わが家におわす観音サマ(3/4)縦書き表示RDF


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中盤、忍夫と徹也の掛け合いをちと掘り下げてみました。あと後半も少し。
大筋は変わんない上にただむさいだけですけど、まぁ覗いてやってください。
わが家におわす観音サマ
作:光久



第二審【変容の兆し 2】


「準備は出来たかえ」
「万全です」
「よい……ふふ、まさか(わらわ)が人間道に赴く日が来ようとは思ってもみなかったのう」
「随分楽しそうで」
「そうかや?まぁ致し方あるまい。初めてじゃからな。残念なのは之が観光ではないところじゃの」
「……『かんこう』……ですか?」
「あちこちを見て回って楽しむことじゃよ。いやはや、まったくもって残念じゃ」
「そうですか…?……観音(かんのん)様」
「その名前はどうも――と、どうやら開いたようじゃの。さあ行くぞ。『衛鬼(えいき)』よ」
「御意に」


第二審【変容の兆し 2】


忍夫が住む町、久弥市にはただ一点、特筆すべきことがある。
即ち、寺の数。町一つとしては異常なほどの寺院密度は、聞くところによれば、奈良のそれをも凌ぐと言われている。戦国時代、かの織田信長に迫害された寺院の者たちが、この地に集って細々と暮たしていたとかなんとか。ともあれ、特に興味がある人でもない限り、由来云々はどうでもいいことには変わりないわけで。
忍夫が通う県立久弥高等学校。その弓道場に隣接して建立されている大きな寺院からは、毎日、放課後辺りに物々しい御声が聞こえてきた。

今日も一部員として最初に道場に足を踏み入れた忍夫は、他に誰もいないそのひと暇を、写経を聞き流すことで埋めていた。
他に部員には不評だそうだが、忍夫自身としてはそれでもなかなか良いものじゃないかと思う。門前の小僧ではないが、少し位なら言えるかも知れない。根暗みたいな趣味なので誰にも言いはしないけれど。
そんな低調な、そして荘厳な経を聞いていると、

「――っあ〜またですか。喧しすぎて吐き気すら湧きますね」

急に聞こえた独り言に、そこまで言うかと忍夫は思う。

「こちとら弓道に集中しなきゃならないのに、また飽きずに南無南無と……って、橘先輩じゃないですか」
「よくそこまで寺を悪し様に言えるな龍明寺(りゅうみょうじ)

忍夫が振り向くと同時に、道場に入ってきたのは、やたらこちらを好戦的に見る――端的に、睨んでいる少女だった。肩まで掛からないショートの髪に、高校生と言うにはやや小柄な体躯。記憶が正しければ一年生――もちろん高校の――である。
龍明寺(りゅうみょうじ)夏華(なつか)。弓道部の後輩、とだけ銘打つには些か個性がありすぎる少女は、苗字の通り、幾つもある寺院の一つ、『龍明寺』の娘である。

「だっかっらっ!『龍明寺』って呼ばないでくださいって何回言えばわかるんですかっ!」

そんなことを叫びながらオーバーアクションにずかずかと歩いてくる龍明寺。眉の傾斜角がみるみる大きくなってくるのが、忍夫にも良く見えた。

「知るか。お前の“寺嫌い”も聞き飽きたわ」
「馬鹿ですかっ!先輩馬鹿なんですかっ!!」
「『先輩』と敬っておきながら馬鹿馬鹿連呼するのかお前は……いや、取り敢えず、いちいちじたばたしたり叫んだりはやめろ。近所迷惑だから」

或いは自分の家柄に対する、第二次性徴的反抗心だと忍夫は勝手に思っている。彼女が弓道部に入部して以来、周知のものとなっていると思われるその“寺嫌い”。もっと端的に“巫女好き”は、いまも、何故か彼を苛んでいた。

「――やっぱり馬鹿です先輩。人がこんなにアピールしてるのに」
「ガキっぽさをか」
「違いますっ。ほら、何か見違えた気がしません?」

いまいち龍明寺のテンションに追いつけていない忍夫は、くるりと回るその姿を目にして、取り敢えず気付いたことを口に出す。

「………背ぇ伸びた?」
「えっ?ホントですか…ってそうじゃないです!ほらっ!」

龍明寺が言いたいことには、既に気付いていた。歩き方、わめき方というわざとらしいアピール。気付かないわけがない。むしろ、定められている『弓胴着』という範囲を違えたその格好を、どう指摘すればいいか、判断しかねていたのが実情である。
上はまだいい。今日持参したものなのか、綺麗な白の胴着。
問題は、原色そのままの紅色を塗りたくった袴にあった。それらを組み合わせると、成る程。何処か清純なイメージを与える儀式装束に変わる。人によっては興奮してしまうかもしれないその格好。

「ふふふ。やはり萌えますか」

アホかと口を挟む間もなく、少々頭の悪そうな笑みを、更に気持ちの悪い笑みへと変容させる。正直、女の子がしてはいけない類のそれだ。思わず引きつりそうになる顔をうまく隠しながら答える。

「『巫女服』……っぽいな」
「さすが!ってか聞いてくださいよ!下だけで五千円もしたんですよコレ!?」
「……あ〜、果てしなくどうっでもいいわ。ついでに言っとくが全く萌えん」
「嘘吐きです先輩!巫女と言えば『梓弓』!弓と言えば弓道!!コレ以上なく巫女と関わりがあるこの武道に巫女萌えがいない訳ないじゃないですかっ!!!」

「梓弓は知ってますよね?」と続いて理解不能な単語主体の演説が続く。話題が自分の領域になった途端このはしゃぎ様。この辺り、彼女がどんな心持で入部したのかが伺える。というかさも部の共通認識のように言わないでほしい。唯でさえ、彼女の大々的『弓道部は巫女萌え』発言で周囲から孤立気味となっているのに。

――勘弁してくれ。

本日二度目のその台詞は、一度目のそれよりも疲労の溜まったものになった。
呆然と受け答えしていて尚、弱っていくのが自覚できる。ただでさえ、吉沢との朝の不幸。或いはしっぺ返しを引きずっている忍夫にとって、今の状況は、さしずめ泣き面に蜂の大群だった。

しかし、苦痛は長くは続かない。入り口から他の部員らしき足音が聞こえてきて、龍明寺の巫女談義はひとまずお開きとなった。
やれやれ、と開放感に浸り、更衣室へと足を伸ばした。
そんな時、

「……気を付けて下さいね」

直後に放たれた、対象不明の忠告に、忍夫は顔をしかめた。ふと、朝の夢が頭に去来したが、

――いや、深く考えすぎだろ。

たぶん挨拶の類だと考えを改めて、なおざりに手を振って返した。


†  †  †


通学路に五つも寺院が建っているのは、世界広しといえど、そうそうは無い。一年の高校生活を過ごしてきた忍夫は、今日もそんな他愛もないことを考えながら下校していた。
青から赤へのグラデーションが空に展開し始めた頃合い。西日に差された閑散と道路の右手には、小さな空き地と共に、『観照寺』と言う名前の石碑、そして申し訳程度の仏壇がある。通学路にほぼ等間隔で建てられた中の、学校側から二番目の寺。徒歩通学の忍夫は、その側を横目で通り過ぎた。

「……どーしよっかな……」
「どうした?」

そう言って頭を抱えると、今まで失念していた声が、左から聞こえた。

「……なんだテツか」
「校門からずっと居た友人を『なんだ』とは酷いな」
「いや、お前ってビジュアル的には誰よりも存在感があるくせに、ふと気がつけばいるみたいな所があるからなぁ」
「………所々の棘のある発言には、この際目をつぶらせて貰おう」
「そりゃ助かる」

学区の関係で中学校からの知り合いだが、忍夫と徹也の家は程々近い。お互い部活の身であることもあって、時間が合えば二人で帰ったりする。今日も偶然、校門でばったり会ったことを、忍夫は今更ながらに思い出した。
そんな徹也は、場を仕切りなおす意味を込めて咳払いをする。彼の癖であるその仕草に、忍夫はいやな顔を隠さずに表した。

「では、今しがたの発言について問い詰めさせてもらおうか」
「めんどい」
「そう言うな。いや、どう言おうが俺の姿勢は変わらないな……わかるだろ?さぁ観念しろ」

ただ悩みを打ち明けるかどうかという話なのに、なんで『観念しろ』なんて台詞が出てくるのか。

「……わかったよ」

正直、作りたくない。そう考えているのは、今夜の晩飯についてだった。
責任は、不定期な仕事に就いている母親にある……と忍夫は密かに思っている。

「色々あってな。週に数回、自炊しなければならないんだよ」

本人としてはずいぶん億劫なものだった。母親の、「作らなきゃシメる」の勅令さえなければ、たとえ晩飯を抜くことになっても作らないだろう。

「いやまぁ、材料は残っているか〜とか、今日は何を作ろうかな〜とか。んな前向きな事も考えてはいるんだけどさ…」

それでも、たかが自分の為にと、面倒臭く思ってしまうのも仕方のない事ではないか。
………そんな考えをする自分はきっと、間違っているのだろうが。そう自分の中で結論づけていると、徹也は、

「ふむ……つまり、楽しくないわけだな。料理が」

そんな事を聞いてきた。思わず虚を突かれて、目を丸くしてしまう。

「楽しい……?なんで」
「俺も、家の事情で偶に自炊することもあるが、やってて思いのほか楽しいと思うのだがな。どうすれば効率良く出来るか、どういう切り方をすれば食材の旨味が出るのか、とな他には――」

さすがにそこまでいくわけが無いと思っている忍夫だが、どうにも、旗色が悪そうだった。

「そんなもんか?」
「弓道は楽しくないのか?」
「え?特に――」
「違うな。そんなもんじゃない」

段々徹也が熱くなっている気がする。飛び飛びの話題に翻弄されそうだ。

「お前を見ているとただ日常を淡々と過ごしているようにしか思えなくてな」
「…………」

そう思わないでもない。忍夫はそんな顔をする。しかし、

「中高関わらず、二年生は中だるみ。誰だって同じじゃねえか」
「だから、」
「お前は違うかもしれないさ。テストでは順位一桁。部活の剣道では期待のホープ。まったくすげぇやつだよお前」

そんなつもりでもないのに、自然を声を荒げてしまう。或いは、溜まっている何かを吐き出すように。

「でもそんなあんただからそう思っちまうんじゃねぇの?それに引き換え…なんて言われそうだな。全――」
「忍夫」

それ以上の独白を徹夜は手で制す。その眼差しは、愁いを帯びていた。

「もしかしたら俺が言い過ぎたのかもしれないな。謝る。ただ、言いたかったのはそんなことではない。……高校生らしくないのだ。いつからだったかお前は心に、」

そこで言葉を切ると決まりが悪そうな顔をした。
遠くで子供の笑い声が聞こえる。心に?と聞き返そうとしたところで、

「いや、すまない。やはり今のは忘れてくれ」
「……こっちも悪かった。どうにも頭がぼーっとして」

そうか、と小さく呟いて、そそくさと自分の家の方角へと向かう徹也。忍夫は少し遣る瀬無く、その背中を見る。
肩越しからは……

「ふふ、やはり忍夫。吉沢と仲直りしろよ」
「なっ!」

爆弾を投げつけられた気がした。

「その諸症状はきっと吉沢が原因だろうな。やはりお前らは――」
「いっぺん殴らせろこのくそばか」
「それこそ、仲直りしてからやるんだな。そう簡単にはやらせないが」

余計なお世話だと毒づきながら坊主頭を忍夫は見送った。それから徹也が路地の角を曲がり、完全に見えなくなったところで、心なし緩んでしまっている頭を拳骨で小突きながら、再び帰路につく。

「楽しい、ねぇ」

それほど時間が経っていないと思ったが、空は既に星の瞬きを映し始めている。
思った事があっただろうか。時々作る料理に。或いは、日常に。
三番目。『面徳寺』の門を過ぎても、思い浮かぶ事はなかった。

「そんなこと……どうでも……――?」

異変を感じたのはその時だった。

「…なんだ?」

ざっと周囲を見渡す。真っ赤に染まった光景には、特に不思議なところは何もない。

いや、

「……っ!」

異変は、足下からだった。
何故かは全く見当が付かない。アスファルトが、まるで蜃気楼がかかったように、歪んだ。
まずい。
本能で悟った忍夫は、慌ててその場から離れた。変化は続く。歪んだ地面は、やがて黒い穴となる。気味の悪い空気がそこから漏れ出ているような気がした。

「お、おいおい……誰の悪戯だよコリャ」

冗談交じりのその声も、震えが入ってうまく言えない。
そして次の瞬間、

黒い穴から手が這い出てきた。

「うっ……!!」

次に頭が。
そして顔が。
肩が。
身体が。
足が。

化け物だ。
その全貌を見るや否や、忍夫は反転する。
逃げようと思った。アレはまずい。この状態じゃどうしようもない。
しかし、もう遅かった。

「んなっ!」

同じような穴が、忍夫を挟んで十以上。そのどれもから、今見たような腕が飛び出し始めている。
逃げ場は。

「……っくそっ!」

忍夫は『面徳寺』に向かって走り出す。もはやそこにしか、道はなかった。

門をくぐって、忍夫は本堂の裏へと逃げ込んだ。どこかに繋がっているかも知れない。と思ったが、出入り口の門以外は、全て壁に囲まれていた。幸か不幸か、忍夫以外の人間は一人も居ない。
一縷の望みをかけ、角から門を伺う。そして後悔した。

龍明寺よりも小さい、幼稚園児のような背。ただ、体中が痩せ細り、目をギラつかせ、腐ったような唇からは牙が見え隠れして、枯れきった喉から出たような呻き声を上げる。そんな化け物が、見えるだけでも二十体以上。全員が、忍夫の逃げ込んだ面徳寺に入ろうとしていた。
間違いなく、自分を狙っている。そう悟った。

「なんなんだ………」

なんなんだあれは!
そう叫びたい気持ちを抑え、必死に身を隠す。
草を掻き分ける足音が段々と近づいてくる。嫌な汗が止まらない。鼓動が痛い程に響いてきた。

――走馬灯。これがそう呼ぶのかもしれない。ただ、目を瞑ったその先に見えたのは、高校の、それどころか中学の頃の自分でもなく、今朝見たあの夢だった。
白い空、白い海、その先に見えた素っ裸の少女、そして鎖に絡めとられ沈み行く自分。
どうしてそんな景色が、今――



「――『如来』」

突如、少女の声と共に風が舞う。舞う中で、あの化け物の枯れた叫び声。或いはそれは、悲鳴を思わせた。

「こちらに出てきてた途端遭遇とは、何とも萎えることじゃのう」

暫く、その声に何の反応も返す事が出来なかった。

「しかし『餓鬼』に襲われるとは難儀じゃな人間……ぬ、どうやら標的を(わらわ)に変えたようじゃ。どれ、一つ相手をしてやらぬか……衛鬼(えいき)よ」
「御意に」

再び、化け物達の悲鳴。思わず本堂から門を覗く。そこには、一匹、また一匹と蹴散らされているあの化け物と、白髪の――恐らく自分と同じくらいの背格好をした青年の人影。

「御主、何時まで隠れているつもりじゃ」

そしてもう一人、手前の人影は、ゆっくり忍夫に振り返る。
そこには、

「……はい?」
「……なんじゃその顔は」


良くて十四程。背ほどの黒髪を棚引かせ、袈裟(けさ)をその身にまとった少女が(たたず)んでいた。


無い頭しぼってようやく生み出した第二審。ええ、存分に叩いちゃって結構ですよ?未だに一人称なのか三人称なのかわかんないとことか。自分でも悩んでるんですから。ハイ。
――ってのはまた今度にして、
コレでやっと軌道に乗り始めました。タイトルの娘も出てきたし。話を考える側もコレで一安心ってな訳でして。いやいや此処まで一体何ヶ月かかったんだって思うと、ね。

甘口辛口関わらず、批評は私の滋養となります。鯉に餌をやる気持ちで、どうぞ書いてやってください。
では。






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