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第二部第三章 魔王その一
                  魔王
 モンサルヴァート達が情報を収集しているその男、メフメット=シャイターンは今サハラ北方諸国の一つブワイフ共和国にいた。
「ようこそ、ブワイフに」
 黒く装飾されたブワイフの大統領官邸で彼は大統領等政府要人達と会談していた。
「いえ、同じサハラの同胞の危機を見過ごすわけにはいきませんから」
 彼はありきたりの社交辞令で礼に応えた。
「それよりもエウロパの動きはどうなっていますか」
 低く、それでいて透明感のある声である。男らしいが何処か女性的な響きも含まれている。
「はい、それですが」
 大統領は話しはじめた。
 彼の話によるとエウロパは外交や謀略により同盟諸国の切り崩しを図っているという。既に一国同盟から切り離されようとしているという。
「動きが速いですね。もう切り離しが成功しようとしているとは」
「はい、残念なことに」
 ブワイフの要人達はうなだれて答えた。
「エウロパは昔から外交や謀略には長けておりました。だからこそ我々は彼等の進出を許してしまったのです」
「先のアガデスもそれにより倒されてしまったようですね」
「はい」
 アガデス滅亡の件はシャイターンもよく知っていた。
「エウロパは一千年以上前にアラブを侵略した時から謀略を得手としてきました」
 これはそのアラブの民を祖先とする彼等サハラの者にとっては忌々しい歴史であった。
「哀しいことに我々は今もそれに悩まされております」
 シャイターンの言葉は何処か宗教家めいていた。
(やはり大司教の息子であることはあるな)
 要人達の中の一人がそう思った。だがそれを口には出さなかった。
「しかしそうした屈辱の歴史も終わる時が来たのです」
 彼は厳かな口調で言った。
「今彼等を打ち破れば我等は再び我等の地に住むことが出来るのです」
 あえて誇張して言った。
「その為にはまずこの戦いに勝たなければなりません」
 ここで彼はブワイフの要人達の目を見回した。
「その為に何を為すべきか・・・・・・」
 言葉を一旦区切った。
「おわかりですね?」
「はい」
 彼等はまるで催眠術にかかったような様子で答えた。そしてこの会談によりブワイフは今回の作戦の全権を彼に委託することとした。

「ブワイフはこれでよし」
 ブワイフの港に泊めてあるシャイターンの旗艦イズライールの個室に彼はいた。
 見ればかなり大型の艦である。外装は漆黒でありながら豪奢であり一見軍艦とは思えない。だがその装備は重厚でありサハラの他の艦よりも遥かに重装備である。
 またエンジンがかなり大きい。それから見るにこの艦が攻撃力と機動力に秀でた艦であるということがわかる。
 彼の部屋は豪華な装飾で飾られていた。まるでオスマン=トルコのスルタン=カリフの部屋のようである。
 所々に宝玉がありベッドは絹の天幕である。椅子もテーブルも極めて高価なもので彼が手に持つ杯は水晶である。
 彼はそこで絹の服に身を包んでいた。軍服も似合うがこうした装飾の多い服も似合っている。
「あの国を抑えれば他の国も順調にいく。諸国の軍事を全て手中に収めるのはここ数日で出来るな」
 彼は杯をテーブルに置いて言った。そこに紅のワインが注ぎ込まれる。
「ご苦労」
 彼はそこにいる侍女の一人に声をかけた。
「エウロパを破れば私の名はさらに上がる。それからここに居つくのも悪くはない。いや」
 ここで彼はニヤリ、と笑った。
「ここに私の勢力を築いておくとこれからがやり易いな」
 まるで魔界の覇者の様な顔であった。整ったマスクにえもいわれぬ邪悪さが差し込んだ。
「閣下」
 不意に扉を叩く音がした。
「入れ」
 彼は部屋に入るよう言った。一人の少年兵が入って来た。
「ハルシーク様がお話したいことがると来ておられますが」
「そうか」
 彼はその言葉に頷いた。
「すぐに行こう。服を持て」
「はい」
 彼は侍女に服を着替えさせた。そして軍服に身を包むと少年兵に案内され艦の作戦室に向かった。
「よく来てくれた」
 彼はそこに立つ壮年の男を見て微笑んだ。
「はい」
 そこにいたのは鋭利な顔立ちのやや小柄な男であった。シャイターンと同じ軍服を着ているがマントは羽織っていない。彼はトゥース=ハルシークという。シャイターンの傭兵隊の最古参の一人であり彼の知恵袋でもある。
「まあ座れ。お茶でも飲みながらゆっくりと話そう」
「わかりました」
 シャイターンが席に着くのを確認してハルシークも席に着いた。シャイターンは席に着くと少年兵に向けて指を鳴らした。彼はそれに対して頷きその場を後にした。暫くしてコーヒーとお茶菓子を持って来た。
 コーヒーはブラックであった。砂糖は入れない。お茶菓子はチョコレート菓子である。ケーキに似ているが少し違う。何処かクッキーを思わせる。
「甘いものは好きだったな」
「はい」
 ハルシークは答えた。そしてシャイターンがコーヒーを口にしたのを見て自分もコーヒーを口にした。
「美味いな」
 シャイターンはコーヒーを口にして少年兵に対して言った。
「有り難うございます」
 彼は嬉しそうに頷いた。
「菓子もいい。ただし砂糖はもう少し控えてくれ」
「わかりました」
 彼はそれには少し残念そうに頷いた。
「折角チョコレートを使っているのだ。砂糖よりそちらを上手く使った方がいい」
「はい」
 彼の味覚はかなり鋭いようだ。しかも舌もかなり肥えている。
「こういったことも経験だ。よく学ぶがいい」
「はい」
 少年兵は敬礼した。そしてその場に控えた。
「いい。下がってくれ」
 シャイターンは彼を退かせた。そして部屋にハルシークと二人だけになった。
「さて、と」
 彼はコーヒーを再び一口口に含んだ後口を開いた。
「エウロパの動きはどうなっている」
「ハッ、それですが」
 ハルシークは主に促され話をはじめた。
「今は外交及び謀略に重点を置いているようです」
「そしてそれが既に功を奏してきている、と」
「はい。一国既に同盟から離脱しようとしております」
「マヤムーク王国だな」
「そうです」
 マヤムーク王国はサハラ北方の国の一つである。これといって特徴のない小国である。
「規模としてはそんなに大きくはないが」
「一国でも同盟から離脱されると士気に大きく関わります」
「問題はそこだ。彼等を繋ぎ止めるなり大人しくさせるなりしなければならないが」
「それにはこちらも謀略を使うのがよろしいかと」
「いつものようにだな」
 シャイターンはその言葉にニヤリ、と笑った。
「そうです。ではいつものようにやってよろしいですな」
「うむ。誰にも悟られぬようにな」
「それはお任せ下さい。慣れております故」
 ハルシークは悪魔の様な笑みを浮かべて答えた。
「ではすみやかに頼むぞ」
「わかりました」
 こうして二人は会議室を後にした。後日マヤムークの親エウロパ派の要人達が会食をしているレストランが謎の爆発により崩壊した。これによりエウロパと関係の深かったマヤムークの要人達は一掃された。
 シャイターンの動きは速かった。彼はすぐにマヤムークに向かい国王と会談し今回の作戦における統帥権を譲り受けた。これによりマヤムークの兵権は全て彼の手に握られることとなった。
「マヤムークはこれでよし」
 国王との会談を終えた彼はマヤムークで最も知られる高級ホテルのロイヤルスイートルームで昼食を摂った。
 見ればかなり豪勢な料理ばかりである。マヤムークでしか獲れないかなり貴重な魚や動物を希少価値の香辛料で味付けしている。そしてそれが数十品も並んでいる。
 その後ろに六人の将校達が並んでいる。階級は傭兵隊はそれぞれ独自の階級章を使用しているがシャイターンの隊ではそれは中佐をあらわすものである。
 彼等は皆屈強な身体つきをしている。だがそれよりも目を引くのは彼等が黒い鉄の仮面を被っていることである。
 シャイターンは彼等を後ろに従えたうえで悠然と食事を摂っている。そしてその前にはハルシークが控えている。
「はい、これで二ヶ国の兵権が閣下の手に入りましたな」
 ハルシークは立っていた。そして頭を垂れて言った。
「そうだな。だがこれだけではまだ不十分だ」
 彼は漆黒に近い赤の葡萄酒を口に含んで言った。
「全ての国の権限を私に集めなければな。この戦いは勝てぬ」
「その通りです」
 明確なリーダーを設けずしては勝てぬ。戦争における鉄則の一つである。
「そしてエウロパに勝つ。全てはそれからはじまる」
「というといよいよですな」
「そうだ、今まではしがない傭兵隊長に過ぎなかったがな。これから私の野望が現実となるのだ」
 彼は凄みのある笑みを浮かべた。その整った顔がまるで悪魔のそれのようになる。
「期待しております」
「うむ、このサハラが統べるに相応しい者に統べられる。今まで長きに渡って誰も為し得なかったことだがな」
 彼は笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「サハラ統一、それが遂に達成されるのだ、この私の手でな」
「はい、これでもう我々はエウロパや連合の後塵をきすることもありません」
 エウロパには侵略を受け連合からは下に見られている。彼等はそれを内心屈辱に思っていたのだ。
「そうだ、そしてここに私は我が理想国家を築き上げる。その為には・・・・・・わかっているな」
「はい。このハルシーク、その為には全てを捧げましょう」
 暫くしてサハラ北方諸国の兵権はシャイターンの手に握られることとなった。彼はそれを以ってまずは内部に潜伏しているエウロパの工作員達を炙り出した。
「かなりの被害が出ているようだな」
 それはエウロパ軍の上層部にも伝わっていた。モンサルヴァートはプロコフィエフに対して言った。
「はい、同盟諸国の兵権があの男のものになってからかなりの損害が出ております」
 彼女はその古代ギリシア彫刻のような官能的な顔を深刻なものにさせて言った。
「シャイターンによってか。どうやら謀略に強いというのは本当のようだな」
「はい。外交官達の周りにも不審な人物が動いているという報告があります。中には暗殺された者も出ております」
「そうか。外交官がそうだと工作員はより深刻な事態に陥っているのだろうな」
「既に各国で捕まる者や消息を絶った者が続出しております。内部に作り上げた諜報網もかなりの損害を受けております」
「壊滅と言っていいな」
「残念ながら。如何いたしましょう」
「諜報網まで損害を受けてはな。ここは退く方がいいだろう」
「撤収ですか」
「致し方あるまい。これ以上の工作はかえって危険だ」
「わかりました。それでは退かせるとしましょう」
「頼む。以後作戦を切り替える必要があるな」
「残念なことですが」
 こうしてエウロパの作戦は大きく軌道修正されることとなった。彼等は事前の外交や謀略活動を打ち切りそのままオーソドックスな侵攻作戦に移ることとなった。
「問題は何処から攻めるかだが」
 モンサルヴァートは提督や参謀達を集めて話をしていた。
「私はサンドリム連合から攻めるべきだと考えます」
 プロコフィエフが提案した。
「サンドリムからか」
 モンサルヴァートも提督達もそれを聞いて頷いた。
「確かにな。あの国は北方諸国の中では最も地形が平坦だ」
「ブラックホールも赤色巨星も少ないですし。それに北方を攻略していくには格好の拠点候補もありますしな」
「エマムルドだな、あの星系は物資の集積地だしな」
 提督達は口々に言った。
「閣下はどうお考えですか?」
 そして彼等はモンサルヴァートに対して問うた。
「サンドリムか」
 彼はまず地図を一瞥した。
「攻めるにあたってはここが最もいいだろう。エマムルドを陥落させることができたならばそこを拠点にして作戦を容易に進めることができるしな」
 彼は地図を机の上に戻した。
「しかし敵もそれは読んでいるだろう。おそらくこの星系に戦力を集結させてくるぞ」
「そこを叩けばいいのです。彼等の兵力は我々のそれより少ないですし一度勝利を収めれば以後の作戦がより楽になりますよ」
「確かにな」
 彼はベルガンサの言葉に頷いた。
「ではまずはエマムルドを陥落させよう。そしてそれからはそこを足掛かりとして同盟諸国を各個撃破していく。それでいいな」
「ハッ!」
 提督も参謀達も一斉に敬礼した。こうしてエウロパの作戦行動は決定した。
 彼等はすぐに作戦行動に移った。モンサルヴァート率いる艦隊がサンドリムに侵攻してきた。
 その報告はすぐにシャイターンにも伝わった。彼はその時既にエマムルド星系にいた。
「そうか、やはりサンドリムに来たか」
 彼もエウロパの動きは読んでいた。そして既にこの星系に主力艦隊と共に駐留していたのだ。
「規模はどの程度だ?」
 彼は傍らにいる同盟諸国の情報参謀の一人に対して問うた。
「ハッ」
 参謀は彼が所属する国の敬礼をした。
(これもすぐに統一しなければいけないな)
 シャイターンは密かに思ったが口にはしなかった。
「規模にして六個艦隊程のようです。そしてその後方に多数の揚陸艦が確認されております」
「そうか、明らかにこのエマムルドに侵攻してくるつもりだな」
 シャイターンはそれを聞いて言った。
「敵の指揮官はわかるか」
「モンサルヴァート司令自ら出撃しております」
「何っ、彼自らか」
「はい、旗艦リェンツィも確認されております故」
「そうか、彼自ら来たか」
 彼はそれを聞いてほくそ笑んだ。
「諸君、どうやらこのサハラ北方を完全に我々の手に取り戻す時が来たようだぞ」
 彼は艦橋にいる者全てに対して言った。
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