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第四部第四章 楯砕きその二
「これは経済史を学ぶ場ですか?」
 その中国人は学生に尋ねた。
「いえ」
 日本人の学生は首を横に振った。
「これからの経済について学んでいるのです」
 こう言われてその中国人は開いた口が塞がらなかったという。
 後には彼経済学をやめスポーツの世界に入った。そしてサッカーで名フォワードとして中国に入りオリンピックで金メダルをもたらすことになる。
 その彼が金メダルをもらった時に言ったことである。
「日本では経済学は学ばなかったけれどスポーツマンシップとサッカーは学んだよ」
 彼は日本のプロチームでも活躍していたのである。
 こうしたことは二十一世紀前半まで尾を引いた。結局日本は二十一世紀中頃までアメリカや中国の後塵を拝することになり常に第三の勢力でしかなかったのはこうしたマスコミのマルクス的経済学や歴史観、今もなおある歪んだ市民主義によるところが大きかったのだ。
 そうした歴史は今では連合だけでなくエウロパやサハラでも学ばれている。その反動だろうか、今も日本ではマスコミの力はかなり制限されネットの力が大きいのだ。
「あれと全く同じことなのだ」
「そしてそれによりサラーフは滅んだのですか」
「うん。我々にとっては好都合だったがな」
 シャイターンはうっすらと笑みを浮かべて言った。
「こうして多くの領土を手に入れることができたのだから」
 彼等はこの時点でサラーフ北方を中心としてその約四分の一の領土を占領していたのだ。
「問題はこの領土をどのように各国に分配するかですね」
「それは心配ない」
 シャイターンはすぐに答えた。
「どうしてですか?」
 ラーグワートは怪訝そうに尋ねた。
「それもやがてわかる」
 彼は不思議な笑みを浮かべて答えた。
「すぐにな」
 その笑みは何処か悪魔的であった。
「話題を変えよう」
 シャイターンはここで言った。
「アッディーン提督率いる艦隊との距離はどれだけある」
「あと一日です」
 後ろに控える参謀の一人が答えた。
「そうか」
 シャイターンはそれを聞き目を不思議な色にした。
「ではすぐにオムダーマン軍のところへ向かうとしよう」
「まさか」
 彼等はシャイターンの言葉にいろめきだった。
「誤解しないでほしい」
 彼はそれに対して言った。
「彼と会ってみたいだけだ」
 悪戯っぽく笑ってそう答えた。
「お会いしたいだけですか」
「そうだ。オムダーマンとは何の対立関係もない。問題はないだろう」
「しかし」
 それだけで済むとは思えなかった。彼等もシャイターンの性格は知っている。その彼がただ会いたいという理由だけで会談をするとは思えなかったのである。
「いいか」
「それは」
 彼等は口篭もった。
「心配は無用だ。ただ会うだけなのだからな」 
 笑顔でそう言った。
 嘘だ、彼等は皆そう思った。だがそれは口には出さなかった。
「異論はないようだな」
「は、はあ」
 彼等はそれを了承するしかなかった。結局それを決めるのは司令官であるシャイターンなのだから。
「ではオムダーマン軍に電報を打ってくれ」
「わかりました」
 アリーの通信士が敬礼して答えた。
「然るべき場でアッディーン司令と会いたいとな。拒むことなきよう、と」
「はい」
 彼は敬礼するとすぐに通信室に向かった。
「これでよし」
 シャイターンはそれを笑顔で見送った。
「楽しみだな。オムダーマンの誇る若き名将と会えるのだから」
「はあ」
 ラーグワートや幕僚達はそれを不安気な顔で見ている。
「どうした、浮かない顔をして」
 シャイターンはそんな彼等に対して言った。
「私が何かするとでも思っているのか」
 答えない。だがこれまでシャイターンは謀略も厭わなかった。そうして傭兵隊長を務めてきたのだ。今回ももしかしたら。
「安心しろ。私は今はよからぬことを考えてはいない」
 彼はそれを打ち消すように言った。
「ただこれからの出会いに期待しているだけだ」
 しかし何処か虚言に聞こえる。
「アッディーン提督」
 彼は不敵に笑いながら彼の名を口にした。
「さぞかし見事な男なのだろう。この私と釣り合うようなな」
 そこには戦いを求める男の顔があった。まるで狼の様な顔になっていた。

 ブラーク陥落の情報は連合やエウロパにも伝わった。
「そうか、サラーフもこれで終わりだな」
 連合の感想は淡々としたものであった。
「サハラ西方は完全にオムダーマンのものになったな」
 皆そう見ていた。だがシャイターンの存在は過小評価していた。
「所詮一介の傭兵隊長だろう?今までの戦いも運がよかっただけだ」
「今も火事場泥棒をしているだけだ。ハルーク家に入ったにしてもそんなに大したことじゃない」
 識者もネットでの意見も大体こうしたものであった。
「そのうちエウロパに潰される。もうサハラ北方はエウロパのものになることが決まっている」
 こうした醒めた意見が主流を占めていた。そもそもシャイターンを知らない者すら多い状況であった。
 これは連合中央政府においても各国の政府においても同じであった。
「傭兵なぞ無用の長物だ」
 連合の軍制度から見ればその通りであった。
 彼等は傭兵を軽蔑していた。正規兵とは違い単なる寄せ集めだと考えていた。
「それも未亡人をかき口説いてハルーク家に入ったのだろう。何か卑しい行いだ」
 そうした意見もあった。彼等はシャイターンという人物に何か胡散臭さを感じていたのだ。
「確かに胡散臭い人物ですね」
 八条の執務室に二人の男が来ていた。二人共連合の軍服を着ている。
「今までの経歴を見ると不可思議な行動が多いです。それに生活も異様に華美ですし」
 右にいる金髪碧眼の長身の男が言った。ローラン=マクレーン大将である。アメリカ出身だ。
「生活はこの場合関係ないのでは」
 八条は彼に言った。
「その財源が問題なのです。とある宗教団体のリーダーの息子と聞いていますが」
「その彼が何故傭兵隊長をしているか、わからないのですね」
「はい」
 マクレーンは八条の言葉に頷いた。
「私もマクレーン大将と同じ考えです」
 左にいる黒髪のアジア系の男が言った。劉白鳳大将である。彼は中国出身だ。
「それに何故南方からわざわざ北方にやって来たのでしょう。それがわからないのです」
「そうですか」
 八条は劉の話を聞き考える顔をした。
「お二人共シャイターンという人物にはあまりいい印象を持ってはおられないようですね」
「え、ええまあ」
「そう言われればそうですが」
 二人はキョトンとした顔になり答えた。
「確かに軍人から見ると好きにはなれません」
 八条も軍人だったからよくわかるのだ。
「しかし非常に優れた人物であるというのは疑いようがないと思うのですが」
「それはまあ」
 二人もそれは認めた。
「二度の戦いに鮮やかな勝利を収めていますし」
「それに今回のサラーフ侵攻も見事です。まるで事前に流れを知っていたかのようです」
「流れですか」
 八条は劉の言葉に眉を動かした。
「はい」
 劉はそれを見て少し不思議そうな顔をした。
(長官は何かに気付かれたかな)
 彼は心の中でそう呟いた。
「だとしたら戦略にも秀でているようですね。私は戦術だけを見て言ったのですが」
「戦略も、ですか」
 マクレーンが言った。
「はい。それはオムダーマンとサラーフの戦いの趨勢を見極めることができないと動けなかったものです」
 八条は二人を見上げた。
「それをあらかじめある程度予想して今回の準備をしていたとすると」
「シャイターンという人物、かなりの戦略眼がありますね」
「はい」
 彼はここで二人に頷いた。
「彼が北方に来たのは何かの理由があるのかも知れません」
「といいますと」
 今度は二人が八条に尋ねた。
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