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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第四章 再会、その裏で

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第68話 その頃 その一

 プロキシア帝国――かの国こそシュトラール地方の北方に君臨する軍事大国である。
 その規模に反して成立から四十年程の非常に若い国であり、その歴史を一言で表すのならば戦乱が相応しい。
 初代皇帝ニドルは土地の痩せきった貧しい小国で孤児として生まれた。
 成長した彼は傭兵の職に就くと、類稀なる武力をもって頭角を現す。
 瞬く間に自らが所属していた国の王権を奪うと、凄まじいカリスマにより僅か一代でプロキシア帝国を築きあげた傑物である。
 かつては群雄割拠の地であった北方に多数存在していた小国を次々と攻め落とし、今もなお領土を広げている。
 その戦力の中核を担うのが亜竜によって構成される最強の竜騎士団だ。
 精強な竜騎士達による電撃戦を得意とし、これまでにプロキシア帝国によって攻め落とされた小国の数は二十を超える。 
 しかし、プロキシア帝国軍を支える最強の戦士は竜騎士団には存在しない。
 そう、武によって身を立てたニドルこそが今も昔も帝国最強の存在なのだ。
 六十代に突入した彼の肉体は今もなお老いることなくいわおのような巨体を誇り、その肉体によっておびただしい数の兵達をほふってきた。
 その武功は広大なシュトラール地方中に響き渡っており、現在、間違いなくシュトラール地方最強の一角に数えられる男であろう。

「よう、ニドル。どうだ、調子は?」

 帝城の一角で眼下に広がる帝都の光景を眺めるニドル――、そんな帝国において最高にして最強の存在に対して気安く声をかける人物がいた。

「ふん、つまらんな。張り合いのない国ばかりだ」

 声の主を確かめることなく、帝都を見下ろしながら、ニドルは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
 彼は求めているのだ。
 血の滾るような闘いを、命が燃え尽きるような争いを、死に祝福された戦場を。

「そう言いなさんな。最高の舞台を演出するには下準備ってもんが必要だ。今は前座で無聊ぶりょうを慰めておけ」

 ニドルの後ろに立つ男がくつくつと愉悦に染まった笑みを漏らす。

「貴様の言う演出とやらは小細工を弄することなのか?」
「小細工ってのは言い方が悪いな。正面から叩き潰すのも美味ぇが、世の中にはもっと極上な勝利の美酒ってもんがあるんだ」

 男がおどけた口調で反論する。 
 ニドルは薄く眉をひそめて、

「やはり貴様とは趣味が合わん」

 と、そう言い放った。
 男が含みのある笑みを浮かべる。

「ま、見ておけ。欲望と絶望に染まった大舞台を用意してやるさ。全ては――」

 興が乗ったのか、男が揚々とそう言いかけると、

「滅多なことは口にするな」

 それを封じるように、ニドルがきつい口調で言い放つ。

「へいへい。相変わらずお固いねぇ。……ところでどうすんだ? ベルトラム王国との関係は。俺はそっちには関与してねぇけど」

 男が肩を軽くすくめて、ニドルに尋ねる。

「こちらからも親善大使を送り返したところだ」

 端的に答えるニドル。

「はっ、いずれ滅ぼす国を相手によくやる」

 言葉とは裏腹に、男は愉快そうな笑みをたたえていた。

「それだけは同意できる」

 言って、ニドルはフッと笑みをこぼした。
 その男の名はニドル=プロキシア。
 シュトラール地方の北方を支配する皇帝であり、後の歴史でこの時代の重要人物として数えられる者の一人だ。
 時はシュトラール地方に勇者が召喚されて二週間が経過した日のことであった。

 ☆★☆★☆★

 それから十日後、ガルアーク王国北西部の国境付近に位置する砦にて。

「な、なんだ、あれは? 魔道船?」

 兵士として見張りの任に就いていた男の一人がはるか上空を飛行する巨大な物体を目にして、呆然と呟いた。
 その漆黒の体躯は遠目からでも容易に見てとれる。

「なっ……」

 男の声に反応して同僚の兵士がちらりと空を仰いだ。
 唖然として、口をぱくぱくと動かす。
 驚きのあまり声が出てこないのだ。

「っ、り、竜だぁ!」

 何度か息を吸い込むと、兵士はようやく声を出した。
 その声に気づいて砦で見張りの任に就いていた兵士達がちらほらと上空に視線を移す。

「じ、冗談を言うな! こんな場所に竜がいてたまるか!」

 泡を食った勢いで男が同僚に掴みかかる。

「知るかよ! 大きいから竜なんだろ! あれが竜じゃないってんなら何なんだよ?」

 兵士が怒鳴り返す。
 人に使役されている一部の亜竜はともかく、純粋種の竜を実際に見たことがある者はほとんど存在しない。
 とはいえその姿形は古くから伝わるお伽話でしばしば描かれていることから非常に有名である。
 もちろん種類によってシルエットはだいぶ異なるが、今空を飛んでいる生物は幼少期に兵士が絵本で見た竜種と酷似していた。
 それも飛び切り悪名の名高い黒竜である。

「ああ、ああ、畜生。ふざけんな! こっちに来たら一巻の終わりだ! 来るな! 来るなよ!」

 男が拝むように天に祈る。
 竜と思しき生物を目撃した他の兵士達も似たようなことを叫んでいた。
 彼らの精神は恐慌状態に陥っている。
 遠目から見てもわかるくらいに大きな存在の竜なのだ。
 仮に竜でなくともあれ程の巨体を誇る生物が戦闘態勢の整っていない状態で砦に襲い掛かって来たらひとたまりもない。
 最悪、純粋種の竜ならば戦闘態勢が整っていたとしても勝つことはできないのだが。

「行っちまった……」

 兵士達の祈りが届いたのか、黒竜に類似した生物は真っ直ぐと北から南の方角へと空を飛んでいった。
 呆然とその光景を眺めながら、多くの兵士達が力が抜けた様に崩れ落ちる。 

「報告した方がいいんだよな?」
「……なんて報告するんだよ?」
「竜が空を飛んでいたって」
「信じてくれるかね?」

 ガルアーク王国の西部に現れた黒竜の噂は魔道通信機を使って各都市に伝達される。
 その後の目撃証言が一切なかったために噂はやがて鳴りを潜めたが、ガルアーク王国の各都市ではしばらくの間、警戒態勢が敷かれることになった。

 ☆★☆★☆★

 さらに十日後、六勇者がシュトラール地方に召喚されてから一ヶ月以上が経過したある日。
 リーゼロッテ=クレティアが暮らす交易都市アマンドの邸宅に客人が訪れていた。
 客人の正体はベルトラム王国反革命軍の上層部に位置する者達、すなわち第二王女フローラ、ユグノー公爵、フォンティーヌ公爵令嬢ロアナ、そして勇者である坂田弘明さかたひろあきの四名である。
 立場的に無視できぬ大物の賓客達をリーゼロッテが直々にもてなすために、邸宅の食堂では静かな会食が開かれていた。

「素晴らしい料理の数々でした。やはり本場で頂くパスタは一味も二味も違いますね」

 と、料理を食したフローラが満足げな笑みを浮かべて告げる。

「御身にお褒め頂き祝着しゅうちゃく至極にございますわ。我が家の料理長に代わりまして厚くお礼申し上げます。フローラ王女殿下」

 恭しく礼を告げるリーゼロッテ。
 他国の王族に対して礼は尽くしているが、必要以上に萎縮した様子はまったく感じられない。
 その堂々たる立ち振る舞いをユグノー公爵はほうと息を吐いて見つめていた。

「ああ、まさか異世界でパスタを食べられるなんて思ってもみなかったぜ。この世界に来て食べた中じゃ間違いなく一番美味かった。今まで食べてきた食事が別物に思えるくらいにな」

 フローラの隣に座る弘明も満足そうに感想を漏らした。
 弘明は出されたパスタを二杯ほどお代わりしている。
 これで不味いと言われても説得力がないという食べっぷりだ。

「気にいって頂けたようで何よりです。勇者様は異世界の出身と伺っておりましたゆえ、お気に召していただけるか不安でしたので」

 にこりと微笑を浮かべてリーゼロッテが返す。

「そう謙遜する必要はないぞ。俺のいた世界と比べるとこの世界の料理は劣っているが、今日食べた料理は俺の世界の料理と勝るとも劣らないからな」

 ご満悦な様子で出された料理の数々を批評する弘明。
 弘明がリーゼロッテ邸で食べた料理の数々はパスタを始めとして好みの味付けが多かった。
 召喚されてから移動中は碌な料理を食べていなかったし、道中で滞在していたロダン侯爵領の都市で出された料理もここで食べた料理には何歩か劣る。
 正直、この世界の料理にはあまり期待していなかったのだが、ここに来て弘明はその考えを改めた。

「パスタはこの都市の名物なんだってな。実は俺がいた世界にこれと同じ食べ物があるんだ。他にも使われている食材が色々と共通していたりする。世界が違っても食べる物にあまり変化がないというのは正直ありがたい」
「まぁ。そうなのですね。我々も同じ人間のようですし、生態系にそれほどの違いはないのでしょうか?」

 リーゼロッテが目を丸くし、口元に手を当て驚きを表す。
 やる者によってはわざとらしい所作でしかないが、リーゼロッテがやると上品な育ちの良さが伝わってくる仕草に感じられる。
 そのさまになっている姿に弘明は思わず見惚れてしまった。
 すると、そこで、

「ヒロアキ様」

 にこりと笑みを浮かべて、ロアナが弘明の名前を呼んだ。

「あ、ああ。なんだ?」

 と、少し上擦った声で弘明がロアナに返す。

「リーゼロッテさんのご質問にお答えしてさしあげないと」

 笑みを崩さず、ロアナが言葉を付け足す。
 弘明は小さく咳払いをすると、

「あー、そうだな。と言っても俺にもよくわからん。俺がいた世界と同じ生き物もいるようだが、ロアナ達の話を聞く限り俺の知らん生き物もいるしな」

 答えて、少しばつが悪そうにロアナとフローラを見やる。
 二人とも食後の紅茶の香りを楽しんでいるようだ。
 小さく溜息を吐く弘明。

「興味深いお話ですね。勇者様のいた世界がどのような場所だったのか」

 そう尋ねると、にこやかな笑みを浮かべたまま、リーゼロッテの瞳がスッと鋭くなった。
 そんな彼女の微細な変化に気づくことはなく、弘明はリーゼロッテへと視線を戻す。

「この世界よりは文明が進んでいるぞ。俺がいた国は日本というんだが、その世界の中でも随分と進んだ国だったな」
「日本ですか。一つ疑問なのですが……」

 悩むそぶりを見せながら、小さく首を傾げると、リーゼロッテは言葉を続けた。

「どうして勇者様は我々と会話が通じるのでしょうか?」
「ん? どういうことだ?」

 リーゼロッテの疑問に弘明から疑問符付きの声が返ってくる。

「いえ、異世界の国の言語がそのままこの場所で通じるなんて不思議じゃありませんか」
「なるほど。たしかにな……」

 ようやく腑に落ちたように納得する弘明。

「どういうことでしょうか?」

 その一方で、隣に座っていたフローラが不思議そうに尋ねた。

「言語の発生起源にはいくつもの仮説がありますが、全く異なる場所で同じ言語が発達するということはほぼありえないのですよ。ましてや勇者様がいらっしゃったのは異世界ですから」
「なるほど……」

 リーゼロッテの説明に、フローラが感心したように頷く。

「でも弘明様はこうして私達と同じ言葉をお使いになられているではないですか。それは同じ言語が発達したということではなくて?」

 そこにロアナが会話に入り込む。
 きっと彼女は実証主義者なのだろう。
 リーゼロッテはちらりとロアナに視線を向けると、「やはり他の人にはそのように聞こえているのね。なるほど……」と小さく呟いた。
 その声を聴きとれた者はいない。

「そうなのかもしれませんね。まぁ考えても答えが出る問題はありませんし。おかしなことを伺ってしまい申し訳ありません」

 無邪気な笑みを浮かべながら、リーゼロッテが謝罪の言葉を告げた。

「いや、俺も不思議には思っていたからな。最初にこの世界に召喚された時はお約束と思ってさほど気にはしなかったが」
「お約束ですか?」

 小さく首を捻って、リーゼロッテが尋ねる。 

「あー、俺がよく読んでいたネット……物語にこういった世界にトリップする話が山ほどあってな。その中で山ほど使い古された設定を揶揄してお約束とかテンプレとかで言ったりしてるんだ」
「まぁ。勇者様は読書家でいらっしゃったのですね」

 と、リーゼロッテが合いの手を入れるように弘明を褒める。

「あー、いや、まぁ、それほどでもないがな」

 謙遜しつつ、弘明ははにかんだ。
 それからしばらくリーゼロッテの巧みな話術により、弘明が気持ちよさそうに次々と話の引き出しを披露していく。
 リーゼロッテはころころと表情を変えて楽しそうに弘明の話を聞いていた。
 そうしてあっという間に時間は過ぎていき、

「あら、もうこんな時間になってしまいましたのね。勇者様のお話が興味深くてついつい聞きいってしまいましたわ」

 ちらりと時計に視線を移すと、様式美ともいうべき所作でリーゼロッテが告げた。

「そうなのか。残念だな。その、もう少しリーゼロッテと話をしていたかったんだが」

 まだまだ話足りないといった様子で、弘明が残念そうに顔をしかめた。

「うふふ。ユグノー公爵からお話があると伺っておりますから、そちらもお話しないといけませんので」

 そう言って、リーゼロッテは残念そうな表情を浮かべて小さく頭を下げた。

「申し訳ありません。ユグノー公爵。ついお話に夢中になってしまって」

 続けて、ユグノー公爵に謝罪の言葉を送る。

「いやいや。事前に食事中にするべき話ではないと告げたのは私だからな。フローラ王女殿下や勇者殿も十分に満足していただけたようだし、君はホステスとして場を盛り上げる役目を果たしただけだ。私も興味深い話が聞けたし、何の問題もないよ」

 言って、食事中は聞き役に徹していたユグノー公爵が薄く笑みを浮かべてかぶりを振った。

「そう仰っていただけると嬉しいですわ。ありがとうございます」

 にこりと笑みを浮かべて、礼を告げるリーゼロッテ。
 そう、リーゼロッテは王女と勇者の一行を歓待するために十分なもてなしをしたといえる。
 ユグノー公爵は内心でリーゼロッテの能力の高さに舌を巻いていた。
 こちらの訪問を察して日程を調整するため事前に使者を寄越した手際の良さ、貴族でも日常的に食することは出来ぬ程に質の高い超一流の食事を手配したこと、相手方の求めるものに気づいて満足させる接客能力。
 いくら貴族として教育を受けてきたとはいえ、いまだ十五歳の少女がこなすにはなかなかどうして難しい。

(噂に違わぬ才女ということか。ロアナ君も中々の才媛だが、彼女と比べると分が悪い)

 ユグノー公爵はリーゼロッテの評価を上方修正した。
 同時に警戒度も上がる。

「さて、話というのは他でもない。非常に厚かましくも恥知らずなのだが、リーゼロッテ君にお願いがあってな」

 とはいえ警戒しているだけでは虎の子を得ることはできない。
 ユグノー公爵は臆することなく話を持ち出した。
 厚かましさは貴族のお家芸だ。
 油断すれば言質を取られずるずると相手のペースに引きずり込まれる。

「あら、そうなのですか。何のお願いでしょう?」

 僅かに眼を見開き、リーゼロッテは驚いてみせた。

「リーゼロッテ君に我々の支援をお願いしたいのだ」
「支援と言いますと、反革命軍をでしょうか?」
「うむ。その通りだ」
「なるほど。軍事的な支援でしたらお父上にお願いする方がよろしいと存じますが?」

 納得したように微笑み、リーゼロッテが語る。
 実際、リーゼロッテは一介の公爵令嬢にすぎない。
 アマンドの代官であること以外に政治的な実権は一切有していないのだ。
 とはいえ、そのことはユグノー公爵も当然わかっている。

「軍事的な支援は求めていないよ」

 ユグノー公爵は苦笑しながら答えて、

「我々が求めているのは経済的な支援だ」

 と、そう続けた。

「経済的な支援ですか」

 リーゼロッテは笑みを浮かべながらもユグノー公爵をじっと見据えた。

「リーゼロッテ君をリッカ商会の会頭と見込んでの頼みだ。資金、物資、リッカ商会が有するガルアーク王国内の繋がり。そういったものを我々のために用いてくれる気はないかね?」

 リッカ商会は近隣諸国に名を轟かせる超一流の商会だ。
 貴族はおろか民衆の心を巧みに鷲掴みする商品を次々と産み出し、その経済的な影響力は国内に留まらず諸外国にも及んでいる。
 そんなリッカ商会をわずか十五歳の少女がたった一代で築き上げたのだ。
 その影響力は下手な小国の比ではない。
 今や近隣の大国ですらリッカ商会には強く出ることができないだろう。
 それゆえ、リーゼロッテを味方に付けることは、ある意味でガルアーク王国から軍事的な支援を受ける以上の旨味があるとユグノー公爵は確信していた。

「答えを申し上げる前に一つ伺います」
「何だね?」
「この場にいらっしゃることからすると、勇者様は反革命軍に所属したと見なしてもよろしいのでしょうか?」

 尋ねて、リーゼロッテはちらりと視線を弘明に向けた。
 フローラ達の証言以外に弘明が勇者だということは証明の仕様がない。
 とはいえ重要人物であるフローラ達の言葉は立派な証拠になる。
 その言質をとるために、リーゼロッテは尋ねたのだ。

「うむ。勇者殿は我々と行動を共にしてくれるそうだ」

 ユグノー公爵が深く頷く。
 リーゼロッテがフローラにも視線を向けると、フローラも首肯した。

「まったく、俺は平和にのんびりと暮らしたいだけなんだがな」

 やれやれと小さく溜息を吐き、弘明は肩を竦めた。
 そんな彼の反応にリーゼロッテはフフッと小さく笑みを浮かべると、

「いくつか条件を呑んでくださるのならばお受けしましょう」

 と、そう答えた。

「ほう。意外だね。正直、渋られるかと思ったのだが……」

 ユグノー公爵が警戒を込めた視線をリーゼロッテに送る。

「あら、リッカ商会は慈善事業ではございませんが、メリットさえあれば支援を行わせてもらうのは当然ですよ」
「メリットかね」
「はい。それはこちらで提示する条件をご覧になっていただければご理解いただけるかと。こちらが条件を記載した書類となります」

 そう言って、リーゼロッテは一枚の羊皮紙をユグノー公爵に差し出した。

「フッ、流石だな。あらかじめこちらの意図を見越していたということか」

 リーゼロッテはユグノー公爵が助力を願い出てくることを事前に予見して、その助力を呑むための条件まで考えていたのだ。

(これほどの能力を持った者が男として生まれなかったことが悔やまれるな)

 何が起きようと利益を見出して稼ぐ。
 それが一流の商人というものである。
 だが、超一流の商人は何が起きるかを事前に見越しておき、時にはその流れすら作り出してしまう。
 リーゼロッテは間違いなく超一流の商人だ。
 そして海千山千の貴族どもに引けを取らない貴族である。
 ユグノー公爵はそう判断した。

「ガルアーク王国の上層部はフローラ王女が次代の王位に就くことを望んでいます。私の父上もそうです。娘の私がその流れに反するのはよろしくないでしょう。利害が一致する限り助力するのは当然ですわ」
「そうか。後は我々が条件を呑むかどうかだが……」

 スッと目を細めて、ユグノー公爵は羊皮紙を眺めた。

「いかがでしょうか? フローラ王女殿下」

 一通りその条件を頭の中に入れると、ユグノー公爵はフローラにお伺いを立てた。

「えっと……ユグノー公爵の判断に任せます」

 羊皮紙に目を通しても、フローラは提示された条件の旨味を十分に判断することはできなかった。
 そのことはユグノー公爵にももちろんわかっている。
 リーゼロッテと同じだけの判断能力を同年代の少女に期待するのは酷だろう。
 実際、ユグノー公爵もフローラにそのような能力を求めてはいない。
 だが、反革命軍のトップはフローラなのだ。
 そのフローラを無視してユグノー公爵が独断で条件を呑むことはできない。

「かしこまりました」

 ユグノー公爵が差し戻された羊皮紙を恭しく受け取る。

「彼女が我々に支援するメリットとはどのようなものがあるのでしょうか……」

 自らの能力の無さを不甲斐なく思い、フローラがボソリと呟いた。
 隣に座っていた弘明がその言葉を耳聡く捉える。

「んー、アマンドはベルトラム王国と国境を接しているからな。俺達が敗れるのはリーゼロッテにとっても面白くはないんだと思うぞ」

 と、弘明が自らの意見を語る。

「流石ですわ。ヒロアキ様」

 すかさずロアナが弘明を褒め称える。
 その間にリーゼロッテとユグノー公爵は支援に関する契約条件について話し合っていた。
 その日、弘明達一行はリーゼロッテの屋敷に滞在し、翌日、ガルアーク王国の王城へ向けて出発することになる。

 そして、翌日、アマンドを立ち去ったフローラ達を見送ると、リーゼロッテは屋敷の執務室で配下のアリアと向き合った。

「ユグノー公爵の相手はなかなか疲れたわね。けっこうなタヌキおやじよ、アレ」

 と、側近であるアリアに愚痴を漏らす。

「お疲れ様でございました。王女殿下や勇者はどうだったのですか?」

 感情を窺わせない面持ちでアリアが尋ねる。
 これも主のために行うストレス発散の一環だ。

「王女殿下はまぁ典型的な箱入りのお嬢様って感じかしら。勇者も平凡な青年って感じね。ちょっと軽率な発言が多かったり、先入観が強い性格をしているけど、却って転がしやすいわ。ユグノー公爵としては扱いやすい手駒を手に入れて万々歳ってところじゃないかしら」
「相変わらず辛辣な鑑定眼をお持ちでいらっしゃいますね」
「別に嫌っているわけじゃないのよ。好き嫌いの感情を別にして、相手の良いところと悪いところをピックアップして人格を分析するのはもはや癖みたいなものだから」

 そう、相手がどのような人物なのかを正確に見極める観察眼は貴族社会で生きていくには必須のスキルだ。
 そして、趣味の合わない相手でも、蔑んだり嫌悪することなく、必要とあれば笑顔で相対して喜ばせる発言だってする。
 それも貴族に求められる重要な資質の一つだ。
 お互いを繋ぐ強固な鎖は利害のみ、そこに好き嫌いといった感情を持ちこむ者は貴族として上手く生きていくことはできない。
 それがリーゼロッテの持論である。
 とはいえ、リーゼロッテも人間である以上、完全にそれを実践するのは難しかったりするのだが。
 それに、嫉妬や憎悪といった負の感情で動く貴族が幅を利かせているケースも多く、それが非常に厄介だったりするのだが、今は省略しておく。

「お話を伺う限りだと、勇者は幼稚な人物に映りますが?」
「あら、貴方だって十分に辛辣じゃない」

 リーゼロッテはくすくすと笑うと、

「まぁ幼稚かどうかはともかく、彼にとっては遊び感覚の延長なんでしょうね」

 と、そう言葉を付け足した。

「遊び感覚ですか?」
「そう。まぁ私だけしか知ることができないし、上手く説明もできないんだけどね」

 リーゼロッテは小さく息を吸うと、

「自分の行動に責任を持つことを求めるのは少し酷かもしれないわ」

 と、そう漏らした。
 弘明はやや上から目線で、優劣をつけたり、物事を否定したりする傾向があるが、自分の気に入っている物事に対しては保護意識が強く執着心を見せる。
 おだてに弱く、得意な話題を振られると嬉しくなって語りすぎてしまうタイプだ。
 おそらくあまり世間に関わっていなかったのだろう。
 リーゼロッテから見た弘明はそのように映った。

「扱いやすい反面、ユグノー公爵は彼を慎重に扱わないとね。って、まぁ私がそこまで心配することでもないか。彼にやさぐれてもらっちゃうと私も困るけど、公爵なら十分にわかっているでしょうし」

 今は順風満帆にお膳立てがされているから問題はないが、経験上、ああいう手合いは躓くと他者に責任を転嫁して投げやりになることが多い。
 そうなるとリーゼロッテとしても少しばかり困る。
 ――だが、

「勇者なんてイレギュラーな要因、いなかった方が良かったのかもしれないわね」

 小さく嘆息すると、リーゼロッテは痛々しそうな面持ちでぼそりと呟いた。
美春達とは別に召喚されて現在離れ離れの「美月」ですが、名前が「美春」と似通っていると判断したため、「沙月」という名前に変更しました。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
+注意+
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