第十八部第五章 入城その四
「よく戦ったものだ。最後まで」
「あそこでマウリアが講和に動かなければどうなったでしょうか」
「おそらくオリンポス入城だ」
その答えは素っ気無いものであった。
「それを考えると今と同じだがな」
「はい」
「だが内容は全然違っていただろう。少なくとも今の様にあれこれする余力はない」
「ですか」
「少なくとも今のように交渉するということは困難だった」
シャイターンが言うとアブーも言う。
「自分達の本拠地に導き入れて」
「いや、あれは連合の方からやって来たのだ」
それは訂正させた。
「連合の方から」
「城下の盟を誓わせる為にな」
「それは勝者と敗者を知らしめる為でしょうか」
「そういうことだな」
弟の言葉に頷いてみせた。それからまた言った。
「アブー」
「はい」
弟の名をまず呼んだ。
「ヒトラーを知っているな」
「はい」
言わずと知れた二十世紀、いや人類史上最大の独裁者である。その能力と野望は最早伝説にまでなっている。イスラエルが影のバランサーとなっている連合においては人類史上最大の悪人とされている。ヒトラーはこの時代においても多くの者に悪とみなされているのだ。
「あの男があそこまでなれたのは何故だと思うか」
「それは」
「演出だ」
彼は言った。
「演出!?」
「そうだ。演出は映画やドラマにだけ使うのではない」
「はあ」
アブーは兄が言っていることが少し場違いに思えた。だがそうではなかったのだ。
「政治にもまた演出が不可欠なのだ」
「そうなのですか」
「ヒトラーがどうして瞬く間にあそこまでなれたかわかるか」
「力があったからでしょうか」
「確かにそうだ」
その言葉は認めた。
「だが。それだけでは完全な正解とは言えない」
「そこに演出が加わってこそだったということですか」
「そうだ」
これはシャイターンには非常によくわかることであった。何故なら彼もまた演出を駆使して今の地位に至ったからである。同じだからこそ理解出来ることであった。
「その力を見せるのが演出だ」
「そうなのですか」
「そしてそれもまた政治だ」
「演出もですか」
「そういうことだ。今連合はそれを行おうとしている」
「勝者である自分達を演出する為に」
それは昔からある。どの国もそれを行う。連合もまた然り。
「さながらローマ帝国の様にな。もっともローマと呼ぶにはかなり穏健だが」
「はあ」
「そしてエウロパには敗者を演じることを強いる」
「エウロパにとっては耐えられないことですね」
「しかし、だ」
そしてまた言った。
「エウロパの貴族達は誇り高い。それを許すと思うか?」
「いえ」
これは言うまでもないことであった。アブーは首を横に振ってそれをすぐに否定した。
「そうだな。だから彼等は彼等で演出を考えている」
「オリンポスにおいてですか」
「そしてまた御前に言っておくことがある」
「それは」
「政治はな、堅苦しいばかりではない」
「はあ」
これは意外な言葉であった。彼にとって政治とは難解で確かに堅苦しいものであったからだ。だが兄はそれを否定してきたのである。これは違和感を覚えるものではあった。
「優雅な一面もある」
「といいますと」
「贅沢もまた政治だ」
「贅沢も、ですか」
話が見えなかった。首を傾げてしまった。
「パーティーや御馳走、演劇もな。政治なのだ」
「そうなのでしょうか」
兄に言われても実感がわかなかった。やはり首を傾げてしまう。
「そこから情報を引き出すこともできれば自分達をよく見せることもできる」
「はあ」
「それをするのも政治だということだ。華やかな面もあるのだ」
「そうなのですか」
「そこも勉強しておくといい。戦争にも役立つ」
こうも言うシャイターンであった。
「だといいですが」
「さっきも言ったな」
彼は懐疑的な顔を見せる弟に対してまた言った。
「戦争は政治の一手段に過ぎないと」
「はい」
「政治における解決の手段の一つだ。極論するとそうなる」
「そして演出はそれをよく見せる為のものであると」
「戦争にも使えるのだ、演出は」
「戦争にもですか」
またアブーが声をあげると述べた。
「そうした意味で御前が学ばなければならないことは多いぞ」
「はい」
「色々とな。御前には政治的なポストも用意しておくか」
「有り難うございます」
「シャイターン家がこのサハラを統べる為には御前の力もまた必要だ」
彼には野心があった。このサハラを己の下に統一するという野心が。そしてそれを今弟に語っているのである。それは魔王の言葉であった。
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