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第十三部第三章 二匹の獣そのニ
「アイスバインか」
「何を作ろうかと考えてたんだけど」
 見れば母親も疲れた顔をしていた。
「簡単なものでいいかしら。とりあえず」
「ああ、それでいいよ」
 夫は何も言う気にはなれなかった。それでいいとだけ言った。
「あと酒はあるかな」
「黒ビールとワインならあるけれど」
「ブランデーはないのか。アルテミス産のがあった筈じゃ」
 彼のお気に入りである。
「アルテミスは今は」
「そうか、そうだったな」
 連合に占領されている。従ってアルテミス星系との流通は途絶しているのである。今はこの惑星自体が連合軍に完全に武装解除されたうえで包囲されているのである。そうした閉塞感の中にあったのだ。
「じゃあワインをもらおうか」
「赤でいいわよね」
「肉だしな。けれどそれしかないんだろう?どうせ」
「御免なさい」
 妻は俯いてそう答えた。
「テティスの。赤しかないわ」
「そうだろうな」
 この星系のワインは赤が有名である。白もあるがこちらはあまり味がよくないとされている。だがここではその赤はもうあまりにもありふれたワインとなっていた。まるで水のように飲まれている。従って非常に安く量にも困ってはいなかった。
「けれどそれでいい。じゃあ食べるか」
「ええ」
 こうして一家は食事に入った。まずは神に祈りを捧げる。ギリシア正教会の礼であった。
 次にアポロンに祈る。夫も妻も神々はアポロンを信仰していた。だから彼に祈ったのである。
 それから食事に入る。静かな食卓であった。落ち着いたと言えばいいところであろうが実際は暗い食卓であった。少年も何も語らず黙々と食事を続ける。
「なあ」
 父親がパンを千切りながら母親に声をかけてきた。
「何かしら」
 母親はザワークラフトを口に入れていた。酸味が口の中を支配しているがだからといって言葉まで酸っぱくなっているわけではない。穏やかで低いものであった。
「この辺りで戦争になるらしいな」
「そう」
 だが彼女はそれを聞いても特に驚かなかった。
「それで私達に何かあるわけでもなし」
 そう言って取り合おうとはしなかった。最初は。
「別にこの星で戦争をやるわけじゃないんでしょ?」
「ああ」
「宇宙でやるのだから。ここに連合軍の軍人は一人も来ていないし」
「それでいいのか?」
 夫はそんな無気力な言葉を言い続ける妻に対して問うた。
「御前は」
「戦争なんて私達にどうかしようがあるの?」
「いや」
 それは否定するしかなかった。その通りだからだ。
「どうしようもない。けれど俺の仕事は」
「もう少しの辛抱よ」
 彼女は抑えた声で夫に対して言った。夫は宇宙船の船舶会社に勤めている。だから今のように戦争中だと仕事に影響が出るのである。実際に会社の業績は戦争の影響でかなり落ちている。彼が暗いのはその為であった。だが家庭全体までが暗いのは他に理由があった。
「もう少しの辛抱か」
「戦争はもうすぐ終わるわ」
「オリンポスが陥落してか。それで俺達の国は滅亡だ」
「けれど私達は死んだりしないわよ。まして連合軍に何かされるわけでもないし」
「御前は自分の生活が変わらなければそれでいいんだな」
 彼はそれを聞いて呆れたように言った。
「エウロパがどうなろうと」
「貴方の仕事があればね。それでいいわ」
「そうか」
「そうよ」
 彼女は言い返した。ワインを飲む夫の顔はもうかなり飲んでいるというのに赤くもなければ青くもない。ただ沈んでいるだけであった。
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