第四部第二章 愚か者の戦いその三
三百万の捕虜を武装解除し後方へ送ったアッディーンは次の作戦を発動した。
「各地に兵を進めろ」
「わかりました」
そしてサラーフ各地に兵を送った。
兵もなく中央から切り離された形になっていたサラーフ各地は次々に陥落した。そしてオムダーマンは占領地を次々と拡大していった。
「首都アルフフーフにも兵を進めるぞ」
各地の占領状況が順調なのを見てアッディーンは言った。
「俺が直接行く」
「わかりました」
こうしてアッディーンは旗艦アリーをサラーフの首都アルフフーフに進めた。その後ろに一万隻の艦隊が続く。
「アルフフーフの防衛はどうなっているか」
アッディーンはシャルジャーに対して尋ねた。
「それですが」
問われたシャルジャーは前に出て来た。
「元々サラーフはその防衛を艦隊に頼ってきました」
彼は言った。
「従って要塞基地は殆どありません」
「首都近辺にもか?」
「いえ、首都には流石にあります」
シャルジャーは答えた。
「ブラークが」
「ムハンマドの愛馬か」
コーランにある人頭馬身の神獣である。信じられない速さで空を駆ける。将に神の馬だ。
「はい、その名が示す通り信じられない速さで首都の周りを回っています」
「そして近付いた敵を攻撃すると」
「そうです、形は彗星に近いそうです」
「彗星か」
アッディーンはそれを聞いて考える顔をした。
「はい、首都の周りを軌道に沿って動いています。それは衛星というより彗星です」
「ふむ」
アッディーンはそれを聞いて考える顔をした。
「彗星ということは軌道は楕円状だな」
「はい、そうです」
「そして絶え間なく動きながらアルフフーフを守っていると」
「ナベツーラ達はブラークさえあれば心配はないと思っているようですが」
「相変わらずだな」
アッディーンは冷笑をもって応えた。
「要塞一つで守りきれると思うか」
「どうやらそのようですね」
シャルジャーは答えた。
「どこまでも愚かな」
その声には侮蔑があった。
「それはもうご存知だと思っておりましたが」
「あらためて知るとな。おそらく今も自分達だけは安全だと思っているのだろうが」
「そうでしょうね」
シャルジャーは言った。
「だからこそ平気なのですよ。軍が壊滅しても」
「どうやって攻めるかだな、問題は」
アッディーンは言った。
「どのみち生かしておくつもりはない」
彼もまたナベツーラ達のような輩を生理的に嫌悪していた。
「持久戦をとるか」
「兵糧攻めにするか」
アッディーンは言った。
「それはどうかも思います」
だがシャルジャーはそれに対して疑問の声を出した。
「何故だ?」
「一般市民にも犠牲が出ます故」
「そうか、そうだったな」
アッディーンはハッ、と気付いた。彼は一般市民に危害を加えることをよしとしない。
首都は一大消費地域である。その為補給路を絶てば効果はかなり期待できる。しかしそれだけ餓死者が多く出ることにもなるのだ。
「やはりブラークを陥落させるか」
「それがよろしいかと」
シャルジャーは答えた。
「だが問題はどうするか、ですね」
「ああ」
アッディーンは頷いた。口で言うのはたやすいが実行するとなれば難しい。
「問題はどうするか、だな」
彼は地図を開いた。
「これがアルフフーフのある星系の地図だな」
「はい」
シャルジャーはアッディーンの取り出した地図を見て答えた。
「見たところ攻めるのは容易いな」
「そうですね」
アルフフーフ以外に七つの惑星がある。その間にはこれといった軍事基地はない。そしてアステロイド帯もなければ重力や磁気が複雑な場所もない。
「だからこそブラークを置いたのでしょうが」
「首都への備えとしてか」
アルフフーフのところに彗星に似た軌道上でブラークが描かれていた。それはアルフフーフを完全に包んでいる。
「これはかなり厄介なものだな」
アッディーンはその軌道を見て言った。
「そうですね」
シャルジャーも頷いた。
「アルフフーフを完全に守っていますし。それに」
彼はそこでブラークを指差した。
「動きもかなり速いです」
「そんなにか?」
アッディーンは問うた。
「はい。艦隊とほぼ同じ速さでアルフフーフの周りを回っています」
「艦隊とか」
「ええ、高速戦艦と同じ速さで」
「それ程か」
「はい、信じられないかも知れませんが」
シャルジャーは言った。
「そこまで速いとはな」
アッディーンはあらためて考え込んだ。
「火力は正面に集中しています」
「だろうな、それはわかる。おそらくスピードと火力で攻めるのだろう」
「はい」
「そして傷ついたところをさらに攻める。違うか」
「その通りです。実はブラークは無人兵器でして」
「無人兵器か」
「はい、アルフフーフから遠隔操作しているのです」
「では止まることも可能だと」
「その通りです、敵に遭遇した場合は容赦なく最後まで攻撃が可能です」
「そうか」
アッディーンはそれを聞いてまた頷いた。
「その火力はどの程度のものだ?」
「六個艦隊程だそうです」
「かなりあるな」
アッディーンはそれを聞いて言った。
「こちらから迂闊に攻めることはできない」
「ですね」
「しかし攻めないわけにもいかんしな」
それが要塞攻略戦のジレンマであった。
「どうしますか?」
シャルジャーは問うた。
「そうだな」
アッディーンは考えた。
「アルフフーフを陥落させるにはやはりブラークを陥落させるしかない」
首都を守る要塞である以上それは仕方なかった。
「しかし艦隊で攻めては下手に損害を出してしまう」
それが問題であった。損害は仕方ないが無駄に出す必要はない。
「どうするべきかな」
アッディーンは地図を見ながら考えた。この星系は複雑な地形ではない。そしてアステロイドも少ない。だがその一つ一つは大きい。
「アステロイドは大きいな」
アッディーンはその面積及び質量を見ながら言った。
「中には小さな衛星クラスのものまである」
だがそれ等は交通上あまり重要な場所にはない。だから特に問題ではないのだ。
「こんな大きいのは滅多にないぞ」
そう、大きい。彼はここで気付いた。
「ム!?」
「どうしました!?」
シャルジャーが表情を変えたアッディーンに対して問うた。
「少将、これは使えるかも知れないぞ」
彼の表情は明るいものになっていた。
「どうされるおつもりですか!?」
「聞いてくれ」
アッディーンはそう言うと彼に対し話しはじめた。聞き終えたシャルジャーの顔も明るいものになっていた。
「それは面白いですね」
「貴官もそう思うか」
「はい、成功したらこちらの損害は皆無です」
「そうだろう、こうした戦い方もあると思う」
どうやらかなり奇抜な戦法を考えついたらしい。
「やってみる価値はあるだろう」
「ええ」
アッディーンは艦橋の前方を見たそちらはアルフフーフのある方である。
「見ていろ、ナベツーラ」
彼は自信に満ちた声で言った。
「自分だけは安全だと思うな。この世に攻略されない要塞なぞ存在しない、そう」
言葉を続ける。
「要塞とは後略される為にあるものだ。それをよく覚えておくがいい」
なおエウロパは後にこの言葉を苦悶と共に知ることになる。
「よし」
彼はここで艦橋を見渡して言った。
「全軍まずはアルフフーフまで兵を進めよ。そしてそこから作戦を発動だ」
「ハッ」
シャルジャー他参謀達が敬礼する。
「アッラーは我等に勝利を与えられる。アルフフーフは一兵も損なうことなく我々の手に落ちる!」
「ハッ!」
こうしてアッディーンの直率する艦隊はアルフフーフに向けて進撃を開始した。だがそれもサラーフのマスコミは報道せず偽りの報道ばかり繰り返していた。
かってレーニンという流血の革命家が言った。
「その国のマスメディアを占領することは十個師団を駐留させるのに匹敵する」
今風に言うと十個艦隊か。かなりの規模である。大規模な会戦が行える程の。それ程まで彼はマスメディアの力を高く評価していたのであった。
そしてそれは間違ってはいなかった。彼の建国したソ連は実際にマスメディアを使って各国に自らの宣伝を行った。
それだけではなかった。ソ連は共産主義という新しいユートピア思想により多くの国の知識人やマスコミの心を支配した。それにより彼等を自分達の陣営に取り入れたのだ。
「共産主義は全体主義に他ならない」
当時からこう指摘する者がいた。だがそれは少数であった。まだ共産主義の正体は殆どの者が知らなかった。いや、知っていてもその上で賛美する者もいた。来るべき未来に自分達が支配者になる為に。
そうした醜い輩が特に多かったのが八条の祖国である日本であった。日本は第二次世界大戦の敗北と共に連合軍の管轄に入った。この時共産主義者も牢獄から解放されたのだ。
そこで問題が起こった。マスコミや知識人が今までのイデオロギーに替わって共産主義を選んだのだ。そしてそれは麻薬の様に日本を覆った。
当時満州等でソ連軍の暴虐を知る者は多かった。彼等は軍律なぞなく犯罪者の集団であった。それがソ連軍の正体であった。
だがこれは世間、とりわけ新聞等では出なかった。何故か。この当時共産主義勢力は『平和勢力』とされていたからだ。
「この時程日本の知性が地に落ちたことはなかった」
ある歴史家はこう苦々しげに書き残している。
「奴等にとっては平和とは冒涜する為にあった」
その通りであった。この者達は平和を口では叫んでも平和を愛してなぞいなかった。ただ自分達の主張を押し通す為の道具でしかなかったのだ。
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