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第十三部第五章 嵐が来たりてその七
「私を害することができる者なぞこの世にはいないのだがな。アッラーに運命を託された私が」
「はい」
「私に対して何かをできるのはアッラーのみ。アッラー以外には存在しないのだ」
「その通りです」
「このサハラもまたアッラーが委ねて下さる。その為には」
「全てが許される」
「うむ」
 彼は悪魔的な笑みをたたえ続けていた。ハルシークもその笑みを前にして笑っていた。それはまるでキリスト教世界の伏魔殿にいる魔王とその僕の様であった。
「そうか、勘付かれたか」
「はい」
 オムダーマン外相アッバースは外務省の暗室にいた。そこで何者かと話をしていた。
「思いの他早かったな」
「申し訳ありません」
「いや、いい」
 彼は椅子に座ってその者と話をしていた。その者は彼の前に立っている。その姿は暗室の中なので見ることはできない。だが声から女性であることはわかる。
「こうして戻ってきてくれただけでな。元々あの男の側にまで潜り込ませるという方が大胆過ぎた」
「そうなのですか」
「私も一度躊躇ったがな。だが賭けたのだ」
「成功するかどうか」
「そうだ。だがやはり危険だったな。早く帰ってきて正解だった」
「有り難うございます」
「だが情報は手に入ったのだな」
「はい」
 その者は頷いた。
「あの男のことや家のことも。どうだ」
「ある程度はわかりました」
「それは何よりだ」
 彼はそれを聞いて声だけで笑った。
「それでは後でその話をじっくりと聞かせてもらおう」
「はい」
「今は休んでくれ。御苦労だった」
「わかりました」
 その者は一礼してその場から消えた。アッバースはそれを見届けた後で目の前に置かれているコーヒーを手に取った。それを飲み一服した。
「ふうう」
「今回も逃げる羽目になったようですな」
「貴方ですか」
「はい」
 闇の中から一人の男が姿を現わした。オムダーマン軍特殊部隊のハルヴィシーであった。
「彼女ですら」
「彼女のことを知っていましたか」
「勿論ですよ」
 ハルヴィシーは笑ってアッバースに対してそう答えた。
「前に声をかけたことがありますから」
「おやおや。それでどうでした?」
「いやあ、駄目でした」
 彼は特に残念そうな素振りもなくあっけらかんとしてそう答えた。
「婚約者がいるとかで。もう結婚しているのでしょうか」
「年齢的にはそういうものを既に越えていますが」
「それでもまだですか」
「今回の仕事が終わってから式を挙げるつもりのようですが。詳しいことはわかりません」
「そうでしたか」
「しかし閣下も御目が高い。彼女のよさがわかりましたか」
「私は女性の趣味には自信がありまして」
 楽しげにそう語る。彼も今までの功績を評価されて将官になっていたのである。だから閣下と呼ばれたのだ。
「美人を見る目はありますよ。後はワインも」
「それはいい。それでは今度飲みますか」
「時間があればね。しかしティムールは中々尻尾を掴ませませんね」
「こちらはかなり掴まれているようですけれどね」
 アッバースは苦い顔になった。
「どうやらかなりの数の諜報員、工作員がオムダーマンに潜入しているようですし」
「それはこちらも調査中です」
 ハルヴィシーも考える顔でそう述べた。
「ですが尻尾を掴みそうになったら逃げられる。それの繰り返しです」
「そちらもですか」
「ええ。まるで鰻の様です。いや、鰻よりも性質が悪い」
「鰻よりも」
 ここで彼等が言っているのは普通の鰻ではない。サハラの多くの地域に生息する吸血鰻である。ヤツメウナギの仲間で川や海にいる生物の血を吸って生きているのである。ヤツメウナギと同じ位の大きさだがその動きはもっと速い。そして捕まえにくいのだ。泳いでいる人が襲われて血を吸われることも多い。サハラの多くの星系においては厄介者として嫌われている。
「血こそは吸いませんがね。それでも情報を吸っているから同じですか」
「国家の血を吸っているのと同じですよ」
 アッバースはこう言った。
「それも相手のね。もっとも我々もそれは同じですが」
「では私も外相も鰻になりますね」
「まあそうでしょうね」
 彼はそれを聞いても特に悪びれもせずそう返した。
「結局は同じ穴の狢ということでしょうか」
「ですな」
 ハルヴィシーはそれを聞いて面白そうに笑った。
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