第十部第五章 攻勢その九
「進撃命令か」
「はい」
航海長はそれに頷いた。
「敵を追えとのことです」
「そうか」
グータルズはそれを聞いてその目の光を鋭くさせた。
「今が好機ということか。だがそれはどうかな」
「といいますと」
「今までエウロパ軍は敗北続きだったな」
「はい」
「そろそろ策を弄してくる頃だと思う。この退却には何かがある」
「我々を誘い込んでいるということでしょうか」
「あくまで可能性だがな」
そう答えながらも目の光は鋭いままであった。
「しかしこれは戦いの常道ではある」
「はい」
「これに対して我が軍の上層部はどう考えているかだな」
「我々を捨石にした作戦を考えているのかも知れません」
「有り得るな」
彼はそう考えていた。
「我々は所詮正規軍ではない」
「はい」
「連合の中でも余所者だ。言うならば惜しくはない者達だ」
「だからこそ常に最前線にいるのでしょうね」
「武勲をあげるにはいいがな。だがそれもまた事実だな」
「はい」
これは他ならぬ彼等自身が最もよくわかっていることであった。グータルズも航海長も頷き合った。そのうえで話を続けた。
「だが捨石にするのならばここではないだろう」
「そうでしょうか」
「我が軍の最終目的地は何処だ」
彼は航海長に対してそう問うてきた。
「わかっているか」
「はい」
航海長もそれはよくわかっていた。確かな顔で頷く。
「オリンポスでございます」
「その通りだ。あそここそが最後の目標だ。陥落させるまでに戦争が終わるかも知れないがな」
「はい」
「やるとしたらその時だな。我々を捨石にするのは」
「そういえばニーベルングを陥落させる時も我々を温存しましたね」
「彼等にとって我々はそうした存在だ」
グータルズは醒めた声でそう述べた。
「そうした存在とは」
「強力な戦力だ。正規軍を温存できる程強力な、な。常に危険な場所にいるな」
「ええ」
「そういうことだ。所詮は我々はていのいい駒だ。だがな」
彼はここで目の光をさらに鋭くさせた。
「単なる駒で終わってもいけないがな。いずれ掴むべきものを掴むぞ」
「安住の地ですか」
「サハラに帰りたいか。そこにならあるぞ」
「かってはそう思っていました」
彼はニヤリと笑ってそう答えた。
「かっては」
「ほう」
グータルズはそれを聞いて目の光を変えた。何かを探る目となった。
「では今はどう考えているのだ」
「国を作りたいですね、連合に。我々の国を」
「悪くはないな」
「そう思われますか。そしてそこで全く新しい国を作りたいです」
「同感だ。俺もかってはサハラに帰りたいと思っていた」
彼はこの時銀河の彼方を見据えていた。そこには彼等の故郷も見えている筈である。
「何といっても我々の故郷だからな」
「はい」
「しかし今は違う」
そして次にこう述べた。
「連合が気に入った。皮肉なものだな」
「難民でありながら」
「今ではここにいたい。こう思っているのは俺だけかな」
「私もです」
彼はにこやかに笑ってグータルズに対してそう述べた。
「連合に愛着を感じますね。それなりに長い間いますし」
「そうだな」
グータルズもまた連合に着いて長い時間を経ている。身の周りのものは全て連合のものとなっている程である。
「住めば都というが。本当だな」
「ええ」
「ここにいたい。そして国を作りたい。その為には」
銀河を見据えるその目が決した。
「勝つぞ。そして生きる。全てはそれからだ」
「はい」
「前へ進め」
彼は指示を下した。
「目の前の敵は全て蹴散らせ。一隻も残さずな」
「ハッ!」
艦橋のクルー達が皆頷く。こうしてアブラヒムは全速で進みはじめた。
アブラヒムだけではなかった。他の義勇軍の艦艇も前進していた。その中心には漆黒の巨大戦艦があった。そこにマシュハドがいた。彼は艦橋において敵の動きを冷静に見据えていた。
「妙だな」
それを見て一言そう言った。
「おかしな動きをしている」
「はい」
隣に控えるワフラがそれに同意した。
「何かありますな」
「うむ」
これはグータルズと同じ見方であった。だがグータルズが直感によりそれを見抜いた感があるのに対してマシュハドは歴戦の経験によりそれを見ていた。どちらが優れているかはこの際問題ではない。
「おそらく我々の攻撃臨海点で来るな」
「でしょうね。それには用心しておきますか」
「マクレーン司令はどう思っておられるかな。それに劉参謀総長も」
「それですね。どうやら正規軍には話がいっているようですが」
「こちらには何もなしか。と思っているだろう」
「違うのですか」
「二人から聞いている。それは安心してくれ」
「ならいいですけれどね」
ワフラはそれを聞いて安心した。
「敵は後手打ちを狙っているようだな」
「日本の剣道のあれでしょうか」
敵の動きの後で攻撃を仕掛けるというものである。剣道の極意的な技の一つとさえ言われている。
「日本の武道については詳しくはないのですが」
「あれではない」
マシュハドはそう言って再び安心させた。
「二十世紀の東部戦線のあれだ」
「マンシュタインの」
それは彼も知っていた。
「あれを狙っているというのですか」
「おそらくな」
彼はそう答えた。
「我々を攻めさせ、その攻撃の臨界点で反撃に転じるつもりらしいな」
「戦力に劣る彼等にしてみればうってつけの戦法ですね」
「そうだろう。だがそれは敵に手の内を読まれていなくてはじめて有効だ」
「ですね」
これは全ての作戦に言えることであるが。
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