第十四部第三章 後方の修羅場その十
「ではそれに備えておこう」
「はい」
「とりあえずはこれを処理しておくか。しかし」
彼はファイルの中を読んでいた。そこには細かい文字でさらに細かい事柄がびっしりと書かれていた。まるで呪文のように。
「凄いな、実に。何処まで書かれているか」
「とことんまで書いてみました」
これがブーメルからの返事であった。
「では私も徹底的にやらせてもらおう」
「お願いします」
「本気を出す。いいかね」
「是非共」
こうして彼は朝から本気で仕事に取り掛かることとなった。ブーメルはそれを見届けてから自分の執務室に戻った。そこには一人の女性士官が待っていた。黒い軍服の袖にある金の帯からそれがわかる。
「お帰りなさいませ」
彼女は敬礼してブーメルに応えた。青い目に黄色い肌、赤がかった蜂蜜色の髪を後ろで束ねている。年齢は二十代後半程であろうか。
「来ていたのか」
ブーメルは返礼を終えてから彼女にこう声をかけてきた。
「昨日は大変だっただろうに」
「こちらが本来の職務ですから」
だが彼女は疲れを見せない笑顔で返してきた。笑顔がかなり眩しい。
「おろそかにするわけにも行きません」
「厳密に言うとそうなのだけれどね」
だがそれでもブーメルはまだ何か言いたそうであった。そのうえで言った。
「あまり無理も。よくないわよ」
「軍人は無理をする仕事では?」
彼女の返事はこうであった。
「それはそうだけれど」
これにはさしものブーメルも返答に窮してしまった。
「それでもね。昨日は碌に休めなかったでしょうに」
「疲れを取る方法は知っていますから」
「そう」
「御安心下さい。昼の職務に支障はきたしません」
「わかったわ。それじゃあお願いするわ」
ブーメルはここまで聞いて頷いた。そして彼女に対して改めて言った。
「ゼノビア=カラトヴァ準佐」
「はい」
彼女は自分の官職氏名が呼ばれると姿勢を正した。
「今日の仕事はまずこれを」
ブーメルは懐から何枚かのディスクを取り出した。それを彼女に手渡した。
「お願いするわね。いいかしら」
「わかりました」
カラトヴァはこれに頷いた。それからすぐに側にある机に座った。そのディスクをパソコンに入れた。
「すぐに取り掛かります。宜しいでしょうか」
「お願いするわ」
ブーメルは言った。彼女も自分の机に向かった。すぐに仕事に取り掛かりはじめた。
「全く会計部というのも大変ね」
「そうですね」
カラトヴァはパソコンのキーボードを打ちながら話に応じてきた。
「経穂将校は楽だと思っていたけれど。どうして」
「ディスクワークに追われる日々で。大変ですね」
「パルミラ連邦でもそれは同じだったのかしら」
「はい」
カトラヴァはそれに頷いた。
「あまり変わりはなかったですね。もっとも毎日こんなのではなかったですが」
「それもそうよね」
ブーメルもそれに頷いた。
「マリだってそうよ。もっとも今は戦争中だから仕方がないけれど」
「何か。連合軍になってから仕事が増えた気がします」
「長官が経補出身のせいかもしれないわね」
ブーメルはここで八条について言及した。
「八条長官ですか」
「ええ。あの人が元々軍人だったのは知ってるわよね」
「はい」
これはもう言うまでもないことであったが。
「経補だったそうなのよ」
「日本軍でですね」
「そう。日本軍は特別でね」
ブーメルは言った。
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