第十二部第四章 青い薔薇その二
「少し休まないか」
「はい」
こうして二人はシャイターンの執務室を後にした。そして庭園に出た。そこでは満開の薔薇やチューリップが咲き誇っていた。その中には青い薔薇やチューリップもあった。かっては存在しなかった花達である。青い薔薇とは有り得ないことの例えともなっていた。だが長きに渡る品種改良により誕生した。その青い花々を二人は眺めていた。
「いい色だな」
「はい」
フラームは青い薔薇を眺めながらそれに頷いた。
「兄上は薔薇がお好きですね」
「薔薇だけではない、花は全て好きだ」
彼はそう答えた。
「青い花もな」
そう言いながら青い薔薇を一輪手にとった。そしてそれを胸に飾る。
「似合うか」
「はい」
シャイターンは今白い絹の服を着ていた。銀の豪奢な装飾まである。その胸に青い薔薇を飾る。それは実によく映えていた。青と白はよく合うのである。
「ならいい。どうも青い薔薇を飾るのには慣れていなくてな」
「よく似合っていますが」
「そうかな。今まで私は赤い薔薇を愛していた」
「そうでしたか!?」
フラームはそれを聞いて首を傾げさせた。
「白いものや黒いものもお好きだったと記憶しておりますが」
「好きなことは好きだ」
彼はそれを認めた。
「だが赤いものが最も好きだった」
「そうだったのですか」
「しかし青もいいものだな」
「はい」
「この薔薇はかってはこの世界に存在してはいなかった」
彼は語った。
「だが今こうして作り上げられた。思えば色々あったな」
「ええ」
神学論争まで起こった。アッラーの作りたもうたものでないものを作ってよいのかと。そしてそれは神に背く行為ではないのかと。かってキリスト教世界で起こったものと全く同じ論争が起こったのである。
「全てはアッラーが決められること」
誰かが言った。
「青い薔薇が実現したのならばそれがアッラーの御意志ではないのか」
それでおおよそは決まった。彼等はこうして青い薔薇を作り上げた。そして今シャイターンの胸にこの薔薇があった。彼は胸にある薔薇を誇らしげに弟に見せていた。
「国も同じだ」
「国も」
「そうだ」
彼は言った。
「最初から存在した国なぞない。日本やエチオピアの様な古い国もな」
エチオピアはソロモン王とシバの女王の間に生まれた者がそのはじまりだとされており、日本は高天原から降り立った神武帝がそのはじまりとされている。双方共伝説の話なので信憑性はない。それでも両国の皇室が気の遠くなる程長い歴史を歩んでいることは事実であるが。
「この薔薇と同じだ。私の言わんとしていることがわかるな」
「国を作られるのですね」
「そうだ、このサハラを一つにした国をな」
彼の笑みが変わった。
「アッラーはこの青い薔薇をお認めになられた。そして今まで国が興るのも認められた。ならば私が国を興すのも同じだと思わないか。それもアッラーの民を一つにすることだ」
「それはアッラーの思し召しに他なりません」
フラームもそれを認めた。
「シャイターン様のお役目はサハラを一つにすること」
「うむ」
「そしてムスリム達をかっての繁栄に導かれることです。かってのバグダットやイスタンプールの様な繁栄を」
「それは違うな」
かってイスラム世界において繁栄を極めた二つの都市の名を出されたが彼はそれを否定した。
「アッバース朝もオスマン=トルコもイスラムを統一してはいなかった」
「あ、失礼」
アッバース朝には後ウマイヤ朝という宿敵がイベリア半島に存在していた。クーデターにより政権を奪取したアッバース朝であったがこの時ウマイア朝の者を一人取り逃がしてしまっていたのである。このウマイア朝最後の生き残りは物乞いにまで身をやつしながら逃げ延び、そしてイベリア半島において復活したのであった。まるで御伽噺のような話であったがアラビアン=ナイトを生んだ世界だけはある夢の様な話であった。
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