第四部第二章 愚か者の戦いその一
愚か者の戦い
「そうか、懲りずにまた兵を動かすか」
シャイターンは自身の屋敷の庭でサラーフの動向を密偵から聞いていた。
「はい、どうやら三万隻をもってオムダーマン軍の現在の本拠地アルマザール星系を攻撃するつもりのようです」
漆黒の服に身を包んだその密偵は片膝をついて報告した。
「三万か。兵力にして三百万といったところか」
「はい」
密偵は頷いた。
「勝てるはがない。ナベツーラもつくづく愚かだな」
「少なくとも軍事に関しては全くの素人です」
「それは知っているが」
シャイターンは密偵に顔を向けて言った。その手で真紅の薔薇を触っている。
「それでも少し考えたらわかるだろう。三万で十五万に勝てるかどうか。ましてや敗残兵で」
「それがわからないようです」
「理解できんな」
「兵を送ればそれで勝利だと思い込んでいますから」
「そうか、兵を送り込んだら、か」
シャイターンはそれを聞いて不敵に笑った。
「いいことを聞いた。他に情報はあるか」
「いえ、私が聞いたのはそれだけです」
「わかった、ではよい。下がれ」
「ハッ」
密偵は影の中に消えていった。そしてシャイターンが残った。
「ふむ」
薔薇を取りその香りをかいでいる。
「どうやら時が来たな」
そう言うと鈴を鳴らした。
「お呼びでしょうか」
程なくしてハルシークが姿を現わした。
「サラーフ軍が動いた」
「またですか。あれだけ痛めつけられておきながら」
その声はいささか呆れたといった様子であった。
「うむ。三万でオムダーマンを倒すそうだ」
「ほう、それは面白いですな」
シニカルに言った。
「我々のことには一切気付いていない」
「それはそれは。見事な戦略です」
彼はシャイターンが何を考えているのかわかっていた。
「では我々も勝てるな。兵を動かすだけでよいというのなら」
「はい」
「準備はできているな」
「閣下のご命令を待つだけです」
「よし」
シャイターンは薔薇を胸に飾りつけると妖しく笑った。
「すぐにサラーフへ向けて進軍する。三個艦隊でもってな」
「はい」
「エウロパとの国境に残る艦隊を回しておけ。どうやら新しい将が着任したようだ」
「誰ですか!?」
「私もはじめて聞く名だが」
シャイターンはそう断ったうえで言った。
「ロギ=フォン=タンホイザーというらしい。かなり若い人物のようだ」
「タンホイザーですか」
ハルシークはその名を聞いてふと考え込んだ。
「知っているのか!?」
シャイターンはそんな彼に対し問うた。
「タンホイザーという名は聞いたことがあります。確かエウロパにおいて代々高名な音楽家を輩出した家です」
「音楽家か」
シャイターンは音楽にもよく通じている。だがそれはサハラのものでありエウロパのものについては詳しくなかった。
「はい。軍人になる者がいるとは思いませんでしたが」
「異端児というわけか」
「そうですね、音楽家の家から見ると」
彼は答えた。
「面白い奴のようだな。最近どうも私が興味を持つに値する者が多くていい」
まるで危険を楽しむ悪魔のような笑みだった。
「楽しみなことだ。私の夢は強い者と共にあるのだからな」
「そうですな。世界は強き者によって治められるべきですし」
「いや、それは違うな」
シャイターンはそれに対して首を横に振った。
「強い者、美しい者しか生きることは許されていないのだ。歴史においてもな」
「そうでしたな、これは迂闊でした」
「わかればいい、フフフ」
シャイターンはまた妖しく笑った。
「仲間にいるもよし、敵にいるのもよし、だ」
「いずれにしろ閣下の覇道の華となるのですからな」
「そうだ。そうでなければサハラを統一しても面白くとも何ともない」
「強き者がいてこそのサハラですからな」
「その通り」
シャイターンは言った。
「行くぞ、サラーフの領土を幾らか手中に収める」
「ハッ」
「そしてそれを我等が力にする。次なる行動の為にな」
「次なる行動は」
「それはどうなるかな。東に行くもよし、北にいくもよし」
彼は面白そうに笑った。
「どちらにしても私の辿り着くところは同じだ」
「サハラの王者」
「そういうことだ。そして今まで我等を嘲ってくれたエウロパの者達に鉄槌を加える。アッラーの鉄槌をな」
彼もまたアッラーを信じていた。神を信じない者はサハラの者ではないのだ。
「その時こそ私の野望が達成される時だ。あの高慢な連中を一人残らずこの地から追い出す時がな」
「はい」
「その為にもハルシークよ」
ハルシークに言った。
「そなたの力を借りる」
「喜んで」
ハルシークは片膝を折った。シャイターンはそれを見て微笑んだ。まるで子供のように無邪気な笑みであった。
こうしてシャイターン率いる北部諸国連合軍はサラーフへ向けて進軍を開始した。これもマスコミにより隠蔽されサラーフの民衆は何一つ知らなかった。
シャイターンが兵を動かしたその時サラーフ軍三万はアルマザールに向かっていた。
「これだけ傷付いた艦を出撃させるとはな」
その艦隊を率いる司令は顔を顰めて言った。
「最早我々に死ねということでしょうか」
側にいた副司令が言った。
「だろうな。あいつにとっては我々の命なぞどうでもいいことだ」
「でしょうね」
副官は納得したように言った。
「連中の頭の中にあるのは保身と権力、そして利権のことだけですしね」
「それだけでろくでもない連中だということがわかるな」
司令は顔を顰めたまま言った。
「それがわからないのはマスコミの連中だ」
「あれがわからないのです」
副官は怪訝そうな顔をして言った。
「すぐにでもわかりそうなものですが。私は連中の人相だけでわかりましたよ」
「奴等も同じだからな」
司令は吐き捨てるようにして言った。
「奴等も権力に群がる蟻に過ぎん」
「そんな連中しかいないのですかね、我が国のマスコミは」
「残念ながらな。それに騙される方もどうかと思うが」
彼はマスコミに踊らされるがままの世論を憂えていた。
「今ここで言っても何にもならないことはわかっているがな」
「ですね」
副官も顔を暗くして言った。
「今は戦いのことを考えよう。どうするべきかな」
「はい」
彼等は会議室へ向かった。だが戦力差は明らかである。結局何の解決法もなく会議は終わった。
この時アッディーン率いるオムダーマン軍は既に布陣を終えていた。そしてサラーフ軍を待ち受けていた。
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