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第十六部第三章 講和への道その十二
「首相」
 首相の執務室に総統補佐官であるアランソが入って来た。
「補佐官」
「御客様ですが」
 彼女は顔をあげたペーチに対してこう述べた。いつもの様に冷たささけ感じられる硬質の声であった。
「御客様」
「はい、マウリアからの」
「マウリアから?」
 ペーチはそれを聞いて怪訝そうな顔になった。
「わざわざマウリアから来たのですか」
「はい」
「大使館からではなく」
「どうやら。如何致しますか」
「お通しして下さい」
 彼は言った。
「何の件が気になります」
「わかりました」
 アランソは相変わらず無機質な声で応えた。メタリックな響きが彼女の冷徹さをさらに浮き立たせていた。
「それではどちらのお部屋で」
「応接室がいいでしょう」
 ペーチは述べた。
「そこで。ゆっくりとお話したいです」
「わかりました、それでは」
「はい」
 こうして部屋も決まった。ペーチは席を立ちすぐに応接室に向かった。アランソは先に使者の方へ向かっている。
 彼女は女性の官僚と共にいた。そして彼女と共にそのマウリアからの使者を案内していた。
「こちらです」
「どうも」
 温かい赤を基調とした部屋にその使者は案内された。もうそこにはペーチが待っていた。
「ようこそ」
 ペーチは務めて明るい声を出した。そして使者に顔を向けたのであった。できるだけ疲れた様子は出さないようにしていた。
「私がペーチです」
「どうも、はじめまして」
 使者はピガーチャルであった。彼はマウリアの礼である合掌をした。それから再びペーチに顔を向けた。
「バイラヴァ=ピガーチャルです」
「ピガーチャルさんですか」
「はい」
 彼は頷いた。
「ではお話をしたいのですが。宜しいでしょうか」
「ええ、こちらこそお願いします」
「はい」
 こうして二人は席に着いた。そして話をはじめた。話の内容はペーチにとっては思いもしないものであった。
「講和」
「そうです」 
 ピガーチャルは頷いた。
「貴国と連合の戦いの仲裁をしたいと思うのですが」
「左様ですか」
 ペーチはその言葉に内心の驚きを隠しながら応えた。
「率直に申し上げますが」
「はい」
 ペーチは応えた。
「今の状況は貴国にとって危機的だと思うのですが」
「それは否定しません」
 嘘はつけなかった。今の連合の状況は最早誰が見ても明らかであった。
「苦しいのは事実です」
「やはり」
「ですが。我等は負けるつもりはありません」
 できるだけ強い声を出した。
「最後の一兵まで戦う所存です」
「そう、負けない為にですね」
「その通りです」
 ペーチはまたしてもピガーチャルの言葉に応えた。
「では私達はそれに協力致しましょう」
「ご冗談を」
 だがペーチはその言葉を一笑に伏した。
「私とて世の中のことは知っているつもりです」
 彼は言った。できるだけ明るく笑ったつもりであった。だがその笑いは生気のないものであった。そして残念なことに彼はそれに気付いてはいなかった。自分では自分のことに気付かないこともままある。それが悲劇につながることもままある。何故悲劇が書かれてきたか、それは実際に有り得ることでもあるからだ。壮麗なギリシア悲劇もまた神々、英雄というアクター達を取り除けばそこには等身大の人間達が残る。むしろ神々も英雄もそうした言葉の飾りを取り払ってしまえば人間があるだけだ。全ては人の世の中にあるものなのだ。悲劇にしろ。

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