第三部第二章 緒戦その一
緒戦
アッディーンに率いられたオムダーマン軍十四個艦隊はカッサラを発った。そしてそのままサラーフ領に侵攻していった。サラーフ軍の反撃はなかった。彼等の姿は何処にもなくオムダーマン軍は無人の荒野を行くが如く進撃していた。
「今のところは何もありませんね」
ガルシャースフがアッディーンに対して言った。
「ああ、予想通りだな」
彼は順調に進む自軍を見ながら言った。
「だが問題はこれからだ」
彼は前を見て呟いた。強い声だった。
「側面及び後方は大丈夫か」
そしてガルシャースプに対して問うた。
「はい、敵影の存在は確認されておりません」
「ならばいい」
彼はそれを聞いて安堵の声を出した。
「補給路の確保だけは完全にしておけ。今度の戦いではそれが生命線になる」
「わかりました」
「それから全軍に伝えよ、敵が逃げたからといって無闇には追うなとな。血気にはやることのないよう」
彼の言葉もまた落ち着いたものであった。
「まずはムスタファ星系だ。それから全てがはじまる」
オムダーマン軍は進撃を続けた。そして惑星を一つ一つ占領し星系をその勢力圏に収めていった。
「オムダーマンの動きは順調のようだな」
その話はシャイターンのところにも届いていた。
「ハッ、既に幾つかの有人惑星をその勢力下に置いた模様です」
彼の前に立つハルシークが答えた。彼等は今シャイターンの宮殿にいた。
「速いな。流石はアッディーン提督といったところか」
シャイターンは絹の豪奢な服を着ていた。赤紫で丈の長い上着とそれと同じ色のズボンを身に着けている。
「だが今度の戦いは速さが求められるものではない」
彼は思わせぶりに言った。
「それはわかっているな」
そしてハルシークに対して問うた。
「はい」
彼はその問いに対して頷いた。
「ならばよい。それでこそ私の部下だ」
彼は微かに満足感を含んだ声で言った。
「さて、アッディーン提督にもそれはわかっているかな」
「それは何とも」
「わかっていればよし、わかっていなければ」
「敗戦ですな」
「そう、そして西方はサラーフのものとなる。彼の武名もこれまでだ」
彼は冷たい声でそう言った。
「今までの彼の戦いは見事なものであった。だが今回もそうとは限らない」
「問題はこれからですか」
「そうだ、戦いとは何も正面から激突するだけではない」
彼はここで身を翻した。
「時には逃げるのも戦いなのだ」
「はい、それが理解出来ない愚か者も多いですが」
「そうした者は敗れ去る、そして歴史にその愚かさを永遠に曝し続けることになる」
まるで氷の様に冷徹な言葉であった。そこには一変の温もりもない。だがそれでいて甘美で危険な誘惑を秘めた不思議な声であった。
「アッディーン提督もそうなるかな。それはやがてわかることだ」
彼はそこまで言うと身をハルシークの方に戻した。
「我等が動くのはそれを見極めてからだ。焦る必要はないぞ」
「ハッ」
ハルシークはその言葉を聞き姿勢を正した。
「だが動く時は・・・・・・。わかっているな」
「勿論でございます」
彼はその言葉に対し不敵に笑った。
「ならばよい。その為の備えは怠らないようにな」
「何時でも閣下が仰ればすぐにでも」
「フフフ、それでいい。優れた部下を持ち私は幸福だ」
彼はそう言うとハルシークを下がらせた。そして自室に戻って行った。
「さて、アッディーン提督よ」
彼は階段を登りながら一人妖しげな笑みを浮かべ呟いた。
「私を楽しませてくれよ」
そして部屋の扉を開けその中に入った。そのまま気配は扉の中に消えていった。
アッディーン率いるオムダーマンの大艦隊は敵と遭遇することなく迅速に兵を進めていた。そして星系を次々に占領していった。
「住民の反応はどうか」
彼は参謀の一人に問うた。
「今のところ問題はありません。援助物資を供給しその生活の安定を約束しております故」
その参謀は答えた。
「そうか、ならいい。くれぐれも彼等の生活に支障をきたすようなことは起こすな」
「わかりました」
彼は住民の反発を恐れていた。そこからレジスタンスの蜂起が起こる可能性がある。そうなれば後方が危うくなる。
「司令、一つお聞きしたいことがあるのですが」
ここでバヤズィトが尋ねてきた。
「何だ」
「この作戦において用意した補給艦及び工作艦のことですが」
「それか」
「はい、やはりこうしたことを考えてのことだったのでしょうか」
「そうだ、だがそれだけではない」
彼は答えた。
「それもすぐにわかる。すぐにな」
彼は思わせぶりに言った。
やがて彼等は目標であるムスタファ星系まだ残り僅かの場所まで到達した。
「やはりここにはいるか」
アッディーンはサラーフの艦隊がムスタファ星系の前に布陣しているとの報告を聞き思わず呟いた。
「その数は?」
「およそ十万です」
ラシークが答えた。見れば魚燐型の陣を組んでいる。
「そうか、ではすぐに叩くとしよう」
アッディーンはそう言うと右手をゆっくりとあげた。
「全軍上下左右に広く陣を組め。そして敵を三日月型に包囲せよ!」
「ハッ!」
アッディーンの指示の下オムダーマン軍は動いた。そしてその言葉に従い敵を囲むように陣を組んだ。
こうしてムスタファ星系での戦いははじまった。まずはオムダーマン軍の一斉攻撃からである。
忽ち数百の艦艇が破壊される。サラーフ軍はこれを受け一瞬怯んだ。
「今だ、進め!」
アッディーンがそれを見て右手を振り下ろした。オムダーマン軍はそれに従い前に進んだ。
これに対しサラーフ軍は退いた。そして陣を整え反撃に移ろうとする。
だがそんな隙を与えるアッディーンではなかった。彼はそれよりも早く彼等の前を塞ぎそこに集中攻撃を加えた。
これで戦いは決した。サラーフ軍は勝算がないと見たかすぐに退却を開始した。
「追いますか?」
ラシークがアッディーンに対し尋ねた。
「いや」
だが彼はそれに対し首を横に振った。
「追う必要はない。これで我々は第一の作戦目的は達した」
彼は静かに言った。
「まずはムスタファ星系に入ろう。そしてあの星系を確実に掌握するのだ」
「ハッ!」
オムダーマン軍は退却したサラーフ軍を追わなかった。かくしてムスタファ星系の戦いは両軍にさしたる損害を与えることなく終了した。オムダーマン軍は素早くムスタファ星系を占領した。
ムスタファ星系はサラーフ南方の交通の要所であり物資の集積地でもあった。ここには大規模な補給基地と港湾施設が存在していた。
だが今はそれはなかった。全てサラーフ軍により破壊されてしまっていた。
「・・・・・・これは厄介ですね」
アッディーンと共に惑星に降り立ったガルシャースプが顔を顰めて言った。
「そう思うか」
アッディーンはそれを聞いて尋ねた。
「当然です、これでは基地としての役割を果たせません。我々はこの星系を足掛かりにはできないのですから」
「そうだな、今のままではな」
アッディーンはそれを聞き言った。
「だがこれは予測していた」
彼はここではじめて言った。
「工作艦に伝えよ、すぐにこの星系の基地の修復に取り掛かれとな」
「では工作艦は・・・・・・」
「そうだ、この時の為に連れて来たのだ」
彼はニヤリと笑って答えた。
「敵が焦土作戦でくるなら我々はそれに対抗して基地を作る。そして敵の誘いには乗らず腰を据えることにする」
「敵が戦力を拡充させるのは構わないのですか?」
「それよりもまずは確固たる戦線、後方基地の建設だ。ましてやサラーフは広い。そうそう用意に制服できるものではない」
「成程」
ガルシャースプはそれを聞いて頷いた。
「そして補給艦にも働いてもらう。カッサラとムスタファを往復して物資をどんどん運び込んで欲しい。これから忙しくなると伝えてくれ」
「わかりました」
「その時に敵の襲撃も予想される。常に護衛の艦隊をつけておこう。これはローテーションだ」
「補給路の確保はどうしますか?」
「それにも艦隊をつける。そうだな、ラーグクート提督に頼むか」
「あの方でしたら問題はありませんね」
ラーグクートの熟練の作戦指揮はよく知られている。その慎重な用兵には定評がある。
「まずはここに万全の足掛かりを築くぞ。作戦の第二段階はそれからだ」
「ハッ!」
ガルシャースプはそれを聞き敬礼した。こうしてオムダーマン軍はムスタファ星系の軍事施設の修復及び基地化に取り掛かった。
これに対しサラーフ軍は予想通り補給路の襲撃を開始した。だがそれはラーグクートの的確な用兵と補給艦隊を守る護衛の艦隊によりことごとく阻まれた。
「よいか、決して深追いはするな」
ラーグクートは部下達に対し命令を下した。
「我々は補給路を確保すればよいのだ。そして敵を補給艦および勢力圏に近付けなければよいのだ」
彼は部下達に無理はさせなかった。そして敵の襲撃に対し数十隻を単位としたパトロールでもって対応した。これによりサラーフ軍はゲリラ的な襲撃を行なえなくなっていた。
そして補給艦を守る艦隊の存在も大きかった。彼等はオムダーマンの補給艦隊が通るのを指をくわえて見ているしかなかったのである。
こうしてムスタファ星系は瞬く間に基地としての機能を回復させた。そしてオムダーマン軍はこの星系に駐留しアッディーンの次の作戦指示を待った。
「ふむ、アッディーン司令も考えたな」
オムダーマンの首都アスランにおいてマナーマはサラーフ侵攻の状況を聞いて言った。
「はい、一気にサラーフ全土を席巻すると思ったのですが」
幕僚の一人が言った。
「流石にそれは無理だろう。そこまでの物量も補給も一度には持っていけない」
「はい、それにしても焦土戦術でくるとは思いもよりませんでした」
「それだけサラーフも必死なのだろう。最早存続の為にはなりふり構っていられない」
彼は考える目をして言った。
「それに対して足掛かりを建設して腰を据えて戦うとは思わなかったがな」
マナーマもこれは予想していなかった。
「彼のことだから一気に首都まで陥落させるものだと思っていたのだがな」
「確かに。アッディーン司令はいつもそうして勝利を収めてこられましたから」
「それをしないとはな。案外柔軟な思考の持ち主のようだ」
彼は地図を拡げさせた。
「これを見てもムスタファを足掛かりにしたのは大きいな」
見ればここから南方、いやサラーフの首都アルフフーフまでの道もある。西や東にも行くことができる。すなわちサラーフの喉元に刃を突き付けた形だ。
「しかし十四個艦隊ではいささか少ないかな」
「今新たに編成させている旧ミドハドの四個艦隊を援軍とするのはどうでしょう」
「それはいいな」
彼はその提案を受け入れることにした。
「もう一つあるのですが」
「何だ?」
「サラーフ軍内部のことですが」
彼はここでその目の光を一層強くさせた。
「ナベツーラとミツヤーンという男達をご存知でしょうか」
「いや、どのような連中だ?」
マナーマは少し不覚に思った。サラーフ軍内のことはあらかた知っているつもりであったがその者達のことは知らなかったのだ。
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