第四部第一章 欺瞞の国その三
途中で農園が目に入った。
「また古風な農園ですね」
八条は車中からそれを見て言った。
「そうですね、どうやら趣味でやっておられるようです」
隣に座る秘書官が言った。
「昔ながらの農法ですね」
見れば鍬を使い畑を耕している。そして水田には一つ一つ手で植えられたと思われる苗が並んでいる。
この時代の農園は皆機械とコンピューターを使って作業し管理するようになっている。それだけでかなりの大規模な農場が経営できるようになっている。
そして家畜や酪農も二十世紀のものとはかなり違っている。品種改良により大型化した家畜達は放牧を中心として育てられている。かっての人口飼料は問題があり廃止されたのだ。
そして農家が個々で製造及び販売をしていることが多い。大規模なアグリビジネスを営む企業もあるが彼等もそうした農家と競合しているのである。
それが連合の農業であった。今八条が見ている農園は最早連合では稀少価値であった。
「こうした農園もいいですね」
「はい、今の大規模な農園もいいですけれど」
やはり何処か余裕がないのである。商業を意識しているせいであろうか。これは一面においては正しいがどうしても余裕をなくしてしまいがちになる。
二人はそれを見ながら国防省に向かった。そして執務室に入った。
「また山の様な仕事が待っていますね」
「それは仕方ないですよ」
そんなことを話しながら部屋に入った。そしてその山の様な仕事と向かい合うのであった。
エウロパでも仕事の山に囲まれている男がいた。モンサルヴァートである。
「予想はしていたが」
彼は書類のサインを終えると言った。
「一向に仕事が減らないな。これは一体どういうことなのか」
「それは仕方ないですよ」
前に立つ若い男が言った。
「何しろ本土の防衛を一から組みなおすのですから」
その声は高く澄んでいた。見ればその顔も細く整っている。黒い髪と瞳を持っている。
エウロパの軍服を着ている。長身である。
「そうだな。それは仕方ないか」
モンサルヴァートは少し溜息を出して言った。
「それを少しでも和らげる為に私をお呼びしたのですね」
その若者は微笑みを浮かべてモンサルヴァートに対して言った。
「お任せ下さい。私は事務仕事は得意ですから」
「タンホイザー中将」
モンサルヴァートはここでその若者の官職及び氏名を呼んだ。
「私は卿を事務の問題で呼んだのではない」
「そうだったのですか!?」
タンホイザーはそれを聞いて意外そうに言った。
「うむ。実は卿に頼みたいことがあるのだ」
モンサルヴァートは顔を上げた。そこにはタンホイザーの顔がある。
「何でしょうか」
彼は問うた。
「総督府だが」
モンサルヴァートは言った。
「実は今これといった人材がいないのだ」
モンサルヴァートと彼が指揮していたスタッフは全て本土に戻っていた。各艦隊の司令や参謀達もである。
「マールボロ閣下がおられるではありませんか」
「閣下に全て押し付けるつもりか!?」
「いえ」
流石にそれをしようという者はいなかった。
「今はシャイターンも大人しいようだが」
先の戦い以後シャイターンはエウロパにとって最も危険な男とみなされるようになっていたのだ。
「だがあの男は油断できん。我々を倒したその返す刀でサラーフ軍を壊滅させたような男だ」
「あの戦いは私も資料を読みました」
タンホイザーは言った。
「見事ですね。頭ではわかっていても中々できるものではありません」
そこには純粋な賛辞が込められていた。
「将に天才の戦い方です」
「あの男をやけに褒めるな」
「そうでしょうか」
彼はモンサルヴァートの言葉に対し笑って誤魔化した。
「例え敵とはいえ人を素直に褒められるのはいいことだがな」
モンサルヴァートはそれ自体を咎めるつもりはなかった。
「だが過大評価になるのならそれは危険だ」
「それはわかっておりますよ」
「どうだか。卿はどうも常に敵を求めるところがある」
「宿敵との絶え間ない戦いこそが騎士を育てるのですよ、閣下」
「騎士か」
エウロパには騎士道が色濃く残っている。軍人は如何に汚い策を弄しても戦場においては常に正面から正々堂々と戦うのをよしとする。これはモンサルヴァートも強く持っている考え方である。実際に彼はアガレスとの戦いでは正面からアガレス軍と対峙した。これがとかく実利主義に走り勝利のみを求める傾向にある連合とは違う点である。
「私も騎士道は素晴らしいものだと思っている。それなくしては軍人ではない」
モンサルヴァートも幼い頃よりそれを叩き込まれていた。
「だが卿の騎士道は私の騎士道とは違う」
「どう違うのですか?」
「私の騎士道は現実を見るようにしているつもりだ。時には策略も必要だ」
だがモンサルヴァートの評価は戦術家である。戦略家ではない。このことからもわかるように彼もまた戦場での勝利を求め政治でのことは他者に任せる考えの持ち主なのだ。これは軍人特有の考えだろうか。
「政治は政治家や官僚の仕事だ」
そういう考えは特に連合に強い。だが連合の軍人がそう考えるのはそれが彼等のビジネスだからである。連合の場合は政治に参加したければ選挙に行けばいい、発言したければ文民になれ、影響を誇示したければ政治家に立候補しろ、ということである。これは民主主義国家の基本的な考えであり実際にそうして政治家になった者も多い。今の大統領であるキロモトも軍人出身である。こうした軍人出身の政治家が特に差別されるということはない。確かに連合では軍人の地位はお世辞にも高いとは言えないがそれでも軍事の専門知識は貴重なものであることは事実だからだ。マウリアにおいてもそれは同じだ。だがマウリアは僅かながらカーストの考えが残っているようだ。
だがエウロパは違う。貴族がいるが彼等は軍務は所謂『高貴なる者の責務』と考えている。だからこそ貴族が士官学校に入る例は多い。そして彼等は軍人はすなわち騎士であると考える。
「騎士は軍事のことだけを考えよ、政治は政治家に任せておけ」
政治的な発言はことの他嫌われる。ただ政治家に転身するのはよかった。そうした柔軟性は持っていた。
だからこそ軍事における謀略も本来ならあまり好まれるところではない。プロコフィエフのような人物もいるにはいるが戦争は戦場において敵を打ち破るものであるという考えが根強い。
「戦争とはそうではないのですか?」
タンホイザーは爽やかな微笑みを浮かべて言った。
「戦争は政治の延長だという言葉は知らないのか」
モンサルヴァートは少し苦虫を噛み潰して彼に対して言った。
「政治家にとってはそうですね」
彼の言葉は相変わらずであった。
「それが将官の言葉か」
モンサルヴァートの言葉は少し呆れ気味であった。実際には将官ともなればやはり政治のことも視野に入れなければならない。そうしないと広い視野による的確な判断はできない。
「私は騎士ですから」
彼の言葉は相変わらずであった。
「確かに私はエウロパの中将の官を頂いております。しかし」
ここでその目が光った。
「それよりも騎士です。騎士は戦場で勝利を収めることだけを考えるべきかと思います」
「つまり政治や謀略には関わるつもりはないということだな」
「はい。それは他の者に任せていればいいと。どのみち私には向きません」
「そうか、わかった」
モンサルヴァートはそこまで言うと首を縦に振った。
「卿にはそうしたスタッフをつけるようマールボロ閣下にお伝えしよう」
「お願いします」
「だがシャイターンには気をつけるようにな。あの男は狡猾な男だ」
「はい」
タンホイザーの顔から笑みが消えていた。
「戦場においても手強い。戦場で戦うつもりなら覚悟しておけ」
「わかりました」
「そして私からの餞別だが」
彼は立ち上がった。そして後ろの窓のブラインドを上げた。
「見たまえ」
そこからは港が見える。その中央に一隻の戦艦があった。
|