第四部第一章 欺瞞の国その四
見ればモンサルヴァートの旗艦グラールと同じ型である。だが細部が少し違っている。
「新造艦だ。名前はグングニルという」
「グングニルですか」
かって北欧の神話において嵐と魔術、そして戦いを司った隻眼の神、今はエウロパの信仰に戦いの神の一人として知られているオーディンの持つ槍である。その名に相応しく鋭利な形をしている。
「そうだ、いい名だろう」
「はい」
タンホイザーは頷いた。
「この艦でサハラを頼むぞ。全ては卿の双肩にかかっている」
「わかりました」
「マールボロ閣下もおられるがな。だが」
ここでモンサルヴァートの顔が曇った。
「選挙の結果次第ではすぐに戻ってもらうかも知れないが」
エウロパでは総選挙の季節が近付いてきていた。今はラフネールが優勢だ。
しかし反対派が追い上げてきているのである。彼等は保守派である。だがその主張はあまり保守的とは言えなかった。
別に福祉や内政で革新なのではない。そんなものは時代と共に変わるものだ。現に今のエウロパにおいては内政は労働者優位、福祉は拡大が保守派の主張であった。革新派はそれよりも企業にも配慮した政策を執っていた。
彼等の政策で最も重要なのは軍事であった。何と彼等はサハラ侵攻を抑え、縮小させるべきであると主張しているのだ。
その根拠は東にあった。連合軍の設立を見て彼等に備えるべしと主張しているのだ。
「サハラなぞ分裂した小国の集まりに過ぎない」
彼等はそう言う。
「だが連合は違う、確かに彼等は寄り合い所帯だ」
その後に続く言葉はもう決まっていた。
「しかしその力は大きい。そして今武器を手にした!」
言うまでもなく連合軍のことである。その存在が彼等を刺激しているのだ。
「だからこそ私も本国に呼び戻されたのだがな」
モンサルヴァートは言った。
「それだけでは不十分だそうだ」
「閣下、私は政治のことには」
「ああ、さっき言ったばかりだったな、済まない」
モンサルヴァートは今しがた行われた話に対して謝罪した。
「連合か。今まで睨み合いのままいられたのが不思議な位だ」
モンサルヴァートは窓の向こうを眺めながら言った。
「いずれ彼等とも矛を交えるだろう」
そう言いながらタンホイザーに顔を戻した。
「それはすぐかも知れない」
「だと面白いですね」
「面白い、か」
モンサルヴァートは少し呆れた顔になった。
「はい、敵は強ければ強い程戦いがいがありますから」
「戦いがい、か」
「はい。軍人として生まれたのならやはり強い敵を倒したいものです」
「あっさりと言ってくれるな。相手はこちらの二十倍の国力、人口を擁しているのだぞ」
「だからいいのです」
タンホイザーの声と表情はまた朗らかなものになっていた。
「閣下もそう思われませんか?強敵と正面から戦い打ち破る喜びのかけがえのなさを」
「戦争はスポーツではないぞ」
ここで彼は釘を刺すことにした。
「そうでしょうか」
だがタンホイザーは反論した。
「スポーツのはじまりはスパルタからですよ」
「それは知っている」
知らない者もいないだろう、内心そう思ったがそれは言わなかった。
「ですから戦争も楽しむべきなのです」
「違うのは命をかけるか、そうでないか、か」
「はい」
タンホイザーは頷いた。
「そもそもスポーツは戦争に備えて身体を鍛える為のものですし」
「それはそうだが」
だがやはりタンホイザーのいささか軽薄ともとれる考えには賛同できなかった。
「少なくとも私にとってはスポーツも戦争も同じものです」
彼はスポーツマンとしても知られている。士官学校時代はサッカーや体操で知られていた。成績も良かった。
「そういう考えだと何時か足下をすくわれるぞ」
「その時はすぐに立ち上がるだけです」
やはりあっけらかんとした態度である。
「謀略に屈するようならそれまでだったということです」
「そこまで覚悟があるのならいいがな。まあいい」
彼は話をここで止めることにした。
「すぐに総統に提案しよう、卿を総督府宇宙艦隊司令長官にするようにな」
「ハッ」
「責務は重大だ、心してかかるように」
こうしてタンホイザーは総督府に向かった。そして以後エウロパはこの若き将でもって魔王と対峙することになった。
歴史においてタンホイザーはよく便利屋だったなどと言われる。何かというと強敵と対峙させられたからだ。そしてそれが今はじまったのであった。
連合とエウロパはそれぞれの計画にむけて行動を続けていた。それはサラーフでも同じであった。
「おい、あの会社へ渡す記事は出来ているか」
首相官邸においてナベツーラはエジリームに対して問うていた。
「はい、こちらに」
エジリームは頷くと懐に持つ書類をナベツーラに手渡した。
「おう」
彼は葉巻を吸いながらそれを見た。
「よし、いいぞ。これなら問題ない」
そう言うとそれをエジリームに返した。それはサラーフ軍の大勝利を伝える内容の偽の記事であった。
「まあどのみちマスコミに関しては心配してねえがな」
「テレビではトクンとテリームが頑張っておりますし」
「おお、あいつ等は本当によくやっているよ」
アッディーンやガルシャースプが嫌悪感を露わにしたあの番組であった。それ以外にもこの二人はテレビに出てはナベツーラの歯の浮くような賛辞と敵に対しての容赦のあに罵倒を繰り返していた。良識ある僅かな人々は彼等がテレビに出るとチャンネルを替えてしまう。
「おかげでミツヤーンが勝ったと馬鹿共は思い込んでくれている」
そうであった。サラーフのマスコミはサラーフ軍が大勝利を収めムスタファ星系を奪還したと報道しているのだ。これは全くの捏造であった。
「それは御前のおかげだな」
「有り難うございます」
ナベツーラに言われエジリームは恭しく頭を垂れた。醜く黄色い歯が見える。
「総理」
ここで秘書の一人がやって来た。
「何だ」
ナベツーラはそちらに顔を向けた。
「お客様ですが」
「誰だ?」
「クマラ様です」
「おお、あの人か」
ナベツーラはその名を聞いて思わず顔を綻ばせた。
「すぐにお通ししろ。失礼のないようにな」
「わかりました」
傲慢なナベツーラとは思えない程の細かい気配りであった。
やがて秘書に案内されクマラがやって来た。小柄で腰と顔の曲がった醜い老人である。
「おお、よく来られましたな」
ナベツーラはその老人を笑顔で迎えた。
「何、親友のことを思えば」
クマラは醜悪な笑みを作って言った。
じつはこの二人は大学の頃からの同級生である。そしてナベツーラは政治家になりクマラはマスコミに入った。彼等は二人三脚で今までやってきたのだ。
これを癒着ではないのか、と言う者もいた。だがそれは黙殺された。彼等の癒着は『美しい友情』なのである。この二人がなすことはどのようなものであっても善であった。それがサラーフであった。
「ミツヤーンが死んだようですな」
「はい、あの馬鹿者は愚かにも失敗しました」
実はクマラの方が一歳上である。だからナベツーラも同級生とはいえ低姿勢なのだ。
「まあそんなことはどうでもいい。要はそれが国民に気付かれなければな」
「はい」
ナベツーラは頷いた。
「エジリーム殿からお話は既に聞いております。こちらは任せて下され」
「お願いします」
「貴方はすぐに国会で威勢のいい演説をなさって下さい。そしてこちらにある兵力でオムダーマンを倒せばいいだけです」
「わかりました」
この二人は軍事の本なぞ読んだこともない。兵を送れば勝てると思っているのだ。
「それでオムダーマンは終わりですぞ。そしてあとは我等の思うがまま」
「そうですな。二人でこの国を骨の髄までしゃぶってやりましょうぞ」
ナベツーラも汚い笑みを浮かべた。
「その時は私共も」
ここでエジリームも出て来た。この連中は結局私利私欲によって繋がっているのだ。
「わかったえおる。そなた等にもたっぷりと与えてやろう。権力の甘い蜜をな」
「有難き幸せ」
今までもかなり甘い汁を吸ってきただろう。だがそれでも足りない。醜い人間の欲には限りがないのだ。
「では今日はこれで」
クマラは挨拶をし踵を返そうとした。
「もうお帰りですか?」
「フォフォフォ、妾の相手をせねばなりませんから」
クマラの女好きは有名である。彼は若い娘を手篭めにするのが好きなのである。家の使用人には全て手をつけ時には通り掛かりの女子学生を車の中に連れ込んだこともある。その多くは今も彼の屋敷で監禁されている。
「お若いことで」
「何、貴方も同じでしょう」
その通りであった。ナベツーラも多くの妾がいた。それを毎夜虐待し、それを無上の喜びとしているのだ。
「ではお楽しみ下さい」
「貴方も」
二人は下衆な笑みを浮かべたあとで別れた。ナベツーラはエジリームに向き直った。
「さてマスコミはこれでよし。あとはだ」
「はい」
エジリームは頷いた。
「オムダーマンの連中を倒すぞ。一気にやる」
「わかりました」
「すぐに兵を送れ、そしてあの若僧の首をとるぞ」
「はい」
二人は官邸から議会に向かった。そして出兵を密かに決定したのであった。
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