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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第四章 再会、その裏で

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第56話 事情説明 その一

 亜紀と雅人が隠れている岩場へと戻ると、リオと美春の姿を見て、二人は目を輝かせた。
 そのまま抱き着く様に亜紀と雅人が美春に近づく。

「美春お姉ちゃん!」
「美春姉ちゃん!」
「二人とも良かった……」

 無事に再会した三人の姿を見て、リオは小さく息を吐いた。

「ハルトさん、本当にありがとうございました」

 代表して美春がお礼を言い、亜紀と雅人と一緒に頭を下げる。

「三人が無事に再会できて良かったです」

 そんな三人にリオは小さく手を振って答えた。
 自然と顔がほころぶ。

「それじゃあ、これが三人の荷物なのですが、実はこの鞄の中に金貨が入っています」

 そう言って、リオは荷物を差し出した。
 ずっしりとした重みがある学生鞄の中には、実に五十枚以上の金貨が無造作に詰め込まれており、その重さは三キロを超えている。

「あ、はい……」

 美春がきょとんとした顔で鞄を受け取る。
 金貨の入っている鞄は美春のものだ。
 ちなみに金貨五十枚という値段はこの三人を奴隷として売りさばく時に出る儲けだと奴隷商が予想していた額である。
 リオは奴隷を購入したことがないので相場はわからないが、人を違法に奴隷にして人生を台無しにしようとしたのであるから、この額が高すぎるとは思っていない。
 奴隷は用途、性別、能力によって値段が大きく異なるが、基本的にはその者を従業させて稼ぐことのできるであろう収入が目安となる。
 妙齢で健康で美しい女は娼婦にできることから大した能力がなくとも価値が高く、逆に何の能力もない男は価値が低い。
 美春達のような拉致奴隷は訳あり品として安くなるが、言葉が通じないとはいえ、美春はまさしく上記の条件を満たしているし、亜紀もまだ少し幼いが需要はいくらでもあった。
 それゆえ、先の値段のほぼすべてが美春と亜紀の価格であり、雅人はほぼ捨て値同然の価値しかつけられていなかったりする。

「えっと、この金貨は?」

 困惑した様子で美春が尋ねる。

「それは慰謝料だと思います。三人は危うく奴隷にされかかっていましたから……」

 なんとも伝えづらそうにリオが答えた。
 拉致奴隷は違法であるが、表面化しないだけで相当数が存在しているというのが現状である。
 また、騙されて奴隷になる者もおり、その大半が子供か若い女であった。
 今回のような事件はこの世界では決して珍しいことではない。

「そ、そんな……。奴隷って」

 亜紀がショックを受けたように呟く。
 無理もない。
 彼女にとって奴隷という存在は非日常極まりないものなのだから。
 美春もショックを受けているようだが、先ほどリオに奴隷の存在を聞いていたため、亜紀よりは衝撃が小さいようだった。

「なんだよ、奴隷って?」

 そんな中で一人、雅人が首を傾げて尋ねる。

「あんたそんなことも知らないの?」

 呆れたように雅人を見つめる亜紀。

「奴隷っていうのはね。……えっと……」

 そのまま奴隷について説明をしようと試みたが、亜紀は言葉に詰まった。
 単語の意味は知っていても、上手く言葉で説明できないようだ。
 美春も困ったような顔を浮かべている。

「簡単に言うと物として扱われている人間のことだよ」

 そこでリオが口を挟んで説明することにした。

「物として扱われる?」

 それでもイメージが沸かないようで、雅人が首を捻る。

「人間を動物みたいに売り買いの対象にするって言えばいいのかな。売られた人間は買ってもらった人間の言うことを何でも聞かないといけなくなる」

 そう言って、リオが説明を加えた。

「な、なんだよ! そんなのペットじゃん! 俺達そんなのにされかかっていたのか! なんでそんなことをするんだよ!?」

 流石に今の説明で意味を理解したらしく、雅人は憤慨して叫んだ。

「自分の思い通りにすることができる人間が便利だからだよ」

 歯に衣着せず、リオが簡潔にその理由を告げる。

「そんな奴を相手にして何が楽しいんだよ? 人形じゃん!」
「まぁ、そこは人それぞれだろうね。面白いかどうかじゃなくて、必要だから使う人もいるから」

 リオは苦笑して答えた。
 奴隷制の存在を当たり前のものとして受け入れている自分と違って、まだこの世界で擦れていない雅人が眩しく見えたのだ。

「なんだよ、それ……」

 力弱く、雅人が呟く。
 おそらく名状しがたい感情が彼の中で渦巻いているのだろう。

「ハルトさんがいなければ、あのままじゃどうなっていたことか……」

 すると、黙って話を聞いていた美春が怯えた様子で言った。

「本当に。こうして無事でいられて良かったです……」

 美春の横で震えながら、亜紀が言った。
 リオが助けに来なかった時のことを想像して恐ろしくなったのだろう。

「いや、大したことはしてないよ」

 そもそもリオも必要があったからこそ亜紀達を助けようと思ったのだ。
 今でこそ事情は大きく変化しているが、当初の動機は好奇心程度のものにすぎなかったし、そこまで深入りするつもりもなかった。

「……本当にハルト兄ちゃんのおかげだ。ありがとう!」

 雅人も何とか立ち直ることができたのか、リオに礼を告げた。
 ぎこちないながらもその顔には感謝の笑みが映っている。

「いや、かまわないよ」
「いや、ハルト兄ちゃんがいなかったら、本当にどうなっていたかわかんねぇよ! あいつらすげぇ怖かったし」
「ああ、どういたしまして」

 力強く礼を告げる雅人に、リオが微笑を浮かべて答えた。
 と、そこで。

「ところで、さっきから何よ。そのハルト兄ちゃんって……」

 やや不機嫌そうに亜紀が雅人に尋ねた。

「え? あー、いや、だって、ハルト兄ちゃんは俺より年上みたいだし。普通だろ?」

 特に大した理由もなく、雅人は何となくリオのことをハルト兄ちゃんと呼んでいたようだ。

「……そうだけど」

 その回答にどこか納得がいかないように、亜紀が不満げに呟く。
 そんな彼女の反応に雅人は意味がわからないといった表情を浮かべた。

「亜紀ちゃん……」

 困ったように美春が亜紀の名を呼ぶ。
 それに気づき、亜紀はいっそう顔を顰めて。

「ごめんなさい……」

 苦々しく謝罪の言葉を口にした。
 その謝罪は誰に向けられたものだったのか。
 やるかたないと言わんばかりに、亜紀は顔を俯かせた。

「…………」

 リオがそんな亜紀の様子をじっと見つめる。
 何となく既視感を覚え、苗字は違ったが、名前を聞いた時にもしかしてと、リオは思った。
 だが、今はかなりの確信を持っている。
 おそらく千堂亜紀は天川春人の妹だ。
 美春と一緒にいることがリオの確信を補強している。
 家を出て父と一緒に田舎へ赴いた天川春人と異なり、妹であった天川亜紀は母と一緒にあの街に残り続けていたはずだ。
 そのままあの家に住んでいたかどうかは不明であるが、あの街に残り続けていたのならば亜紀が美春と繋がりを持っていてもおかしくはない。
 春人はいつも美春と一緒に遊んでいたが、亜紀もその中に混ざって遊ぶことはよくあった。
 今の亜紀は見間違えるくらいに成長しているが、どことなく春人の知っている母と面影が重なっている。

「すいません。ハルトさん。変な空気にしちゃって」

 亜紀がリオに向けて謝罪の言葉を口にした。

「いや、俺は気にしてないよ」

 曖昧な笑みをたたえたまま、リオが答えた。
 もしかして――。
 いや、もしかしなくともだ。
 千堂亜紀は天川春人を嫌っているのではないか。
 今、目の前にいる亜紀の様子を見て、リオはそう思った。

「ありがとうございます」

 申し訳なさそうに小さく微笑して、亜紀が頭を下げる。
 そんな亜紀を見て、何となく胸が締め付けられるような想いがしたが、彼女達にしてみればリオは出会ったばかりの者にすぎない。
 今のリオは天川春人であっても天川春人ではなくリオなのだ。
 そんな人物がずけずけとデリケートな領域に首を突っ込むようなデリカシーのない真似をしてもいいものか。
 素性を偽り、存在そのものを誤魔化して、一方的に判断材料を得ている時点で今更だが、自分が天川春人であることを説明しなければそのことを尋ねるにしてもフェアではない。
 しかし、この時点で自分が天川春人だと説明すれば火に油を注ぐような真似になりかねないのではないか。

(どうしろっていうんだ……)

 ここに来るまでの間にリオも少しは心の整理ができていた。
 今の美春達が最優先で知るべきことは、春人の素性ではなく、彼女達に何が起きていて、これから先にどうなるのかだろう。
 だからこそ、ある程度の時間を置いて、美春達の状態が安定した後に、リオは自分の前世について美春に語ろうと決めていた。 
 なにせ話す内容が内容である。
 混乱している今の段階で私情を交えた不要な情報を与えて余計に混乱させるべきではないし、気持ちが重すぎるがゆえに、聞いてもらうのならば心が落ち着いている状況が望ましいと考えたのだ。
 だが、ここにきて事態はいっそう複雑になった。
 安否不明のセリアが無事か確認しにも行きたいし、今さらになって復讐を放棄するつもりもない。

(いや……、最終的にすることに変わりはない。今みーちゃん達が置かれた状況を説明して、現状を受け入れてもらって、状態が落ち着いた後に言えばいい。ただ、ちょっと配慮するべき事柄が増えただけだ)

 そう決めると。

「……じゃあそろそろ本題に入りましょうか」

 言って、小さく微笑し、リオは美春達を見据えた。
 鞄の中に入っている金貨については後回しだ。
 そろそろ暗くなってきているため、とりあえずこの場でするべき話をしておきたい。

「一番気になっているのはここが何処なのかということだと思います。亜紀ちゃんと雅人君には説明しましたが、ここは地球ではありません」

 これは主に美春に向けての説明だ。
 この時、そういえばどうしてリオは日本語が話せるのだろうと、美春は不思議に思った。
 だが、そこで。

「……あの、私達は地球に帰れるんでしょうか?」

 不安そうに亜紀がそう尋ねた。
 それは当然に抱くであろう疑問であろう。
 リオもその質問が寄せられるであろうことを予想はしていた。

「それは……」

 だが、リオは返事に詰まった。
 答えとしてはほぼ不可能だとリオは思っている。
 しかし、それをそのまま伝えてもいいものか。
 今回の事態は、精霊の民の里で魔術や精霊術について人間族を凌駕する知識を得たリオでも、説明できない点が多々ある。
 時空を操ることはオドの操作とマナへの干渉が複雑すぎて精霊術では不可能とされているが、精霊の民は魔術でそれを成功させた。
 とはいえ、転移魔術を込めた転移結晶で大陸の端から端へと一瞬で移動することはできるが、世界を跨いで移動することは流石に不可能である。
 いや、座標を設定できれば理論上は可能なのかもしれないが、他の世界に座標を設定する方法がわからないのだ。
 仮に座標を設定したとしても、世界を跨ぐのに必要なオドの量を考えると実現可能性は恐ろしく低いだろう。

「ごめん。断言はできないけど、かなり難しいと思う……」

 悩んだあげく、リオはそう答えた。

「そんな……」

 亜紀の表情が絶望に染まる。
 いや、亜紀だけではない。
 美春や雅人も強く衝撃を受けているようだ。

「けど、可能性はゼロじゃない。今回の事件は人為的に引き起こされたものだと思うから、その原因を突き止めればあるいは。それでも可能性は小さいけど……」

 絶望した美春達の顔が見ていられず、リオは説明を加えた。
 今回の事件を引き起こしたのは誰なのか。
 シュトラール地方で起きた以上、容疑者として挙げられるのは人間族全てだ。
 とはいえ、リオが知る限り人間族は時空魔術の実用化には至っていない。
 シュトラール地方にリオがいなかった数年間で時空魔術の実用化に至ったとも思えない。
 だから、可能性があるとすれば神魔戦争期のアーティファクトだろうとリオは考えている。
 そのアーティファクトに組み込まれている術式を解明できれば何かわかるかもしれない。
 とはいえ、アーティファクトに組み込まれた術式は複雑すぎて謎が多い。
 人間族よりも遥かに魔術に明るい精霊の民が作りだす霊具にはアーティファクト級の代物が数多く存在するが、彼らでも解明できないアーティファクトは存在するのだ。
 仮に問題となるアーティファクトを発見したとしてその原因を解明できる可能性はとても低いように思えた。

 そもそも最大の謎は高校一年の序盤に失踪した美春が今この場に召喚されたという事実である。
 複数の人間が失踪したあの事件は一過性のものだったが、当時は世間を賑わしたちょっとしたニュースとなった。
 今の美春は高校生のままだ。
 つまり、失踪した美春はこの世界に召喚されたということになる。
 だが、そうなると今度は別の疑問が浮上してくる。
 どうして美春の失踪よりも後に死んだリオの方が先にこの世界にやって来たのか。
 違いがあるとすれば召喚と転生という差があるが、そこに時系列のズレを生じさせる何かがあるというのか。
 わからない。

 色々と考えているうちに頭がこんがらがってきた。
 疲れを吐きだすように小さく溜息を吐くと、リオは美春達を見つめて。

「その、俺に出来ることがあれば可能な限り協力しますから」

 と、そう言った。
 気休めの言葉をかけることしかできない自分の無力さが悔しい。
 もし美春が何としてでも地球に帰りたいと言ったら――。
 自分は彼女が地球に帰れるように協力するのだろうか。
 それとも地球に帰りたがっている美春を引き留めようとするのだろうか。
 リオはそんなことを思った。

「……ありがとうございます」

 美春が精一杯の笑みを浮かべてリオの言葉に答える。
 亜紀と雅人はまだ衝撃から立ち直ることはできていないようだ。

「とりあえず今はこれから先のことを考えましょう」

 困ったように笑みをたたえると、リオは美春にそう語りかけた。

「はい」

 美春が微笑して返事をする。

「まず、この世界の治安がとても悪いということは既に分かってもらえたと思います。言葉も通じない貴方達が自力で暮らしていくことがほぼ不可能だということも」

 厳しい物言いになるが、リオは言葉を濁さずに言った。
 美春の顔に緊張した様子が色濃く表れる。
 何とか話を聞ける状態になったのか、亜紀や雅人もリオの言葉に耳を傾けていた。

「けど安心してください。たった一つの条件というかルールを守ってくれると誓えるなら、俺が貴方達のことを保護しようと思っていますから」

 本心としては無条件で保護しても構わないと思っている。
 だが、リオが置かれている現在の状況を踏まえると、守ってもらいたいルールがあった。

「ルール……ですか?」

 おずおずと美春が尋ねる。

「はい。今後、俺に関する個人情報を俺の許可なく第三者に漏らさないことです。ただし、身の安全を害されそうな場合は漏らしても構いません。どうでしょうか?」

 気負った様子もなく、リオが条件を提示する。
 すると。

「……そんなことでいいんですか?」

 呆気にとられたように、美春が答えた。
 それでは実質的に美春達の負担は何もない。
 美春の常識からすると、見知らぬ人間を三人もまとめて面倒を見るなんて生半可なことではない。
 少なくとも、地球で暮らしている日本人が同じことを頼まれても、承諾の返事をすることはまずいないと思われる。
 だからこそ、提示されたルールの軽さが意外過ぎて、美春は困惑してしまった。

「はい。それを順守してくれると誓ってくれるなら三人の衣食住の面倒は俺が見ます。俺が教えられる範囲でこの世界で生きていくために必要なことも教えます」
「それは……」

 願ってもないことだ。
 美春達からすれば本当に願ってもないことである。
 だが、それではリオの負担が大きすぎやしないだろうか。
 美春達はリオに縋るしか道は残っていないが、それではリオの負担が大きすぎて申し訳がない。
 だが、今の美春達にできることが何もないのは事実だった。

「わかりました。そのルールを守ることを誓います。ハルトさんから受ける恩もいつか絶対に返します。なので、どうか私達を保護してください。お願いします」

 いつかこの恩を返そうと心の中で強く誓って、美春は深く頭を下げた。
 只々、深く、頭を下げた。
 美春に続けて、亜紀と雅人も「お願いします」と、リオに頭を下げている。

「わかりました。頭を上げてください」

 薄く笑ってそう伝えると。

「では、改めて簡単に自己紹介をしましょう。最初に伝えておくべきことがあります。……俺の名前はハルトと教えましたが、実は事情があってこれは偽名なんです。本当の名前はリオといいます。歳は十六歳です」

 リオはこの世界の自分の本名を伝えることにした。
 それが今の自分にできる精一杯の礼儀だと思ったから。
 美春達はリオが偽名を名乗っていることを知り、目を丸くした。

「えっと、混乱させてしまって申し訳ありません。人がいない場所で俺をどっちの名前で呼ぶかは自由ですが、今後、外で俺を呼ぶ時は必ずハルトと呼んでください」

 そういって、リオは小さく頭を下げた。

「えっと、わかりました。じゃあ、混乱するので、とりあえずハルトさんで統一してもいいですか?」

 既にハルトという呼び方が浸透してしまったせいか、美春はそう答えた。

「わかりました」 

 返事をして、リオは小さく笑った。
 リオからすれば今の自分はリオであるという意識が強いが、春人も自分であることに違いはない。
 そんな自分の名前を美春に呼んでもらえることは素直に嬉しかった。

「じゃあ私も自己紹介をしますね。私は綾瀬美春といいます。歳は同じく十六歳です。よろしくお願いします」

 美春も改めてリオに自己紹介を行った。

「じゃあ私も――」

 それに続けて亜紀と雅人もリオに自己紹介を行う。

「では、これから先、よろしくお願いします」

 三人を見据えて、リオは言った。

「さて、まだまだ話すべきことはあるのですが、もうだいぶ暗くなってきました。いったん腰をゆっくりと落ち着ける場所に移動しましょう。今、家を出しますから」

 既に周囲は闇に包まれ始めている。
 いつまでもこんな場所にいてはどんどん気分も暗くなるだけだろう。

「え? 家……ですか? 出すって?」

 亜紀が困惑したように尋ねた。
 こんな何もない岩場のどこに家があるというのか。
 美春と雅人も同じようで、不思議そうに周囲を見渡している。

「少し待っててください」

 そんな彼女達の反応に苦笑し、リオは少し離れた場所に移動した。
 適当なスペースを見つけると、地面に手を置き、精霊術で土を操作して、根切りして地盤を安定させていく。
 そうやって家を設置する場所を確保すると――。

解放ディスチャージ

 呪文を唱える。
 すると、リオの眼前に巨大な空間の渦が巻き上がった。

 時空の蔵には意思のない物の時間を止めたうえで収納することができる。
 そして、収納されている物は所有者の任意で付近の場所に出現させることが可能であった。
 それは家であっても例外ではない。

 この旅に備えてリオは旅住まいとして一軒の家を建築していた。
 それは、自然に溶け込めてそれでいて丈夫なようにと、岩を組み合わせて作った石の家だ。
 建物自体に認識阻害の結界魔術が籠められた霊具となっており、家から半径五百メートル以内の空間に登録した居住者以外が立ち入ると、その瞬間に結界の範囲内の異常に違和感を抱かなくなる。
 オドを視認でき、オドとマナの感知能力が高い精霊術師が相手だと、家を中心にして周囲を覆う結界魔術の存在に気づかれやすいが、そうでない生物との関係では非常に有効な防犯魔術である。
 ただし、半径五百メートルを超える位置から結界内に意識が向いていると、結界に立ち入ったとしてもその効果は激減するため、設置場所は選ぶ必要がある。
 ちなみに霊具の効果は自由にオンとオフに切り替えることができ、現在は結界を作用させていない。
 また、認識阻害の結界魔術以外にも何個か建物に魔術が込められている。

「な、何、これ……?」

 暗くてよく見えなかったが、いつの間にか巨大な岩の集合物が現れ、亜紀が愕然と呟いた。
 リオ達の目の前にある巨大な岩の集合物は最長部で二十メートル以上ある。
 美春と雅人も唖然としており、そんな彼女達の反応にリオは苦笑した。

「これがこれから先に住むことになる家です。見た目はただのでかい岩ですが、中はそれなりに綺麗ですよ。入り口はこっちです」

 そう言って、リオがすたすたと家の入口へと向かっていく。
 その後ろ姿を三人が呆気にとられたように眺めていた。
+注意+
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