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第十部第一章 神々の銀河その三
 正義とは複数あるものである。また悪も複数あるものだ。人それぞれの正義があり悪がある。そして自らに敵対する者が悪とみなされる場合が多い。それが世界であった。 
 それを踏まえて悪魔達を見る。とりわけミルトンの失楽園が検証された。これはアダムとイブが楽園を追われた話である。しかし実際はサタンが主役といってもいいものである。この中でサタンは蛇に化け人間に林檎を食べさせる。知恵の実だ。これが問題なのである。
「サタンは人類に知恵と自分で考えることを教えたのではないのか」
 ある者がこう考えたのである。それは文明のはじまりに他ならなかった。
「それならばサタンはギリシア神話でいうプロメテウス、アステカでいうケツアルカトルと同じだ」
 ケツアルカトルとはアステカの神の一人である。知恵や農耕を司り、翼を持った白い蛇の姿で描かれる。時には長い髭を生やした白い肌の男になる時もある。その者は最初にこう考えたのである。
 彼の名はイサム=アリトウ。日系アメリカ人であった。彼はプロテスタントの牧師であったが神について考えるうちにそうした考えに至ったのであった。
 それから彼はさらに悪魔に対して研究を続けた。そして遂にキリスト教とは異なる結論に達した。それは悪魔とは単に異なる立場の神なのだ、と。それが彼の結論であった。
 すなわち彼等は神なのだ。そして彼等の考えもまた正義なのである。彼等の価値観や考え方も実際はキリスト教の神と同じものであり立場が違うだけだ。そして何よりも人類に知恵を与えた。つまり今の人類はサタンがいなくては何もならなかったのだ。彼はそう考えたのだ。
 それから彼は牧師を辞し、キリスト教の信仰を捨てた。自らの考えがキリスト教のそれとは大きく離れていることを自覚したからに他にならなかったからだ。そして彼は新たに宗教を起こした。これを異神教という。連合においてはそれなりの勢力を持つ宗教団体である。教義自体は友愛や知恵を尊ぶものであり他の宗教の価値観とは変わりはしない。これは失楽園等におけるサタンや悪魔達があまりに人間的であり、かつ勇敢で信念を持って行動しているからであった。彼等もまた善なのである。
 最高神はサタンである。彼は知恵の神であり神々のリーダーとされる。そしてその下に同志達が揃っている。彼等は翼を持つ美男子達でそれぞれの責務を担っている。皆勇敢であり正義感が強い。そして人間に対して正面から向かい合う神々であった。
「連合だからこそ生まれた宗教だ」
 ある者が異神教を評してこう言った。その通りであった。様々な価値観が存在する連合だからこそ生まれた宗教であった。キリスト教原理主義者からは嫌われていたが大筋において間違ってはいないので連合の宗教として認められた。バチカンも彼等に対しては何も言わなかった。それはアリトウがキリスト教から離れることを宣言していた為異端と定義もできずまた確かにそういう解釈も可能だと心の中でわかっていたからだ。だが彼等は決して異神教とは交じろうとはしなかった。これは仕方のないことであった。
 彼等もまた連合の神々の中にあった。現にティアマト級巨大戦艦に名付けられてもいる。サタンやベルゼブブ、ベリアル、アスモデウス、モロク、アモンといった神々の名が冠されている。しかしこれに少し疑問を呈する宗教学者も存在するのが連合の複雑なところであった。
「そもそもベルゼブブはバール神であった筈だが」
 フェニキアの豊穣神である。連合にはフェニキア人の国も存在しており彼等の神もまた存在しているのである。フェニキア人だけでなく他の国の人々にも彼等は信仰されている。バールもその一人であり連合においてはよく知られている神の一人でもあった。それをふまえて言ったのだ。これは事実でありベルゼブブは元々はこのバール神であったのである。キリスト教が彼を悪魔にしていたのだ。
「そういえばそうだな」
 それに他の学者も頷いた。またアモンやモロクもそうであった。アスモデウスも同じである。ベリアルやサタンといったルーツが天使である異神教の神の方が少なかった。しかもこの異神教においては他の悪魔達まで信仰の対象とされていた。ソロモン王のレメゲトンに書かれている七十二柱の魔神達がそれである。ここではミルトンだけでなくソロモンの系列の悪魔学までが混同していた。アスタロトは科学の、ベールは剣の神である。なおベリアルは炎の、アスモデウスは芸能の、モロクは力の、そしてアモンは金の神とそれぞれ位置すけられている。ベルゼブブは豊穣の神だ。なおベールが剣、即ち武術の神であるのは彼が魔界においては随一の剣の達人であるとされていたからである。これがさらに話を複雑にさせた。
「ベルゼブブとバールは元々同じ神なのだしどちからの名の艦はなくてもよいのではないのか」
 その宗教学者はそうした考えを述べたのであった。これが軍の上の方にも届いたのだ。この宗教学者の名をベリサル=コワッカという。チャド人であり宗教的にはアニミズムに位置している。精霊の信仰者であった。こうしたキリスト教やメソポタミアの神々についての専門家であった。自身の宗教とは離れているだけにそうした客観的な意見となったのであった。また彼は言った。
「それにアスタロトもまた元の姿はイシュタルであった。これはイシスもそうだが」
 エジプトの女神であるイシスにも言及した。これは事実でありアスタロトもイシスも元の姿はイシュタルであったのだ。イシュタルがエジプトに入りイシスとなり、キリスト教に悪魔であるアスタロトとされたのだ。キリスト教においては男になっており性別まで変わっていたが。
「また剣の神ベールもまたベルゼブブと同じであった筈だ」
 これも事実であった。ベールはキリスト教においては蜘蛛の身体に人、猫、蛙の三つの顔を持つ異様な姿の悪魔として描かれている。だが異神教においては剣を持つ年老いた天使となっている。宗教が異なれば姿も変わるのであった。
「ベールもまたどうか」
 これに対して異神教の方から反論があった。既にイサム=アリトウはこの世を去り数百年が経っており今は当然ながら別の者が代表となっていた。マサモ=イブランというニジェール出身の男であり白い肌に黒人の短い髪を持っていた。その髪をさらにアフロにしていた為アフロの宗教家と呼ばれ親しまれていた。彼はコワッカに対して反論した。
「そのことは知っている」
 と。まずはそう前置きした。
「だが最早異なる神になっている」
 次にこう述べた。彼は主張した。
「神話においてそうしたことは多々見られる。ギリシアのアフロディーテもそうであった」
 ヴェーヌスとも呼ばれ古来より人気のあったこの神もまたそのルーツはフェニキア、バビロニアの金星と愛の女神イシュタルにあったのだ。彼はそれについてまず言及したのだ。
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