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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第四章 再会、その裏で

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第64話 セリアの思い出

 リオ達が暮らす家のダイニングキッチンには十人以上が一堂に会して食事をできるテーブルが置かれていた。
 その上に美春の作った料理が広げられている。
 セリアに配慮しているのか、今日の献立はライス、パン、ビーフシチュー、トマト煮のロールキャベツ、テリーヌ、サラダと洋食が中心となっていた。

「うわぁ、良い匂いね。これ、全部ミハルが作ったの?」

 鼻をすんすんとひくつかせながら、セリアが尋ねる。

「ええ、美春さんは料理が得意なので、俺と分担して料理を作ってもらっているんです。今日は美春さんにお任せしてしまいましたが」
「へぇ、私も料理を習おうかしら? 早くミハルと仲良くなりたいし」

 並べられた料理の数々に顔をほころばせながら、セリアは言った。

「それもいいかもしれませんね」

 かすかに笑みをにじませながら、リオは答えた。
 料理を教えることは美春の会話の練習にもなるはずだ。
 自分も間に立って、困った時は通訳をすればいいだろう。

「ハルト兄ちゃん。早く食べようぜ!」

 既に席に着いている雅人が待ちきれない様子で口を開く。
 リオは軽く笑って。

「ああ、ごめん、ごめん」

 と、雅人に謝罪すると。

「セリア先生はこちらの席に座ってください」

 自分の左隣の椅子を引いてセリアを勧めた。
 ちなみに右隣は美春の席となっており、向かい側は亜紀と雅人の席となっている。

「ありがと」

 ご機嫌な様子で礼を告げると、セリアが席に座る。
 遅れて亜紀と美春がキッチンからやって来て席に着くと。

「いただきます」

 食事が始まった。

「イタダキマス?」

 と、セリアがリオに尋ねる。
 セリア以外の全員が同じ言葉を発したことを疑問に思ったのだろう。

「これは食事をする際の挨拶みたいなもので、料理人や食材といった食事を与えてくれるすべてに感謝を捧げるんです」

 首を傾げるセリアにリオが意味を教える。
 すると。

「へぇ、私もやってみるわ。イタダキマス」

 セリアも見よう見まねでそう言った。
 それを見て美春達が嬉しそうに微笑む。

「じゃあまずはこのテリーヌから頂こうかしら」

 ナイフとフォークを綺麗に使ってセリアがテリーヌを口に運んだ。

「素材の味が良い感じに生かしてあるわね。これは温サラダみたいに軽く焼いてあるのかしら」

 笑みを浮かべて感想を漏らす。
 貴族だけあってセリアはそこら辺の人間よりかは食通である。
 美春の料理はそのセリアをして唸らせることができたようだ。

「じゃあ次はこっちのキャベツの煮物を頂こうかしら」

 そう言って、ロールキャベツを口に含むと、セリアは目を丸くして硬直した。

「お、美味しい! 何この味付け! すっごく濃厚! 中のお肉にチーズがとろけて最高ね!」

 大絶賛するセリア。
 リオが翻訳するまでもなく、セリアが料理を気にいったことがわかり、美春はそっとはにかんだ。

「この赤っぽい色は何なの?」
「それはトマトという食材の色ですね。こちらの地方にはありませんが、大陸の中央付近で採れる野菜です」
「へぇ、こっちのシチューもすっごく美味しいわね。お肉が柔らかくて味も染みてて文句なしよ。これならどの貴族だって気にいるわ!」

 そう言って、太鼓判を押すセリア。
 美春が褒められていることが嬉しくて、ついついリオの顔もにやけてしまう。

「ああもう! お酒が欲しくなっちゃうわね!」
「それなら……良い酒がありますよ。『解放(ディスチャージ)』」

 リオの傍らの空間が歪み、金属製の酒器が現れた。
 お酒と聞いてセリアの目が輝く。
 リオは美春達に視線を移し。

「セリア先生にお酒を振る舞おうと思うんですが、美春さん達も一口どうですか?」

 と、三人に水を向けた。
 シュトラール地方では食事の際には水よりも酒を飲む者の方が多い。
 というよりも基本的に飲料可能な天然の生水が存在しないのだ。
 最近では美春達に合わせてリオも酒を飲むのは避けていたが、セリアがいるのならリオも飲むのはやぶさかではない。

「え? お酒ですか?」
「はい。この世界は子供でもお酒は飲めるので。まぁ飲みすぎは良くないでしょうけど、試しに一口くらいならどうかなと思いまして」

 美春達が身構えないように気軽に勧めるリオ。

「え、えっと、じゃあ一口だけ」

 美春は少し悩んでいたようだが、せっかくの勧めを断るのも悪いと思ったのか、リオの誘いを受け入れた。

「あ、俺も飲んでみたい!」
「じゃあ私も……」

 すると雅人と亜紀もそれに続いた。
 二人とも興味があるようで、リオが出した酒器に興味を惹かれているようだ。

「わかった。じゃあちょっとだけ」

 そう言って、金属製のカラフェの中に入っている良く冷えた酒を五つのグラスに酌み分けていく。
 リオとセリアの分はなみなみと注いだが、美春達の分は本当に少しだけだ。

「では飲みましょう。乾杯」

 グラスが全員に行き渡ったところで、杯を合わせて乾杯する。
 美春達はおそるおそると言った様子で杯に口を近づけた。

「わぁ……」
「お、美味しい!」
「すげぇ、酒ってこんなに美味いもんだったのか」

 美春達が目を丸くしてその感想を告げる。
 続けて、香りを楽しんでうっとりとしていたセリアが酒を口に含んで。

「っ! 何よ、このお酒! 美味しすぎるわ!」

 血相を変えて叫んだ。
 リオが持っている酒の中で最高の酒は間違いなく霊酒だが、あれは度数が高いし量もそれほど多くない。
 セリア達の酒の強さが分からない段階で無暗に飲ませる真似はしない方がいいだろう。
 今飲んでいるのは精霊の民の里で作られた名酒の一つだが、霊酒でなくともその味は人間族が作る酒とは品質がけた違いである。
 セリアの反応は当然であった。

「飲みやすいですがそれなりに強いお酒なので、あまり飲みすぎないでくださいね」
「そんなことよりこんな名酒どこで手に入れたのよ! 売れば金貨数枚なんて目じゃないわよ!」

 人間族の世に出回っている最高級のお酒はせいぜいが金貨数枚という値段である。
 だが、今飲んでいる酒にはそれ以上の値段が付くと、セリアは断言した。

「このお酒は人間族が作ったものじゃありませんからね」
「あー、なるほどね」

 リオが精霊の民と交流があることは岩の家に辿りつくまでの間にセリアに軽く説明してある。
 おそらくはそこで手に入れたものだろうとセリアは当たりをつけた。
 セリアは酒の放つ甘い香りを鼻で深く吸い込むと。

「酒好きの貴族が知ったら血相を変えて交渉してくるわよ、これ。ううん、そうじゃなくても欲しがる人は絶対に多いわ」

 と、顔をうっとりさせてそう言った。

「世に出すつもりはありませんけどね」
「ああ、こんな美味しいお酒を私達だけで飲むなんて、とんでもない贅沢だわ……」

 なげく様にそう漏らすセリア。
 同じくらいに美味しいお酒がまだまだ飲み切れないくらいにあるし、これ以上に美味しいお酒もあると言ったらとんでもないことになりそうだ。
 リオは黙って美春の作ったビーフシチューを口にした。
 柔らかく煮込まれたビーフシチューが素晴らしい味をにじみ出しており、リオは顔をほころばせる。

「さて今度はミハルの作ってくれた御馳走を楽しむ番ね。この皿に盛りつけられた白い粒は何なの? 麦……じゃないわよね?」
「それはお米ですね。色んな種類があって一概には言えませんが、そのままだと特に味は付いていないのが特徴です。なので他に味が付いた食事と一緒に食べるのが一般的な食べ方です」
「へぇ、じゃあ、まずは試しにそのまま……うん、確かに味は付いていないわね。何かと一緒に食べた方が良さそう。あ、このキャベツの料理と一緒に食べると良い感じね。シチューのお肉にも合いそう」

 にこにこと笑って食事を楽しむ。
 そんな感じで終始セリアは美春の作った料理に舌鼓を打っていた。

 食事を終えると今度はお風呂だ。

「こちらが脱衣所になっています。浴室はあの扉の向こう側です」

 浴槽文化のないセリアに風呂の使い方を教えるべくリオが案内をする。

「ずいぶんと立派な脱衣所ね。この分だと浴室もかなり大きいのかしら。思ったんだけど、この家って見た目よりも広くない?」

 きょろきょろと脱衣所の室内に視線を送りながら、セリアが尋ねる。

「ああ、それは室内を広げるように空間魔術をかけてあるからですね。構造上、広げられる面積には限度がありますが、けっこう便利なんですよ」

 と、リオが何の気なしに答えると。

「く、空間魔術ね。これも精霊の民って人達に教えてもらったってわけか。人間族がいかに遅れているかが実感できるわ」

 セリアが顔を引きつらせた。

「俺も最初はその利便性に感動しましたよ。じゃあ浴室に移動しましょうか」

 浴室の扉を開き、中に入るようにジェスチャーで促す。

「ありがと」

 小声で礼を告げ、浴室の中へと入ると。

「な、何これ? すご! これが浴室なの?」

 セリアは思わずと言った感じで叫んだ。

「あれは浴槽と言いまして、先に身体を洗った後にあの中のお湯に浸かって身体を温めるんです」
「人間族のお風呂とはだいぶ違うのねぇ」

 岩で囲まれた広い浴室を見渡すと、セリアは感慨深げに息を吐いた。
 シュトラール地方には秘境にある温泉を除いてお湯に浸かるという習慣がない。
 セリアも温泉という存在は知っているが、実際に浸かったことはなく、初めての体験に随分と興味を引かれているようだ。

「一度体験すると病みつきになると思いますよ」

 にやりと笑って、リオが言う。
 そのまま室内の洗い場に視線を向けて。

「あそこで髪と身体を洗ってください。設置されている魔道具の水晶に手を触れるとお湯が出てきます。石鹸は五種類ありまして、それぞれ役割は――」

 と、セリアに浴室に設置された魔道具や石鹸の使い方を教えていく。

「使い方はこんなところですかね。岩風呂と檜風呂は湯の温度が違うので、気分で好きな方に入るといいですよ。後は実際に体験してみてください。俺は部屋に戻りますので」
「ええ、ありがとうね」

 そのまま二人で脱衣所に戻り、リオは自室へと戻り、セリアだけが残った。
 脱衣場に鍵をかけると、身に着けたワンピースを脱いで、簡素な綿の下着姿になる。
 その下着も脱ぎ去ると、背中まで伸びた白いストレートヘアがばさりと流れた。
 室内に人はいないのだが、裸のまま広い脱衣場にいると何となく気が落ち着かない。
 セリアはそそくさと浴場へ向かった。

「たしかにこのお湯の中に身体を埋めたら気持ちよさそうね」

 思わず白く湯気が立ち昇る浴槽にざぶんと飛び込みたい衝動が沸き起こったが、まずはリオに言われたとおりに髪と身体を洗うことにする。

「うわぁ、液状の石鹸なんて初めて見たわ。しかも凄く良い香り」

 セリアは石鹸の品質の高さに驚きを覚えた。
 そう、まず、匂いが違う。 
 人間族の社会に広く出回っている石鹸は軟石鹸と呼ばれる柔らかいもので、匂いもあまり良いものではない。
 だが、リオが用意してくれた石鹸は思わず鼻で息を吸い込みたくなるような優しく甘い花の香りがする。
 最近になってリッカ商会が発明したという硬石鹸よりも断然にこちらの方が良い。

「五種類すべてリオが作ったって言っていたけど、この作り方を教えるだけでとんでもない額の収入になりそうね。まぁあの子はそんなことはしないんだろうけど」

 リオは地位とか名声とかよりも平穏を選ぶタイプだ。
 教えるとしても自分の名は絶対に出すことはしないように思えた。
 ちなみにこの家に置かれている石鹸はどれも精霊の民の里でしか採れない材料を用いているため、人間族に製法を教えたところで生産することはできない。
 その品質は精霊の民のお墨付きで、シュトラール地方で作られている石鹸など比べるのもおこがましいくらいに良質である。
 なお、カラスキ王国でユバの村に教えた製法は、精霊の民で作られているものよりグレードは落ちるが、生産性に富んだものだ。

「さて、身体はこんなものでいいのかしらね」

 泡立てた石鹸で身体の隅々まで優しく洗ったところで、魔道具の湯口から流れるお湯をかけて泡を流す。
 この時点で肌がいつもよりつやつやになった気がした。

「次は顔か。えっと、これかな」

 桶に入れておいたぬるま湯を顔にかけると、洗顔用と書かれた容器を取って、その中から適量の石鹸を手につけた。
 そのまま泡立てた石鹸を顔につけて擦らないように優しくマッサージしながら洗っていく。

「うわぁ。気持ちいい」

 顔に付着した汚れが洗い落とされ、肌にうるおいが残ったままハリがあるような感じが残る。

「で、次は頭か。えっと、まずはシャンプーで、次にトリートメントっていうのを使うんだっけ」

 まずはシャンプーで髪を丁寧に洗うと、その後にトリートメントを髪の中間から毛先にかけて馴染ませた。

「これでいいのかしら?」

 リオに言われた通りに蒸しタオルで長い髪と頭を包むと、そのまま湯船に浸かった。

「うああ……」

 悶えるような声がセリアの口から漏れる。

「凄く気持ちいい。こりゃ癖になるわね」

 心地良い脱力感が全身を包み込む。
 目を瞑って口元までお湯に浸かると、全身を弛緩させる。
 空を見上げると綺麗な星々が視界に映った。
 セリアの顔には微笑みが浮かんでいる。

「綺麗ねぇ。つい半日くらい前までこの世の最後みたいに思っていたのが嘘みたい」

 ふと、セリアはリオと仲良くなるきっかけとなった時のことを思い出した。
 場所はベルトラム王国王立学院の図書館棟。
 時期はリオが入学してから一ヶ月くらいが経過した頃だったろうか。

(あら、あの子……。またいるわね)

 いつも研究室に引きこもっているセリアだったが、こうして本を探しに書籍室へとやってくることが多い。
 そこでセリアはリオが一人で黙々と本を読んでいる姿を目にした。
 セリアはリオがこうして図書館で本を読んでいる姿をよく目にする。
 とはいえ、当時のセリアはまだリオとの接点は少なかった。
 だが、リオが入学してすぐに算術の記号を教えて、その時に尋常じゃない速度で暗算をこなしていく姿が印象的で、セリアはリオのことを覚えていた。

(いつも本を積んでいるけど、何の本を読んでいるのかしら?)

 こうして頻繁にその姿を目にすると、流石に少し気になる。
 いつもは遠目から眺めているだけだったが、セリアはリオにそっと近づいた。

(あれ、寝てる?)

 近づいてみると、リオは本を手にしたまま安らかに寝息を吐いて眠っていた。
 机の上にはびっしりと文字が書かれた紙が何枚か置いてある。

(本を読みながら文字の勉強をしているのかな)

 セリアはそう推測した。
 読んでいる本は児童向けの学術書のようだが、机の上には文字の教科書と辞書や図鑑が置かれている。
 おそらくわからないことを適宜調べながら本を読んでいるのだろう。

(そういえばこの子って孤児だったんだっけ)

 と、リオの境遇を思い出す。
 元が孤児ならば常識なんてほとんど身に付いていないはずだ。
 いくら児童向けの本とはいえ、読むのはかなり苦労するだろう。

(でも、この子って文字は読めなかったはずよね。一か月前は算術の記号さえ知らなかったくらいだし。まさか……)

 たった一ヶ月で本を読めるくらいに文字を習得したのだろうか。
 それも独学で。
 セリアはそのことに気づいた。

(でもそうしないと授業に置いていかれちゃうわよね……)

 王立学院は貴族達が通う学び舎だし、講師達も暇ではない。
 元孤児の少年がわからないと言ったところで授業のペースを遅らせたり内容を簡単にすることはないだろうし、わざわざ元孤児のために授業外で時間をとって教えるような真似もしないだろう。
 だから、リオが授業に付いていけなければ放置されてどんどん授業は先に進んでいくはずだ。
 セリア自身も研究が忙しくてそれほど意識はしてなかったが、少し考えればそんなことは容易に想像できた。

(独学なのにたった一ヶ月でこれを……。すごい頭の良い子なのね。これなら算術を身に着けていたのも納得ができるのかしら?)

 置かれていたメモの一枚を取って、セリアはじっとその内容を読みこんだ。
 字は綺麗だし、書かれていることに無駄はない。
 しかも読み直しやすいように工夫がされており、わかりにくいところには詳しく説明が書かれている。
 中には自作の単語帳まであった。

(疲れちゃったのかしら。まぁ授業が終わってからずっとここで本を読んでたら無理もないか)

 安らかな寝顔は非常に整っているが、すごく無邪気に見える。
 セリアはくすりと笑みを浮かべると。

「ほら、こんなところで寝てると風邪をひくわよ」

 リオの肩をゆすった。

「……ん、……セリア先生……ですか?」
「あら、覚えていてくれたのね。貴方はリオだったかしら?」

 眠気眼のリオに、セリアはにぱっと笑ってみせた。

「はい。そうですけど……」

 何か用でしょうか、と言いたげな視線をリオはセリアに向けた。

「休憩がてらちょっとお茶でもしない?」
「え、でも……」
「いいから、付いてきなさい」

 セリアは戸惑うリオの手を引っ張った。
 少し照れくさくて、リオの顔から視線を外す。
 どうしてこんな大胆な真似をしたんだろうか。
 今思い返してもそう思う。
 けど、この時、こうして良かった。
 本当にそう思う。
 そうしなければリオと仲良くなることはなかっただろうから。
 これをきっかけにセリアはリオと一緒にお茶を良く飲むようになった。
 気がつけば毎日のようにリオと会うようになって、色んなことを話すようになる。
 あっという間に時間は過ぎていって、リオが冤罪をかけられて国から逃げなければならなくなった時はとても衝撃を受けた。
 リオが去ってから、セリアとリオの繋がりは切れていたが、リオのことはセリアの中で良き思い出として心に刻まれ続けた。
 リオからもらった手紙も実は肌身離さず持ち歩いて、嫌なことがあるとその手紙を読んで気持ちを入れ替えるようにしていたのだ。

「あの手紙をずっと持ち歩いていたって教えたらどんな顔をするのかしら」

 フフッとセリアは笑いを漏らす。
 セリアにとってリオは単なる一生徒ではない。
 若くして王立学院の講師になったせいか、嫉妬もあり、セリアには友人と呼べる人物がほとんどいなかった。
 そんな生活の中で唯一の気を許せる話し相手がリオだったのだ。
 冤罪で国を追われたリオを見送ることしかできなかった当時の自分の無力さを嘆く日もあった。
 ひょっとしたらもう二度と会えないんじゃないかと想う日もあった。
 それでも、唯一の繋がりであるリオの手紙を捨てることなんて出来なかった。
 いつか再会できるんじゃないか。
 セリアはそう望んでいたから。
 だから、セリアにとってリオは、弟のようで、友人のようで、そんな大切な存在だった。

 けど、今は少し違うかもしれない。
 いや、今でもそういった存在であることに変わりはないけれど、少し違う感情が芽生え始めている。
 上手く言葉にできないが、セリアはそんなことを感じていた。
 今もリオのことを思うとドキドキする。
 結婚なんてしたくないと思っていた頃の自分が今の自分を笑ってしまうくらいに。
 研究漬けの自分が今の自分をどんな乙女なのかと突っ込んでしまいたくなるくらいに。

「本当にリオには感謝しないとね」

 自分に会いに来るために、嫌な思い出しかないベルトラム王国に戻ってきてくれた。
 もしかしたら国を敵に回すかもしれないのに、自分の危機を知ったら迷わずに力を貸してくれた。
 セリアとリオの繋がりはたった五年と少しの間しかなかったのにだ。

「……そろそろ頃合いかしらね」

 少し湯船に浸かりすぎたかもしれない。
 最後に髪に馴染ませたトリートメントを流して、簡単に身体を洗うと、セリアは風呂場を後にした。

「リオ、良いお湯だったわよ。ありがとうね」

 着替えを終えてリビングへ戻ると、美春達と紅茶を飲んでお喋りをしていたリオに、セリアは僅かに頬を紅潮させながら礼を告げた。
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