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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第三章 両親の故郷の地で

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第33話 村での生活 その三

 リオがこの村に来てから二週間が経過し、いまだ村のすべての者と会話をしたわけではないが、リオの存在は村人全員に知れ渡っていた。
 村長であるユバが後見人となっている。
 ユバの孫娘であるルリが気安く会話を行っている。
 村に肉を供給するという重要な役職に就いている。
 ドラもその狩りの腕前を褒め称えており、リオがやって来たことで肉の供給量が増えた。
 さらには、若い女衆達からの評判も上々だ。
 そんなわけで、どこか閉鎖的な村人達の残りの多くも、とりあえずはリオのことを臨時の村人として認めるに至っている。

 さて、狩りを手伝うことになったリオだが、何も狩りは毎日行うわけではない。
 毎日のように狩りを行えば、林に暮らす動物達が減少してしまい、警戒されてしまう。
 そんなわけで、狩りは適度に休みの日を入れることになっていた。
 今の季節は秋手前、収穫に向けて忙しくなる時期だ。

 この村の総人口は三百人を超える。
 だが、各家の次男以下の働き手となる男の中には、兵士として砦に勤めていたり、外部へ出稼ぎに行く者もいる。
 それゆえ、この村で実際に暮らしている人間で、働き手となる若い男の数は決して多くはない。
 となれば、少しでも時間の余った者は、他の作業の応援に駆り出されることになることになるのが当たり前であった。

 そんなわけで、狩りが休みの日には、リオも農作業を手伝うようになった。
 ところが、実際に村の農作業を手伝い、そのやり方を聞くと、リオが思いつく限りでも様々な改善点が出てくるではないか。
 そこで、リオは少しユバに相談してみることにした。

「今よりも豊作にする秘訣があるじゃと?」

 リオの相談に、ユバがどこか訝しげな表情で言った。
 そんな上手い方法があればとっくに誰かが試しているはずであり、その噂が広がっていてもおかしくはない。
 祖母としてはリオの言葉を信じてやりたいが、村の民達を預かる身としては安易にその意見を聞き入れるわけにもいかない。
 ユバが不審に思うのも無理はなかった。

「ええ。流石に既に芽吹いている作物を豊作にするのは無理ですけど、これから先に育てる作物について今よりは確実に豊作にする方法があります」
「ううむ……」

 と、何かを考えるように、ユバが唸り声を出す。
 ユバの懸念はリオも容易に想像できていたので――。

「まぁ、とりあえず話を聞くだけ聞いてみてくれませんか?」

 と、リオは気楽な様子でユバに言った。

「うむ、そうだね……。じゃあ、どんな改善点があるのか教えてもらってもいいかい?」

 どうやら話だけは聞いてくれるようだ。

「まずは土ですね。肥料という土の薬を使うことで、作物が育ちやすい土壌を作ります」

 と、リオは最初に土壌の改善を提案した。

「肥料? 土に薬かい? ふむ、まぁ、豊作のおまじないと似ているね」

 そう、この村では、毎年、豊穣祭の際に、大地に感謝をささげるためにおまじないを行っている。
 それは農学的にはあまり意味のない物を土に撒いているだけなのであるが、土に何かをするという行為は理解してもらえるようだ。
 これならば説得もしやすいだろう。

「で、具体的に土に何をするんだい?」

 と、薬師でもあるせいか、ユバが少しばかり興味深そう尋ねてきた。

「ええ、それをするには少し特殊な土が必要になってきます」

 なかなか好感触なユバの反応に、リオが薄く笑みを浮かべる。

「少し特殊な土? なんだい? それは?」
「見た目は黒で、落葉樹や広葉樹の葉が土状に分解されたものです。山林に行けば簡単に手に入りますよ。葉があれば自作もできます」

 そう、それは腐葉土である。
 腐葉土は現代農業でも非常によく利用されるものだ。
 自然の腐葉土は成分が偏っていることもあるので、自作をして、成分調整をしたものを用いるのが望ましいだろう。

「そんな土があるのかい。今まで見たこともないねぇ」

 どうやらユバもその存在は知らなかったようだ。

「はい。その土を混ぜるだけでもだいぶ状況は改善しますよ」
「なるほどねぇ。その程度ならすぐにでも試してみることはできそうだ」
「ええ、不安だというのならまずは試験的に裏庭の家庭菜園で試してみてもいいかと」

 と、心理的に受け入れやすいよう、まずは身近なところから始めてみるように、リオは提案してみた。

「いや、どうせやるなら来年の春に使う村の農地の一画を利用してやってみようと思う。その方が他の土地との比較もしやすいからね」

 予想以上に乗り気な答えである。
 リオは僅かに微笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。では、その土の選出と運搬は自分がやっておきます」
「他の男を応援にやってもいいんだよ?」
「いえ、自分が言い出したことですから。それに精霊術を使って肉体を強化すれば、一度に大量の土を運べますしね」
「そういえばそうだったね。なら、あんたに任せるとするよ」

 信頼の込めた視線を送って、ユバは言った。

「はい。それで次の話なんですが、土と同じくらいに大事になるのが水です」
「ああ、それはその通りだね」

 と、納得の声をユバは返した。
 水の重要性はわざわざ語らずとも理解はしてくれているのは当たり前か。

「現状だとため池を村の外れに作ってありますけど、これだけだと天候状態によってはため池の水が日照りでなくなってしまいますよね?」

 村の各所に設置されているため池を頭の中に思い浮かべながら、リオは言った。

「ああ、だが、歩いていける距離に川があるよ? ため池の水が不足した時はそこから水を汲んで来るようにこの村は設置されたからね」

 と、リオの質問にユバが答える。
 だが、川の水を利用するにしても人力作業では非常に効率が悪い。

「川の水を利用するのは正しい着眼点です。ですが、問題はその利用方法です。シュトラール地方には水汲み水車と呼ばれる灌漑用施設が存在するんですが――」

 リオはユバに水汲み水車について簡単な説明をすることにした。
 水汲み水車はシュトラール地方では一般的に利用されている技術だ。
 人間族の古い言い伝えによれば六賢神の与えた知識の一つであるという。
 もし水汲み水車がリオの言葉通りの役割を持っているのなら、ため池と二重の保険ができることになる。

「川の水を汲み上げて用水路に流すって言ったって、それが出来たら便利なんだろうけど、具体的にどういう仕組みで水を汲み上げるんだい? それにどれくらいの量が流せる?」

 簡単なリオの説明に、ユバもその旨みは十分に理解できた。
 だが、問題はそんな物が本当に作れるのかだ。

「水汲み水車というのはですね――」

 ユバの疑問を解消するため、リオは水汲み水車の仕組みと性能を具体的に説明する。

「すごいもんだ。それをあんたは作れるっていうのかい?」

 仕組みはともかく、それがリオが語る通りの性能を有しているというのなら、農業で水不足を心配することは格段に少なくなるはずだった。
 ユバがどこか感心するような目線をリオに向ける。

「はい。ため池と接続する用水路についても一日もあれば自分が精霊術で作ることが可能です」

 ネックだったのは用水路を建設する人員的コストだが、それすらもリオがいれば解決できてしまうという。
 やってみる価値は十分にありそうだった。

「話だけ聞くと非常に魅力的に思える。けど、その何から何まで全部あんた任せになってしまうけどいいのかい?」

 ユバが少し申し訳なさそうな声を出す。

「ええ、水汲み水車については来年の春までを目安に作ろうと思っています。それだけの時間的余裕があれば土壌の改善と併せても自分一人で問題ないはずです。少し自由な時間をもらうことが増えそうですが」

 ヤグモ地方には存在しない未知の技術。
 そんな時代を先取りした技術をひけらかせば、外部からこの村にいらぬ注目を集める可能性があるだろう。
 だが、こんなことは時間さえ経てばいずれは誰かが思いつくことなのだ。
 現にシュトラール地方ではすでに利用されている技術だし、精霊の民も水車や風車を利用している。

 不作の年になれば飢餓で身体が弱り寒さにやられて病気になり死ぬ者が出てくる。
 実際にルリの二歳年下だった弟は四歳の時に飢餓と寒さにやられて死んだそうだ。
 もし、水汲み水車を作れば、そんな事態を少しでも解決する手助けができるはずだった。
 なら、この村がその先駆者になってもかまいやしないだろう。
 そう思ってしまった。
 今まで会ったことがなかったとはいえ、ここはこの世界で唯一の親族であるユバとルリが暮らす村なのだから。
 明らかに効率の悪いやり方を見て、そのまま見ぬふりをすることは、リオにはできなかった。

 それに、代替性のない技術や能力がなければ使いこなせない知識ならばともかく、リオが教えるのは誰にでもすぐに試せるような知識ばかりだ。
 仮にこの村が注目を浴びたとしても、知識を周囲に流通させれば深刻な問題が生じる危険性は少ないだろう。

「他にも農具の形をより効率的にしたり、種まきの仕方を変えたり、休耕地を上手く活用したりする方法があります」

 だから、リオはこの村のために出来ることをしようと思っている。
 まだまだこの村の農業の方法について改善できる点は多い。
 その一つ一つをリオはユバに語っていった。

「ふむ、種まきの方法については先ほどの土壌の改良と併せてやってみる価値はありそうだね。それに農具の改良も少数なら用意はできそうだ」

 リオの説明を真剣な表情で聞くと、しばし考えた後に、ユバが呟いた。
 だが、休耕地の利用方法については、短期的にみると収穫量が減りかねないので、抵抗があるようだ。
 まぁ、いきなりすべて改革を進めても付いてくることができないのは当たり前だろう。
 他のことで成果がでたらそちらをやっていけばよい。

「わかりました。農具については村の野鍛冶の方に相談してみます」
「ああ。種まきの方法については土壌改良の件と併せて来年の春に用いる農地の一画の監督権をリオに渡すとしよう」
「よろしいのですか?」

 自分のような余所者に、と言いかけて口を噤んだ。
 臨時とはいえユバはリオのことを村人として認めてくれたのだ。
 そういったことを言うのは野暮だろう。

「ああ、かまわないよ。その代わり、何が何でも成果を出しておくれよ?」

 気風の良い笑みを浮かべて、ユバは言った。

「はい」

 そんなユバを見据えて、リオは力強く頷く。
 許可を得た後、リオの行動は素早かった。
 狩場にもなっている林へと向かうと、適当に土を掘り返して腐葉土を発見し、管理を任された農地に運んで行った。
 この辺りの土壌はリオの見立てだと酸性で日本の土壌に近いから、多少は草木灰を蒔いてもいいだろう。
 他に人間や動物の糞を混ぜるのも有益だが、心理的抵抗が大きいはずだ。
 幸いこの辺りは稲がとれるので、扱いは難しいが米ぬかで代用するのもいいかもしれない。
 冬場になる前米ぬかを入れれば、春には発酵が終わって土が健康になるはずだ。
 結果が出るのに時間はかかるが、それが農業というものだ。
 リオがどれくらいこの村にいるかはわからないが、少なくとも農業面で成果が出るまではいることができればいいなと考えた。
 そうすると、少なくとも来年の秋くらいまではいることになるのだろうか。

 それに、いずれリオの両親について情報を開示できるかもしれないというユバの言葉も気になる。
 両親の墓参りをすることはできたが、色々と考えたり、することもあるし、気になることもある。
 この村にはしばらく居続けなければならない。

 そのためにも、今はこの村に馴染むことを優先した方がいいだろう。
 ユバの許可を得ているとはいえ、あまりに不審な人間だと思われれば追い出されてしまいかねない。
 こういった閉鎖的な社会の中では、自分から歩み寄らなければすぐに居づらくなってしまう。
 それは前世で田舎暮らしをしていただけあって心得ていた。
 幸いこの二週間で一定数以上の人々から好感触を得るには至っている。

 ここ最近のことだ。
 リオは、脆くなって壊れた家屋や道具の修理を行い、村を歩き回っていた。
 村人の中にも職人がいるにはいるが、人手は少なく、手が回りきっていないというのが現状である。
 それゆえ、どうしても後回しになってしまっていた作業を、リオが行ってくれるというのは、非常にありがたい話であった。

「大したもんだ! 助かったよ。うちの旦那が直すとか言って任せたら、余計にひどくしやがって困っていたんだ」

 恰幅の良い女性が陽気に笑いながらリオに言った。
 彼女の名前はウメ。
 村の女傑という立ち位置の人物である。

「いえ、お役にたててよかったです。また何かあればお呼びください」

 つい今しがた、リオはこの女性の家の壁を修繕し、隙間風が入らないようにしたところである。

「助かるよ。ユバ様の家に余所者が来たと聞いた時はどんな男が来たのかと心配したけど、あんたみたいな良い男なら大歓迎さ」

 さっぱりとした笑顔を浮かべて、ウメがリオに礼を告げる。
 その後も、何軒もの家を回って、挨拶がてら修繕すべきものがないかを聞いていった。
 最初は訝しげな視線を送って来る者もいた。
 だが、一緒について来ているルリがリオの腕前が優れていることを証言すると、試しにということで簡単な物の修繕を頼んでくる。
 それで見事な修理をこなして見せると、感心したような反応をして、新たな物の修理を頼んでくるということが続いた。
 成果はなかなかに上々と言えた。

「いやぁ、リオって本当に多芸だよね。料理はできるわ、狩猟はできるわ、農業にも明るいわ、手先は器用だわ。薬も作れるんだっけ? 村に一人は欲しいって感じだよね」

 仕事を終えた帰り道、二人で村長宅へ向かって村の中を歩いていると、晴れやかな笑みを浮かべながら、ルリがそんなことを言ってきた。

「器用貧乏っていうやつですよ。どれも一流の人間には敵いませんから」

 苦笑しながら、リオが答える。

「んー、そんなことないと思うけどなぁ。仮にそうだとしても何でもできる人がいてくれた方が村としてはありがたいしさ」

 僅かに首を掲げて、ルリはリオの顔を横から窺った。

「ありがとうございます。少しでもこの村の役に立てているなら嬉しいですね」

 そんなルリの言葉は本心から告げているように感じられた。
 まるで出来の良い弟を信頼するように。
 だから、気恥ずかしそうに、リオは礼を言った。

「おい」

 すると、いきなり、後ろから、友好的とは言い難い声で話しかけられた。
 二人が後ろへ振り向く。
 そこに立っていたのは、リオよりも少し年上の少年だった。
 歳は十六、十七といったところか。

「長老とルリはお前のことを認めたみたいだけど、俺はお前のことを認めてなんかいないからな!」

 と、姿を現すやいなや、敵意を露わにして、少年が言ってきた。

「えっと……」

 目の前にいる敵意を隠そうともしない青年を見て、リオが思わず言葉に詰まる。

「いきなり何よ、シン。リオに失礼じゃない」

 リオが何を言えばいいのか困っていると、リオを守るように、隣にいるルリが一歩前に出て、そんなことを言った。

 リオとしては少年がどうしてこのような行動をとっているのかはある程度予想がつく。
 これまでの平穏とこれまでの生活、村人達が築き上げてきたそれらを、リオという外部者が掻き乱す可能性があると考えているのだろう。
 そういった平穏と生活を守りたい。
 そう考えての行動だろう。
 閉鎖的な社会の中ほどこういった人物は現れやすい。
 そういった気持ちはある意味では正当だとは思う。
 狭いとはいえ、ここは、彼らの住む大切な世界なのだから。
 だから、リオは反応に困ってしまったのだ。

「っ、ルリには関係ないだろ! そいつは余所者なんだぜ!」

 ルリの言葉に、シンと呼ばれた名の少年がムキになって反論した。

「余所者も何もお婆ちゃんがこの村に滞在することを許可しているんだけど? それに村の仕事も手伝ってくれているわよ?」

 と、呆れたような眼差しで、ルリはシンを見据えた。

「っ、はっ、村の女衆はどいつもこいつもそんな軟弱野郎にヘラヘラとしやがる」

 だが、リオへの嫌悪感を隠そうともせず、シンは言った。
 そして、侮蔑するようにリオを睨みつける。

「あら、リオは軟弱なんかじゃないわよ。こう見えて筋肉質だし」
「なっ……、おま、そいつと……」

 ある意味誤解を与えかねないルリの言葉を聞いて、シンは絶句し顔を赤くした。

(そういう意味での平穏も害されるってことか)

 その反応を見て、なんとなく、リオはシンが自分のことを敵対視しているもう一つの理由に想像がついてしまった。

「それにあんたドラさんに弟子入りすることが決まったんでしょ。リオは狩りの腕も良いからアドバイスとかもらえるわよ?」

 リオを擁護する意図で言ったのだろうが、リオの予想が正しければその言葉は逆効果だ。

「は、はっ、だ、誰がそんな奴なんかに。すぐにそいつよりも良い狩人になってやるさ!」

 案の定、シンはリオに対する対抗心をより強く抱くことになってしまったようだ。

「はは……」

 剥き出しにした敵意を受けて、リオが渇いた笑いを漏らす。
 そんな態度が気に食わないようで、シンは舌打ちをすると、足早にその場から立ち去っていた。

「ったく、私よりも年上のくせして、あいつは子供なんだから。ごめんね、リオ」
「ああ、自分は気にしていませんから。いきなり自分のような余所者がやって来て、彼も自らの居場所を守りたくて必死なんですよ」

 去っていくシンを見つめ、そう語るリオ。
 それはどこか我儘を言っている子供を見るような困った目つきだった。

「うん。……ありがとね」

 安易に彼らに怒りを向けないリオの言葉が嬉しかったのか、ルリは薄く微笑んで礼を言った。
 あんな男の子でもルリにとっては同じ村に暮らす仲間なのだ。
 その後、すぐに家へと帰り、リオは夕飯を食べた。

 そして、誰の姿もない闇夜の中、月明かりに照らされて、リオはドミニクからもらった剣を片手に素振りに励んでいた。
 一日サボると、三日は響く。
 そう考えて、この世界に来てからも、旅の最中も、この村に来てからも、鍛錬は極力欠かさないようにしている。
 もはや鍛錬をするのは習性と言ってもいい。
 幾度も剣を振り続け、身体に染みこんだ動きが鈍っていないかを確認していく。
 リオが剣を振る度に鋭く風を切る音が聞こえるが、周囲では虫が合唱を奏でるがごとく鳴き声を響かせていた。
 夜霧を含んだ少し冷たい風が実に気持ち良い。
 そんな風に吹かれて木々がざわめいて小さく揺れる。
 一通り剣の素振りを終えると、今度は体術の動きを確認する。
 飽きもせずに数十分ほど集中してそんな動きを続けていると、いつからかそんなリオのことをルリがじっと眺めていることに気づいた。

「見ていても面白くないでしょう?」

 と、苦笑しながらルリがいる方に声をかける。

「あはは、やっぱり気づいていた?」

 すると照れくさそうな笑みを浮かべてルリが反応した。

「お疲れ様。すごく綺麗だったからつい見惚れちゃったよ。なんか演舞みたいだね」
「そんな良いものじゃないですよ。人殺しの技術ですから」

 感心したようなルリの言葉に、リオが苦笑する。

「えっと、その、リオは人を殺したことがあるの?」

 すると、おずおずと、少し緊張したような声色で、ルリがそんなことを聞いてきた。

「……今のところはまだありません」

 リオもやや硬い声色で答える。

「そっか……」

 リオの言葉に、ルリがどこかホッとしたような声を出した。
 この世界において人の命は軽い。
 病気で死ぬ人もいる。
 戦争で死ぬ人もいる。
 盗賊に襲われて死ぬ人もいる。
 だから、武装して旅をしているリオが、旅の過程で誰かに襲われ、誰かを殺していたとしても、別に驚くようなことではない。
 だが、先ほどの舞のように美しいリオの動きが、人殺しのために用いられたものでないことに、どういうことかルリは安堵してしまった。

「どうしてリオは武術を学ぼうと思ったの?」

 ふと、ルリの口からそんな疑問が漏れた。
 あれほど素晴らしい動きだったのだ。
 素人目に見ても、きっと才能や生半可な努力だけで到達できるようには思えなかったからこそ、その理由が気になった。

「はは、小さい頃の男の子なら、誰でも一度は考えるようなすごく単純な理由ですよ」

 と、苦笑しながら、リオは言った。

「男の子なら?」

 そんなリオに、ルリが不思議そうに尋ねた。

「好きな子がいて、その子を守る力が欲しいって考えたんですよ」

 と、照れたように言った。

「へぇ~、リオ好きな子がいるんだ」

 興味深そうにルリが尋ねる。

「はい、います」

 力強い意思を感じさせる言葉だった。
 そうやって何ら臆すことなく好きと言ってのけるリオに、ルリが感心したような視線を向ける。

「すごく良い理由だと思うわ。今その子はリオの故郷にいるの?」
「ええ、たぶん。幼いころに離れ離れになってしまって今はもう疎遠なんです。仮に戻れたとしても会えるかどうか……」

 そう言うリオの顔はどこか寂しそうだと、ルリは思った。
 だが、それに触れることは少しはばかられた。

「その子に会えないのに、まだリオは武術を続けるの?」
「……長年かけて築き上げてきたものを失うのが怖いんです」

 どこか遠くを見つめるように、リオは言った。
 本当に失うのが怖いのは幼馴染との繋がりだ。
 リオが武術を習い始めたのは幼馴染のためだ。
 自分で勝手に舞い上がって始めたものだが、それを止めてしまうと彼女との繋がりが本当に失われてしまうのではないかと恐れていた。

「なら、きっと会えるんじゃないかな。リオが会いたいと信じている限り可能性は皆無じゃないもん!」

 リオの不安さをそれとなく感じとり、ルリが励ます様に言った。

「そう、ですね。ありがとうございます」

 真摯なルリの言葉に、リオは薄く笑う。

「身体も動かさないのにいつまでも外にいると冷えます。そろそろ戻った方がいいですよ」

 季節は秋前とはいえ、夜風は既に冷たい。
 特に運動もしないのに外に居続けるのは少し寒いだろう。

「うん。明日も早いしそろそろ寝ようかな」

 リオの言葉にルリは頷いた。
 そして、本当に肌寒さを覚えたのか、体を寄せるように身を縮こませる。

「ええ、おやすみなさい」

「おやすみ。リオも遅くまで起きていちゃだめだよ」

 立ち去るルリの後ろ姿を眺めると、リオは無意識に夜空を見上げた。
 その時、偶然、一筋の流星が尾を引きながら流れていった。
 その光景はとても美しくて、しばらく、リオは夜空を見上げていた。
+注意+
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