第一部第二章 銀河の群星その二
今連合の首都地球はそれまでの名目上の首都ではなくなっていた。今や本当の意味での首都となっていた。
かって『太平洋の真珠』と呼ばれたシンガポール。今そこには中央政府の元首である大統領の官邸及び連合中央議会、そして連合中央裁判所等がある。南洋のこの都市とその周辺は千年以上経ても今尚連合の心臓部であった。
その官邸の廊下を歩く一人の若者がいた。
その周りには多くの秘書官や護衛達がいる。そのものものしい様子から彼がかなり高い地位にいる人物であるとわかる。
「それにしても急に呼ばれるとは」
その若者は少し首を傾げて言った。
長身で細い身体をしている。切れ長の目に黒い髪と瞳、アジア系独特の顔立ちである。今や混血はかなり進んでいる。とりわけ多くの多様な国家から成る連合ではそれは特に顕著である。人種問題などというものはこの時代には既に愚かな過去の遺物となっていた。
見ればその顔だけでなく物腰からも気品が漂っている。貴公子を思わせる高貴な美貌がそれを一層際立たせている。
歩き方もまた優雅である。本来ならば武骨である筈の黒と金の軍服も彼が着ると豪奢なものとなってしまう。
「一体私に何のご用件であろう」
「閣下でなければならないと言っておられたそうですが」
側に控える秘書官の一人が言った。
「私でなければ、か」
彼はその言葉に対し再び首を傾げた。
「それにしては妙だな」
彼は今度はその整った細く綺麗な眉を顰めて言った。
「二人で話がしたいと大統領から言われるとは」
「いや、こうしたことは結構あるものです」
秘書の一人が言った。
「閣下は日本の軍務大臣なのですよ」
「そう、連合の中でもかなりの重要人物なのです」
「そう言われると何か妙な気分になるな。私は総理に大臣に任命されただけなのだし」
三百国ある連合の中でも日本は主導的な国の一つである。アメリカ、中国、ロシア、ブラジル等と並ぶ大国であるが米中露が大昔より変わらぬ覇権主義的思考で何かと自国の利益を優先させようとし中央政府にも従わないことが多いのに対して日本は連合設立当初より中央政府に対して友好的であり忠実であった。その為他の大国に比べて他の国々からの支持も高く中央政府からも頼りにされている。
中央政府がその権限拡大についても日本を頼りにするのは当然であった。その資金の多くも日本から得ている。そして何よりも地球の位置は日本の勢力圏の側なのである。
「つまり我等の立場は魯かな。中国の大昔の歴史の」
若者は少し微笑んで言った。
「またえらく昔の話ですな」
秘書の一人が苦笑して言った。
「うん。学生時代に習ったことをふと思い出したんだ」
彼は軍務大臣であるが士官学校を出ていない。日本のとある大学を出た後軍に入り将校となった。この時代でも大学を出ている者は軍では将校となった。これは最早伝統であった。
そして政治家であった父の後を継ぎ若干二十五歳にして日本の衆議院議員になった。多くの政策、特に軍事関係においてそれを立案しそれが所属していた保守系の政党の総裁の目に留まった。そしてその総裁が総理になるとその能力に注目した彼に軍務大臣に抜擢された。それから二年経つ。今二十八歳、政治家としてはまだまだ若いがその才とカリスマ性から将来を渇望されている。
「そういえば閣下は歴史学を専攻されていたそうですね」
「うん、やはり面白いし何かと勉強になるからな。歴史から学ぶことは実に多い」
「成程、では今から行なわれる会談についても歴史から学んだことを活かして下さいね」
秘書の一人が少し意地悪そうな声で言った。
「大統領は中々人が悪いですから」
別の一人がいささか冗談をまじえて言った。今の大統領は小国の一開拓民から大統領になった人物である。軍人となり宇宙海賊討伐で軍功を挙げそこから出世した。そして遂には連合の大統領となった立志伝の様な人物である。
「おい、それは失礼だぞ」
若者は周りにいる者達を窘めた。
「連合の元首である方だ。その様に言ってはならぬ」
「ハッ、これは失礼しました」
周りの者達はその言葉に畏まった。
「言葉は慎むべきだ。口は禍の元となる」
「そうでした」
彼等は若者の言葉に恐縮した。
「わかってくれればいい。さて、とそろそろ閣下がおられる部屋だな」
「はい」
一向は赤い絨毯が敷かれた廊下を進んで行く。そしてある扉の前に来た。
「お待ちしておりました」
その前にいた黒い軍服の衛兵達が敬礼をする。見れば若者が着ている制服と同じだ。
(どういうことだ。服を変えたとは聞いていないが)
彼はそれを見て内心そう思った。だが口には出さなかった。
「閣下はおられますか」
彼はそれを置いておいて衛兵に尋ねた。
「中におられます」
衛兵は答えた。そして扉を開けた。
「閣下、日本の八条義統軍務大臣が来られました」
そして部屋の中にいる人物に対して言った。
「はい、ご苦労さん」
部屋の中にいる人物はいささか大統領に相応しくないのではないかというようなざっくばらんな言葉で答えた。連合の言語は多くの国家から成るが一つに統一されている。英語や中国語、スペイン語、アラビア語、日本語等多くの言語が混在した結果出来たもので『連合語』と言われている。若しくは『銀河語』ともいう。アルファベットと漢字その他の文字が混在しているがわかりやすい文法と発音のしやすさ、応用力の高さで知られている。多くの国家から成る連合にとって実によくあった言語だと言われている。尚エウロパはラテン語から発生した欧州各国の言語を再び統一させた新ラテン語と言うべき『エウロパ語』を、サハラは昔ながらのアラビア語を使っている。
銀河語はフランクな表現が多いことでも知られている。だがこの人物の言葉は特にそれが凄い。元々開拓民の出身のせいもあるが彼は飾ったことを好まなかったのだ。
彼の名はラゴス=キロモト。前述のとおり連合の大統領である。
ケニアの開拓民に生まれた。彼の家は開拓された広い農場を持っておりそこの九人兄弟の七番目として生まれた。彼の住む開拓星は宇宙海賊もおらず平和な状況であった。彼はこのままいけばごく普通の農民として一生を過ごしたであろう。だが子供の頃にホノグラフィテレビで見た軍人の姿を見たことが彼の一生を変えた。
彼は早速両親に軍人になりたいと言った。両親はそんな彼に対しなりたいならまずは身体を鍛えよく勉強し正しい心を身に着けろと言った。
彼はそれに従った。学生時代は地元の学校でスポーツに、勉学に励んだ。後輩の面倒見もよく慕われていた。
高校卒業後彼は軍隊に入隊した。士官学校を受けたが落ちたので下士官候補生となった。これは将校への道も約束された軍では地位の高いコースであった。
彼はそこで頭角を現わした。それを見た上官達は彼に士官学校を再度受けるよう薦めたが彼は断った。彼はまず下士官で軍を知ることを望んだのだ。
彼は陸戦部隊となった。そこで宇宙海賊達を相手に戦勲を挙げ士官に抜擢された。そして今度は陸戦部隊の指揮官となった。
そこでも功を挙げ彼の名は軍だけでなく世の者にも知られることとなった。そして彼は少将で軍を退き連合の議員に立候補した。
一回落選したが二回目で当選した。彼は軍で身に着けた積極的な行動力と果断な判断力を発揮し連合議会の中でも知られるようになった。政府内の要職を歴任するようになりそして遂には大統領にまでなった。
この時六十五歳、年齢を感じさせぬ若々しい顔立ちをした筋骨隆々の黒人の巨人でありその短く刈られた髪はまるで若者のそれである。
「ようこそ、八条大臣。お待ちしておりましたぞ」
彼は満面に笑みを称えて八条に対して挨拶をした。
「いえ、こちらこそ。お招きして頂き恐悦至極です」
八条はそれに対し畏まった態度でいささか形式的な挨拶を返した。そしてキロモトの方へ歩み寄る。
二人は握手をした。キロモトはそれを終えると八条に席に座るよう薦めた。
「これはどうも」
八条はそれに従いキロモトに続き豪奢な椅子に腰を下ろした。見れば椅子だけではない。この部屋の中も白を基調とした豪奢な装飾で飾られている。
「どうでした、ここまでの旅は」
キロモトはまずここまでの旅順について尋ねてきた。
「旅といいましても。我が国からこの地球まではすぐ側ですし」
「おっと、そうでしたな」
キロモトはそれを聞くと顔を崩して笑った。
口を大きく広げて笑う。豪快な笑いだ。
「では話を変えるとしましょう」
彼は笑い終えるとニコリと笑って八条に対して言った。
「はい」
八条は態度をあらためた。そして再び畏まった。
それからは日本の軍事関係に対する要望であった。一言で言うならば連合の治安の為にもっと貢献して欲しいというものであった。
「それはお約束します」
そのことは総理からも言われていた。彼は快くそう言った。
「貴国にそう言って頂くと有り難いですな」
キロモトは笑顔でそう言った。体制が整えられてきているとはいえ連合の権力基盤はまだ脆弱である。こうした大国の支持がやはり必要である。
「そして・・・・・・」
彼は話を続けた。後は連合及び銀河の平和と友好の発展を支持するといったこれもまたありたきりな宣言で締めくくられる普通の会談となった。
こうして会談は終わった。八条は宿舎に帰り休息をとった。明日は明日で仕事がある。連合の要人達との会合があるのだ。
「さてと」
シャワーを浴びた彼はガウンを羽織りベッドに向かおうとした。その時鏡の前に置いていた携帯が鳴った。
「!?」
見れば大統領からである。一体何事であろうか。
「今後の会談の打ち合わせか」
彼は首を傾げてそう言いながら携帯を手に取った。
「はい、八条です」
彼は電話に出た。すると大統領の声がした。
「こんばんは、閣下。実は早急にお話したいことがありまして」
声が普段よりも真摯なものとなっている。
「なんでしょうか」
八条は尋ねた。勘が彼に警告していた。
「今からそちらにお伺いしてよろしいでしょうか」
「いえ、それは」
八条はそれをやんわりと拒絶した。
「閣下は大事なお身体です。何かあっては大変なことになります。私がお伺いしましょう」
「そうですか。それではお願いします」
彼はそう言うと電話を切った。八条は携帯を直すと背広に着替えた。
「さて、一体何の用件か」
彼は着替え終えるとホテルの扉を開けた。そこは私服の警備員達がいた。
「済まない、今から大統領官邸に戻る。何人かついてきてくれないか」
「わかりました」
その中から二人やって来た。彼等の中でも特に腕の立つ者達である。
八条はこっそりとホテルを出た。従業員達にも気付かれることなく裏口から出てそれからタクシーを拾って官邸に向かった。
「わかりました」
運転手はそれに応えるとタクシーを官邸に向かわせた。十分程して到着した。
タクシーを降りた。そして官邸に入る。
「お待ちしておりました」
見れば警護兵は大統領が常に側に置いている者達だ。そして大統領の首席補佐官が彼を出迎えた。それだけ見てもかなりの用心をしていることがわかる。
補佐官に案内され官邸に入る。そして大統領の私室に案内された。
「よろしいのですか?」
八条は補佐官に尋ねた。幾ら何でも大統領の私室に入ることは躊躇いがあった。
「はい、大統領からの直接の指示ですから」
補佐官はそう答えた。彼はその言葉を聞いて警戒をさらに強めた。
(それ程重要な話か)
彼は意を決して部屋に入った。キロモトは妻とは大統領就任前に死に別れている。子供もいなく孤独な男やもめだ。姉の子を一人養子にしている。彼は今祖国で畑を耕しているという。
(それがあの人らしいな。あくまで素朴に飾らずに、か)
そう思いながら部屋に入った。そこにはその当人がいた。
「ようこそ、夜分遅くに呼び出して申し訳ありません」
キロモトは八条に対して言った。彼は背広のままである。
「いえ。それよりも重要なお話とは何でしょうか」
八条は単刀直入に尋ねた。
「はい。実は私は今考えていることがあるのです」
彼は八条を見据えて言った。その声は重く慎重なものである。36
「考えていること」
八条はその言葉を自分でも言ってみて尋ねた。
「はい、今連合はこの中央政府の権限を強化する方向に動いています」
「そしてそれはかなりの成果を挙げていますね」
八条は言った。
「そうです、中央議会及び裁判所の権限を拡大し中央警察を設立しました」
「そしてそれにより宇宙海賊と彼等と結託する者達を次々と捕らえました。これにより我が連合の治安はかなりよくなりました」
「その通りです。しかしそれだけではまだ足りません」
「と、いいますと」
八条はそこで尋ねた。
「もう一つ、この連合をまとめるのに必要なものがあるのです」
「それは?」
「閣下も軍におられたからおわかりでしょう。連合中央政府直属の軍です」
「え・・・・・・」
キロモトのその言葉にさしもの八条も驚いた。連合では軍はそれぞれの国が独自で持つものだからだ。
「各国の軍を統合しこの中央政府の下に置くのです。そうすれば我々のまとまりもかなり良くなるでしょう」
「それはそうですが・・・・・・」
確かに理想としては素晴らしい。この連合が長い間人類の中で最大の勢力を誇りつつもエウロパの存在を許しサハラに何も出来なかったのはひとえにこのまとまりの悪さからであった。まず動くには各国の利害を調整せねばならずそこをエウロパに付け込まれたことが度々あった。これはブラウベルの頃から何も変わってはいない。その為外部に勢力を向けることも出来ず開拓に専念するしかなかったのだ。またその開拓も各国の利害が複雑に絡み合い思うように進まなかった。
連合設立の時より欧州の様な強力な統率力を持つ中央政府の設立が叫ばれていたがそれは叶わぬことであった。大国の力が強く多くの国からからなりその個性がどれも極めて強い状況ではどうしても緩やかな組織になるしかなかった。またその方が大国には都合が良かったしそうした緩やかな組織に親しみを持つ者も多かった。結果今に至るのでありそして今の連合の中央への権限集中も実は批判が多い。
「確かにそれは素晴らしいことですが・・・・・・」
八条は口篭もりつつ言った。
「我が連合のまとまりはもう充分ではないでしょうか。設立と同時に経済及び貿易は自由化され関税や市場の統合も為されています。しかも共通の通貨までありますし」
これは既に連合の設立の頃に為されている。連合の通貨は『テラ』という。地球からとったものだ。
しかしこれは連合に住む者なら誰でも知っているようなことだ。彼も自分で口にして何を言っているんだ、と思った。
「そして中央警察も設立された、もうそれで充分ではないかと」
キロモトは微笑みながらその話を聞いていた。
「はい」
八条は答えた。
「成程、確かに一理あります。今の我等の中ではそれが意見の主流でしょう」
「そうですね。我々はあくまで互いの主権や個性を尊重し合うということを何よりも重要視していますから」
連合の特徴の一つである。エウロパやマウリア、サハラ各国に比べてこの連合では個人主義的風潮が強い。自分のことは自分でせよ、相手の個性や考えにまで口を出すな。これは構成する各国の文化や風習の違いが凄い為にそうなったことである。大国も他の国のそうしたことには口出しはしなかった。何故なら彼等の中にも様々な風習や文化がありそれを言うととんだヤブヘビになるからだ。
「ですが私の考えは違います」
キロモトはニヤリ、と笑ってそう言った。
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