挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第二章 旅は巡り会い

26/185

第26話 大樹の精霊

「大樹に行く許可が下りたのですか?」

 リオが料理教室を開いてから幾ばくかの時が過ぎたある日、アースラからリオに大樹の下へ行く許可が下りたことが告げられた。

「うむ、リオ殿が始めた料理教室が好評のようでな。その評判が後押しとなったんじゃ。それに大樹に連れて行く理由を説明するにあたってリオ殿が何らかの精霊と契約をしている状態にあるということを長老陣に教えたのも大きいの。儂らは良くも悪くも精霊を信仰しておるからな。精霊と契約できる者はそれだけで一目置かれることになる」

 と、許可が得られるにいたった経緯も踏まえてアースラは語る。

「なるほど」

 その話を聞いて、リオがどこか苦笑めいたものを覗かせた。
 どうやら険悪とまではいかないが、リオに対して向けられていた不信感はだいぶ拭われたようだ。
 奇しくもラティーファのために始めた料理教室が、巡り巡ってリオの利益となったというのだから、リオとしてはどこか滑稽なことだった。

「では、大樹に向かうのは次の精霊祭の時になるのでしょうか?」

 リオの知る限りでは次の精霊祭は二週間後の予定だったはずだ。

「いや、精霊祭の前に行けるように取り計らっておいたぞ。あまり大勢に見られていても落ち着かないじゃろうしな」

 精霊祭の時はほぼすべて精霊の民が大樹のもとに集うことになる。
 そんな衆人環視の中で行うべき用事でもないだろうというアースラの配慮だった。

「それは、御配慮痛み入ります」

 そんなアースラの配慮に、リオが口元に微笑を浮かべて礼を言った。

「ほほ、若い者がそのように畏まるものではないぞ。それにリオ殿は儂個人にとっても恩人じゃからな。このくらいはたやすいことよ」

 と、アースラも優しい笑みを浮かべて語る。

「それで案内にはサラ、オーフィア、アルマ、ウズマ、それに儂の五人が付くことになった。案内人の同行が許可条件になっておるから了承してくれると助かるの」
「はい。問題ありません」

 リオとしては、全く異論のないことなので、その場で即答する。

「うむ、では出発は三日後じゃ。距離は遠くないから三十分もあれば行くことができるぞ」

 そして、三日後、リオはアースラ達に案内されて準高位精霊ドリュアスが暮らす大樹へと向かった。
 ちなみに顔見せということでラティーファも一緒に付いて来ている。
 里で暮らしていれば日常的に見ることになる大樹だが、近くまで来て見ると改めてその圧倒的な存在感をリオは実感していた。

「なんというか。ここら辺の木はどれも大きいですけど、その中でも言葉にできないくらいに圧巻の存在感と神々しさを放っていますね」

 と、心底感心したようにリオが大樹を目にした感想を口にした。

「あら、そう言ってもらえると嬉しいわね」

 すると、何処からともなく美しい女性の声が聞こえてきた。
 言葉が聞こえた瞬間に、サラ、オーフィア、アルマ、ウズマ、アースラの五人が勢いよく跪いた。
 リオとラティーファもそれに習う。

「初めまして。私はこの大樹に宿る精霊のドリュアスよ」

 綺麗な花をあしらったワンピースを身に纏って、リオの前に姿を現した妙齢の女性は、無邪気な笑顔を浮かべてそんなことを言った。
 地面に届きそうな程に長い緑の波打つ髪、エメラルドのような瞳、実在感の薄い作り物のように美しい顔のつくりをしているが、どこか柔らかな印象を与える雰囲気もある。

「申し遅れました。私はリオと申します」

 神出鬼没に登場したドリュアスに、戸惑いながらもリオが恭しく挨拶をする。

「うん、リオね。よろしく」

 と、ドリュアスは、見る者を魅了するように、にっこりとほほ笑んだ。

「で、私に何の用かしら? 精霊祭はもう少し先よね?」

 ふわり、と宙に浮かぶドリュアスが、リオの後ろに控えているアースラ達の方へと視線を送った。

「はい。本日はこの人間族の少年の中で休眠状態にある精霊について、ドリュアス様に心当たりがないかおうかがいしたいと思い、参った次第ですじゃ」

 そう言ってアースラがリオの方を見る。
 ドリュアスの視線も再びリオへと戻った。

「その子の中にいる精霊? 確かにその子から同族の気配がするみたいだけど……、貴方は自分の中に眠っている精霊について何も知らないのかしら?」

 不思議そうな顔をするドリュアス。

「はい。まったく知りません」

 どう足掻こうとも、記憶の欠片もない以上、返答となる言葉はシンプルに一つしかない。
 リオは苦笑めいた表情を浮かべてその事実を口にした。

「そっか。んー、ちょっと調べてもいいかしら?」
「ええ。むしろ是非お願いします」

 そう言って、リオが頷いたのを確認すると、ドリュアスはそっとリオの身体に触れた。
 何やら自分の中に異物が入って来るような感覚を覚えたが、されるがまま受け入れる。

「貴方、すごいオドの量ね。美味しそう。本当に人間族? それに、うん、回路が出来ているから契約状態にあるのは間違いないみたい……っ!?」

 リオの中にいる精霊の状態を確認するようなことを口にすると、何かに驚いたようにドリュアスがビクリと身体を反応させた。

「何かわかったのですか?」

 ドリュアスの異変に感づいたリオが尋ねる。

「……貴方の中に人型の精霊が眠っているわ」

 と、戸惑ったような声でドリュアスが言った。

「っ!?」

 そんなドリュアスの言葉を聞いて、この場にいるリオとラティーファ以外の者達が驚愕したような表情を浮かべた。

「人型の精霊ですか?」

 明らかに変わった空気に、事情を理解できていないリオが疑問を口にする。

「その様子だと人型精霊がどのようなものかわかってないみたいね。うーん、人型になれるっていうことはそれだけ高位の存在であることを意味するの。少なくとも私と同格以上の存在でないと無理ね。そんな存在はほとんどいないから私もあの子達も驚いたってわけ」

 と、ドリュアスが簡潔に事情を説明する。

「……貴方、一年ほど前に精霊の民の里にやって来たでしょう?」

 ふと、何かを思い出したようにドリュアスが告げた。

「ええ、確かに自分が精霊の民の里にやって来たのはそれくらいのころですけど……」

 ドリュアスの質問に肯定しつつも、どうしてそんなことがわかるのだろうと、リオは僅かに首を傾げた。

「その頃、ほんのわずかな時間だけど力の強い精霊の存在を感知したことがあるの。強い精霊同士の共鳴反応みたいなものかしら。貴方の中に眠っている精霊はその時の精霊と同じ感じがしたわ。本当に僅かだけど、その時に少しだけ貴方の中の精霊が目覚めたはずよ。心当たりはないかしら?」

「……いえ、ありません」

 口に手を当てて、真剣に考えてはみたものの、リオに心当たりはなかった。

「うーん。そっか。となると私にもお手上げかなぁ……」

 と、困ったようにドリュアスが言った。
 あっさりとした降参宣言に、リオは拍子抜けしたように微かに姿勢を崩した。

「ドリュアス様、リオ殿の中で眠っているのは高位精霊様なのでしょうか?」

 そこにアースラが恐る恐る口を挟んで尋ねてきた。

「それはありえないと思うわ……。かつて六体いた高位精霊がこの世界から姿を消したのは今から千年以上前の話よ。その後に新しい高位精霊が誕生したとは思えないし」

 ドリュアスは何かを考えるような仕草をしつつも、きっぱりとアースラの質問に対してかぶりを振った。

 それは千年以上前のことだ。
 ユーフィリア大陸の西に暮らす人間族が、今のように栄えていない時代、魔法が存在せず、各地に小さな国家を作って細々と暮らしていた、暗黒時代ともいえる、そんな時代に、六賢神、精霊の民の間で伝えられている七賢神、が人間族の歴史に姿を現した。
 そして、六賢神に対抗するかのように、その時代に姿を現した勢力もいた。
 それは魔王達に率いられた魔族の軍勢である。
 彼ら魔族は、ユーフィリア大陸の最西にある死の半島に存在する迷宮から姿を現すと、地上のすべてを破壊し、自身の障害となるべき存在を抹殺して、世界に君臨しようと侵略を開始した。
 それに対抗したのは六賢神が率いる人間族である。

 神々により魔法の習得方法と多くのアーティファクトを与えられた人間族の軍勢は魔物の軍勢と熾烈な争いを繰り広げる。
 歴史上、神魔戦争と呼ばれる大戦であり、戦争は百年以上にもわたって繰り広げられることとなった。
 戦火により詳細な記録は残っていないが、膨大な数の犠牲者を生みだしたと伝えられており、現在の魔法技術では再現することのできないアーティファクトと呼ばれる魔道具の大半はこの時代に作られたものである。

 そして、ユーフィリア大陸の西で起きた神魔戦争は、大陸中央に暮らしていた精霊の民にとっても、決して無関係ではいられなかった。
 戦域は拡大していき、魔族は精霊の民の領域にも侵入してきた。精霊の民が用いる精霊術は強力で数多くの魔族を撃退したが、多くの犠牲者も出た。
 世界を守護していた当時の高位精霊達も、神魔戦争が世界規模に広がることを危惧し、六賢神と人間族の側で神魔戦争へと参戦することとなった。
 高位精霊達の参戦により魔王軍をユーフィリア大陸西部へと圧倒することとなったが、魔王軍の罠にかかると、高位精霊達はすべて消失した。
 やがて魔族を撃ち滅ぼす神装を装備した勇者達の登場により戦争は終結を迎えることになる。

 と、ここまでは人間族の間でも一般的に知られている知識である。
 ドリュアス達が言っている高位精霊とはその精霊達を意味しているのだろうと、リオは考えた。

「おそらく私と同じ準高位精霊だとは思うのだけれど、深い眠りについているから聞き出すこともできないわ」

 自分の中に眠っている精霊がかなり高位の存在だと知り、リオは言葉に出来ぬ不思議な感覚を抱いた。
 そんな偉大な存在が自分の中にいる実感がまったくないのだから無理もない。

「起こすことはできないのですか?」

 眠っているのならば起こせばいいのではないかと考え、リオが質問する。

「だいぶ深い眠りに就いているみたいだから、かなり力を消費していると思うのよね。貴方と繋がっている回路から貴方のオドを吸収して回復中みたいだから無理に起こさない方がいいわ」

 と、リオの中に眠る精霊を案ずるように、ドリュアスは諭すように語った。

「なるほど……、わかりました」

 いまだに解せないところはあるが、リオはドリュアスの言葉に頷いた。否、頷かざるを得なかった。

「貴方もその子のことを知らないとなると、貴方が物心つく前に貴方とその精霊の結びつきが出来たんだと思うわ。眠りは深いけどだいぶ安定しているから、かなり回復はしているはずよ。おそらくそう遠くない未来に目を覚ますと思うわ」

 リオの疑問を少しでも解消してあげるように、ドリュアスが自分の予想を告げた。
 結局、自分の中に眠る精霊の正体を知ることは先送りになってしまうわけだが、現状、特に不都合もない以上、仕方がないと、リオはひとまず捨て置くことにした。

「それにしても、まさかリオ殿が人型精霊と契約状態にあるとは想像もしておらんかったのう。こうなると里の中でのリオ殿の位置づけも変わるやもしれん」

 と、何かを考えるように黙り込んでいたアースラが、静かに、だが良く通る声で告げた。

「自分の位置づけですか?」

 アースラの言葉の真意を尋ねるように、リオがオウム返しで質問を発する。

「うむ、儂らが精霊を敬っていることはリオ殿も先刻ご存知じゃろ。それゆえ精霊と契約を結んでいる者は里の中でも特殊な立ち位置に置かれることになる。ここまでは言いましたな。じゃが、準高位精霊程に高位の精霊と契約を結んでいるとなれば話はさらに変わる。リオ殿は我らの中で聖人扱いされるやもしれん。いや、確実にされるじゃろうな」

 アースラの言葉に、サラ、オーフィア、アルマがコクコクと頷いた。

「えっと、聖人ですか……」

 特に何もしていないのに、そんな大それたものにされてしまうことを想像し、リオは少しばかり気後れしてしまった。

「はは、そう身構える必要はないですじゃ。むしろリオ殿にとっては色々と好都合ですぞ。この場に来る許可が下りたのもリオ殿が何らかの精霊と契約を結んでいることがあったからこそじゃからな。その扱いが更に良くなると思っていただければよい」

 リオの心配を吹き飛ばすように、カラカラとアースラが朗らかに笑う。

「しかしそうなると次の精霊祭でも……」

 そしてアースラは何かを考え込むようにぶつぶつと呟き始めた。
 他方で、いつの間にかドリュアスの興味はラティーファに向かっていたようで、サラ、オーフィア、アルマ、ウズマを交えて楽しそうに話していた。

「あなたはラティーファって言うのね。可愛いわ。次の精霊祭では私から祝福のキスをしてあげるから楽しみにしててね」

 ドリュアスは小動物のような見た目のラティーファのことをお気に召したようだ。

「はい! よろしくお願いします!」

 満面の笑みを浮かべてラティーファが挨拶を返す。

「はぁはぁ。本当に可愛らしいわね……。ねぇ、ちょっと抱きしめてもいい?」

 そんなラティーファに僅かに欲情したような表情を浮かべると、ドリュアスは勢いよくラティーファに抱き着いた。

「ふぇ? ええ!?」

 どうやら噂通りに自由な性格をしているようだ。
 天真爛漫なドリュアスの態度に慌てふためくラティーファを、リオは苦笑しながら眺めていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ