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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第一章 異世界にて目覚める

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第12話 冤罪

 野外演習が終了した日の夜、王立学院の首脳陣は今回の件の処理で頭を悩ませていた。

「既定のコースを抜け出した原因はロダン侯爵家とユグノー公爵家の御子息に原因があるそうです。フローラ姫が危うく崖から落ちかけたというのも事実のようですな」

 王立学院の学院長であるガルシアが、目下の悩みの種である事件の報告を、主任教諭から聞く。

 生徒達が安全性の確認された既定のルートを外れてわざわざ森の中へと入っていき王女を危険な目にあわせた。
 さらにゴブリンとオーガの群れに襲われた。
 一連の行動には有力派の貴族が大きく関与している。

 最初にこれらの報告を聞いた時は、思わず逃亡を画策しようかと、真剣に考えたくらいである。

「負傷者はいましたが『治癒魔法ヒール』の使い手が多くいたおかげで大事にはならなかったようです。死者、というか行方不明者は一名おります。リオという生徒です」

 一応、無視しえない問題はないことにガルシアが安堵の溜息を吐く。
 幸い王族や上級貴族には目立った被害はない。
 負傷者はいるようであるが、教諭の報告を聞く限り、本人たちも事を大きくしたくないというのが本音であるようだ。
 それはガルシアにとって非常にありがたかった。

「あの元孤児の小僧か。それはまぁ不幸中の幸いというべきかのう」

 リオには保護者はおろか後見人となる人間すらいない。
 この国ではただの平民にすぎない人物だ。
 リオの推薦人である国王が後見人と言えなくもないが、国王はリオが入学してからは完全に放置である。
 怪しい動きがあれば知らせろと言ってきただけだ。
 宮廷内の派閥争いに目を光らせなければならない以上、多少得体のしれぬ小僧の一人ごときに気を配る余裕はないのだろう。
 リソースは有効に活用しなければならないのだ。

 だから、そんな人間が一人いなくなったところで特に問題があるわけでもない。
 心を痛めるどころか、完全に他人事であった。

「一点だけ問題があります。フローラ王女殿下が危うく崖に落ちかけた原因となった人物についてです」

 嫌な問題であってくれるなよと考え、キリキリとガルシアの胃が痛む。

「ふむ、話を聞こう。続けなさい」

 だが、表面上は完全に冷静さを取り繕っているのは、この老人の胆力のなせる業である。

「まず、ユグノー公爵の御子息を始めとして大多数の生徒はリオに責任があると主張しています。その一方で、王族であるフローラ王女殿下だけは明確に違うと主張しています。ですが実際に目撃はしていないようです。クリスティーナ王女殿下とフォンティーヌ公爵令嬢は沈黙を貫いています」
「む、それは……、しかしフローラ姫は目撃はしていないのだな?」

 たった一人という人数であるが王族の意見は無視できない。
 だが、目撃をしていないというのであればどうにでもなる。
 沈黙を貫いている他の大物の娘二人は無視していいだろう。

「はい。それと、その、早速ですがユグノー公爵家から強い圧力がかけられてきています」
「予想通りだのう」
「どうなされますか?」

 報告を上げる教諭がガルシアの意見をうかがう。

「ユグノー公爵に今失脚されると国王陛下にとっても面白くないだろうからのう。上手い具合に人身御供もおることだしの。無暗に事を大きくするのは悪手よな」
「では、リオという生徒に問題があったということで王宮に提出する報告書をまとめてよろしいでしょうか?」
「そうじゃのう。王宮での処理はユグノー公爵が上手くやるじゃろ。せめてそれくらいはやってもらわんとな」

 正直、事実がどうであるかはガルシアにとってはどうでもいい。
 一番、事が大きくならず、都合の良いシナリオが事実なのだ。大多数の証言もとれているというのならば何も問題はない。

「では、王宮に報告する資料はそのようにいたします」

 ☆★☆★☆★

 野外演習から三日後、リオは王都内に潜入していた。
 王都は広い。
 それゆえ、そのすべてを城壁で囲うことはできず、城壁の外部は出入りが自由であった。
 逆に、城壁の中のブロックに入るにあたっては身分証明を行う必要がある。
 王立学院が存在する区画は城壁の中にあったが、今リオは身分を証明して正規に入っているわけではない。
 自らが死亡扱いされていると考えたリオは内密に情報を集めたかったのだ。

 厚く高い壁に囲まれた王立学院が存在する貴族街の警備は厳重であるが、魔力により圧倒的な身体能力を取得できるリオにとってはさほど侵入も難しくはない。
 とはいえ真昼間のうちの潜入は目立つので、夜闇にまぎれて、屋根伝いに目的地へと移動していく。

(まだいるといいんだけど……)

 リオは学院の中で唯一信頼できる人物のもとへと真っ先に赴いた。
 貴族街の中心にある王立学位で万が一の事態が起こるとは思っていないのか、巡回の警備兵の警備はザルであった。
 あっさりと図書館の中に入ると、目的の部屋へとたどり着いた。

 扉の隙間からは魔道具の灯りが漏れている。
 どうやらまだ中に、目的の人物、セリアはいるようだ。
 リオはノックをしてセリアが出てくるのを待った。

「誰よ、こんな時間にっ!?」

 不機嫌そうな表情で扉を開けたセリアだったが、リオの顔を見て驚愕と歓喜の表情へと一瞬で変わる。
 思わずあげかけた叫び声は、そっと添えられたリオの手によって塞がれる。

「しっ。お騒がせしてすいません。ちょっとお話が聞きたくてやってきました」

 口調、雰囲気、仕草、目の前にいるリオが本物だということを実感すると、セリアは眼に涙を浮かべてリオに抱き着いた。

「リオ! 貴方、生きていたの!?」

 背の低いセリアが至近距離からリオの顔を見上げた。
 今ではリオはセリアよりも背が高いのだ。

「ちょ、先生、静かに……。って、やっぱり俺は死んだことになっているんですか……」

 慌てて扉を閉め、そのまま中に入ると、セリアに尋ねた。
 死人扱いされていることについては予想していたが、その他の情報も欲しいのだ。

「話はこっちが聞きたいくらいよ! 野外演習でリオが崖から落ちて死んだって聞いて、おまけにリオがフローラ姫を巻き込んで危険な目に合わせたって話だし」
「えっと、俺がフローラ王女殿下を危険な目にあわせたことになっているんですか?」

 少しばかり想像の斜めを行く展開だった。
 だが、あの時の会話の様子ならやりかねないと思い、すぐに納得はできてしまった。

「その様子だとやっぱり嘘みたいね。何があったのか聞かせてくれる?」

 リオがそんな真似をするわけがないとセリアは信じていてくれたようだ。
 そのことにリオは薄く微笑む。
 そして、手短にセリアに真相を伝えた。

「何よ、それ! リオは無実どころか勲章ものの大殊勲じゃない! ……でも、ちょっと不味いかもしれないわ」

 話を聞いたセリアが怒る。
 だが、すぐに何かを心配するように思案するような表情になった。

「そうですね。その話だと俺には王族の殺人未遂の容疑がかけられていることになる」

 リオもセリアの心配をすぐに察した。

「リオが生きているとわかったら、最悪……ううん、ほぼ確実に処刑されるわね」

 リオの処遇を想像して、セリアは苦い表情をした。
 既に宮廷内でも事件の処理は決まっているだろう。
 この国では権力者たちが一度決めた裁定を覆すのは非常に難しい。
 ましてやリオは何の後ろ盾もない平民なのだ。
 リオがいくら無罪だと主張しても、意味がないことは容易に想像できた。

「となるとこの国を出た方がよさそうですね」

 リオの中で導き出された結論はこのまま国を出ることだった。
 現状はリオとしても面白くはない。
 学院を卒業したらこの国で調べたいこともあったのだ。
 しかし、それ以外に選択肢はなかった。

「……そう、ね」

 セリアとしてもその選択肢は受け入れたくなかった。
 だが、自分では彼の無罪を証明してやることはできない。
 だから、それ以外に選択肢はないと理解してしまった。

「まぁ、なんとかなりますよ」

 と、飄々(ひょうひょう)とした様子でリオは言った。

 幸い逃亡資金は下級貴族でも二年間は暮らせるくらいに大量にある。
 クリスティーナとフローラを助けて褒美としてもらったお金がほとんど手つかずで残っているのだ。

「私にしてあげられることがあればいいんだけど……」

 申し訳なさそうにセリアが言う。

「大丈夫ですよ。セリア先生がいなかったら情報を集めることすらできませんでしたし、俺の話もこうして無条件で信じてくれました。先生には本当に感謝しています」
「リオ……」
「先生にだけは生存報告ができて良かったです。後は旅の支度をしてここを出るだけですから」
「リオ、大丈夫? 心配だわ。私もついて行こうか? お金は持っているの?」

 実の姉のように心配するセリア、その様子にリオは苦笑する。

「先生が失踪したら大事件になりますよ。学院の中ではあまりお金も使わないので、今までにもらった金貨がほとんど手つかずの状態で残っています」
「そう……」

 それでもセリアの不安は止まない。
 そんなセリアの様子を察して、リオはとっさに思いついたことを口にする。

「とりあえずは父と母の故郷であるヤグモに向かうつもりですが、道中で偽名を使って先生宛てに手紙を出しますから、心配しないでください。きっとまた会えますよ」

 流石にリオと名乗る人物から学院の講師に宛てて手紙が届くのは不味い。
 だが、名前を変えて送ればそのリスクは回避できるだろう。

「本当? 絶対よ? 忘れたら、許さないんだからね。それに、ヤグモなんて遠くてよくわからないうえに、危ないんだから、無理だと思ったら絶対に引き返すのよ?」

 セリアはリオの提案に笑顔で食いついた。
 その様子にホッとして、リオは手紙で名乗る名前を考えた。

 ☆★☆★☆★

 クリスティーナはここ数日ふさぎ込んでいた可愛い妹のもとへと訪れた。
 出来ることならば言いたくはない。
 だが、その役目は自分がと父から引け受けた。
 彼女の私室に入ると窓辺で暗く肩を落としているフローラがいた。

「フローラ」
「お姉様……」

 クリスティーナの存在に気づいたフローラが弱い声で姉に答えた。
 その様子を見て今は言わない方がいいのではないかとも思ったが、遅かれ早かれフローラの耳には必ずあの男の処遇が入るだろうと考え、クリスティーナは意を決して声をかけた。

「今回の件に関して処理が決まったわよ。アルフォンスは一か月の停学、スティアードは実質の無罪、それと……リオは王族の殺人未遂で死罪らしいわ。生死不明だけど国内で賞金付きの指名手配もするみたい」
「なっ……、王族殺人未遂ってどういうことですか!? それに指名手配って!?」

 案の定、クリスティーナの予想した通りの反応であった。
 今回の件については政治的判断も多分に含まれている。
 そのことを、クリスティーナは王族として理解していた。
 だが、フローラはそのことを理解していない。

 現在、宮廷の中で最も勢いを持つユグノー公爵家、そして、それに対抗するのは少数派であるが侮ることのできないアルボー公爵家である。
 五年前の失脚により宮廷から姿を消したヘルムートであったが、その息子を介してアルボー家はいまだに宮廷内で政治的影響力を取り戻そうと画策していた。
 特に両貴族はベルトラム王国の北方に国境を接するプロキシア帝国との対抗方針について決定的な意見の対立が生じている。
 このまま緊張関係を維持して国力をたくわえるべきだと主張する穏健派がユグノー公爵、他方で、積極的攻勢論を主張するが強硬派のアルボー公爵家次期当主である。
 今はまだユグノー公爵の派閥が大きな影響力を持っているが、ここで失脚されれば一気に天秤はアルボー公爵に傾くだろう。
 そうなればいつ開戦になってもおかしくはない。
 そして、国王であるフィリップ三世がユグノー公爵の方針に賛同していることを、クリスティーナは把握していた。

 そうなると今ここでユグノー公爵に失脚されるのは不味いのだろう。
 ユグノー公爵自身も次期当主の経歴に傷をつくのを全力で阻止しにかかったようである。
 ご丁寧に部隊の中にいた自らの勢力に属する貴族の子弟に目撃証言の口裏合わせをさせてまでだ。

 犠牲になった男は何の後ろ盾もないただの平民である。
 たとえ白でも黒とすることはさほど難しいことではなかったのであろう。

「貴方の気持ちは私にも理解できるわ。けれどもう決まったことなの」

 心優しい妹にはそういった特権階級の汚い部分を理解することはまだできないのだろう。
 できれば、今後もそういったこととは無縁でいてほしいと、姉心としてクリスティーナは思う。

「……嫌、嫌です!」

 そう口にすると、フローラは突如立ち上がり部屋から飛び出した。

 我慢できない。
 我慢ならなかった。
 そんな表情をしていた。

「フローラ! 待ちなさい!」

 普段から想像もできないほどに激情したフローラを止めようと、クリスティーナが慌てて声をかける。
 だが、フローラは、止まらずに真っ直ぐと、父親がいるだろう執務室へと向かった。
 執務室の前は近衛騎士が警備をしているが、フローラは制止を無視して部屋の中へと入った。

「お父様! 学院長!?」

 そこには何故か父親であるフィリップ三世の他に王立学院の学院長であるガルシアもいた。
 だが、フローラはすぐにフィリップ三世へと視線を移す。

「……何事だ? フローラ」

 その用件の予想はついていたが、それでもフローラがここまで積極的な行動に出ることなどいまだかつてなかった。
 普段の娘からは想像もつかない様子に、フィリップ三世は小さく目を見開いた。

「先日の事件について納得のいかない処遇がなされていることを知り参りました」

 やはりその件かと、フィリップ三世は内心でため息を吐く。

「……フローラよ。話は聞いた。そなたが嘘をついているとは思えんが此度の件について忘れなさい」
「っ、お父様もそのようなことを仰せになるのですか!? あの人は私を助けて代わりに崖から落ちたのです! それがどうして王族の殺人未遂など! ガルシア学院長、そのように事実を書き換えて報告したのは貴方なのですか!?」
「ほほ、これは異なことを。私は生徒達の証言を取りまとめただけですぞ」

 と、ガルシアは食えないことを好々爺染みた笑みを浮かべて言った。

「公爵家はすべて王族に所縁のある家だ。となるとその恥は王族と全く無関係というわけでもない。その恥を公表するような真似はあまり外聞のよいことではないのだ。いざとなれば処断することも必要となるが、死んだ平民一人の犠牲でその名誉を保てるのならばそちらを選ぶのが道理だ。そなたも王族であるならばこの意味を理解してほしい」

 フィリップ三世が建前的な理由を述べる。
 フローラは賢い子であるが、心が優しく情に厚いところがある。
 裏に隠された汚れた本当の理由を伝えることは憚られた。

「っ……」

 フローラも大好きな父の言うことならば理解はしたい。
 今までならばすべてそうしてきたのだ。
 だが、今回だけはどうしてもそれができそうになかった。

 しかし、目の前にいる父親は国王の顔をしている。
 この顔をしている時の父親にはこれ以上何を言っても意味がないことを、フローラは無意識のうちに理解していた。

「わかり……ました……」

 かろうじて心にも思っていないことを口にした。
 辛い。
 これほど辛い思いはしたことがないのではないかというほどに、辛かった。

「フローラ姫、感情と行動が一致しないことなど特権階級に生きる者ならば日常的に経験することですぞ」

 それができないのは子供であり、そもそも今回の事例は感情と行動が一致しないものですらない、とまでは思っても言わなかった。

「ガルシアよ、あまり余の可愛い娘を苛めるな」
「ほほ、これは申し訳ありませぬ」

 フィリップ三世に軽く睨まれて、ガルシアが笑いながら謝罪を口にする。
 フローラは生死のわからぬリオの生存を信じて神にその安寧を祈った。
 時は神聖暦九九六年、既にリオがこの世界で生まれ変わってから五年以上の月日が流れていた。
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