兄の恋を応援したい 前編
田中さんの妹、ほのか視点のお話です。
ありがたくも続編希望をくださった方がいらっしゃったのですが、きっと読みたかったのはこれじゃない感じがして申し訳ない(´・ω・`)
全3話です。
私はこれから、おにーちゃんの恋を応援しようと思う。
そうでもしなければ、あの人はこのまま一生独身でいそうだ。
それは困る……将来、とても困る気がする。
十年後くらいに「お前のせいで結婚し損ねた」とか言われちゃう前に、どうにか素敵なお嫁さんをもらって欲しい。そのために努力することこそが、これまで兄の恋路をさんざん邪魔してきた私のすべきことだろう。
たぶん、きっと、おそらく。
私の名前は田中ほのか、高校二年生。
そして兄は和真。二十四歳の会社員。
末の妹の五歳児、まゆかを加えて三兄妹。それぞれの年の差が大体十歳と年齢差の大きいのは珍しいと思う。
でも年の差が大きい割に、私も妹もおにーちゃんが大好きだ。口はちょっと悪いけど、面倒見がいいおにーちゃんを嫌いになるのは難しい。
というわけで、ここで誤解して欲しくないのは――私がこれまで兄の恋路を邪魔をしてきたことには悪気があったわけじゃない、ということだ。悪気がないから許されると思ってんのかとお兄ちゃんには言われそうだけど、反省しているので許して欲しい。
悪気はなかった。
邪魔をする気だってこれっぽっちもなかった。
別に兄の彼女が気に入らなかったわけでもない。どちらかというと、好きだった。
兄の趣味は悪くない。そう思うのは兄妹なので好みの人柄が似ているからじゃないだろうか。
じゃあなんで邪魔したんだと問われたら、子どもだったからだよと居直るしかない。
お兄ちゃんのモテ期がいつはじまったかはわからないけれど、高校生の頃がピークだったように感じている。私が生まれてなかったり物心ついていなかっただけで、もしかすると小学校や中学校の頃にもっとすごかったかもしれないけど。
それに今でも別にモテないわけではないと信じたい。
だけど大学生の頃からは、おにーちゃんの彼女の話をとんと聞かない。
高校生の頃、八つも年下の妹のわがまま――おにーちゃんが楽しそうなところに行くって聞いたらついて行きたくなるってもんだよね――で何度もデートの邪魔をされ、そのせいかお付き合いが長続きしなかった兄である。
成長に伴って彼女の存在を隠すことを覚えたのかもしれない。しれない、けど。
まず間違いなく彼女なる存在はいないだろうと、私はほとんど確信している。
彼女持ちで充実しているとしたら、お兄ちゃんが休みの日のほとんどを自室でゲームをして過ごすなんてことはないはずだから。
そもそも、お兄ちゃんは割とオープンなヒトだ。
もし仮に過去の反省をふまえてお兄ちゃんが彼女のこと黙っておこうとしても、それを永遠に続けられない環境にある。そもそもがオープンな人なので黙ってられないし、もし仮にそうしたところでとにかくめざとい母が家族の変化をすぐに察知するんだから間違いない。
黙っておきたいことを根ほり葉ほり聞き出されるくらいなら、最初からある程度情報開示していた方が賢い。私だって小学生の高学年頃にはそういうことを悟っているのだから、兄だってそうに違いない。
あれ、だとするとそもそもオープンなんじゃなくて、そうならざるを得なかったんだろうか……卵が先か鶏が先かくらいに発端は不明だけど。
まあそんなわけで。
ある程度のところまでオープンに語ってくれる兄を持つと話は簡単で、今日偶然出会ったお兄ちゃんの職場の後輩である愛理ちゃん――本当はさん付けがよいかもしれないけど、妹のまゆかがそう呼ぶのでそう呼ばせてもらうことにした――に対して兄が好意的なことなんて簡単にわかった。
春から新人指導をはじめたことは何度も食卓で何度か話題に出てきていたんだもん。
大抵が、去年……じゃない、一昨年の新人で問題児のアイツとやらとセットで語られて「指導するのがアイツじゃなくて良かった!」と結論づけていた。
その新人さんの性別をあえて言っていなかったことは――それこそ、根ほり葉ほり聞かれないよう話を持って行ってたんだろうなあと思った。
きっと余計な情報を与えて茶々を入れられたくなかったに違いない。
まあそんなことは置いておいて。
おにーちゃんが一昨年の新人(男)よりも明らかに好ましく感じているらしい今年の新人(女)であり、私にとっても大変好ましい愛理ちゃんのことですよ!
新年早々、元旦からわがまま言って荷物持ち兼運転手サマとして連れ出したお兄ちゃんは、不満たらたらだった。
「正月だから朝から飲んでりゃ良かった」
とかなんとか言いながらも、着いてきてくれるから優しいんだけどね。
「セール品や福袋見に行くつもりなんだー」と一人で行く気で軽く口に出したら、「まゆちゃんも買いたい」と妹が言い出すんだもん。お父さんもお母さんものんびり過ごす気満々だったから、一人でまゆを連れ出すのは嫌だと思ってお兄ちゃんを巻き込んだってわけ。
近所の公園にちょっと行くくらいならいいけどさ、混んでること確定のショッピングモールに園児と二人はちょっと、ねえ?
そんなの絶対買い物にならないよ。
てなわけで保護者役をお任せしたお兄ちゃんの愛車に乗ってお店に向かって、車から降りてまゆを真ん中に手をつなぎながら歩いた。
端から見たら親子連れだなと思うと手をつなぐのはなーと思ったけど、まゆの手はあったかいんだもん。
まずは「ふくぶくろをかうの!」と息巻くまゆ向けの店を回って、セール品メインで気になる店を見ていきたいとか言っていると、お兄ちゃんが不意に「ちょっと待て」と言うや、まゆから手を離した。
「おにーちゃん?」
まゆと一緒にお兄ちゃんの背中を目で追うと、迷いない足取りでお兄ちゃんは人待ち顔だった一人の女性に近づいていった――その女性というのが、愛理ちゃんだ。
私はピーンときたね!
これは単なる知り合いじゃないと。ただの職場の知り合いなら、わざわざ近づいていって話をする必要ないと思うし。
まゆにわかりやすく説明しようと考えたのか「お仕事のお友達」なんて紹介された愛理ちゃんに、多かれ少なかれお兄ちゃんは好意を持っているはずだと感じた。
お兄ちゃんはちょっと若いけどまゆの父親であってもおかしくない年だ。私がまゆを生むのは無理がありすぎるけど、三人で並んで歩いていたら「お父さんとお母さんと一緒にお散歩していいねー」なんて声をかけてくる人って案外多い。
そんな風に愛理ちゃんに誤解されないようにあえて声かけに行ったんだよきっと。
まるで休日に妻子に無理に連れ出されたお父さんの発言して、うまく真実を伝えられそうにない流れになってたけど。なんで肝心なときに口べたなのよお兄ちゃんは。
とにもかくにも、私とまゆのファインプレーで、待ち合わせ相手にドタキャンされたという愛理ちゃんを道連れにできたのは良かったと思う。
それを愛理ちゃんに迷惑だろとか言わずに「よければ一緒にどう?」とか言っちゃうお兄ちゃんの言葉を聞いて、お兄ちゃんが愛理ちゃんを好ましく思っているのは確定だなと私は思ったんだった。
田中家の父は勇真、母はゆりか。息子は父の名前を、娘は母の名前を一部もらって名付けられている設定です。