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田中さんのご家族と  作者: みあ
妹が何か企んでいるようだ
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2.子供目線の目的地

 下の妹のまゆが沢口さんにもう一度会いたいと我が儘こねた理由は実にくだらなかった。

 親族の新年会で新しい折り紙をマスターしたので教えたいというのがその理由だ。

 前日に沢口がまゆが鶴を作るのに感心して、折り方を忘れたなんていう彼女に折り方を教えたことで、五歳児は調子に乗っていた。

「あいりちゃんにおしえてあげるの!」

 主張するまゆのそうすればすごいと誉めてもらえるという内心が透けて見えた。

「愛理ちゃんも忙しいから約束できるとは限らないぞ」

 いくら宥めても諦めないまゆにそれでもいいなら聞いてみるとは言ってみたものの、まさか本当に約束してくれるとはなー。

 どれだけ先でもいいのでなんて言ったから逃げられないと感じたんだとしたら、悪かったと思う。指導役の先輩には、そりゃ逆らいづらいわな。

 俺としては恐らく断られるだろうし、最終的に「いまはいそがしいからむりだけど、そのうちあそぼうね」なんて内容の手紙を書いてもらってお茶を濁すつもりだったんだが。

 うるさい五歳児も手紙をもらえばいちおうは満足するだろうし――まゆはおてがみも大好きだ――、それから一週間もすればころっと忘れてしまうに決まっていると思っていた。

「遊ぶといってもたいしたことはできませんよ?」

 仕事始めの日の昼食時、そう言ってうなずいてくれた沢口は、言葉の割には前向きに考えてくれた。

「私は言うほどの予定がない女なんでいつでもいいんですけど」

 妹の我が儘に振り回された俺の提案にうなずいてくれた彼女は、手帳を取り出すわけでもスマホの予定表を見るわけでもなくそんな風に言う。

「でもたぶんですけど、今月中のどこかでこの間ドタキャンしてきた友人と会うと思います。田中さんの予定はどうですか?」

「俺も言うほどの予定はないな」

 あえて言うなら、休みの日は暇さえあればオンラインで狩りに行くが、そんなの予定とも言えない。

 うちの園児にもまともな予定なんぞあるわけがないし、ついてくる気満々の女子高生はなんとしても沢口の予定に合わせてくるだろう。

「だったら、今週末でも? 土日のどっちでもいいですけど」

「友達との約束を先に入れなくていいの? まゆには、約束したけど沢口さんは忙しいから日付は後で決めるとでも言っておくけど」

「日付決まっていた方が、まゆちゃんは納得するんじゃありません?」

「まあ、それはそうなんだけど――」

 俺は少し考えて首を横に振った。

「今週末は早いんじゃないかな。っていうのは、すぐに会えたらまゆがまたすぐ会えるんだとか考えそうだからなんだけど」

「ああー。そういうもんですか?」

「たぶん? ごめんね、面倒くさいことは早めにすませた方が君はすっきりするだろうけど」

 ふむとうなずいて、彼女はそこでスマホを取り出した。

「じゃあ、二月ですかね。何日にします? 私はいつでもいいです」

 俺も手帳を取り出して、二月のカレンダーを確認する。

「いつでもいいって……十四日でも?」

「あー、今年はバレンタインは日曜ですか。田中さんもご予定なしですか?」

 ふっと飛び込んできた数字を思わず口にすると、沢口は今そのことに気づいたのだというような顔で首を傾げる。

「沢口さんもそうですか」

 お互い顔を見合わせて、なんとなく苦笑いしてしまう。

「田中さんがお暇なら、バレンタインにします?」

「いいの?」

「予定もないし、構いませんよー」

 なんならチョコでも用意しましょうかなんて冗談めかして笑う彼女に、こっちもじゃあお礼にホワイトデーになにか用意しようなんて応じて、すんなり話はまとまった。

 それから数度の打ち合わせを経て、遊ぶ場所はちびっ子に合わせて動物園ということに決まったのだった。




 沢口との約束をリビングにあるまだ真新しいカレンダーに書き込んでから、五歳児はうきうきしていた。

 俺がひらがなで書き込んだ予定にいびつなハートマークをいくつもつけていたといえば、その喜びようが少しは想像できるだろうか。

 元旦に偶然出会って妹たちに気に入られた俺の会社の後輩女子という存在に、母親なんかは特に興味津々だった。

 俺は当たり障りなく彼女のことを話して聞かせたが、にやにやうなずいていた母がきちんと理解してくれているかは怪しい。余計な想像でも巡らせてるんじゃねえかと思えてならなかったが、何が余計な想像だと問い返されても面倒なので気にしないことにしておく。

 すべては俺が悪いよな――特に予定がないと言った沢口についうっかりバレンタインに約束を取り付けちまったんだから。そりゃあれこれ想像するってもんだろ。

 言っておくが、その日を指定したことに他意はない。まさかあっさりと了承されるとは思わなかったというのが本音だ。

 迷いない様子からすると、彼氏もその候補ってやつも沢口には綺麗さっぱりいないんだなー。

 ま、そんなことはさておき。

 一週間も前から、まゆは張り切って動物園の準備を始めた。

 園でもらってきた動物のポケット図鑑。沢口に教えてあげたいと言っていた折り紙の完成品と、まっさらの折り紙が十数枚。見せてあげたいというあやとりのひも。可愛いとまゆが信じる俺にはゴミ一歩手前に見えるなにかがいくつか。

 みんなで分けて食べたいというおやつが数種類と、食べるときに座るためのレジャーシート。

 それだけ入れれば大きくもないリュックには他のものが入る余地があまりない。とりあえず万が一の時のために着替えを入れておけと命令すると、素直にビニール袋にひととおり一式を入れてぎゅっと詰め込んでいた。

「おべんとう、はいるかなあ」

「弁当食う気なの?」

「えんそくのとき、もってくもん。みんなでたべるとおいしいよ!」

「げー」

 時は二月、寒空の下で弁当とか勘弁して欲しいんだけど、まゆは迷いない顔つきで弁当の存在を信じている。

「なにか買って行くか、園内で買えばいいんじゃないか? ほら、確かポテトとか売ってただろ」

「まゆちゃん、からあげとえだまめとたまごやきのおべんとうがいい」

「マジでか」

 話を聞いていた母親が「頑張れ」と俺に声援をくれる。作ってくれる気全くねえわ、あの人。

 休みの日まで弁当作りたくないって顔だ。

「冷凍庫に枝豆も唐揚げもあるよ。他にも必要なら使っていいから」

 そりゃ、卵焼きの一つやふたつ、俺だって焼ける。冷凍物と合わせれば弁当くらい作ることはできるけど。

「おかおのついたおにぎりがいいな」

「無茶ぶりすんな小娘」

 さすがにキャラ弁的なものを期待する女児の要望には応えられねえわ。

「卵焼きでハートとか作ると可愛いよ、おにーちゃん」

「提案するくらいなら自分で作れよ、女子高生ー!」

 調子に乗って便乗するほのかを俺はキッと睨み据えた。

「おねーちゃん、はーとのたまごつくれるの?」

 まゆの期待に満ちた視線にさらされたほのは、「たぶんね」といまいち頼りない返事をしている。

 こりゃあ当日弁当を作る羽目になりそうだと、俺はうんざりと確信した。


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