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第四部第一章 欺瞞の国その二
「今開発中の艦艇のことですね」
「はい、進行状況はどうでしょうか」
「順調です」
 彼は自信に満ちた声でそう言い切った。
「もうすぐ試作の艦艇が出来上がってきます。それの試験運用までもうすぐです」
「おっ、それは早いですね」
 八条にとってもそれは意外だった。こうした開発はどうしても遅れがちになってしまうからだ。
「ええ。色々と試行錯誤はありましたが」
 チャムは言った。
「ですが期間が長かったですしじっくりと考えることができましたから。防御力と生存能力には今までとは比較にならない程優れた艦艇になっていますよ」
「それは何よりです」
 八条はその報告に満足した笑みを浮かべた。
「高速戦艦等はどうなっていますか」
 そして機動部隊について尋ねた。
「こちらはあまり防御は考慮に入れませんでした」
 機動力を維持する為にはどうしてもあそうなるものである。防御力より速さを優先させる用兵思想だからだ。
「ただやはり生存能力は考慮しました」
「それはいいことです」
 八条は言った。
「結局将兵が死んでは何にもなりませんからね」
 彼は頬に手を当ててそう言った。
「折角育てた将兵に死なれては。しかも志願兵にも影響が出ますし」
 これは志願制の軍隊の悩みの一つだった。質も士気も高い兵を維持できるがその分待遇や安全性を考慮しなければならない。そうしたデメリットもあるのだ。
「そうですね。実は開発スタッフもそれを念頭に入れていました」
 チャムは言った。
「肝心の将兵に何かあっては元も子もありませんから」
「全くです」
 八条はそこで頷いた。
「兵器は幾らでも調達できますがね。少なくともこの連合の国力では。ですが」
 そこで言葉を続けた。
「将兵はそうはいきません」
 死んだ将兵は帰ってはこない。損害が大きければ先に述べたような事態が危惧される。
「結局彼等あってのものですから」
「その通りです」
 チャムは満足気な声で頷いた。
「今まで連合はとかく軍を軽視する傾向にありました」
「それは仕方ないです。海賊退治が仕事でしたから。エウロパ以外にこれといって脅威もありませんでしたし」 
 そのエウロパも睨み合いの状況であった。そして干戈を交えた戦いはしていない。
「待遇もそれ程いいとは言えませんでしたしね、どの国も」
 とかく給料だけはずめばいいという風潮が蔓延していた。それで将兵の士気が上がるかというとそうはならない。
「やはり真っ当な地位を約束するというのは重要ですね」
 八条の言う通りであった。人間というのはそれ相応の尊厳が与えられないと動かないものなのだ。長い間連合各国はそれを忘れていた。
「俗に言う平和ボケというやつでしょうか」
「それはあまり好きな表現ではありませんがね」
 八条はそう付け加えたうえで言った。
「残念ながらそうでしょう。我々は今まで海賊やテロリスト以外には特に脅威はありませんでした」
 所詮海賊は海賊である。そしてテロリストはごく一部の狂人達である。そうした連中が世の中を変えることなどできはしない。従って彼等は良識ある市民から憎悪こそされ一大勢力にはなりえないのだ。
「開拓を進め経済を発展させることだけを考えていればよかった。ですがこれからはそれだけではやっていけないかも知れません」
「といいますと」
「こうして連合軍が出来て動きはじめたのも」
 八条は落ち着いた声で話しはじめた。
「もしかするとこれから起こる銀河の潮流の一つかも知れません」
 今サハラ西方ではオムダーマンが日の出の勢いで伸張している。そしてシャイターンという男も出て来た。
 エウロパにおいてはサハラ総督府で勇名を馳せたモンサルヴァートが元帥になりその本土防衛計画を進めているという。明らかにこれまでとは何かが違っていた。
「こうしたことは過去にもありましたが」
 エウロパがサハラの侵攻した時もそうであったしサハラで大規模な戦争が起こったことも一度や二度ではなかった。この程度のことは過去には吐いて捨てる程あった。
「しかし今回は何かが違います」
 八条は顔を引き締めた。
「例えばです」
 そしてそう前置きしたうえで言った。
「サハラの強力な統一政府ができたなら」
 それは誰もが一度は考えるが所詮は夢物語と一笑にふしてきた話だ。
「どうなるでしょうね」
「どうと言われましても」
 チャムはそれを聞き考え込んだ。
「その政府が我々に対して友好的か敵対的かで状況は異なりますが」
 それは技術畑の彼にもわかることであった。技術者といっても軍人である。最低限こうしたことを考えられる戦略眼が要求される。
「いずれにしろ意識しなければならない相手になりそうです」
「ですね」
 八条はそれを聞いたうえで頷いた。
「もしこちらに何かしらの武力攻撃を意図するならば」
「その時は脅威ですね」
「はい」
 八条はその言葉に対し頷いた。
「その時に備えて開発を進めていきましょう」
「そうですね。そして長官が仰っていたあれのことですが」
「あれですね」
 彼はそれを聞いてニヤリと笑った。
「そちらの開発はどうなっていますか」
「やはり難しいですね」
 チャムはここで深刻な顔をした。
「何分あれ程までの巨大な艦艇となりますと」
 どうやらかなりの大型艦を開発しているらしい。
「装備や装甲、そしてエンジン等の開発も一からはじめておりますし」
「電子関係もですね」
「はい。ですが完成した時はかなりの戦力となるでしょう」
「頼みますよ。連合軍の象徴となる艦艇なのですから」
 八条は言った。
「今まで軍にはその象徴となる兵器がありました」
 それは二十世紀の軍隊においてよく見られたことである。
「ドイツ軍やソ連軍は戦車を開発しました」
 彼等はそれで荒野を突き進み敵を踏み潰してきたのだ。
「アメリカ軍は空母を持っておりました」
 その巨大な姿と艦載機が見る者を圧倒した。それがアメリカの覇権の象徴であったのだ。
「そして今我々は超巨大戦艦を持つのです」
「それもかなりの数を」
「はい。一個艦隊に旗艦として一隻ずつ。それで問題はないでしょう」
「ですね。火力も他の艦とは比較になりません」
「主砲の開発はどうなっていますか?」
「そちらも難航しています」
「やはり」
 彼はそれを聞くと頷いた。
「要塞すら攻撃できる主砲となりますと尋常なものではありませぬ故」
「難しいですか」
「はい。しかし今のところ設計だけは出来上がっています」
「どんなものですか?」
「ガンタース要塞群の巨砲をモデルにしたものです」
 連合のエウロパとの境にあるガンタース要塞群は十五の要塞星により構成されている。
 この要塞星には無数のビーム砲座やミサイルランチャーが装備されている。そして周りには小惑星があるがこれも完全に武装されている。将に鉄壁の要塞だ。
 それだけではない。基幹戦力である十五の星には主砲が備えられている。
 この破壊力は絶大なものがある。一撃で数千隻の艦を消し飛ばせる程である。
「幾ら何でもあれ程の破壊力はないでしょう」
「はい、それは流石に無理です」
 チャムは笑って言った。
「ですがかなりの破壊力があることは約束できます」
「そうですか。どうやら期待できそうですね」
「数千隻を一度に倒すのは無理でしょうけれどね」
「いやいや、仮に一千隻を倒す程度の破壊力でも」
 八条は言った。
「数隻で砲撃すればかなりの威力になりますから」
「そうでしたね。それが主砲の使い方でした」
 チャムはそれを聞いて言った。
「その艦をそれぞれの艦隊の旗艦にしようと考えているのです」
 八条はまた言った。
「それで電子関係もかなり充実したものにされたのですね」
「そうです」
 八条は頷いた。
「艦隊を編成する各艦を統制するには旗艦の電子や通信関係を充実させるのが最も効果的ですからね」
 勿論旗艦だけでは駄目だ。他の艦艇にもそれは欠かせない。連合の艦艇の電子及び通信の設備はかなり整っていることで知られている。これは海賊達への対策の結果だ。
「それだけにこの超巨大戦艦の役目は大きいものになります」
「艦隊の中心ですからね」
「そう、そして連合軍の象徴でもあります」
 八条の目が光った。
「この戦艦こそがこれからの連合軍の象徴。国内の平和を司るものになります」
「多分に政治的な意味合いもありますね」
「はい。元々軍というのはそうしたものですから」
 連合では長きに渡って忘れられていたことだ。
「これからエウロパにもガンタース要塞群だけでは心許ないですしね」
「エウロパだけですか?」
 ここでチャムは問うた。
「おわかりのようですね」
 八条はその言葉に対して微笑んだ。
「どうもサハラの動きが気になります」
 八条の目が考えるものになった。
「アッディーン提督ですか。オムダーマンの」
「はい」
 今や彼は連合においても知らぬ者のない程であった。
「彼によりサハラは大きく変わるかも知れません」
「少なくとも西方は大きく変わりましたね」
「はい」
 最早オムダーマンは西方を掌握したも同然であった。サラーフの崩壊は最早知らないのはサラーフの者達だけであった。そして今彼等はアルマザール星系に向かっているという。
「アルマザールを陥落させれば最早サラーフ全土を併合したも同然です」
 そこから各地に兵を進めることが出来る。その中には当然サラーフの首都アルフフーフも入っている。
「それがわかっていないのはサラーフの者だけですか」
「そうですね。しかし彼等もすぐにわかることになりますよ」
 八条はいささか冷淡な声で言った。
「亡国と、そしてマスメディアの害毒と共に」
 彼はシニカルな言葉や表情は作らない。だがそこには僅かにそれが感じられたように思えた。
 二人はそれで別れた。八条は官邸を出て国防省に向かった。
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