第四部第三章 愚か者の楯その二
「どうやら食事の評判はいいようだな」
彼は昼食を採りながらその話を聞いていた。
「はい、バラエティに富んだ料理が将兵に好評です」
共に食事を採る秘書官がそう報告した。
「それは何よりだ」
彼は箸を動かしながらそれを聞いていた。
「食事も将兵の士気を維持する為には欠かせないものだからな」
「そして軍の魅力をアピールすることにもなります」
「そう」
彼は何か変わった麺を食べながら言った。
「例えばこのビーフンにしろそうだな」
汁に入っているその麺は異様に細い。そして麦の麺とは何か違った感じがする。
「ビーフンは結構どの国でも食べられますがね」
「特にベトナムでは」
八条は麺を喉に流し込んでから言った。
「連合は何処にも多くの国の料理を出す店があるが軍の食事となるとそうではなかったからな」
「ですね。どうしてもその国の基本的な料理になってしまいます」
「そうだな。軍の食事はお世辞にもいいものではない」
八条も軍人であった。だから軍の食事には詳しい。
「それではあまり人気も出ないしな。こうして多くの国の料理が食べられるようにするのはいいことだと思う」
「はい」
「実際試食する方は時々驚かされるが」
彼はここで苦笑した。
「蛙の刺身はともかく羊の脳味噌には驚いたな」
「おや、食べられたことはないのですか!?」
秘書官はそれを聞いて逆に尋ねてきた。
「普通食べないだろう。少なくとも私ははじめてだった」
「そうなのですか、結構色んな店で出ていますが」
「知らないぞ」
彼は眉を顰めさせた。
「それは長官が羊料理をあまり召し上がられないからです。羊料理の店なら結構出ますよ」
「そうだったのか?私は羊といえば」
「焼肉とかジンギスカンとかそんなものでしょう」
「ああ。それもあまり食べない」
彼は実は羊よりも魚介類の方が好きなのである。
「匂いがね。どうも好きになれない」
「そうですか?あの匂いがたまらないですよ」
「オーストラリアやニュージーランドの人にもそう言われたがね」
「彼等はそれだけじゃないでしょう?」
「ああ、生の魚を喜んで食べる方が変わっていると言われたよ」
彼はここでまた苦笑した。
「そんなに変わっているかな。サハラの方では日本の奇習と言っているそうだが」
「はい、本当に言ってますよ。信じられないとまで」
「やれやれ。あんな美味しい食べ方は他にないというのに」
「肉まで生で食べるのが余程奇妙に映るようです」
「それがいいんじゃないか」
彼はここで反論した。
「馬刺しなんてかなりいいと思うのだが」
彼は珍しく強い声でそう主張した。
「生姜醤油で食べる、あれがいいんだよ」
「私は大蒜醤油ですが」
秘書官はそこで反論した。
「・・・・・・まあ生姜や大蒜はいいとしよう」
彼はその重要な問題を一時棚上げすることにした。
「馬はああして生で食べるのが一番美味しい」
「そうですね、それは同意します」
この秘書官も日本出身である。それについては同じ意見である。
「しかしそれが他の国には異様に移るのです」
「残念なことだ。連合ができて一千年、人種の垣根などとうの昔に消え去ったというのに」
「味覚はそうはいかないようで」
「そうだな。生肉がそんなに食べられないか」
「今だに刺身や寿司に抵抗を露わにする人達もいますよ」
「味の嗜好というのはそう簡単には変わらないものなのかな」
「そのようですね。アメリカ人はやはりマスタードやケチャップを好みますし」
「中国は地域によってかなり違うな」
「あの国はかなり料理には五月蝿いですからね」
中国人の料理へのこだわりはこの時代でも変わらない。なおメキシコやベトナムの料理が辛くパプワニューギニアやキューバといった国で果物が好まれるのも変わっていない。
「よく言われるな、我々は醤油の匂いがすると」
「タイ人がコリアンダーの匂いがすると言われるのと同じで」
味も香りもかなり癖のある香草である。人気はかなりある。
「私はコリアンダーは結構好きだが」
「日本では賛否両論ですね、タイ料理はよくてもあれは駄目だと」
「これも残念だな、コリアンダーこそがタイ料理を最も強く引き立てるのに」
「それでも駄目なようですね。タイ出身の財務省の役人がぼやいてましたよ。何故日本人はあの素晴らしさがわかっていないんだと」
「ああ、彼か」
八条も知っている者である。朗らかで気さくな青年である。
「そういう彼はキムチが大嫌いだったな」
「この前山葵を食べて仰天していましたよ」
秘書官は笑いながら言った。
「本人曰く辛くて食べられたものじゃないと」
「あの瞬時にくる辛さがいいのだろうに。大体辛いというのならタイ料理も相当なものだが」
「トムヤンクンとか」
「あとあちらの魚料理にしろ。山葵よりずっと辛い気がするがな」
「ところが彼等はその辛さは苦にならないのです」
「それで山葵の辛さが気になるのか。これも舌の違いかな」
「それこそ将に、でしょうね。彼等と我々では嗜好が異なるのです」
「コーヒーが好きな者と紅茶が好きな者の差よりあるな」
これもまたこの時代においても続けられている論争である。
「そうですね。ちなみに私は緑茶が一番好きです」
「裏切ってくれたな、私は麦茶だ」
八条は苦笑して言った。
「そこに答えが出ましたね」
「ああ」
二人は笑みを浮かべ合って言った。
「人によって、国によって嗜好が違います」
「当然食べ物も」
「そうですね」
秘書官は頷いた。
「どの国でもそうですが結局自分の国の食べ物が一番だと考えています」
「私もそうだしな」
八条は笑みを浮かべたまま言った。
「やはり日本の料理が一番いいと思っている」
「私もですね」
「日本に行くとやはり他の国の料理は異国の料理に過ぎない。和食ではない」
「そう考えると和食も他の国ではそうなります」
「だろうな。だが軍では事情が違うからな」
連合軍でありそれぞれの国の軍ではないのだ。従って特定の国の料理だけ出すわけにはいかない、そういう事情もあった。
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