第十七部第二章 マウリアの思惑その十六
「悪くはない考えです」
自分の考えもほぼ同じだとは言わない。政党が違うのだから表向きそれを認めるわけにはいかなかったのである。
「では外交委員会で検討するということで」
「はい」
こうしてコヴァルスキーの賠償金に関する案は外交委委員会の審議にかけられることとなった。話は一旦議会から委員会へと移ることになった。ハンニバルはそれを見て話はとりあえずは順調にいっていると思っていた。
(後は各国の首脳達がどう判断するかだな)
連合は実質的に三院制となっている。上下の二院の上に各国の首脳達がいるのである。彼等が最後の決定権を持つ。その彼等がどう判断するかという問題なのである。
外交委員会で話の調整が為されそれはまた議会に送られた。その内容は当初予想されたものよりもかなり穏やかなものであった。だが連合の市民達はこれに対して比較的寛容に受け止めていた。
「こんなものだろう」
彼等の感想はこうであった。
「エウロパみたいな小さなところから取れるものは少ない」
彼等はこう見ていた。連合から見ればエウロパは極めて小さな存在なのである。一千年来の宿敵ではあるがその差は歴然たるものがあると彼等は考えていた。そんな勢力からそう大したもんが取れるとは考えてはいなかったのである。連合は現実主義の文明である。その程度は見抜かなければならず、わからなければならないことであった。
「まあ下手にエウロパに恨みを持たれても意味はない」
「既に戦争やったのにか」
この意見にはこうした反論が帰って来た。
「恨みにもパラメーターがあるからな」
それに対する反論である。
「これ以上恨まれたくもないだろ?」
「もう限界まで達してるが確かにな」
変に恨みを抱え込みたい者もそうはいない。いるとすれば変人である。
「じゃあここは穏やかにいこうぜ」
「そうするのが一番か」
こうした話があちこちで話されていた。そしてそれは当然ながら各国の首脳の耳にも入っている。これを最もよく聞いていたのはイスラエルであった。
そのイスラエルの首相はマウリア外相であるエルールが話に出した通りの評判の人物であった。スラリとした長身の容姿端麗の人物であり、まるでテノール歌手、それもヴェルディのオペラに出演する様な容姿の持ち主である。金色の髪を綺麗に後ろに撫でつけ、黒い目には知的でかつ情熱を思わせる光が宿っている。だがその容姿とは裏腹にかなりの策士であると言われている。彼の名はルカ=サッバティーニ。四十代半ばの政治家としてはまだ若い男であるがその能力を大きく買われイスラエル首相となっている。そのバックにはユダヤ系財閥が多数いると言われ、連合においては『金色の烏』『猛禽の爪を持つ烏』等と言われている。日本の伊藤と並んで連合で最も油断のならない政治家であるというのがもっぱらの評判である。
「世論はそう考えているのですな」
彼はレストランの個室においてある恰幅のいい老人と話をしていた。長い髭を生やした老人である。
「そうです」
老人はステーキを切りながらそれに答えた。見れば羊のステーキである。
「今は穏やかな話で収めるべきと。これは多くの国において同じです」
老人は語った。見れば眼鏡の奥のその目には油断ならない光が宿っている。
「多くの国で、ですか」
サッバティーニはその言葉に少し違和感を感じた。
「ではそう思っていない国もあるということですね」
「そうです」
老人はそれを認めた。
「それは何処だと思われますかな」
「今回大国達は思ったより温和です」
「はい」
日米中露やASEAN各国、オーストラリア、ブラジル、トルコといった国々である。この中で日本が最も温和な国だとされている。同時に何を考えているかわからないとも評されているが。
「さしあたって反対している国はない筈ですが」
「彼等もエウロパから取れるものはないと見ておりますから」
老人は答えた。
「ですから今回は大人しいのです」
「既に鼻薬をかかせたとかそういうのはないのですね」
「そこまで話はいきませんでした」
老人は言った。
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