第十二部第一章 それぞれの歴史その七
「三割と一口に言ってもかなりの額だ。それを減らして満足にやっていけるのか」
「可能だ」
保守派はそう答えた。
「この統計ではそう出ている」
「ふむ」
改革派の中にはそれを聞いて考え込む者達もいた。
「だが」
しかしモハマドはあえてここで口を開いた。
「議題を最初に戻したい。まずはそちらの資料は見させてもらう」
「最初に」
「そうだ。確かに無駄な浪費は慎まれるべきだ。しかしそれと後方基地の建設とはまた無問題だ。話が変わってはどうにもならない」
「そうですな」
改革派の議員の一人がそれに賛同した。
「問題はアルテミスの基地化が我が軍にとって有効かどうか、です。財政的な面も含めて」
「これについてはどう思われますか」
「我々は有効だとは思っていません」
「それは何故」
モハマドは答えたマウイに対して問うた。
「理由をお聞かせ下さい」
「既に後方基地としてはニーベルング要塞群がありますね」
「はい」
「あの要塞群は基地としてはかなりのものです。そこを中心として今まで満足にやってきたではありませんか。これ以上基地を築く必要はないと思います」
「オリンポス攻略に関してもですか」
「はい」
マウイは答えた。
「今まで通りでやっていけると思います。我が軍の輸送及び補給を考えますと」
「それが貴女の御考えですね」
「そうです」
彼女はそれを認めた。
「我が軍は数も多いですし。このまま勝てると思いますが」
「確かに勝てるでしょうね」
モハマドにもそれはわかっていた。
「ですが損害は多くなるでしょう」
「むっ」
マウイはそれを聞いて眉を少し歪めさせた。
「それでは何もなりません。ましてやオリンポスはエウロパの首都」
彼は敵の首都について言及した。
「物資も豊富です。そして予備兵力も全て投入してくるでしょう」
「それは考えられますね」
それはマウイも認めた。
「そうなればこちらもかなりの物資が必要となります。だからこそアルテミスに基地を置かなければならないと思いますが」
「首都攻略の為にも」
「はい」
モハマドは答えた。
「その為にもアルテミスの基地化は必須だと思いますが如何ですかな」
「そうですね」
マウイは考える目をした。
「考えさせてもらいましょう。ですがそれだけでは駄目です」
「わかっておりますよ」
モハマドはそれに答えた。
「軍事費のことですね。それについてはこちらも考えさせてもらいましょう」
「はい」
所謂交換であった。政治においてはよくある取引であった。ここから妥協なり折衷案なりを生み出していくものである。往々にして極論では政治は動かない。だからこうして話し合うことにより妥当な案を見出していくものである。議論をするのが政治である。駄目なものは駄目、というのは政治ではないのだ。それは観念論でしかない。そうしたことを主張していれば政治は停滞する。政治とは観念論では破綻する世界なのである。
こうして保守派と改革派の議論は終わった。それについての話は八条の耳にも入っていた。財政のことは彼にとってはかなり意外なことであった。
「財政はかなり考えていたつもりなのだがな」
「軍人から見ればそうなのでしょう」
木口がそれに答えた。
「国防省の人間は文民であっても軍に関係していますね」
「ああ」
「長官も。軍人の視点で予算を組まれましたね」
「当然だと思うが。だが無駄は省いたのは事実だぞ」
「それは否定しません」
木口はそれは認めた。
「ですがそれはあくまで軍人の視点からです。日本軍はかっては極めて少ない軍事費からやりくりしていましたね」
「苦労したよ」
八条の声と顔も苦いものとなった。
「どれだけ少なくても費用は一定のものはかかるからな。維持費なりなんなりで」
彼は補給長であった。だからこそわかる苦労であった。
「それだけでもかなり割かれるのに他のことにも金を回さなくてはならない。それを踏まえて予算を組んだのだが」
「ですが政治家や国防省以外から見ればそうではないのです」
「まだ無駄があると」
「はい。だからこそ保守派が問題にしているのです」
「ふむ」
それを聞いて腕を組んで考え込んだ。
「そういうものか。軍人と文民の視点の違いか」
「長官は文民であっても軍人出身ですから。考え方が軍人のものなのです」
「それは認める」
「はい」
「だからこそ悩むな。私の組んだ予算でも無駄が多いのか」
「具体的なことは保守派の出してきたファイルにありますが」
「これだな」
手許にあるディスクを取り出した。
「ここに全てが書かれている」
「保守派の主張では」
なお八条は改革派である。キロモトもそうである。今の中央政府は改革派の政権なのである。
「とりあえず見てみるか。それから考えよう」
「はい」
八条はディスクを自分のノートパソコンに入れた。そしてファイルを開いた。そこには実に細かいデータが如実に書かれていた。
「成程な」
八条はそれを見てまずは一言発した。
「彼等も勉強している」
「ですね」
木口はそれを端から覗き込んでいた。それから八条に答えた。
「彼等とて軍事に無知というわけではないですから。軍人出身もいますし」
「だからこそか。よく見ている」
八条はとりわけ予算に関する資料を見ていた。そこには彼の組んだ予算と保守派の主張する無駄、そして彼等の予算案までが書かれていた。
「一理はあるな」
それを見た八条の言葉であった。
「よく勉強している」
「ですね」
木口も同じ意見であった。
「参考になる。確かに軍人の視点だけでは何かと問題もあるな」
「どうしても専門的になりがちですからね」
「ああ」
軍人の欠点の一つとして知識が専門的になり易いということであろうか。その為にヴィジョンが狭くなってしまうのだ。軍人という職業を考えると致し方ないがそれを防ぐ為にも将兵の教育につとに広範囲な知識と見方が要求されているのである。だがこれは容易ではない。
八条はかなり広い視野と見識を持っていることで知られているがそれでも限界があったようである。少なくとも彼自身はそう感じていた。
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