第四部第五章 英雄と梟雄その三
「はい」
モンサルヴァートもそれにならった。二人は固く手を握り合った。
「如何ですか、あの若者は」
宴も終わり主は屋敷のテラスでモンサルヴァートに話しかけた。夜の空に満月の黄金色の光が輝いている。
「そうですね」
モンサルヴァートはエルザと同じテーブルに座っていた。主も一緒だ。
「面白い人物だと思います。それに」
「それに!?」
「私に近いものを感じました」
「閣下にですか」
「はい」
「ふむ」
主はそれを聞き考える顔をした。
「昔から戦いはよく音楽にもなっています」
「はい」
それは事実である。十九世紀のイタリアの作曲家ヴェルディは特にそうであるが昔から戦いは音楽に多大な影響を与えてきた。行進曲なぞは特にそうである。
「そう考えると音楽と戦いは似ているところがあるのかも知れません」
「そうなのですか」
「そして当然音楽家と軍人も」
変わったことを言う、と思った。今までそういうふうに考えたことは一度もなかった。
「変なことを言う、と思われているでしょう」
「えっ」
やはり鋭い。モンサルヴァートはその心の中を見透かされていた。
「これはあくまで私の私見ですがね」
主はそう言って悪戯っぽく微笑んだ。
「音楽は芸術です、命を賭けるもの」
「そう言われていますね」
「そして戦いも命を賭けるものです。その意味で両者は同じと言えます」
「成程」
「それだけ言えばおわかりだと思います」
「はい」
主はそう言うと杯を手にした。
「堅苦しい話はこれ位にしましょう。ではこの美酒を」
「はい」
モンサルヴァートとエルザも杯を手にした。
「ディオニュソス産のロゼです。それも年代物の」
ディオニュソスはギリシア神話の酒の神である。中世的な美少年に描かれることが多い。今はエウロパにおいてギリシアの時と同じように酒の神として信仰されている。その神の名を冠した星系はやはり酒造りが盛んであった。
「それは素晴らしい」
モンサルヴァートも葡萄酒は好きだ。それも年代物とくれば尚更である。
「ではどうぞ」
彼は乾杯の音頭をとった。そして三人は美酒を味わった。
翌日朝食を馳走になるとモンサルヴァートはヴァンフリート家をあとにした。丁度運転手が迎えに来た。
「お待たせしました」
運転手は車から出ると恭しく挨拶をした。
「いや、待ってはいないよ」
モンサルヴァートはそんな彼に対し優しい声で言った。
「丁度いい時間だ」
「そうでしたか」
モンサルヴァートは運転手が開けるドアに入った。そして車に乗車した。
「では行きましょう」
「うん」
こうして彼は自宅に戻った。
彼の自宅もかなり大きい。やはり城のようである。
彼は自室に入った。そこは静かな作りの書斎であった。
「さてと」
彼は一冊の本を取り出した。
「たまには音楽の本でも読むか」
そう言うと読書に耽った。そして数時間が過ぎると昼食になった。
昼食は質素なものであった。鳥をサッと焼いたものとボイルドベジタブルにパン、そしてデザートのフルーツである。酒は白ワインであった。
食事を終えると今度はスポーツをはじめた。乗馬に使用人達を相手にテニスを楽しむ。
「もう一セット頼む」
彼はテニスが好きであった。使用人達が汗だくになり立てなくなるまで続けた。
そしてシャワーを浴びると今度は夕食だ。ディナーは今度は魚が主体だ。
「父上と母上は」
モンサルヴァートは側に控える執事に問うた。
「今は旅行中でございます」
彼はいささか機械的な動作で答えた。
「そうか。今度は何処へ行かれたんだい」
「フレイアまでです」
「フレイアか。前にも行っていたね」
「はい。これで四度目でございます」
「そうか。余程気に入られたのだろうな」
フライア星系はエウロパの保養地の一つである。観光で栄えている。
「暫くぶりに帰ってきたら誰もいないとはな」
彼は普段は官舎に住んでいる。妹は独立して高級アパートにいる。
「残念ですが」
「いや、残念とは思っていないよ」
執事の言葉に微笑んで応えた。
「仕方ないさ。今は復活祭なのだし」
エウロパでは復活祭になると各地で祭典が開かれる。当然フライアでも大規模な祭典がある。
「それよりも明日からまた仕事だ。今日は早く寝ないとな」
「既にお部屋の用意はできております」
「相変わらず手際がいいね」
彼も自宅ではやはりくだけた調子である。
「それが私の仕事でございますから」
やはり執事は機械的な声で答えた。
「では食事を終えたらすぐに休むとしよう。爺達もゆっくり休むようにね」
「畏まりました」
彼は家の使用人には優しくいい若様であった。彼は目下の者や使用人を虐める趣味はない。それは貴族達においては最も嫌われることなのである。
彼もそれはよくわきまえていた。幼い頃より貴族としての在り方を厳しく教えられてきたのだ。
「高貴なる者の義務と礼儀を忘れるな」
それは物心ついた時から言われる。もし貴族が平民に何かした場合その処罰は平民同士、貴族同士に対するものより重いのだ。
だから皆それを守る。不心得者もやはりいる。そうした者を取り締まるにはそうしたことも必要であった。これは軍において将校への処罰が下士官や兵士に対するのより重いのと同じだ。なおエウロパでは貴族は皆将校となる。
モンサルヴァートは程なく天幕のベッドに入った。そしてすぐに眠りに落ちた。
朝になると彼は乗馬で汗を流した後シャワーを浴び身支度を整え朝食を採ったあとで仕事に向かった。こうしてまた激務と戦うのであった。
連合では復活祭はない。キリスト教を信仰していた国でも今ではそれは廃れている。そのかわりにクリスマスや新年の催しが有名である。
連合で有名な祭典はバレンタインである。これは二月一四日に行われる祭りである。
最初はこれもキリスト教関連であった。聖バレンタインが殉教した日である。
だがこれが日本で変わった。何故か女の子が好きな男の子にチョコレートをプレゼントする日になったのだ。これは菓子メーカーの宣伝のせいだという。だがそれでもよく考えたものである。
それがやがて大規模な祭りになった。連合ではこの日は女の子が男の子にチョコレートを贈る。男の子はその見返りとして女の子をデートに誘うのだ。かってはホワイトデーもあったが統一された。ただし、女の子は昔よりもいい目を見る。何故ならその日一日チョコレートの見返りに好きな男の子にちやほやしてもらえるからだ。
「私にはそうした経験はないが」
八条はいつも通り執務室で仕事をしながら言った。
「またご冗談を」
そしていつものように周りにいる者がやっかみを多少入れて声をかける。
「いや、本当に」
八条はいつものようにそれに対して反論する。
「実は貰うチョコレートは多かったのですが」
「それは何より」
「しかし本命ではないそうなのです」
「どういうことですか!?」
「もっといい人がいるんじゃないか、一人でいるなんて嘘でしょう、と」
八条程の美男子が彼女も一人もいないというのが誰も信じられなかったのだ。
「それはそれは」
周りにいる者達は面白そうに声を出した。
「またご冗談を。私でも毎年貰っておりましたのに」
日に焼けた顔の屈託のない顔立ちの男が笑って言った。
「チャクラーン大将は幼馴染みの方がおられましたね」
八条は言った。彼こそランドル=チャクラーン大将その人であった。
「ええ。今は私の妻ですが」
彼は愛妻家として有名である。
「しかし毎年チョコレートを貰っていたことは事実ですぞ」
そう言って胸を張った。
「けれどチャクラーン大将はお一人にしか貰っておりませんな」
隣にいる男が言った。
「一人だけで充分ではないですか」
チャクラーンは彼に反論した。
「私は妻の他にも多くの美女から貰っておりますよ」
彼は自慢して言った。
「アラガル大将、それは貴方の娘さん達でしょう」
チャクラーンは突っ込みを入れた。
「私の自慢の娘達です」
プラシド=アラガルは子沢山で知られている。妻との間に八人の子供がいるが、その八人全員が女の子である。
「私はバレンタインデーになると九人の美女からチョコレートを貰えるのです」
彼は回りに思う存分自慢した。
「ただ」
「ただ!?」
ふと落ち込んだ顔をしたアラガルを見て周りの者は問うた。
「九人から一向に増えないのです。残念なことに」
「それはまあ」
実は彼の娘達は既に何人か結婚している。そして孫も何人かいるが、皆男の子なのである。
「私になついてくれるのはいいですがチョコレートはくれない。これだけは寂しいですな」
「九つも貰えたら充分でしょう」
チャクラーンが言った。
「そうですな、それ以上食べたら糖尿病の危険があります」
周りの者は面白そうに言った。
「私は常に健康に気をつけておりますので」
アラガルは不満そうな顔をした。
「糖尿病にも気をつけて糖分控えめのチョコレートにしてもらっています」
「ブラックですか?」
「ええ。それが一番チョコレートの本来の味でしょうし」
「確かに。ただ、それは本当のチョコレートの味を知っているとは言えません」
今度はアラガルと似た肌の色の眼鏡をかけた男が言葉を出した。
「私の薦めるのはやはり砂糖も入っていない本来の味のチョコレートです」
「それはちょっと・・・・・・」
周りの者はそれにはいささか閉口した。
「コアトル大将、昔はそうだったらしいですが」
「ええ、私の国では今それが復活しているのです」
キリト=コアトルの出身地ペルーではかってチョコレートは飲み物であった。そして砂糖を入れずに飲んでいた。かつてアンデスに栄えたインカ帝国での風習である。
「美味しいのですか?」
他の者にとってはそれが気懸りであった。
「ええ。なかなか」
コアトルは答えた。
「最初は苦くて仕方ないですが慣れるとこれがまた」
「そうなのですか」
「あお苦味が忘れられなくなりますよ。皆さんもどうですか」
「いえ、我々は」
他の者は首を横に振った。
「長官はどうですか?」
それを見ていささか困ったコアトルは八条に話を振った。
「私もちょっと」
八条もやんわりと断った。彼は甘いものは好きだが苦いものは好きではないのだ。
「日本人は色々と食べるものへの開拓が盛んだと聞いていますが」
「それはそうですが」
八条は内心よく知っているな、と思った。
「しかしチョコレートはやはり甘い方がいいです。それに慣れ親しんできましたし」
「確かに。甘いものは一度味あうと忘れられませんからな」
銀髪に黒い肌の男が言った。
「私はチョコレートも好きですがもう一つ好きなものがありますぞ」
「ミツアリですか?」
チャクラーンが問うた。
「はい」
銀髪の男は答えた。
「あれはかなりの美味です」
「確かにあれはなかなかいけます」
周りの者はそう言って頷いた。実は連合では虫もよく食べる。アメリカでは菓子に入れたりするし、中国ではゲンゴロウを食べる。チャクラーンのタイでは蠍の唐揚げまである。八条の国日本でもイナゴを食べる。実は案外ポピュラーな料理の一つであったりする。
従ってミツアリも不自然な食べ物ではないのだ。むしろかなり有名な料理である。
オーストラリアの先住民族であったアボリジニーの食べ物であった。ちなみにこの銀髪の男アルバート=オーエル大将はアボリジニーの血を濃く受け継いでいる。 |