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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第四章 再会、その裏で

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第70話 武器選び

 リオと雅人は古くて、薄暗い、手狭な武器屋へとやって来た。
 おそらくカウンターの裏には鍛冶場があるのだろう。
 奥から店内へと炭の焦げ付いた香りが漂ってきている。

「いらっしゃいませ!」

 カウンターには見習いの弟子と思われる少年が一人――、歳は雅人と同年代か少し上といったところだろう。
 少年はリオと雅人が店の中に入って来るなり、パッと笑みを浮かべ元気よく挨拶をしてきた。

「今日はどんなご用でしょうか?」

 と、少年は営業スマイルを浮かべリオに用件を尋ねてきた。
 他の店ではこうして店に入るなり客に直接話しかけてくることはなく、基本的に最初のうちは放置されるのが通常である。
 こうやって声をかけてくるのは狭い店内のせいか、少年が営業熱心なのか、そのいずれかだろう。

「この子に合う片手用の剣を探しているんですが」

 リオが手短に要望を告げる。

「なるほど。店内に置いてある片手剣はそちらのコーナーに設置されているものがすべてです。他にもオーダーメイドも受け付けております。お客様は当店は初めてのご利用でしょうか?」
「はい。そうです」
「なるほど。オーダーメイドは親方の面接を受ける必要があるんですが、そちらをご希望ですか?」
「そうですね。とりあえず店頭に並べられている物で彼に合うものがあればそちらをと思っていますが……」

 ちらりとリオが店頭に並べらている片手剣に視線を送る。

「なるほど。では、まずはそちらをご自由にご覧ください」
「ええ、そうさせてもらいます」

 リオは愛想笑いを浮かべて答えると、片手剣が設置されている店の一角へと移動した。
 数はそれほど多くないが、一本一本、剣を手に取り、鞘から抜いて、目で見、じっくりと吟味して品定めをしていく。
 その様子を黙って雅人と店員の少年が眺めている。
 やがて壁に飾られていた一本のシンプルなデザインの剣を手にして鞘から抜くと、リオはスッと目を細めた。
 その片手剣は薄く青みがかかった鈍い輝きを放っている。

「雅人、この剣を持ってみてくれ」

 軽く素振りをすると、リオは雅人にそう語りかけた。

「おう」

 緊張した表情で剣を受け取る雅人。

「これまでの店で持った剣と比べて握り具合はどうかな? 重くない?」

 と、リオが尋ねる。

「おお? ちょっと重いけど、悪くはない……ような気がするような?」

 雅人が不器用な手つきで剣を軽く振ってみる。
 些細な感触だが、何となく手にしっくりくるような気がした。
 とはいえ本当に言われてみればというような感覚にすぎないのだが。

「そうか。じゃあとりあえずそれは保留にしておこう。残りを見てみるからちょっと待っていてくれるか?」

 そう言ってリオは再び残りの片手剣を片っ端から吟味し始める。
 店番の少年が興味深そうにその様子を眺めていた。

「よし、その剣にしようか」

 一通り店内にある片手剣を吟味し終えると、リオは先ほど保留した剣を購入することを雅人に告げた。

「すみません。あの棚に飾られている剣を購入したいのですが」

 先ほど保留にした剣に視線を移し、リオは店員の少年に購入の意思を伝えた。

「あの剣でよろしいのですか?」

 少年がリオに尋ねる。

「ええ、お願いします」

 リオが迷う素振りもなくそう告げると、

「えっとですね。すみません。その剣を売るにはちょっと親方の許可を得ないといけない決まりになっていまして、よろしいでしょうか?」

 従業員の少年が申し訳なさそうにそう答えた。

「許可ですか?」

 思わぬ展開にリオが眼を丸くする。

「はい。本当にすみません。お願いしてもよろしいでしょうか?」

 言って、店番の少年は深く頭を下げた。

「別にかまいませんが……」
「ありがとうございます! すぐに連れてきますので!」

 そう告げると、少年は急いだ様子でカウンター裏の工房に駆け込んだ。
 一分もしないうちに白髪と(しわ)の目立つ体格の良い初老の男性が現れる。
 (すす)で薄汚れた作業着を着込んでおり、一仕事終えたところなのか、顔には大量の汗を貼りつけていた。
 この男がこの武器屋の店主であり、裏にある鍛冶場の親方なのだろう。
 親方と思われる男はリオの全身をじろりと眺めると、

「お前さんか。俺の剣を買いたいってのは?」

 少しぶっきらぼうに、そう尋ねた。

「ええ、そうです。正確には俺ではなく、この子のためにですが」
「ほう」

 親方はジロリと雅人に視線を送った。
 雅人がたじろいだ様子で後ずさる。
 親方はリオが買おうとしている壁に飾られた剣に視線を移すと、

「どうしてそいつを選んだ? 他に見栄えの良い剣はたくさんあるはずだが」

 そう尋ねてきた。

「意匠にこだわりはなく、シンプルな基本型のブロードソードですが、良い剣です。この店の店頭に並んでいる片手剣の中だと間違いなくこれが一番だと感じました」

 言葉少なにリオはこの剣を称賛した。

「ほう。わかるのか? その剣の材質は?」
「純アダマンタイト鋼」
「付与されている術式の種類は?」
「頑強、軽量、鍍金(めっき)、風属性の付与」

 親方から投げかけられる質問にリオが手短に答えていく。

「なるほど。その歳で随分と良い眼は持っているようだな。頑強、軽量、鍍金(めっき)はともかく風属性の付与まで見抜くとは。すまんが、少し手を見せてくれ」

 満足げにそう告げると、親方はリオの手をスッと掴もうとしてきた。
 サッと手を避けることもできたが、リオはされるがままに親方に手を差し出す。
 親方はリオの手を掴みじっと見つめると、

「良い手だ。毎日剣を振らなきゃこうはならねぇ」

 ニッと渋い笑みを浮かべて、上機嫌そうにそう告げた。

「どうも」

 リオが苦笑して親方に答える。

「ちっと興味があるんだが、良ければお前さんがどんな剣を使っているのか見せてもらってもいいか?」

 尋ねて、親方がリオの腰に差してある剣にちらりと視線を送った。
 グリップのガードの中央には綺麗な輝きを放つ宝石のような石――精霊石が組み込まれている。
 加えて綺麗な装飾が施されてはいるが、親方にはそれが儀礼用の装飾剣だとは思えなかった。

「それは……、わかりました」

 リオは一瞬躊躇ったが、黒ごしらえの鞘からミスリル製の剣を抜き、親方に差し出す。

「すまん……なっ……」

 その剣の刀身を目にして、大きく目を丸くしたのも束の間、親方はリオの剣が放つ神秘的な白銀の輝きに言葉を失った。

「おい、こりゃ何の金属を使っているんだ? 鋼鉄、それに鋼鉄とアダマンタイト鋼の合金ともまた違う。……まさかミスリルか?」

 心を奪われたように剣を見つめる。
 剣に用いられている金属の材質を鑑定していると、ハッと表情を変えて、親方が尋ねた。
 ミスリルとはまたの名を魔法銀といい、強度だけならアダマンタイト鋼の方が優れているが、非常に軽く、魔力伝導性に優れた金属である。
 人間族にはその産地も製法も知られておらず、存在する極少数のミスリル製の武具が出回っているだけで、まさしく伝説の金属だ。
 その一つ一つに高確率で人間族では再現不能な魔術が込められており、人間族の間で市場に出回れば伝説の武具として青天井の値段が付けられる。

「これにはどんな魔法が込められているのか、聞いてもいいか?」

 声を絞り出すように親方は尋ねた。

「頑強と鍍金(めっき)の術式が込められています」
「ミスリルならもっと魔法を込められそうなもんだが、二つだけか。それは意図してのもんか? この剣はいったいどこで?」

 と、親方がリオを質問攻めにする。
 頑強は物体の強度を頑丈にする魔術であるが、耐久限界を超える衝撃を受ければ剣は折れるし、手入れをしないで放置したまま使えばそのうち刃こぼれもしてしまう。
 鍍金(めっき)というのは金属の腐食を防止するものであるが、血のりで錆びにくいというだけで、ずっと放置したままでは少しずつ劣化していくため、小まめに油を塗ってやる必要がある魔術である。
 いずれも人間族の間で広く出回っている魔術であり、少し高級な武具なら当たり前のように備わっている魔術だ。
 同じ物質に複数の魔術を込めることは可能だが、物質の適性によって込められる魔術の数には限度がある。
 限度を超えて魔術を込めると、物質が術式を通して流れる魔力の負荷に耐え切れず脆くなってしまうため、魔装や魔道具を作る際にはその物質の耐久度を考慮する必要があるのだ。 
 ミスリルは魔装や魔道具に適した素材であり、魔力耐久度がこの上なく高い金属として知られている。
 稀に市場に出回るミスリル製の武器は例外なくアーティファクトであり、高位の術式が込められていることから、親方はリオが持っているミスリル製の剣にありふれた二つの魔術しか込められていないことを疑問に思った。

「はい。その剣に込められている術式は確かに頑強と鍍金(めっき)の二つだけです。俺は制作者ではないので意図してのものかどうかは知りません。入手経路は知人から譲り受けたとしか言えませんが」

 一部に嘘を織り交ぜ、重要な情報を伏せて、リオは答えた。

「ひょっとしてその知人が製作者なのか?」
「いえ、違います」
「……そうか」

 顔に落胆の色を浮かべ、親方ががっくりと肩を落とす。
 同じ鍛冶師としてこれほどの剣を打つ人物を知りたいというのは本能的な欲求である。
 とはいえ、最初から期待はしていなかったのか、親方はリオの言葉をそのまま鵜呑みにして信用した。

「余剰領域に追加で術式を込めて魔剣にする気はないのか?」
「良い術式があればとは思っているんですが、なかなか巡り合えなくて」

 そうやってリオがうそぶく。
 実はこの剣には親方にも告げていない術式が一つ組み込まれている。
 剣に使用者の精霊術を取り込ませる術式で、人間族の間には出回っていないものだ。

「まぁせっかくのミスリル製武具だ。アーティファクトのような古代魔道具に込められているような術式と比べると、現代に出回っている術式を込めるのはちと勿体なく感じるかもな」

 人間族の間に一般的に出回っている武具用の術式は、あらかじめ火、水、氷、風、雷といった一つの属性を付与するものである。
 古代魔法具(アーティファクト)の中にも同じように属性を付与する術式はあるが、その性能は現代術式とは比べ物にならないくらいに高い。

「ええ。……ところで、そちらの剣を売っていただくことは可能なんでしょうか?」

 ちらりと壁にかけられた剣に視線を移し、リオが尋ねた。

「ん、おお。すまんな。鍛冶師をやって三十年以上だが、これほどの剣に出会えたのは初めてでな。つい我を失っちまった」

 話を脇に逸らしてしまっていることを自覚したのか、親方はバツが悪そうに謝罪した。

「確かその剣はその小僧のためのものなんだったか?」
「ええ」
「デザインは無骨だが、実はその剣は俺が作った中でも中々の一品でな。オーダーメイドで剣を作るために客の目を確かめる試金石として使っているんだ。だから、売るにしても相応の使い手に持ってもらいたいところなんだが……」

 親方はじろりと雅人に視線を送った。

「うっ……」

 その迫力に押されて、雅人がびくりと震える。

「素人のガキが初めて持つ剣にしては過ぎた代物だが、まぁいい。お前さんがその小僧を指導するというのなら売ろう。だがな、良い剣を見せてもらった礼として代金は勉強させてもらうが、それでも高いぞ?」

 と、窺うように親方がリオの顔を見やる。

「おいくらでしょうか?」
「そうさなぁ。本当は金貨四十枚ってところなんだが、三十五枚でどうだ」

 金貨三十五枚といえば下級貴族の年収に匹敵する金額だ。
 純アダマンタイト鋼は熟練の職人でなければ加工が難しく、珍しい鉱石でもあるため、特段この値段が高すぎるというわけではない。

「わかりました。お願いします」

 そう言って、リオは迷うことなく財布から金貨を三十五枚、取り出した。

「お、おう……」

 躊躇うことなくあっさりと金額分の貨幣を出したリオに親方が目を(みは)る。

「驚いたな。その若さで随分と稼いでいるようだ。お前さん、貴族……ではなさそうだな。ひょっとして名の知れた冒険者か? ここいらじゃ見かけたことはないが」
「いえ、各地を旅しながら魔物を狩ってお金を稼いでいるんです。普段はあまりお金を使うこともないものですから」
「ほう、冒険者になればもっと稼ぐこともできるだろうに」
「お金はそれほど必要じゃありませんし、しがらみも多そうですから」

 薄く苦笑し、リオは肩を(すく)めた。

「なるほどな。まぁ俺も人のことを言えた義理じゃないが、そういうのはわからんでもない。その剣の手入れが必要ならいつでも持ってこい。格安で請け負ってやる」
「ありがとうございます。そのうちこの子に代剣も用意しようと思っているので、その時もこちらでお世話になるかもしれません」
「わかった。その時はそのガキの力量次第だが、オーダーメイドで作ってやらんこともない」
「ええ、その時までに鍛えておきますよ」

 親方は深く頷くと、

「モンド! 商売成立だ。その剣をお渡ししろ!」

 弟子の少年にそう呼びかけた。

「はい!」

 大きく返事をし、少年が棚から剣を取り外した。

「では、どうぞ。お受け取りください」

 言って、少年がスッとリオに剣を差出す。

「ありがとう」

 リオは剣を受け取ると、それを雅人に手渡した。
 雅人は嬉しそうに剣を受け取る。
 大事そうに剣を抱え、自分の腕に納まったそれに見惚れていた。

「それでは。失礼します」

 喜ぶ雅人の姿に小さく笑みを浮かべると、リオは親方達に別れの挨拶を告げて、踵を返した。

「行こう、雅人」 
「おう! ありがと! ハルト兄ちゃん!」

 雅人が元気よく礼を告げる。

「ありがとうございました! またのお越しを!」

 立ち去るリオと雅人の背中を弟子の少年が威勢よく見送る。
 店を出ると、晴れ空から陽光が降り注ぎ、リオと雅人の瞳を刺激した。
 眩しそうにスッと目を細める。

「後は盾を買わないとな」

 それから、リオと雅人は他に必要な装備を購入しに行き、美春達を迎えに行った。
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