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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第四章 再会、その裏で

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第52話 異変

 まばらに浮かぶ白い雲を掻き分けながら、リオは西に向かって真っ直ぐに空を飛んでいた。
 彼方に連なる山々を映して、鮮やかな青空が地の果てまで広がっている。
 かなりの速度で飛行しているが、周囲を覆う風の結界により空気抵抗を感じることはない。
 眼下に広がるのは岩の散乱した平原で、遠く離れた湖を起点に川が幾筋もの支流を作り伸びていた。
 ぐんぐんと周囲の風景が映り変わっていく中、目を凝らすと遥か彼方に人間族が暮らすシュトラール地方が見える。
 精霊の民の里を出発してからは早六日、目的の大地はもうすぐそこまで迫っていた。

 かつて自分が立ち去った大地が近づいている。
 その事実にリオは何とも不思議な想いを抱いていた。
 ふと、当時のことを思い返す。
 正直、シュトラール地方には良い思い出がほとんどない。
 前世の記憶を取り戻す前もそうだし、記憶を取り戻してからも碌な目に遭っていないのだ。
 記憶を取り戻し、二人の王女を助けたかと思えば、恩人扱いされずに尋問された。
 それから、何とか誤解は解け、学院に通うことになる。
 孤児で拠り所がなく、この世界の教養が欠落していたリオにとっては降って湧いた良い話でもあった。
 だが、周囲の貴族達に悪意をぶつけられ、悶悶もんもんとした日々を過ごすことになる。
 おかげで好き勝手言われることに耐性はできたが、気にはならなくてもまったくストレスが溜まらないというわけではない。
 あの頃、セリアという理解者がいなければ、そういった不満の発散もできていなかっただろう。
 とはいえ、最終的には、濡れ衣を着せられ、指名手配され、国から逃げ出すことになってしまった。
 簡単に並べ立てても本当に碌な想い出がない。

 あの頃、自分は無力だった。
 純粋な力はあったかもしれないが、身分や立場といったしがらみを断ち切るだけの地位や権力は持っていなかった。
 別にそんなものを欲しいと思ったことはなかったが、湧き上がる怨嗟えんさの感情を抑えつけるだけで、何もできなかったのは事実だ。
 リオがしたことといえば心の中で甘い戯言を言って抵抗しただけ。
 それでもあの学院に通っていたのは、孤児であったリオには碌に常識がなく、定まった住居もなかったからだ。
 その代償として、為す術もなく、悪意は自分の生活にあっさりと入り込んできた。

 だが、この世界の凄惨さはもう十分に知っている。
 身分や立場といったしがらみを気にしないだけの拠り所も手に入れた。
 今はもうあの頃とは違う。

「…………」

 小さく息を吐くと、リオは再び、西の空へと目を向けた。

 ☆★☆★☆★

 翌日、ベルトラム王国からほど近いガルアーク王国の領域内、街道から外れた隅っこの森の中で、灰色髪の少年が一人で木々の隙間を縫うように走っていた。
 年の頃は十六歳くらいか。
 全身を覆うのは黒いローブ、腰には綺麗な装飾が施されているが実用的な片手剣が差してある。

 灰色髪の少年の正体はリオである。
 今、リオは自作した首飾りの魔道具で髪の色を変えていた。
 道具の核として精霊石を用いれば、より強力な魔術を込めて、容姿の変化も可能になるが、精霊石は貴重であまり無駄遣いはしたくない。
 そこで、精霊石は用いずに比較的簡単な髪の色だけを変える変化幻術を込めた魔道具を作ったのである。
 首飾りを着けている間はリオの魔力を勝手に吸い取り、髪の色を変え続けてくれる。

 リオの足取りに迷いはなく、最寄りの都市であるアマンドへと歩を進めていた。
 やがて森を抜けると、アマンドが視界に映る。
 遠くから眺めるその都市の光景は、リオの記憶の中にある数年前のものとは、大きく異なっていた。
 都市の規模からして、暮らしている人間の数は、当時の数倍を超えるのではないか。
 それくらいに都市は大きくなっていた。
 どうやら、リオがこの都市を立ち去ってからたった数年の間で、ずいぶんと発展を遂げたようだ。

 都市の周辺部まで近寄ってみたが、鼻を刺すような都市特有の生活臭が漂ってくることはない。
 衛生面の管理に力を入れているのだろうか。
 そういえばアマンドを治めているのはリーゼロッテという公爵家の令嬢だったはずだ。
 彼女ならば、この都市が急成長し、衛生管理の配慮も行き届いていることに、納得することができる。
 リオはそう考えた。

 城壁の建設もままならない状態であるため、都市の周辺には柵が並べられているだけで、何の検査もなく東西の門から立ち入ることができるようだ。
 とはいえ治安が悪い様子はない。
 都市の内部も計画性を持って建物の配置をしてあるようで、主要な通りは地面の舗装までされている。

 東から都市に入って中へ進んでいくと、宿場街には当時一泊した宿屋がまだあった。
 宿屋の外観に変化はないように見える。
 だが、それ以上は気に留めることもなく、リオは先へと進んでいく。
 やがて商業ブロックへとやって来た。
 かつて来た時と同じように、この都市は商業が盛んであるようだ。
 商業ブロックには活気があふれ、至る場所に出店が開かれ、客を呼び込んでいる。
 この場所でかつて食べた肉麺スープが懐かしくなって、リオは周囲を見渡した。
 すると、麺を扱っている出店が何店舗かあった。
 あの時の店がまだ営業しているのかはわからないし、営業していたとしてもどの店がその人物の経営する店なのかも不明である。
 懐かしさを覚え、リオは適当な店にふらりと立ち寄ることにした。

「おじさん。肉麺スープを大盛りで一杯お願いします」
「おうよ! 茹でるのにちょいと時間がかかるがいいかい?」
「ええ、かまいませんよ」

 注文を受け、店主の男がパスタをゆで始める。
 リオがこの都市に訪れた理由はベルトラム王国に立ち入る前に簡単な情報収集をしておくことが目的だ。
 注文をするついでに情報を集めたかったので、リオとしては時間が多少かかった方が好都合であった。

「これからベルトラム王国に行こうと思ってるんですけど、最近、何か変わったこととかあります?」

 こういった場所で情報を収集するには露店の商人に話しかけるのが一番だ。
 商人は情報通であるし、商品を買えば口も軽くなる。

「お客さん、旅人かい? ベルトラム王国は今ちょっと色々とゴタゴタしているみたいだぜ。落ち着くまで旅をするのはちょっとお勧めしかねるな」
「何かあったんですか?」
「それがな。クーデターが起きたんだよ」

 うんざりとした声色で男は言った。
 アマンドはベルトラム王国との交易地点となる都市だ。
 隣国で面倒事が起きたというのはあまり好ましくない出来事なのだろう。

「……クーデターですか」

 穏やかではない話題だ。
 リオの心は僅かにざわめいた。

「おう、つい先日、プロキシア帝国が突発的な侵略を行ったらしくてな。ベルトラム王国がその動きを掴み切れずに手痛いダメージを受けたのがクーデターの原因らしい。細かいことは俺もよくわからねぇんだがよ」

 と、店主の男はリオに事情を語り始めた。

「侵略された直後にクーデターとは呑気ですね」

 呆れたような声でリオが答える。

「だな。クーデターの首謀者はプロキシア帝国と背後で繋がっているんじゃないかってのが専らの噂だ。実際、侵略後のプロキシア帝国の動きは大人しいみたいだしな」
「随分ときな臭いですね。クーデターということは死傷者も大勢でたんですか?」
「何やら随分と手早く行動を起こしたおかげで一般市民には被害は出てないみたいだな。ただ、一部の貴族が投獄されて何人かは処刑されたって噂は聞いたな」
「貴族が……」

 物憂げな表情を浮かべて、リオが呟く。
 リオはベルトラム王国の貴族であるセリアに用があるのだ。
 その中にセリアが含まれていなければいいのだが。
 リオは思った。

 その後もリオは商人から簡単に噂話を聞き出していく。
 今になって見ればクーデターの火種は先代の国王が死んだ時点で存在していたという。
 先代国王の死後に絶大な影響力を振るうようになったアルボー公爵であったが、十年近く前に起きた王女誘拐事件を機に失脚する。
 それを機に雌伏の時を経て力を蓄えていたユグノー公爵がのし上がり、以降、長きにわたって王宮内の覇権を得るために政争が繰り広げられることになった。
 特にここ数年は激しい争いが繰り広げられていたようで、こうして隣国の市井で噂になる程に泥沼に陥っていたようである。

「なるほど。ありがとうございます」
「いや、別にこれくらいならこの都市で商人をやってればすぐに知れる情報だしな。ちょうど肉麺スープもできたところだ。お待ち」
「どうも」

 茹でたパスタを容器に入ったスープに放り込んで、その上に大量の肉が積まれる。
 差し出された肉麺スープの入った容器を受け取ると、リオは屋台に備え付けてある飲食スペースに腰を下ろした。
 フォークを使って黙々とパスタを食べていく。

 別にリオにとってはベルトラム王国が滅びようが存続しようがどちらでもいい。
 だが、無事を願わずにはいられない一人の女性の安否だけが気になった。
 流石にこの都市で一貴族にすぎない女性の安否を知ることはできないだろう。
 もう少し聞いて回ってみてもよさそうだが、これ以上の情報がここで聞けるとも思えない。
 無駄に時間を消費することを考えると、さっさとこの都市を出発した方が良さそうだ。
 そう決めて、リオはこのままアマンドを発つことにした。
 去り際、古いものも含めて指名手配書のチェックを行う。
 だが、リオの指名手配は行われていないようだった。

 ☆★☆★☆★

 リオがアマンドを出発してからほんの数十分後。

「っ!?」

 赤、青、緑、茶、白、黄の六本の光柱がシュトラール地方の天空を穿うがった。
 光柱を中心にオドとマナがほとばしり、大気を震わせている。
 東西南北の至る場所に光柱が立ち昇っていて、そんな光景を呆然と見つめていると――。

「っ……」

 ふと、リオは大きく目を見開いた。
 その瞳に光柱は映っていない。
 瞬間、内から熱を発したように身体が温かくなった。
 それは一瞬のことだったが、確かに温かみのある何かを感じた。
 我に返ったように、ハッとした表情を浮かべ、リオは自らの胸に手を当てる。

「誰だ……?」

 なぜだろうか、リオのオドとマナの知覚精度が格段に上昇していた。
 今ならこれまで以上に自在に精霊術が使える気がする。
 だからだろうか、自身の中に眠る何かを感じ取ることもできた。
 まだ眠っている。
 だけど、そう遠くないうちに目覚めてもおかしくはない。
 そんな気がした。

 やがて、リオは周囲を見渡した。
 まだ光柱は立ち昇ったままだ。
 自らに起きた変化も大事だが、シュトラール地方に何が起きているのかも気になる。
 小さく首を振って意識を切り替えると、リオは体内のオドを研ぎ澄まして、周囲に感覚を広げた。

「あれは時空魔術……? それに、光柱は立ち昇っていないけど、あっちにも……」

 リオの研ぎ澄まされた感覚が、光柱とは別の地点で、オドとマナの巨大な奔流が生じているのを感じ取った。
 方角的にはやや南東、ちょうどガルアーク王国とその南にあるセントステラ王国の国境付近だ。
 目で見ることはできないから、どんな魔術もしくは精霊術が発動しているのかは断言できないが、オドとマナの震え方から、時空魔術に特有の歪みが感じ取れる。
 この距離から感じ取れるとなると相当大規模な魔術が用いられたはずだ。
 その地点のさらに南、セントステラ王国の奥深くに一本の光柱が立ち昇っている。
 西のベルトラム王国の方角にも位置は別々だが、二本の光柱が立ち昇っており、そのうちの一本はだいぶガルアーク王国に近い位置にあった。
 また、ガルアーク王国の奥深くからも一本の光柱が立ち昇っている。
 つまり、近場だと四本の光柱があり、さらには原因不明のオドとマナの巨大な乱れが付近で生じていることになる。
 一番近いのはベルトラム王国で立ち昇っている光柱か、原因不明のオドとマナの乱れが生じている場所だろう。
 どちらもここからだと空を飛んで一時間といったところだ。
 今は少しでも早くベルトラム王国に向かいたいところだが、正直、何が起こっているのかは気になる。
 自分には関係のないことかもしれないが、何か妙な胸騒ぎがした。
 この胸騒ぎはなんだというのか。
 光柱はあれだけ目立っているのだ。
 あの場所にはすぐに人が集まるかもしれない。
 なら、光柱の立ち昇っていない場所に行ってみよう。
 そう決めると、胸騒ぎに突き動かされ、リオは南東に向けてその場を発った。
 書籍版「精霊幻想記」の描写に合わせて、魔道具で変装している時のリオの髪の色を茶髪から灰色に変更しました。
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