便に今の事態を解決するにはもはやこれしか方法はありません」

 と、スティアードは忌々しそうに呟く。

「くっ……」

 アルフォンスも他に良い打開策が思い浮かばなかったのか、悔しそうにうめめき声を漏らした。
 そんな二人の姿を見つめて、

「いいでしょう。私から貴方のお父上に今回の件を報告しないと誓います」

 アリアがすんなりと頷く。

「ほ、本当か?」

 と、表情に生気を取り戻し、スティアードが尋ねた。
 アルフォンスも横で顔を明るくしている。

「ええ、ですから早くお答えください」

 さっさと話せと、アリアが促す。
 そう、確かにアリアは約束した。
 彼女の口からユグノー公爵に今回の件を報告しない、と。
 だから、アリアがリーゼロッテに今回の件を報告し、その上でリーゼロッテがユグノー公爵に今回の件を伝えることは何の問題もない。
 だが、心理的に動揺している時に光明を与えられたことにより、一時的に正常な思考能力を失い、スティアード達がそれに気づくことはなった。
 リオはそれに気づき、内心でアリアの強かさに苦笑していたが。
 セリアも呆れたように苦笑を浮かべていた。

「……僕達がそいつに……その……斬りかかったというのは本当だ。そいつの挑発的な態度に腹を立てて、最近はストレス溜まっていてカッとなったというか」

 と、スティアードはばつが悪そうにぽつりぽつりと自白をした。
 しかし、さりげなく非がリオにもあったと主張することを忘れていないあたり、神経が図太いというべきだろう。
 彼らのストレス原因は勇者である坂田弘明にあったりするのだが、それを知る者は彼ら二人しかいないし、二人もそれを語ることはしない。

「なるほど。ちなみにどうして床に剣が突き刺さっているのか伺っても?」
「それは……。そいつが反撃したんだ。気がつくと俺達の剣が切られた」

 悔しそうにアルフォンスが語った。
 騎士にとって剣は命である。
 そんな大切なものをあっさりと両断され、挙句、生殺与奪まで握られたような気分を味わわされたのだ。
 先ほど抱いた屈辱感がぶり返してきたのである。

「剣を切った……ですか。つかぬことを伺いますが、お二方の剣はアダマンタイト製ですよね?」
「ああ、そうだ……」
「なるほど……」

 スッと目を細めて、アリアが両断された剣の切断跡を凝視する。
 綺麗な切り口だ。
 おそらく文字通り両断したのだろう。
 リオの腕が立つのか、はたまたとんでもない魔剣を持っているのか、あるいはその両方か。
 アリアは浮かび上がった疑問をとりあえず捨て置いた。

「失礼しました。話を戻しましょう。つまり、貴方達は無礼打ちの要件を満たしていないことを認識していたのですね?」

 アリアが問題の核心を突く質問を再び投げかける。
 スティアードは躊躇いつつも、

「……ああ」

 と、そう答えた。

「わかりました。ご協力感謝します」

 言って、アリアがスティアード達に頭を下げると、

「貴方から何か仰りたいことはございますか?」

 リオを見やって、そう尋ねた。
 アリアとしては立場上、公平を期するため、リオの意見をくみ取らないわけにはいかない。
 リオは小さく頷くと、

「まずは謝罪を要求したいですね」

 と、端的にスティアード達に謝罪を要求する。

「なんだと?」

 すると、アルフォンスの怒りの声が周囲に木霊した。
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