第十八部第二章 出発その十九
「彼等がそのままいなくなると。今のエウロパは成り立ちません」
「これは仮の話ですが」
「はい」
「連合に組み入れるとすれば当然貴族制度は廃止ですよね」
これは言うまでもなかった。
「当然そうなるでしょうね」
「では。そうなれば旧エウロパ領は混乱したままであると」
「おそらく」
八条は答えた。
「そして我々は一千億の混乱した地域を抱え込むことになります」
「人口の四十分の一、ですか」
「それは難しいですよね」
「治安維持に派遣すべき軍に。そして復興費等も考えますと天文学的です」
軍はとかく金がかかるが他の国を併合するとその比ではない。日韓併合では日本は毎年国家予算の一割か二割を半島に使っていた。大変な出費である。ドイツ統一でもそうだ。サハラでもその度に財政破綻する国家も多い。オムダーマンやティムールはかなり上手くやっているのである。
「そして不穏分子を抱え込む」
「それも考えるとやはり併合はすべきではありませんね」
「それだけはしないということはもう決まっていますよ」
「何よりです」
わかってはいたが実際に聞いて安心した。
「やはり適度なところで手を打つのですね」
「問題はその適度の範囲ですが」
「それを決めるのが今回の講和会議ですね」
「そういうことになります」
八条は穏やかな笑みで応えた。
「それでは留守はお願いしますね」
「大過ないように務めます」
「はい」
「あとエウロパの水には御注意を」
「そういえばエウロパには風土病もありませんね」
よくそう言われている。連合にはかなり多いが。
「そうなのですか」
「むしろ我々の方が多いとか。まあ我々は惑星も多いですから」
「そちらでは何かと苦労していますね」
「ええ」
連合の開拓は同時に風土病との戦いでもあった。その為医学が他の文明に比べてかなり進歩しているのもまた特徴の一つである。環境が発展を促した例の一つである。
「エウロパには。それがないのですか」
「少なくとも連合のそれよりは遥かに」
「少ないと」
「かつてのペストやコレラの様なことはないです」
「それもかなり心配しましたがね」
エウロパ侵攻の際彼等は病気についてもかなりの注意を払った。それにかかることにより戦力が落ちることを警戒したのである。こうしたことはこの時代にもあった。
「流石にかっての欧州の頃とは違いますか」
「まあそれはなかったですね」
中世の欧州のことを言っているのである。道の端に普通にゴミや糞尿を捨て、疫病が蔓延していた欧州のことをである。なおエウロパはエウロパで連合は風土病が蔓延していると考えているのだ。これも冒険小説華やかなりし頃のアフリカや東南アジア、中南米のイメージである。そのイメージをそれぞれ復活させていたのである。
「お互い疫病が流行るということはありませんでしたね」
「それは何よりです」
「細菌が異常進化することもなかったですし」
「ええ」
「その点はよかったですよ」
「全くです。実は心配していたんですよ」
細菌や病気の問題は戦争や冒険、開拓においては常につきまとう。連合ではそれを第一に警戒しているのだ。
「帰還した将兵達が疫病を持って来ているかどうかですね」
「はい。どうやらそれは杞憂だったようで」
「それは何よりでした」
「惑星開発でも常に悩まされていますからね」
それが実際に言われる。
「はい」
「しかし、ああした病気というのは減りませんね」
「一つ克服したと思ったらまた一つ出て来る」
「その通りです」
「それも厄介なものばかり残ります」
そういうものである。厄介な病原菌程残る。かつての天然痘やペスト、エイズのようにだ。
「空気感染するエボラ菌があった惑星もありましたね」
「ワクチンがあって何よりでした」
この時代はエボラ菌のワクチンもあるのである。
「ペストの再来から恐れられましたね」
「そうでしたね。ただ一つ言えることがあると思いますよ」
「それは」
「克服出来ないウィルスなぞないということですよ」
八条は言った。
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