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第十八部第四章 銃のない戦いその三
 ノルマという作品はただノルマだけがいいというものではない。アダルジーザも重要な役なのだ。ベルリーニは彼女にも美しい歌を与えた。そして同時に困難でもあるが。従ってノルマは非常に優れた女性歌手を二人揃えなくてはならないのだ。贅沢な作品である。
 今日の舞台ではソプラノ二人によって歌われている。アダルジーザの役も天才とまで謳われる歌手である。カミュは彼女の声と歌にも注目していた。
 黙って舞台に目をやっている。一言も発しない。身動き一つない程であった。
 曲をじっと聴き、舞台から目を離さない。そしてそのまま見ていた。
 曲が終わった。万雷の拍手と称賛の声が劇場を包んだ。
「見事と言いましょう」
 カミュも一言称賛の声を述べた。
「やはり彼女は天才です」
「左様ですか」
「ノルマもアダルジーザも素晴らしい。ですがやはり」
「ノルマが勝っていましたか」
「あの役はそうでなくてはならないのです」
 彼は落ち着いた声でそう述べた。
「強い女であり、同時に脆い女でもある」
「複雑ですね」
「それを歌いこなせる者この天才なのですがね」
「天才ですか」
「はい」
 カミュは舞台の幕が降ろされるのを見ながら応えた。まだ称賛の声が止まらない。
「天才とはあらゆる困難を楽しめるもの」
「ではあの歌手も楽しんでいると」
「そうです。そしてそれは歌に止まりません」
「といいますと」
「全てのことにおいて言えるのですよ」 
 彼は言った。
「天才というものは。全ての事柄に存在します」
「歌だけでなく」
「芸術だけでなく」
 言葉を続ける。
「あらゆる事柄に。そう、この世のあらゆるものに」
「そうなのですか」
「文学にも料理にも」
 ここで料理を出すのがフランス人、そして美食家としても知られている彼らしいと言えた。
「天才は存在します。そして」
「そして?」
「政治にもね」
 その流麗な目がすっと笑った。
「天才はいるのですよ。そしてそれを楽しんでいる」
「そういえば侯爵」
「何でしょうか」
「もうすぐ連合から使節が来るそうですね」
「ええ、このガイアに」
 彼は答えた。
「それが何か」
「エウロパ一千年の歴史が終わるとも言われていますが」
「そうした風聞は聞きますね」
 今更言うまでもないことであった。停戦後、エウロパ内部では講和の条件次第では滅亡もあるのではないかとさえ囁かれているのである。外相である彼がそれを知らない筈がなかった。
「あくまで風聞ですが」
「あくまで、ですか」
「それは決して現実のものとはなりません」
「何故でしょうか」
「そこにもまた天才がいるからです」
 彼はその問いに思わせぶりにこう返した。
「おわかりでしょうか」
「期待させて頂いて宜しいということでしょうか」
「はい」
 その流麗な目がまた細くなった。
「存分に」
「了承致しました。では」
 夫人は舞台に顔を戻した。
「最後の幕が開きますよ」
「いよいよですね」
「はい。私は第四幕も好きなのですよ」
「あの合唱が」
「そうです。何か心の奥底から感じるものがありまして」
 第四幕ではローマに戦いを誓うケルト人達の合唱があるのだ。ノルマを前にして歌われるこの合唱はベルリーニのもう一つの側面、熱く情熱的な側面が露わになっているのである。
(ローマか)
 カミュはふとそこで気付いた。
(そしてケルト)
 今ではけるとの末裔達は連合にこそ多く存在する。ケルトの神々も連合において復権している。イギリスやスコットランド、アイルランドにケルトの末裔達はいるが連合のケルト系に比べてその数は圧倒的に少ない。もっとも連合のケルトはかなり混血しているのであるが。
(立場が逆になったか)
 頭の中でローマを自分達、ケルトを連合に移し替えていた。
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