第三部第五章 雑軍その一
雑軍
選挙はナベツーラ派は圧倒的な勝利であった。ハサンはそれを受けて首相の座を退きナベツーラが首相となった。マスコミはこれでサラーフは救われた、と提灯記事を書き連ねた。
「これが首相の椅子か」
ナベツーラはまず官邸に入ると首相の執務室の椅子を見た。
「貧乏臭い、とっとと捨てろ」
そして別の豪華な椅子を持って来させた。
「やっぱり椅子は座り心地のいいものに限るな。そうでないと腰を痛めちまう」
彼はそう言って口を大きく開けて笑った。
後にこの行動や発言もマスコミに大いに取り上げられることはわかっていた。
『これこそ首相の在るべき姿』
『サラーフの今までの閉塞した状況を打破する改革者』
おそらくこうした記事が出て来るだろう。ナベツーラはそれを考え一人悦に入った。
「ところでだ」
彼は葉巻を吸いながら連れて来た秘書に言葉をかけた。
「閣僚はまだ決まってなかったな」
「はい」
秘書は答えた。サラーフにおいて閣僚は首相が直接任命するのである。
「よし、じゃあ決めてやる」
彼はそう言うとペンを取り出した。高級な万年筆である。
そこに紙で書き込んだ。瞬く間に二十人近くの名と職が書かれる。
「これでどうだ」
彼はそう言ってその職と名を秘書に見せた。
「素晴らしいです」
秘書はお世辞で応えた。彼は長年ナベツーラの秘書を務めている。だからこの彼の好みもよくわかっていた。
ナベツーラは媚び諂いや世辞を好む。そして袖の下はもっと好きだ。それを知らない秘書は辞めさせられただけでなくサラーフにいられないようにされた。
「そうだろう、今パッと思いついたんだ。俺は何でもすぐに決めちまうからな」
彼はあまり考えて行動する男ではない。感情で何もかも決めてしまうのである。
「それでこそサラーフの首相です。決断力がなくては勤まるものではありませんから」
「よくわかってるじゃねえか。御前もちょっとは政治がわかってきたようだな」
「お褒めに預かり光栄です」
この秘書も本心から言っているのではなかった。彼が秘書を務めているのは何もナベツーラを敬愛しているからではない。ただおこぼれにあずかりたいからである。
その閣僚の名は心ある者が見たならば眉を顰めずにはおれないものであった。トクンやテリーム、エジリームといった札付きの輩達が要職にあった。それだけでこの内閣の性質がわかる程であった。
「次は軍だな」
「はい」
秘書は頷いた。
「まあそれも大体決まっている」
「お流石です」
そして再び心にもないことを言う。
その人事も酷いものであった。ミツヤーンが元帥、宇宙艦隊司令長官となりホリーナムは上級大将で参謀総長、そしてキヨハームやペダシャーンといった粗暴な者達が艦隊司令となった。それを見てアッディーン達がほくそ笑んだことは言うまでもない。
「まずはオムダーマンの奴等をここから追い出すことが必要だ」
ナベツーラは所信表明演説でまずこう言った。
「その為には兵隊がいなくちゃいけねえんだ」
それは正論ではあった。
「まずは傭兵でも何でもいいから掻き集めろ。そしてそれで一気にオムダーマンを叩く」
これまでの焦土戦術を否定した。そして決戦を主張したのだ。
すぐに兵力の総動員が行なわれた。徴兵された兵だけでなく職のない者や浮浪者までもが強制的に入隊させられた。そして傭兵まで集められた。こうして瞬く間に三十個艦隊が編成された。
「どうだ、凄い数だろう」
彼はマスコミを前にしてそう豪語した。
「はい、まさかこれだけの数をすぐに集めるとは思いませんでした」
「これが首相のお力ですね」
「そうだ」
彼は葉巻を吸いながらその醜い顔を歪めて笑った。
「俺じゃなきゃここまで集めることはできねえよ。ほら、何といったかな、前の冴えない前任者だ」
「サレムですね」
記者の一人が言った。
「そうだ、サレムだ。あいつみたいなことやってたら勝てるもんも勝てやしないんだ。こうして圧倒的な兵力で一気にやらねえと戦争は勝てないんだ」
「その通りです」
なおナベツーラもこの記者達も軍事のことは全く知らない。戦艦と空母の区別すらつかないのだ。それどころか階級すらも碌に知らない。
「これで一気にいくぜ。連中のいるムスタファに一気に雪崩れ込む」
「いきなり敵の本拠地にですか。それは素晴らしい」
またもや歯の浮くようなことを言う。
「そうだ、こうしたことは徹底的にやらねえとな。その為の艦隊だしな」
「はい。ではすぐに軍を向けられるのですね」
「当然だ。おい、今から言うぞ」
「はい」
記者達は書く準備をした。
「三日後全軍を以ってムスタファを取り戻す為に出撃させる。派手にやるぞ!」
「おお!」
これはすぐに各誌の一面となった。マスコミはもうサラーフの勝利が決まった、と囃し立てた。
それを冷静に見ている者がいた。それは生憎サラーフの者ではなかった。
「成程、ここに全軍を以って向かって来るのか」
アッディーンは新聞を読んでそう言った。
「正気ですか?まさか自軍の行動をここまでおっぴらに公表するなんて」
それを見たアガヌが思わず首を傾げた。
「おそらく勝つ自信があるのだろう。兵力だけでな」
「信じられませんね。こんなことははじめて見ました」
オムダーマンもミドハドも軍の動きは非常時においては極秘である。これは当然のことであった。
「だがこれで戦い易いといえばそうなる。すぐに会戦の準備をするか」
「罠かも知れませんよ。こちらの兵をムスタファに集める為の」
アガヌはそこで言った。
「あの男が罠を張れる程高度な知能の持ち主とは思えないがな」
アッディーンはそう前置きしたうえで言った。
「ブーシル、そしてカッサラへの路にはそれぞれ一個艦隊を置こう。そしてムスタファ防衛にも一個艦隊を予備として置きたい」
「十五個艦隊で敵にあたるのですね」
「そうだ。兵力は敵の二分の一だがな。それでも絶対に勝てる」
彼は強い口調でそう言った。
「大した自信ですね」
アガヌは苦笑して言った。
「では貴官はどう見るか?」
「それは決まっていますよ」
彼はその顔を微笑みに変えて答えた。
「行く先も行動もわかっていてはこれ程楽な戦いはありません」
「そうだな。そして問題は敵の装備や兵の質、そして武装だな」
「どのようなものでしょうね」
「いきなり三十個艦隊も集めたのだ。おおよその予想はつくだろう」
「はい」
それはアガヌにもわかった。
「かなり質は酷いだろうな」
「でしょうね。おそらく単なる数合わせのガラクタばかりでしょう」
「ああ、聞いたところによると博物館から引っ張り出したりもしているらしい。動くのなら一緒だろうということでな」
「本当ですか!?」
アガヌもそれを聞いて耳を疑った。
「本当だ」
アッディーンは即答した。
「新聞にも載っていた。例によって提灯記事だが」
「よく軍の良識派が許しましたね」
「良識か」
アッディーンはそれを聞いてシニカルに笑った。
「どうやらこの国では良識はマスコミが作るらしい」
「例によって、ですね」
「ああ、あのような連中がオムダーマンにいなくて本当によかったと思うな」
「同感です」
それはアガヌも同じ意見であった。
「正気とは思えない男がテレビに出て喚き散らす。それだけでも許せんが」
「しかもその男がサラーフの良心とまで言われるのですからね」
「少なくとも我が国では即座に病院行きだろうな、あのような男は」
彼等はテリームのことを言っていた。
「ところでこちらの準備は整っているな」
「はい」
アガヌは敬礼して答えた。
「既に出撃準備は整っております」
「ならいい」
アッディーンはそれを聞いて満足気に頷いた。
「敵が来たらすぐに出撃するぞ。そして勝つ」
「はい」
それは力強い声であった。
「この勝利でサラーフは間違いなく崩壊する。あとは首都を陥落させるだけだ」
「わかりました」
「全将兵に伝えよ。出撃の指示が出次第すぐに敵を倒しに行く、とな」
「ハッ!」
アッディーンはそう言うと部屋をあとにした。そして旗艦アリーに向かって行った。
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