第三部第五章 雑軍その三
「これ等もお受け取り頂けますね」
「はい・・・・・・」
彼女は素直にそのネックレスとブレスレットを受け取った。そして手にした。
「よく似合っておられます」
「またそのような」
やはり世辞だとわかっている。だが悪い気はしない。
「閣下」
そして今度は彼女の方から声をかけた。
「何でしょうか」
「今度は私が貴方にお礼をする番です」
そう言うとシャイターンの手をとった。
「こちらへ」
そして彼を屋敷の中へ導いて行った。
数時間後シャイターンは屋敷から出て来た。そして一言こう呟いた。
「予想以上だな。まさかこれ程までとは」
彼は女性関係はかなり派手な方である。裕福な家に生まれ顔立ちも整っていた為昔から女性には不自由しなかった。妻を一人も持っていないのはただこれという相手がいなかったせいだ。
「まずいな。どうやら本気になってしまいそうだ」
彼は不敵に笑ってそう言った。
「だがそれも良いか。ああれだけの美貌の持ち主はそうはいない」
彼の好みでもあったようだ。
「これからが楽しみだ。婚礼の暁には彼女の全てが私のものだ」
そして屋敷の方を振り返った。
「このハルーク家もな」
そう呟くと屋敷をあとにした。そして自らの宮殿へ帰って行った。
それから暫くして彼はその未亡人と正式に結婚した。華やかで豪華な式の後二人はシャイターンの屋敷に入った。
「ここが今日から貴女の家です」
シャイターンは彼女に対して言った。
「我が妻シャハーダよ」
そして彼女の名を呼んだ。
「はい」
シャハーダは名を呼ばれ答えた。
「これから私の全ては貴女のもの。そして貴女の全ては私のものです」
「ええ。そしてそれは永遠に」
シャハーダはそう言うと彼の胸に身を預けた。
「これからは何時までもこうしていたい」
「はい。二人が共にアッラーの御前に行くその時まで」
そして固く抱き合った。そのまま二人は寝室へ消えて行った。
これによりシャイターンは北方で一番の富豪ハルーク家の当主となった。この意味は大きく彼は北方では最大の勢力を持つダルファヤ共和国の市民権を手に入れることができた。
この国では市民権を持つことの意味は大きかった。市民権を持つ者は誰でも大統領に立候補することが出来るのである。
「だがそれにはまだ時間がある」
シャイターンは言った。
「選挙までにやらねばならないことがある」
彼はそう言うと自室にあるサハラの地図を見た。
「兵を動かさなくてはならん。もうすぐな」
「はい、そろそろはじまる頃ですな」
そこにいたハルシークが言った。
「そうだ。どうやらかなり大規模な戦いになるぞ」
彼はムスタファ星系を見ていた。
「戦いの結果がわかり次第すぐに出兵するぞ」
「開戦の理由はどうしましょうか」
「理由、か」
かれはそれを聞きふと顎に右の指を当てて考えた。
「そうだな。前の北方侵攻への復讐ということにしておこう。あの時は大勝利だったがな」
「それはよろしゅうございます」
「それから選挙だ。その準備もしておこう」
「はい」
選挙は二年後の予定である。だが彼等は準備をしておく、と言った。この意味は何であろうか。
「これで私も土台を築くことが出来たな」
「はい、思えば長い道のりでありました」
ハルシークは遠いものを見る目で言った。
「長い道のりか」
彼はそれを聞きハルシークの顔を向けた。
「私はそう思ったことはないがな」
その顔は不敵な笑みに満ちていた。
「ここまでは予定通りだ。別に長いとは思わない」
「左様ですか」
「うむ。それにここで長いと言ったらどうなる」
彼はここで顔を地図に戻した。
「私の夢、それはわかっているだろう」
「はい」
ハルシークは答えた。
「このサハラを統一すること」
「そうだ。今まで我々はエウロパの侵略に為す術もなく連合やマウリアには無視される存在でしかなかった」
シャイターンの言葉には怒気が含まれていた。確かにそれは真実であった。彼等の長い歴史は戦乱の歴史であった。それが為に辺境の開拓もろくに行なわれず人口も増えなかった。そして産業も連合のように発達しなかった。ただ軍事関係のみが異様に発達するという歪な形で発展していた。
「そうした歴史に幕を降ろす時が来たのだ」
シャイターンは言った。
「これまでの歴史は屈辱の歴史だった。それが私により変えられる」
その声には明らかに野心もあった。
「私がこのサハラの主となる。そしてこの国を連合やエウロパに比肩する国にするのだ」
「その為には及ばずながら」
「うむ。ハルシークの力、使わせてもらおう」
「有り難き幸せ」
ハルシークはそう言うと恭しく頭を垂れた。
「まずはサラーフとの戦いからだ。そして次は北だ」
「はい」
シャイターンは再び地図に目を移した。
「それからも道はある。よいな、私はその道を進んで行く」
彼はそう言うと腰の剣を抜いた。
「立ちはだかる者はこの剣で消す。手段は選ばん」
それが彼の道の進み方であった。
「全てをこの手に入れるまではな」
「はい」
シャイターンはその場を去った。そして自室に引き揚げて行った。
アッディーン率いるオムダーマン軍に対し全軍を挙げて決戦を挑むことを決定したサラーフ軍は首都アルフフーフを出撃した。総司令官はミツヤーン、参謀長はホリーナムでありその下に三十個艦隊があった。
その数約三十万隻、兵力において三千万、かつてない規模の大軍であった。
「これだけの兵があればどのような連中でも勝てんだろうな」
ミツヤーンは艦橋で自信に満ちた声で言った。
その左右には女達がいる。途中で買った娼婦達だ。何と彼は艦橋に女を引き込んでいるのだ。
「はい、最早我等の勝利は決まったも同然です」
ホリーナムもであった。それを見た軍の心ある者達はその信じられぬ行動に思わず眉を顰めた。
だがそうした常識を持つ者はこの時のサラーフ軍、とりわけ上層部においては少数派であった。多くの者が大なり小なりこうした状況であった。
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