第四部第二章 愚か者の戦いその四
この連中の支配は四十年以上続いた。哲学やマスメディアだけでなく教育、歴史学、経済学等にもその害毒は及んだ。日本の知性はその間全く進歩しなかった。
特に経済と歴史に与えた影響は甚大であった。二十世紀末期から二十一世紀初頭にかけて日本は長い不況にあったがこれは真っ当な経済学が発達しなかったのとマスコミが不況を煽り続けたからだった。彼等にとって経済とはマルクスしかなく資本主義経済など認められるものではなかったのだ。
結果としてこの不況は長引いた。だが彼等の勢力が完全に壊滅した時この不況は終わった。
「マスコミが煽っていた部分が多かった」
当時からこう指摘はされていた。だがマスコミはそれでも煽り続けていただけであった。
結果として日本はこの不況から学んだ。マスコミに踊らされるな、と。結果として日本ではマスコミの力は極端に低くなった。知識人もそれまでのように無条件で尊敬されるようにはならなかった。
特に教師の質が改善されるようになった。当時はびこっていた無能な教師や精神異常の教師は全て教壇から追放された。そして若い有能な教師がそれにとってかわった。教育も大幅に変わった。
こうして日本は共産主義とその呪縛から解放された。だがその残照は日本だけでなく連合各国に今だに残っている。それが怪しげな市民団体である。マスコミの一部も彼等と結託している。
だが連合では比較的ましである。ネットが発達しておりマスコミの欺瞞を見破られるようになっている。だがサラーフでは違うのだ。この国ではその十個艦隊が支配を続けていた。それがサラーフの不幸であった。
「マスコミは盲目の荒馬だ」
こう言った哲学者がいた。
「それも何ら統制を受けない荒馬だ。誰も彼等を裁くことはできない」
それはサラーフで見られた。後世の者は言う。サラーフはマスコミにより滅ぼされたと。そして今その崩壊の最後の幕が開いたのであった。
サラーフの話は既に各国に伝わっていた。進軍中のシャイターンにもそれは伝わっている。
「そうか、アルフフーフまで行くのか」
彼は旗艦イズライールの艦橋でその報告を聞いていた。
「はい、もうすぐ包囲すると思われます」
若い将校が報告した。見ればシャイターンよりも少し若い。
「速いな。流石はアッディーン提督だ」
彼はそれを聞いて言った。
「おそらくもうアルフフーフの包囲がはじまっているな」
彼は言った。
「もうですか!?」
「うむ、その情報が入る頃にはな。そうしたものだ」
情報のタイムロスである。
「そうでしたか。ですが閣下、アルフフーフには」
「言いたいことはわかっている」
シャイターンは微笑んで答えた。
「ブラークだな」
「はい」
「あれは問題ない」
シャイターンは素っ気なく言った。
「この世にアッラーの定めたもうた摂理以外に絶対のものはない。コーランに書かれていることは何だ」
「真理でございます、この世で唯一の」
「そうだろう」
彼はそれを聞いて頷いた。
「だがコーラン、そして我々ムスリムは寛容を以ってこれを為す」
それは真実であった。イスラムは寛容を尊ぶ。都会の宗教、商人の宗教であるイスラムは強制を好まない。他の宗教の存在も認める。今では連合、エウロパの信仰と統合されたキリスト教や今もイスラエルに残るユダヤ教と異なり彼等はジズヤさえ納めればそれでよいとする。ただこの時にムスリムになった時の特典を提示して誘うのが彼等の賢明なところである。
またその戒律もあくまで『目標』である。占いにしろムハンマドは好まなかったが実際にはイスラムでは占星術が発達した。飲酒は時代によって異なる。飲み過ぎないようにというのが本来の教えなのだと言う人もいる。人類史上に残る古典『アラビアン=ナイト』にしろ酒を飲む話が多い。そして非常時には豚肉を食べる場合もあったという。今は完全に食べないが。食べなかったのはこれは豚肉が傷みやすいからであった。犬の唾は狂犬病である。合理的な宗教なのである。そうでなくては広まらなかった。
そうした信仰が今尚サハラでは生きている。連合にもムスリムはいるが彼等のイスラムとサハラでのイスラムは最早同じ宗教とは思えない程変わってしまっているのが現実である。
「その寛容なる教えは無謬はない。そう、コーラン以外に無謬の存在はないのだ」
「ではブラークも」
「当然だ。今まで陥落しなかった難攻不落の要塞があったか」
「いえ」
その将校は首を横に振った。
「セバストポリもマジノ線陥落しましたし」
両方共ドイツ軍の名称マンシュタインによって陥落させられた。セバストポリは重砲の射撃で、マジノ線は戦車部隊でアルデンヌの森を突破して後方に回り込んだ。こうしてフランスとソ連の要塞は為す術もなく陥落したのである。
「そうだ」
シャイターンはそれを聞くと満足そうに頷いた。
「ブラークなぞ飾りに過ぎない。アッディーン提督なら何なく陥落させられる。当然私にもな」
彼はここで不敵に笑った。
「あの要塞は一定の軌道を動いている」
「はい」
「その動きは非常にわかりやすい。そして攻撃方向も単純だ」
「では前方で引き付けて後方から回り込むというのはどうでしょうか」
「それは無理だろう」
シャイターンは言った。
「後方にも攻撃が可能な筈だ。そうでなくては意味がない」
「そうでしたか」
将校は残念そうに言った。
「だがいいアイディアだな。それは評価する」
「有り難うございます」
彼はそれを聞き顔を綻ばせた。
「私なら別の攻め方をする」
「どうなさるのですか?」
「要はブラークを無力化すればいいだけだ。そう考えるとやりやすい」
「といいますと」
「何かをぶつけて破壊する。そうすればいい」
「無理に艦隊を送って攻略、占領する必要はないと」
「そうだ。元々無人の人口惑星だしな」
彼は話を続けた。
「中にコントロール設備もない。だから占領してしまえばそれでいいというわけではない。むしろ破壊した方がいい。それにだ」
シャイターンはここで顔を顰めさせた。
「あのようなものを楯にして自分達だけ生き残ろうとするその考えが好きになれない」
整った顔を嫌悪感が次第に支配していく。
「ナベツーラとは一体何だ!?利権を漁り私利私欲と権力のみに生きている男ではないか。あの様な汚らわしい存在はこの世界にいる必要はない」
彼は自身の美的感覚をも出して言った。
「私の理想とする世界には卑しい者は不要だ。汚らわしい者もな」
「それは心が、ですね」
「そうだ、容姿なぞは人それぞれだ。例えば私を好きになれない顔だと言う者もいるだろう」
「はあ」
将校はそれには賛同しかねた。シャイターンの容姿は俳優顔負けであり北方諸国では下手なアイドル達よりも人気があるのだ。
「別にそれは構わない。人が私を好もうが嫌おうが」
「そういうものですか」
「いずれ私の前に跪くからだ、皆な。私はそれを黙って見下ろすだけでいい、何も言わずな」
彼は他の者を抑圧する考えを持ってはいなかった。ただ自身の能力により心服させるだけでよいと考えていた。それだけ自分自身に自信があるのだ。
「だが卑しい者は別だ。そうした連中は必ず国を食い潰す」
「サラーフのように」
「そうだ。そうした輩は必ず取り除かねばならない。獅子身中の虫はな」
彼はナベツーラ達をそう見ていた。そしてそれは当たっていた。
「かって内憂により滅亡の元を作った国は多い」
人類の歴史の常である。
「内憂を取り除いていかねば国は成り立たないのだ」
「さもないとこうなると」
そう、彼等もまたサラーフのその内憂のおかげで今こうして侵攻をすることが可能になっているのである。そうした意味では彼等は内憂を歓迎している。
「敵の内憂は好都合だ。しかし」
シャイターンの目が光った。
「こちらは絶対に許してはならない」
「それが鉄則ですね」
若い将校は顔を引き締めて言った。
「そうだ。サハラ西方一の大国サラーフもこの有り様」
アッディーンは少し遠くを見るようにして言った。
「敵の内憂は焚き付けこちらの内憂は排除する。それも戦略だ」
「はい」
「敵を滅ぼす為なら手段は厭わぬ。こちらの滅亡の芽は早いうちに摘み取る。口で言うのは簡単だが行うのは難しい」
「ですね」
「もっとも人の世はすべてそうだが」
彼は哲学を語るようにして言った。
「アルフフーフは陥落する。そしてオムダーマンは西方のほぼ全てをその手中に収めるだろう」
「アッディーン提督の手により」
「そうだ。それにしてもアッディーン提督か。まだ若いと聞くが」
「はい、閣下と同じ位の年齢だと聞いていますが」
「そうか、私と同じ位か」
彼はそれを聞くと面白そうに笑った。
「一度会ってみたいな」
「え!?」
将校はそれを聞くと思わず声をあげた。
「兵を三つに分ける。三方向にそれぞれ進軍せよ」
「三方にですか」
「そうだ、左右、そして中央だ。中央は私が率いる」
シャイターンはすぐに指示を出した。
「左右の軍は各星系を進撃しろ。そして占領していくのだ」
「わかりました」
「言っておくがその際一般市民への掠奪、暴行はその場で銃殺とする」
それがシャイターンの軍規であった。彼はことの他軍律に厳しかった。
「はい、全軍に伝えます」
「よし、あとはだ」
彼は前を見た。そこには無限の星の海が広がっている。
「アルフフーフまで進軍だ、そしてアッディーン提督と会ってみよう」
「やはりそうされるのですか」
彼は主君のそうした性格を知っていた。
「うむ。どういう人物か、一度見てみたいと思ってな」
彼は微笑んで言った。その微笑みは何処か不敵さが漂っている。
「もしかするといずれは・・・・・・」
彼は何か言おうとした。だが止めた。
「いや、止めておこう。楽しみはあとにとっておくことにしよう」
彼は笑ってそう言った。
「よし、アルフフーフへ向けて進軍だ」
「わかりました」
若い将校は敬礼をして答えた。
「ところで」
シャイターンはここでその将校に声をかけた。
「君の官職氏名を教えてくれないか」
「はい」
彼は頷いて話しはじめた。
「サンドリム連合大尉チラフト=ラーグワートです」
「そうか、覚えておこう」
シャイターンはそれを聞いて言った。
「いずれ貴官の力を必要とする時が来る。その時は頼むぞ」
「はい」
彼は答えた。シャイターンは前に出た。
「これからさらにサハラ、いや銀河は動く」
彼は星の海を見ながら言った。
「そう、私の望んでいた世界がやって来るのだ」
彼は笑っていた。まるで獲物を見つけた狼の様な笑いであった。
北方諸国連合軍もサラーフ領を次々と占領していった。こうしてサラーフは南北から次第にその領土を失っていった。そしてそれを防ぐ手立てはもうなかった。
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