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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第二章 旅は巡り会い

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第28話 優しさの理由

 精霊祭が終了した翌日、窓の隙間から漏れこんでくる日差しで目を覚まし、朝食を食べると、人気のない里の広場で日向ぼっこをしながら、リオはラティーファと向き合っていた。
 精霊の民として必要な知識を学ぶために連日のようにサラ達のもとへ通っているラティーファだが、今日は精霊祭の翌日ということもあり休日となっている。
 それゆえ日中からこうして二人で話し合うのは久々だった。

「この里に来てからもう一年以上が経ったが、どうだ。この里の生活は楽しいか?」

 楽しそうに喋るラティーファに、ふと思い出したように、リオは質問を投げかけた。

「うん! お兄ちゃんの言った通り、この里は優しい人ばっかりですごく楽しいよ!」

 突如問われた質問に、満開に咲いた向日葵の花のような笑みを浮かべて、ラティーファが答え、リオも優しく微笑する。

「そうか、ところでラティーファ、話があるんだけどいいか?」

 と、改まった様子でラティーファを見据えて、リオは言った。

「えっと、何の話?」

 リオの雰囲気が一変したことに気づき、戸惑いつつもラティーファが身構える。

「俺はそう遠くないうちにこの里を出て行こうと思っている」

 するとリオは単刀直入に話題を切り出した。

「っ……」

 びくり、とラティーファが身体を震わせる。

「準備……というか、この里で学べることを学べたら、一度この里から出て行くつもりだ」
「……や」

 淡々と告げるリオにラティーファが小さな声で何かを呟く。

「それでな――」
「……やだ! 絶対に嫌!」

 やがてその声はリオの話を遮るように大声へと変わった。

「ラティーファ……」

 迷子の子供が母親を見つけた時のように、すがる眼で抱き着いてきたラティーファに、リオは困ったような表情を浮かべる。

「どうして行っちゃうの!? 人間族の場所に戻るの? せっかくお姉ちゃん達とも仲良くなったんだよ? ずっとこの里にいればいいじゃない!」

 強く訴えかけるように、ラティーファが矢継ぎ早に口を動かす。

「そうしたいのは山々なんだけどな。俺は外で色々とやらなきゃいけないことがある」

 と、リオは意味ありげに呟いた。

「どうして……、私を置いて行っちゃうようなことなの……?」

 まるで捨てられた子犬のように、ラティーファはリオを見上げた。
 そんなラティーファの頭をゆっくりと時間をかけて撫でてやると、少しずつ彼女は落ち着きを取り戻す。

「そういえばラティーファには俺が東に向かう理由を教えていなかったな」

 話が聞けるくらいに落ち着いたところで、リオがおもむろに呟いた。
 一度ラティーファから視線を外し、どこか遠くを眺めるように見つめると、リオは再び正面からラティーファの瞳を覗き込む。
 そしてラティーファの眼尻には涙が浮かんでいることに気づく。

「俺は両親の故郷で墓を作ってやりたいんだ。特に親しい人もいないまま異国の地で死んでしまったからな。二人とも俺が小さい時に死んでしまったけど、それくらいは親孝行をしてやりたい。それに――」

 何かを言いかけてリオが口を閉じる。

「それに……なに?」

 黙ったまま聞いていたラティーファだったが、リオに話の続きを促した。

「いや、なんでもない」

 と、リオは口元に含みのある冷笑を浮かべた。

「…………私、お兄ちゃんのことを何も知らなかったんだね」

 しばしの沈黙の後、ラティーファが力なく呟いた。

「俺だってラティーファのことで知らないことはたくさんあるよ」

 そう言って、苦笑めいた笑みをラティーファに向ける。

「それは……そうだけど……」

 どこか納得しきれていないようにラティーファが頷く。
 やがて瞳を閉じて何かを考えるようなそぶりを見せると、ラティーファは決然とした表情を浮かべた。

「あのね、私からもお兄ちゃんに伝えたいことがあります。いきなり……何を言っているのかって思うかもしれないし、お兄ちゃんは信じてくれるかわからないけど……」

 どこかラティーファの雰囲気がいつもと違うことを、リオは機敏に察した。
 リオの奥深くを覗き込むように、ラティーファはどこか不安そうな表情を浮かべている。

「あのね、お兄ちゃんは前世って信じられる?」

 と、静かに、だが良く通る声で、彼女は尋ねた。

「ラティーファ……」

 僅かに目を見開き、リオは彼女の名前を呟いた。

「私はね、一度は死んでいて。もともとは人間で。それで生まれ変わって今の私になって……。えっと、なんて言ったら信じてもらえるのかわからないんだけど……」

 どう語ったらいいものかと、思案するように、ラティーファは必死に言葉を紡いでいく。
 その言葉は要領を得ないが、リオには彼女が何を言っているのかがはっきりと理解できる。
 言葉に詰まったラティーファが沈黙すると――。

「……知っているよ」

 と、そんな沈黙をリオが破った。

「……え?」

 リオの言葉の意味を理解できない、そのような声をラティーファは出した。

「ラティーファはもともと日本で暮らしていたんだろ?」

 だが、リオはラティーファの秘密の核心を突いた。

「ど、どうして……」

 激しく動揺し、言葉を失いかけたラティーファだったが、かろうじて疑問を口にした。

「それは俺も日本人だったからだよ」

 すると、リオは日本語でラティーファへと喋りかける。

「っ!?」

 今度こそラティーファの表情は驚愕に染まった。

「日本……語……、日本……人……、お兄ちゃんは日本人?」

 まさしく予想だにしなかったといったという表情である。

「そうだ。元、だけどな」

 非常に落ち着いた口調でリオは言った。

「知っていて、知っていて、黙っていた……の?」

 驚きを通り越して、ラティーファの表情から感情が抜け落ち、呆然とリオに尋ねた。

「ああ。ラティーファが日本人の生まれ変わりだと気付いたのは初めてパスタを作ってやった時だ。あの時『スパゲッティ』って言っただろ? パスタは元々この世界には存在しない食材なんだ。それに食事の度にいただきますと言っていたしな」

 そんなラティーファに、言語をこの世界のものに戻し、リオが彼女を元日本人だと知るに至った理由を説明する。

「ど、どうして! どうして言ってくれなかったの!?」

 そんなリオの説明に、ラティーファは思わず感情的になってリオへ質問を投げかけた。

「どうして、か。どうして生まれ変わったのか。どうして記憶を取り戻したのか。俺も考えたことはある。考える時間ならたくさんあったからな。けどな、前世の記憶があるからってそれがどうしたっていうんだ? 俺達はもうこの世界の住人になってしまったんだ。仮に戻れたとしても、もう俺達の居場所は元の世界にはない」

 そう言いながら、リオは口元に陰鬱な含み笑いを漏らした。

「っ……」

 長年の間リオが考えてきたことのすべてがラティーファに伝わったわけではないが、リオの言わんとしていることの意味の何割かはラティーファも理解できた。
 とはいえ、リオの言葉に、ラティーファは今初めてリオの指摘した事実に気づいたといった表情を覗かせてはいたが。

「それなのに変に未練を残すようなことを告げるべきではない。そう思った」

 深くため息を吐いて、リオは言った。

「じゃあどうして今になって……」
「それはラティーファが俺に前世のことを教えてくれたからだよ。もし君がその事実を口にしたら、俺からも自分の前世のことを教えようと最初から思っていたからな」

 リオがそう語るのを、ラティーファは黙って聞いていた。

「それに俺が日本人かもしれないというヒントはあったはずだ。俺の作る料理やその名前とかな。元の世界のままの名称だったろ? ラティーファはそのまま受け入れていたみたいだけど」
「あ…………」

 当たり前に作って出されていたために疑問に思うこともなかったのだろう。ラティーファは何かが腑に落ちたというような顔つきになった。

「そして同時にもう一つの話も伝えようと考えていた。俺達が旅をする時、最初に言ったよな。一緒に行動するのは精霊の民の領域までだと。最初は本当にそのつもりだったんだ。ラティーファを助けたのだって可能な限り人殺しをしたくないっていう自分勝手な理由だった」

 今度はリオが何かを決意したような表情で、ラティーファに語りかけた。

「…………」

 リオの話に、返す言葉もなく、ラティーファは、ただ茫然と、リオを見つめている。

「けど、ラティーファが元日本人だと知って、俺は君の境遇に少なからず同情してしまった。やがて君は俺のことを兄と慕ってくれるようになった」

 この時、淡々としたリオの口調が僅かに優しさを感じさせるものとなったのを、ラティーファは察した。

「俺は悩んだよ。この子をどうしようかってな。最初は単に消極的な理由で君を助けただけだっていうのに、自分勝手で傲慢にも、いつの間にか君のことを保護してあげないといけないと思うようになっていた」

 何かを苦悩するかのような表情を、リオはわずかに覗かせた。

「それでとりあえず君をこの里の者達にきちんと引き渡すところまでは付き合おうと決めた。まさかここまでずっと一緒にいることになるとは思っていなかったけどな」

 ここで一旦話を止め、リオはラティーファを真剣な面持ちで見据えた。
 全てを覗きこまれるかのようなリオの視線に、ラティーファが僅かにたじろぐ。

「ラティーファ、俺は同情して独善的な使命感に駆られて一丁前に君の保護者面をしているだけの偽善者だ。本当は君に兄と呼ばれる資格はないのかもしれない。いや、ないんだ。だから俺のことを実の兄のように思ってくれなくたっていいんだ」

 そう言うと、リオは黙してラティーファの返答を待った。
 こうして今ラティーファに心のうちを告げているのだって自己満足にすぎない。
 だから、このままラティーファに嫌われてもいい。
 そんな覚悟を持って告げた事実だった。
 やがて、ラティーファは何かを考えるように目を瞑り、唇を噛みしめると、意を決したようにリオを見据えた。

「やっと……、やっと貴方の心に、触れることができた気がします。どうしてこの人は私のことを助けてくれたんだろう。どうしてこの人は私に優しくしてくれるんだろう。頭の片隅でずっとそう考えながらも、それはこの人が私のお兄ちゃんだからって、私は深く考えずにそう思うようにしていました。だって、貴方から感じた優しさが本物だったから」

 と、突如、ラティーファが日本語で語りだした。

「……その優しさは偽物だよ」

 僅かに眼を見開くと、リオは短くそう告げた。

「いいえ。本物ですよ。だって、私、人の害意にはすごく敏感なんです。ペットとして毎日のように人間の害意を、ぶつけられていましたから」

 どこか嘲笑を含んだ笑みをラティーファは漏らした。

「私は人の害意に敏感です。だというのに、人に従属する以外の生き方が出来ないようになっていました。だから、この人はどこまで私のわがままを許してくれるんだろう、どんな時に私のことを叱るんだろう。優しそうな貴方に付いていきたいと言って、最初はそうやって貴方の害意を図ろうと打算的なことを考えていたりもしたんです」

 そう語るラティーファの面持ちはまさしく沈痛であった。

「けど、貴方と接するうちに、すぐにそんなことを考えるのは止めました。だって、貴方から感じた優しさはこの世界の私のお母さんから感じたものと一緒だって気づいたから」

 そしてラティーファは愛おしそうな視線をリオに向けてきた。

「貴方と出会った頃の私はいつ人格が崩壊してもおかしくなかった。そんな私に、貴方は……、貴方は、この世界のすべてをくれました。優しさを、自由を、安らぎを、幸せを、喜びを、家族を、友達を。だから――」

 僅かな溜めを作ると、ラティーファは意を決したように口を開いた。

「だから……ね。やっぱり貴方のことをお兄ちゃんって呼んでもいいですか?」

 どこか怯えた様子を見せるラティーファ、それは最初に彼女がリオと一緒に行動したいと言った時と同じ表情であるということに、リオは気づいた。

「……ああ、俺が精霊の民の里を離れてもラティーファは俺の妹だ」

 安らかな笑みを浮かべて、リオは深く頷いた。

「お兄ちゃん!」

 すると、感極まったように、ラティーファは涙を浮かべてリオに抱き着いた。
 そんな彼女をリオはしっかりと受け止める。
 どれほどの時間をそうしていたのだろうか。
 泣き続けるラティーファをリオがあやし続ける。
 何故かラティーファの鳴き声が心地よかった。
 やがて鳴き声が止むと、胸元に顔を埋めてきたラティーファがリオを見上げた。

「……あのね、まだまだ私は未熟だし、だからお兄ちゃんと一緒に付いていきたいなんて我儘は言わない。けど、お兄ちゃんのことをもっと知りたい。そうすればお兄ちゃんがこの里にいない間も寂しくないから。だからお兄ちゃんの前世の話を聞かせてくれませんか?」

 と、ラティーファはそんなことを言いだした。
 どこか寂しそうな笑みを覗かせながら、リオは小さく頷いた。

「そうだな。……あまり面白い話じゃないかもしれないけど、いいぞ」

 そう言って、ラティーファの頭をそっと撫でると、彼女はくすぐったそうな表情を浮かべた。
 そして、リオは前世の自分のことを語って聞かせた。
 大学生だったこと、幼馴染の少女がいたこと、その幼馴染のことを生涯愛し続けていたこと、しかし彼女が失踪してその想いは報われなかったこと。
 同じように、ラティーファも前世の自分のことをリオに語る。
 小学生だったこと、たくさんの友人がいたこと、両親は共働きで家では一人でいることが多かったこと、それでも家族の仲は良かったこと。
 意外なことにおそらく二人は同じ交通事故で死亡したということも判明した。
 気がつけば夕方になるまで二人は語り合っていた。
 この日から、二人は本当の意味で兄妹となったのだろう。

「おやおや。これは……いつも以上に仲が良いのう。上手くいった、ということかの?」

 帰宅すると、リオに引っ付くラティーファを見て、アースラが目を丸くしてそんなことを言った。

「ええ……。ラティーファにはいずれこの里を出ていくことを伝えました」

 アースラの視線を受け止めて、リオが結果を報告する。

「うん! 私ね。お兄ちゃんが里から出て行ってもちゃんと帰りを待っていることにしたの!」

 屈託のないラティーファの笑顔を見て、ふいにアースラの瞳から涙が漏れた。

「ほほ……、歳をとると涙もろくなっていかんのう……。リオ殿、貴方がこの子を救ってくれて本当に良かった」

 拝むように、アースラはリオの手を握った。
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