所謂、きょうの我が家のわんこ
なんとなく今朝、柴犬を散歩している人の姿に、思いついてしまった突発的なネタです。
気楽にお読み頂ければ何よりでございます。
「じゃあ、行って来まーす」
一言掛けて、家を出る。左手には『お散歩セット』の入った小さなトート。右手にはリードをしっかりと握る。
リードを引っ張るようにして駆け出すのは、微妙におバカな我が家の愛犬、柴犬のぽちだ。
犬だから、『ぽち』。捻りも何も無いネーミングセンス。
昨今巷に溢れる『チョコ』とか『アクア』的な可愛いらしさの欠片もない、ザ・わんこな名前だ。強いて言うなら平仮名であるのが、命名した我が家の親のこだわりだった。
田舎の田んぼの畦道。迷いようもないひらけたそこを、ぽちに引っ張られるように進む。決まった散歩コースも無く、ぽちの気の向くまま、向かうまま。満足するまで歩かせれば、再びぽちの行く先には我が家がある。
そんな散歩の方針が悪かったのかもしれない。
なんて、何度目かわからないため息を、私はついた。
ああ。あれだろう、ネット小説なんかで定番の異世界転移って奴だろう。パニックに陥らないのは、もうこれが数度目かの出来事だからだ。人間何度も繰り返されたのならば、耐性もつく。
そして、それ以上のインパクトをぶち込まれれば、達観の極地に至るのだ。
あれだ、あれ。ネット小説でも定番の設定だ。異世界転移の際のボーナス特典というか、チート? って奴だろう。
それは必要なんだろうな、とは思う。RPG的なモンスターがうろうろしているこんな『異世界』に放り込まれた自分たちが、全くのノーチートならば、相手のご飯になって、状況にため息をつく暇も無く、リセットボタンの無いバッドエンド直行だろうから。
あ、『神様』的な『何か』とは、お会いしていない。だから、何で自分がこんな状況になっているのかは、全くもってわからない。
でもたぶんそれは、ぽちの方に責任があるのではなかろーかと思っている。だって自分は、ぽちに引っ張られて来た結果、このよくわからない『場所』にいるのだから。
後ろを振り返れば、外見はあまり自分たちと変わらない『人』たちが、手を取り合って震えている。服装的になんだかヨーロッパ的な印象を受ける、おそらく地元民の方たちだ。
だって、全く何を言っているのかがわからないのだ。聞き齧った記憶すら全く該当しない、未知の言語そのものだ。私には『チート』の欠片も無いようで、便利な言語翻訳ツールなんてものはないのだった。
近い生き物が思いつかないので、喩えることができないのだが、哺乳類の雰囲気漂うモンスターに、襲われているところに割って入ったので、たぶん助けたことになるはずだ。
うん、たぶん良いことだ。
だけど、相手がこっちを見る目は、モンスターに対するものとさほど差はない。
まあ、それも仕方ない。
なぁ、ぽちよ。
--お前は何時から、二足歩行の巨体のゴリマッチョになったのだ。
拳ひとつで、でっかいモンスターが、地響きたてて倒れたぞ。
初めて見た時は、私も度肝を抜かれたさ。逃げ出さなかったのは、文字通り腰を抜かして動けなかっただけのことさ。
ドロップキックなんぞ、どこで覚えた。本来四足歩行のお前には、無い動きだろうに。
大口開けて、ビームなんて吐くな。倒れたモンスターを一瞬で蒸発なんてされた日にゃ、飼い主さんは、どう対処して良いかわからんのだぞ。
……とはいえ、飼い主には、飼い主としての責任もあるので……
ごそごそと、トートバッグをあさってジャーキーを取り出す。
「ぽち!」
私の声に反応して、柴犬の面影をなんとなく残したぽちが、こちらを向く。
「お座り!」
ジャーキーに気づいたらしく、しっぽをパッタンパッタン振って、ぽちが前足を揃えてきっちり座る。
「お手! おかわり! もひとつお手!」
しぱっ、しぱっ、しぱん。と、ぽちが、私の声に応じる。その後で手にしたジャーキーを与えれば、ぽちは嬉しそうに、それを口に入れた。しっぽがぶんぶか振られている。
その隙に、何故かぽちの変化に適応している赤い首輪に、リードを取り付ける。一度グイと引いて声をかけた。
「ほら、ぽち! そろそろ帰るよ!」
「わん!」
一声吠えて、ぽちが私に従って歩き出す。
だから、その目は止めてお願いそんな目で見ないで。
言葉が通じなくて、ある意味良かった。こんな得体の知れない何かの首輪を引っ張る私に向ける視線は、ぽちに向けるそれよりも更に、不審に満ち満ちたものだ。
現地の方たちが、ひそひそと、何か喋っている。何を言っているかはわからないが、たぶん泣きたくなるようなことだろう。
客観的に見なくても、我ながら怪し過ぎる。……自分でもわかっているからっ!
本当、泣きたい。
--ふと気が付くと、ぽちは、見慣れた柴犬の姿で、ぽてぽてと満足そうにしっぽを振って歩いている。
白昼夢だと自分を納得させたいのに、前前回、ぽちが嬉しそうにくわえて見せて来た『戦利品』の姿に、妙な現実逃避をするのは止めた。
なので、心配していることがある。
そのうち、ぽちは、魔王だか巨大なドラゴンやらの、ボス級モンスターの元に突貫をかけるのではなかろーかと。
……出来れば、私が散歩担当でない日にしておくれよ。
そう、リードを引っ張るぽちを見ながら、切に思うのだった。
たぶん最近、シリアス寄りなものばかり書いてたんで、コメディー禁断症状が出たんだと思います。
多少なりともニヤリとして頂けたなら、幸いと存じます。