完璧な魔法使い
トッテンハッペンホマイマーは世界一の魔法使い。彼が魔法を唱えれば、何だって彼の思い通り。
トッテンハッペンホマイマーが住んでる森は、世界の一番端。銀色の雪の降る寒い場所。
だけど、トッテンハッペンホマイマーの魔法があるから大丈夫。トッテンハッペンホマイマーの住む家の周りだけ、銀の雪は溶け、木々が生い茂り、甘い木の実と優しい花の匂いで溢れてる。
ある日、トッテンハッペンホマイマーは、完璧な魔法使いの自分には、完璧な両親が必要だと気づいた。
だって、トッテンハッペンホマイマーはまだ6歳だったから。
トッテンハッペンホマイマーは、魔法で完璧な父親と完璧な母親を作った。
完璧な父親は毎日森に狩りに行き、家族のために、食べ物を捕ってくる。銀の雪が降る世界の端では、満足な食料は少なくて、たまに父親は夜中森を歩き、翌朝、疲れた顔で帰ってくることもあった。それでも父親はそんなことをトッテンハッペンホマイマーに言うことはなく、トッテンハッペンホマイマーの頭を撫でながら、「沢山食べて大きくおなり」と僅かな食料を息子に食べさせた。
完璧な母親はトッテンハッペンホマイマー一人の時は何もなかった部屋の中を、綺麗に片付ける。たまに花を飾る。銀の雪を特別な魔法をかけて作ったろ過器でろ過して作った冷たい水であかぎれを作っても、何も言わずに、洗濯をし、ご飯を作った。トッテンハッペンホマイマーが何となく眠れない夜は、その暖かい布団の中で、トッテンハッペンホマイマーを抱きしめて眠ってくれた。
トッテンハッペンホマイマーは完璧な親の元、更に完璧な魔法使いに成長した。
トッテンハッペンホマイマーが完璧な魔法使いの子供から、立派な完璧な魔法使いの青年に成長したある日、トッテンハッペンホマイマーを、一人の少女が尋ねてきた。
「世界一の魔法使いのトッテンハッペンホマイマーさん、お願いです。私の村を助けてください」
少女の名前はミッケルンサと言った。金色の髪と、空色の瞳の可愛らしいミッケルンサに、トッテンハッペンホマイマーは直ぐに恋に落ちた。
「可愛いミッケルンサ。
君が僕の完璧なお嫁さんになってくれるなら、僕は君の村を助けてあげよう」
ミッケルンサは一瞬、言葉を失ったが、すぐに頷いた。そして、トッテンハッペンホマイマーを見上げながら、言い返す。
「私でよろしければ。
ですから、どうかお願いします。私の村を助けてください」
トッテンハッペンホマイマーは直ぐにミッケルンサの村へ飛んだ。ミッケルンサの村では、銀の雪に含まれた毒で、沢山の人が中毒をおこし、病に伏せっていた。
「アダラ、ナカサラ、アカナマユーハ。
コワル、ナノフケ、マッゴンフューバ」
トッテンハッペンホマイマーが呪文を唱えると、村人たちの中に巣くっていた銀の雪の毒は、たちまち村人たちの鼻から外へ飛んでいき、金色の粉となり、やがて風に飛ばされ消えていった。
「ありがとうございます。
ありがとうございます、トッテンハッペンホマイマーさん」
可愛いミッケルンサはトッテンハッペンホマイマーの完璧なお嫁さんになった。
トッテンハッペンホマイマーがミッケルンサを自分の家に連れて行くと、完璧な父親は珍しく困惑した顔でトッテンハッペンホマイマーを見た。だが、何も言わずに「おめでとう」とだけ、トッテンハッペンホマイマーに言った。
だって、完璧な父親は、完璧な魔法使いを育てた。完璧な魔法使い、トッテンハッペンホマイマーのすることは、全部完璧で間違わない。だから、完璧な父親は、連れてこられた可愛い少女を、自分の娘のように優しく労ることにした。
一方、完璧な母親は、ミッケルンサを見るなり、トッテンハッペンホマイマーに告げる。
「この子は完璧なお嫁さんにはなりません。
だから、返してきなさい」
完璧な母親から初めて拒絶の言葉を貰ったトッテンハッペンホマイマーは、最初とてもビックリしたが、直ぐに完璧な母親を睨む。
「お母さん、僕に逆らうの?
完璧な魔法使いの僕に、逆らうの?」
完璧な母親は、顔を青くさせながら、それでもトッテンハッペンホマイマーに言う。
「これはトッテンハッペンホマイマーの為です。この子は完璧なお嫁さんにはなりません。返してきなさい」
トッテンハッペンホマイマーは怒って、完璧な母親を消してしまった。
ミッケルンサは青ざめて、ガタガタと小さく震えたが、トッテンハッペンホマイマーはすぐにミッケルンサの肩を抱き、言う。
「大丈夫、すぐに作り直すから」
完璧な魔法使いのトッテンハッペンホマイマーが杖を振ると、完璧な母親が現れた。
完璧な母親は、ミッケルンサを見ると、にっこりと微笑んで、
「私が色々教えてあげるから、完璧なお嫁さんになりなさい」
とミッケルンサに言った。
それから、完璧な魔法使いの家には、完璧な父親と新しくなった完璧な母親、完璧な魔法使いのトッテンハッペンホマイマーに、その完璧なお嫁さんのミッケルンサが住むことになった。
完璧な父親は、相変わらず森へ食料をとりに出かけた。そして大きくなったトッテンハッペンホマイマーと、彼の可愛いお嫁さんの為に食料を探して、二晩でも三晩でも森を歩いた。
そうしてクタクタになって、家に戻ると、それでも少ない食料を二人に与え、「たくさん食べなさい」と笑った。
新しい完璧な母親は、ミッケルンサに家のことを教えた。どの花をトッテンハッペンホマイマーが好むか。どの食べ物をトッテンハッペンホマイマーが嫌うか。トッテンハッペンホマイマーに関する色んなことをミッケルンサに教えた。そうして全て教えたら、いつの間にか完璧な母親はいなくなっていた。
ミッケルンサがそれをトッテンハッペンホマイマーに尋ねると、トッテンハッペンホマイマーは笑いながら、
「完璧なお嫁さんがいるんだから、完璧な母親はもういらないよ」
と言った。
完璧な父親は、何も言わずにまた森に食料を探しに行った。
完璧なお嫁さんのミッケルンサは、完璧な母親が言ったとおりに家のことを行い、トッテンハッペンホマイマーを満足させた。
ある日、そんなトッテンハッペンホマイマーをひとりの男が尋ねてきた。
ミッケルンサは、男を見るなり青ざめた。
男はミッケルンサの村の者だった。
「私はミッケルンサの恋人だったものです。
完璧な魔法使い、トッテンハッペンホマイマーさん。ミッケルンサをどうか私に返してください」
「ミッケルンサは僕と約束した。僕のお嫁さんになると約束した。だから、君は邪魔だ」
怒ったトッテンハッペンホマイマーが男を魔法で消そうとしたとき、完璧な父親が男を庇って消えた。
何故父親がそんなことをしたのか分からず、呆然とするトッテンハッペンホマイマーの横で、ミッケルンサが泣きながら男に言う。
「私はトッテンハッペンホマイマーのお嫁さんになりました。もう私のことは忘れてください」
ミッケルンサは、泣きながら男を家から追い出した。
トッテンハッペンホマイマーは、もう完璧な父親を作ろうとはしなかった。
完璧なはずの父親も、母親も、完璧な魔法使いであるはずのトッテンハッペンホマイマーに逆らった。
それは、完璧なはずの魔法が、完璧ではないのかもしれないと思った瞬間だった。
「ミッケルンサ。僕は魔法で完璧なお嫁さんが出せるよ。だから君が望むなら、君をあの村にかえしてあげるよ」
自分の魔法が心配になって、トッテンハッペンホマイマーがそう言うと、ミッケルンサは泣いていた目元を拭いながら、「いいえ、私はここにいます」とトッテンハッペンホマイマーに笑いかけた。
トッテンハッペンホマイマーは、その笑顔を見て、何だか変な気持ちになった。
それから、段々、トッテンハッペンホマイマーは完璧ではなくなってきた。
魔法は普段通り使えたけれど、前ほど、完璧を求めなくなった。
たった一人残った、完璧なお嫁さん、ミッケルンサが、たまに完璧ではない失敗をしても、ミッケルンサを叱ることはなく、その頭を撫でるだけだった。
やがてミッケルンサのお腹の中に、完璧な魔法使いの子供が出来た。
完璧な魔法使いのトッテンハッペンホマイマーはミッケルンサのお腹を撫でながら、
「僕は父親になるのか」
と呟いた。
その日から、トッテンハッペンホマイマーは酷く無口になり、部屋に籠もるようになった。
ミッケルンサがどんなにトッテンハッペンホマイマーの好物を作っても、トッテンハッペンホマイマーはあまり口にすることなく、ただ、ただ、ミッケルンサのお腹だけが膨らんでいく。
ミッケルンサは遂に耐えられなくなり、トッテンハッペンホマイマーの部屋に入ると、
「トッテンハッペンホマイマーさん、一体どうしたんですか?」
と尋ねた。
トッテンハッペンホマイマーは、ミッケルンサが始めて見る弱々しい顔で、
「どうしよう」
と言った。
そんな弱々しいトッテンハッペンホマイマーは、初めてだった。
ミッケルンサはトッテンハッペンホマイマーに近寄ると、彼を座らせて、その横に自分も座って、トッテンハッペンホマイマーに尋ねる。
「どうしたんですか?」
「僕は魔法で、完璧な父親と完璧な母親を作った。でも、そのどちらも完璧ではなかった」
トッテンハッペンホマイマーは頭を抱えて、言う。
「完璧なものを作れない僕が、完璧な父親になれるのだろうか?」
完璧な魔法使いは、自分が完璧ではないことを知ってしまった。
うなだれて、涙をホロホロと流すトッテンハッペンホマイマーを見ながら、ミッケルンサは「あらあら」と小さく笑った。
「そんなことを悩んでいたんですか?」
「そんなこととは、何だ!」
トッテンハッペンホマイマーが声を荒げて、泣きながらミッケルンサに言うと、ミッケルンサは自分の大きくなったお腹をなでながら、「大丈夫ですよ」と言った。
「何が大丈夫なんだ?」
「トッテンハッペンホマイマーさんの作ったお父さんとお母さんは、完璧ではなかったかもしれない。
だけど、私にはトッテンハッペンホマイマーのお父さんとお母さんは魔法で作ったとは思えないほど、本物でした」
「でも完璧ではなかった」
トッテンハッペンホマイマーが首を横に振る。
ミッケルンサも首を横に振る。
「そうじゃないんですよ」
「何がそうじゃないんだ」
「トッテンハッペンホマイマーさんの作ったお父さんとお母さんは、きちんとお父さんとお母さんだったじゃないですか」
「きちんとって何だ?」
トッテンハッペンホマイマーが問いかけると、ミッケルンサはお腹を撫でながら言い返す。
「トッテンハッペンホマイマーさんのお父さんとお母さんは、トッテンハッペンホマイマーさんが大好きだったじゃないですか」
それから、ミッケルンサは如何にトッテンハッペンホマイマーの父親と母親が、トッテンハッペンホマイマーを愛していたかを語る。
トッテンハッペンホマイマーの父親は、銀の雪で毒されていない僅かな食べ物を、トッテンハッペンホマイマーに食べさせているとき、本当に嬉しそうに微笑んでいたこと。
トッテンハッペンホマイマーの母親は、ミッケルンサに恋人がいることを直ぐに見抜いて、トッテンハッペンホマイマーが不幸にならないよう一生懸命伝えようとしていたこと。
新しくなった母親は、ミッケルンサに、トッテンハッペンホマイマーがどんなに不器用で寂しがりか、慈しむように語ったこと。
父親が最後に男を庇ったのは、トッテンハッペンホマイマーに逆らったのではなく、トッテンハッペンホマイマーに人殺しをさせたくなかったこと。
トッテンハッペンホマイマーの両親は、いつでもトッテンハッペンホマイマーのことを考えて、トッテンハッペンホマイマーの幸せをいつも願っていたこと。
「トッテンハッペンホマイマーさんが魔法で作ったのは、自分を愛してくれる両親だったんですよ」
トッテンハッペンホマイマーは、完璧な魔法使い。
だけど、その魔法故に、猛毒の銀の雪が降る雪原に捨てられた。それはあまりに小さなときのことで、だから、彼は本当の両親を覚えてない。
それはとても有名な話で、ミッケルンサの村にも広く知れ渡っていた。
だから、そんな風に己を愛する両親を作れたことこそが、彼が完璧な魔法使いの証拠だと、ミッケルンサは、言う。
「トッテンハッペンホマイマーさん。
私は完璧なお嫁さんではないけれど、今では、あなたの両親と同じくらいあなたのことを愛してるんですよ」
トッテンハッペンホマイマーは、ミッケルンサのお腹をゆっくりと撫でると、ミッケルンサに問う。
「僕は父親になれる?」
「あなたのお父さんがしてきたことと、同じことをこの子にもしてあげてください。あなたは覚えているはずでしょう?
お父さんとお母さんがどんなにあなたを愛してくれたか」
トッテンハッペンホマイマーはミッケルンサを抱きしめると、おいおいと子供のように泣きじゃくった。
ミッケルンサは優しく彼の背を、いつまでも撫で続けていた。
完璧な魔法使いの家に子供が生まれたと村に話が伝わったのは、それからしばらくしてからのこと。
ミッケルンサの恋人だった男が、こっそりと覗いてきたらしい。
男は酷くがっかりした顔で村人たちに言う。
「完璧な魔法使いの住む家の食卓には、決して豪華ではない食事が並んでいた。彼は覚束無いスプーン使いで、歯の生え始めた赤子にスープを飲ませていた。そして、完璧な魔法使いとは思えない柔らかい笑顔を浮かべ、
「おいしいか。沢山食べるんだよ」
と言っていた。
そんな夫と赤子を見つめるミッケルンサは、とても幸せそうで、その家族の食卓はとても暖かだった」
村人たちは男の肩を優しく叩き、自分たちの家に連れて行った。
トッテンハッペンホマイマーは世界一の魔法使い。彼の魔法はどんな願いも叶えてしまう。
だけどトッテンハッペンホマイマーは、子供と奥さんの前だけでは、完璧な魔法で作られた彼の両親の様に、ただ、ただ、子供を愛しむ父親だった。
それは完璧ではないけれど、トッテンハッペンホマイマーも、ミッケルンサも彼らの子供も幸せなのだから、良いことなのでしょう。
おわり