第十一部第四章 軍規その八
「だからこそ戦いのことも念頭に置いていたのでしょうね」
「そうだったのですか」
「案外幕府の側としては鎖国しているという意識はなかったのかも知れません。単に渡航を制限して貿易港を限っていただけで」
「そうした考え方もありますね」
実際その当時の日本人にとっては鎖国はどうでもいいことだったのかも知れない。彼等は日本国内で満足していたのであろう。自給自足が可能であったし旅行も国内で大いに発達した。
「案外日本人というものはしたたかですから」
理知的な兵士はこう言ったがこれは連合においてはかなり一般的な評価であった。日本人は温厚だが柳の様にしなやかで粘り強い。中央政府に極めて忠実であるが時としてその中央政府を錦の御旗にして他の国に対抗したりもする。こうしたところがそう評価されているのだ。
「案外そうかも知れませんね」
「まあ日本人のことまでは知りませんが」
子爵はそう答えながら言葉を続けた。
「しかし当時の日本が欧州と交流があったことはおわかりになられましたね」
「はい」
「歴史というものは面白いものです。色々なところから学ことができるのですから」
「ところで子爵」
理知的な兵士は彼に尋ねてきた。
「何でしょうか」
「かなりの知識と教養がおありのようですが普段は何をしておられます」
「何といわれましても」
彼は笑いながらそれに答えた。
「一族で経営している出版社の株主をしておりますよ」
「そうですか」
「他にも執筆なぞを。まあこれは手慰みです」
「いえいえ、そうではないと思いますよ」
理知的な兵士は彼の謙遜をそう言って否定した。
「かなりの学識を見受けられますよ」
「それは貴方も」
子爵も彼に対してそう返した。
「任期が終わられたら大学に入られるのでしたね」
「ええ」
「大成されることをお祈りしますよ。本来ならばこう言ってはいけないのですが」
「お互いにね」
兵士はそう言って苦笑した。彼等が敵同士であることには変わりがないのだ。連合軍はエウロパの市民達と積極的に交流を行ってはいるが。
「ですが貴方は大学で大成されることと思います
「そうなるように努力します」
「おい」
ここで呼び掛ける声がした。将校の黒と金の軍服を着た男が連合軍の将兵に声をかけてきていた。見れば連合軍の大尉であった。
「補給長」
どうやら彼等の艦の補給長であるらしい。
「そろそろ時間だぞ」
「えっ、もうですか」
彼等はそれを聞いて驚きの声をあげた。艦に戻る時間のようだ。
「ああ。そこの子爵殿に挨拶して艦に戻ろう」
「わかりました。では子爵」
「はい」
彼等は子爵と向かい合った。補給長の大尉が一番前に出た。そして彼が言った。
「これで失礼します」
敬礼した。子爵もそれに返礼した。こうして彼等は子爵と別れた。
後にこの子爵はエウロパのアカデミーにおいて名を知られるようになる。その優れた学識と教養でエウロパ屈指の学者とさえ言われるようになった。
兵士は大学に進み学校の教師となった。そして校長になり多くの生徒に慕われるのであった。シュタイナー子爵とメッケン先生の若き日の交流であった。
連合軍はそうしたのどかな場面をも抱えながら戦いを着々と進めていた。そして遂にホズにまであと僅かの距離にまで迫ったのであった。
「ホズ星系の防衛はどうなっているか」
ホズに近付くとマクレーンは参謀達にそう尋ねた。
「ハッ」
参謀達は敬礼をした後で彼に答えた。
「コロニーレーザー等を多数配置し我々の侵攻に備えているようです」
「そうか」
「それも全軍を以って。先頭には竜騎士団の姿も確認されております」
「竜騎士団、彼等のことか」
マクレーンはそれを聞いて頷いた。
「彼等も前線に出ているのか。アルテミスの時と同じように」
「アルテミスの時彼等は目立った働きをしておりませんでしたが」
「だからといって今回もそうだとは限らない」
マクレーンの言葉は厳しいものであった。
「彼等はエウロパ軍の精鋭として知られている。油断してはならない」
「はい」
「警戒を怠らぬようにな」
「わかりました」
「しかし」
だがここで参謀総長である劉が話に入ってきた。ゆっくりとした動作であった。
「彼等が出て来ているということはエウロパ軍は彼等をそれだけ信頼しているということです」
「ですね」
参謀達はそれに応えながら不思議に思った。今頃言うことではないからである。
「そう、彼等に頼っている」
「それが何か」
参謀の一人が焦れたのか彼に尋ねてきた。
「何かあるのでしょうか」
「ないと言えば嘘になるな」
劉はそれに対して謎めいた笑みを返した。
「それではそれを御聞きしたいですね」
マクレーンも笑った。そして劉に対して問うてきた。
「彼等は騎士団を頼りにしています。戦力として」
「はい」
「ならば彼等とは戦ってはこちらの損害が増えます。それを避けていきましょう」
「ふむ」
マクレーンはそれを聞いてまた頷いた。
「それではそうしますか」
「はい」
劉もまた頷いた。
「ホズ星系の戦いは強敵を避けていくべきだと思います」
「わかりました。ではそれでいきましょう」
「はい。それでは」
こうして連合軍の次の戦いの方針が決定した。彼等はその主力をホズに向けてきた。シュヴァルツブルグはそれを受けて彼等を待っていた。
「遂に来るか」
「いよいよですな」
シュヴァルツブルグはこの時旗艦であるワレンシュタインの会議室にいた。そこには各騎士団の団長達が集まっていた。軍議を開いているところで敵の動きに関する報告を受けたのだ。これにダムが声をかけてきたのだ。
「うむ」
シュヴァルツブルグはそれに頷いた。
「既に用意はできている。行くぞ」
「ハッ」
騎士団の長達が一斉に敬礼した。
「ここに北と南の軍が来るまで持ち堪える」
「そして再び決戦を」
「その為にも・・・・・・頼むぞ」
「お任せ下さい」
彼等は口々に誓いの言葉を述べた。
彼等も戦いの配置に着いた。そして迫り来る連合軍を待ち受けた。盲目の神を巡る戦いの火蓋が今切られようとしているのであった。
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