第九部第五章 戦いの意義その十五
(むっ)
見れば彼と同じ程の歳である。それでここまでの重みのある言葉を出せるとは。それが不思議ですらあった。
「我々は市民に銃を向けることは決してありません」
「決して、ですか」
「はい。例えそれがエウロパの市民であってもです。それは軍人のすることではありません」
「軍人の、ですか」
「はい」
「少し妙なことですね」
モンサルヴァートはややシニカルにそう返した。
「といいますと」
「軍人というのは敵を倒すものです」
「ええ」
それは八条も同じ考えであった。
「我々は敵です。それをどうして助けられるというのでしょうか」
「それは先程申し上げた通りです」
八条はそう返した。
「彼等は我々にとって敵ではないからです。武器を持っておりませんから」
「それでは市民は敵ではないと」
「はい。我々の敵はあくまで貴方達エウロパの軍人だけです」
そしてそう言い切った。
「市民は最初から攻撃の対象とは考えていないのです」
「そうだったのですか」
「はい」
八条は答えた。ここでモンサルヴァートはあることに気付いた。
それは八条の使っている言葉である。それは流暢なラテン語であった。
流暢なだけではない。実に丁寧な表現であった。そこからは気品や優雅さも感じられた。
(ふむ)
彼はそれを聞きながら思った。
(連合にもこうした者がいたのか)
それは彼にとっては意外なことであった。彼は今まで連合といえば粗雑なイメージがあったのだ。これは連合の多様性と表裏一体と言えるものであり確かに連合にはそうした印象が強い。だがそれはあくまで一面的なものではある。だが彼にとってはそれが連合に抱いている第一の印象であった。
だからこそ八条のような者は意外であった。何故なら彼はどちらかというとモンサルヴァート達連合の貴族に近いものも感じるからだ。
だがそれだけではなかった。やはりそこには連合の者の空気があった。八条は連合の香りの中に微かにエウロパの貴族に似たものを漂わせた、そんな男であるように感じられた。
(確か日本の由緒正しい家に生まれたそうだな)
それは当たっていた。八条は日本の名家の出身である。だがそれを鼻にかけるところはなかった。ごく自然な姿であった。それがまた彼の魅力でもあるのだ。
「長官」
モンサルヴァートは彼に対して言った。
「何でしょうか」
「市民に対しては感謝致します」
「はい」
「彼等の安全を保障するという貴方達の武人としての心意気は深く感じ入りました。それは本当に深く感謝致します」
まずはそう礼を述べた。
「これは総督府の全ての市民が安全な場所に避難するまで続けます。ですから御安心下さい」
「はい」
今度はモンサルヴァートが頷いた。
「しかし」
だがここで彼は突っ込みを入れた。
「それだけではないでしょう」
「といいますと」
「いえ」
ここで一呼吸置いた。
「我々は交戦中である。これは揺るがしようのない事実です」
「はい」
「それ故に。貴方達は我々に何かしらの見返りを欲しているのではないか、と思いまして」
「見返りですか」
「はい。違いますか」
そう言いながらモンサルヴァートを直視した。彼の反応を待った。
「ふむ」
八条は少し間を置いてから答えた。
「モントローズ要塞ですが」
「はい」
「市民達が全員避難した後に譲り受けたいのですが」
「モントローズをですか」
「ええ」
八条はにこやかに笑ってそう答えた。
「宜しいでしょうか」
「・・・・・・・・・」
これにはエウロパの全ての者が沈黙した。連合が全くの善意で市民の安全を保障しているとは流石に誰も考えてはいなかった。だがそれは彼等にとってはあまりに大きな取引材料であった。
「ただ一つ述べさせてもらいます」
ここで八条はまた言った。
「エウロパの市民の安全はこれまで通り保障します。それは御安心下さい」
「そうですか」
これは八条の本心であった。だがそれと同時に彼はこの言葉がこうした場合圧力にもなるということがわかっていた。暗に市民を人質にとっているということになるからだ。これも計算のうちであった。
「そのうえでお話をしたいのです」
「わかりました」
エウロパの者達は頷きながらも内心では警戒を強めていた。
「それで」
「お待ち下さい」
八条の言葉を遮るようにしてモンサルヴァートが言った。彼はここで反撃に転じることにしたのだ。
「モントローズのことですが」
「はい」
「それは割譲ということでしょうか」
「割譲ですか」
「はい」
その目は八条を見据えていた。一歩も退くつもりはなかった。
「違いますか」
「それは違います」
八条はそれに対してそう答えた。
「違うのですか」
「はい。言うならば一時占拠です。戦いが終わるまでの」
「ではモントローズは貴方達の領土ではない、と」
「ええ。従ってそこにいる市民に対しても危害を加えないことを約束します」
モントローズ要塞にも市民達はいる。将兵を相手にした商いを扱っている者達や将兵の家族達である。彼等の数もかなりのものになるのだ。
「そして貴方達に対しても」
「我々に対しても、ですか」
「はい」
八条はそう答えた。
「モントローズは平和裏に占拠させてもらいあちのですが。宜しいでしょうか」
そう語る八条の顔を見た。やはり邪な気配はなかった。モンサルヴァートはそれを見ながら考えていた。
「暫く時間を頂きたいのですが。宜しいでしょうか」
「勿論です」
八条はその申し出を快諾した。
「よく御考え下さい。よい決断をお待ちしておりますよ」
「わかりました」
彼はそう答えて頷いた。
「それではこちらの艦に一時戻らせて頂きます。それも宜しいでしょうか」
「ええ」
八条はそれも認めた。
「どうぞ。我々は何時でもお待ちしておりますよ」
「はい」
こうして会談は一時休会となった。そしてモンサルヴァート達はリェンツィに戻った。モンサルヴァートは艦に戻るとすぐに司令室に同席していた将官達を入れて話をはじめた。
「先程の交渉のことだが」
「はい」
彼等はそれに頷いて答えた。
「モントローズを要求してきた。これについてはどう思うか」
「予想通りではないかと思います」
プロコフィエフがそう答えた。
「予想通りか」
「はい。彼等も戦争をしております。それだけのものを要求するのも当然ではないかと思います」
「当然か。確かにな」
モンサルヴァートはその言葉に見るべきものを見出していた。
「その通りだ。だがそう易々とモントローズを明け渡すわけにもいかない」
モントローズは南方の要衝である。ここを失うということをエウロパにとって南方での戦いにおいて敗北したということを意味しているのだ。それだけは認めるわけにはいかなかった。
「我が軍の威信に関わることだからな」
「はい」
それは皆わかっていた。だからこそ退くわけにはいかなかったのだ。
「要塞を守り抜く自信はある」
モンサルヴァートはここでこう述べた。
「敵の兵力がどれだけあろうとな。だがそれだけではない」
「市民のことですか」
「そうだ。彼等のことがある。あの八条という男市民を人質にとるような男ではないと思うが」
「それでも完全に信用はできませんね。彼が敵であることに変わりはないのですから」
「そういうことだ。さて、どうするかだ」
モンサルヴァートはここでまた言った。
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