第九部第五章 戦いの意義その十二
「英語と中国語を。最初は連合の公用語はこの二つ程だったといいます」
「そうだったな、確か」
これは普及に基づいて決められた。最初はそれをもとにそれぞれの国の言葉が使われていた。だが交流が進むにつれてそうした言葉も英語と中国語に混ざったのである。なお連合の英語はアメリカ英語である。エウロパでは英語と呼んでいたが連合においては米語と呼んでいた。カナダやオーストラリアの英語とはまた違う言葉であった。所謂キングス=イングリッシュとは違い砕けており、またスラングも多い。だがかってロンドンのダウンタウンで話されていたコックニーとも全く違う。そうした独特の言葉であった。文法や単語の殆どが同じであっても発音や表現が全く異なっているのである。
この米語と中国語も融合した。そして遂には一つの言葉となった。話し手の多い日本語やロシア語も入った。こうして今の銀河語が誕生したのである。彼等にとってはこれが普通の言葉であった。エウロパのラテン語やマウリアのヒンドゥー語と同じものであった。彼等にとっては。
「それがあそこまで変わるか」
「歴史が変わるとね。そうなります」
「我々はまだ英語やドイツ語を使っているというのにな。わからないものだ」
エウロパの各言語はラテン語から派生している。だから残ったのである。
「それで今ラテン語で送ってきた。ふむ」
そう言いながら文章を読む。見ればかなり綺麗な文章である。
「連合の者のラテン語とは思えないな。いい文章だ」
モンサルヴァートはそれを見ながら呟いた。
「よく勉強している。連合にここまで見事なラテン語を書くことのできる者がいたとはな」
「そして何と書いてありますか」
アローニカが問うた。
「まあ落ち着いてくれ」
モンサルヴァートは彼を嗜めながら読み続けた。
「もうすぐ読み終わるからな」
「はい」
彼はそれを受けて気を鎮めさせた。そしてそれからすぐにモンサルヴァートはその電報を読み終えた。
「成程な」
「どのような内容でしたでしょうか」
「交渉についてだ」
彼は一言でそう述べた。
「交渉の」
「そうだ。八条長官から直々にな。停戦について交渉したいと申し出の電報だった」
「八条長官からですか」
「どうもこの電報自体が彼が直接打ったもののようだ。文章もな」
「ううむ」
エウロパの将達はそれを聞いて考え込んだ。
「敵の将自ら申し出てきたのですか」
「何かあるのでしょうか」
「いや、それはないだろう」
モンサルヴァートは企みの可能性を一蹴した。
「何かあるのならわざわざ自分の手で電報の文章まで書いたりはしない」
「はい」
「だが駆け引きはある。それも踏まえて自分の手で電報を打ったのだろう」
「駆け引きですか」
「そうだ」
モンサルヴァートは応えた。
「これが一士官が打った電報ならば問題はない」
「しかし連合中央政府の国防長官ともなれば話が違う、と」
「そういうことだ。だからこそ彼はあえて自分の手で打った」
モンサルヴァートはそう述べた。
「そういうことですか。そして交渉の場は」
「彼等の艦においてだ」
「彼等の」
「ティアマト級巨大戦艦テスカトリポカにおいて行いたいそうだ。私に対して来て欲しいと書いてある」
「閣下に」
「そうだ。見てくれ」
ここで周りの者にその電報を見せた。そこにははっきりと新ラテン語でヴォルフガング=フォン=モンサルヴァートの名が書かれていた。そして確かに彼に来るように書いてあった。
「ここに確かに書いてあるな」
「はい」
皆それを見て頷いた。
「確かに私に来て欲しいと書いてある。さて、これについてどう思うか」
あらためて問うてきた。
「どう思うか、ですか」
「そうだ。これに対してどうするべきか」
「それですが」
意見を求めてきたのである。それに対してゴドゥノフが答えようとする。だがそれよりも先にプロコフィエフが述べた。
「行かれるべきだと思います」
「参謀総長はそう思うか」
「はい。彼等も呼んだからにはそうそう無体なことはしないでしょう。ましてやそれは国防長官の直筆の電報です」
「うむ」
「何かあればそれがすぐに彼等の信用に関わります。おそらく彼等は何があっても閣下の御身を守るでしょう」
「そうか。確かにな」
モンサルヴァートはそれを聞いて頷いた。
「その通りだ。よし」
これで意を決した。
「それでは彼等の招待に応えよう。それでは行くぞ」
「はい」
まずはプロコフィエフが頷いた。そして他の者も頷いた。
「それでは参りましょう。我等も御供致します」
「有り難う。それではその間の要塞の防衛はホーリック元帥にお願いしたいですが」
「わかりました」
ホーリックはそれを受けて敬礼した。こうしてモンサルヴァートは敵陣に赴くこととなった。彼に従う多くの幕僚達が彼の周りを固め同行した。
彼は乗艦であるリェンツィに乗り込み出港した。そしてモントローズ要塞を離れ敵陣に向かった。前には星の大海を埋め尽くさんばかりの大軍が展開していた。
「ふむ」
モンサルヴァートはそれを見て目の光を変えた。
「見事な布陣だな。理に適っている」
「はい」
傍らにいたモンサルヴァートがそれに同意した。
「敵ながら見事です。寸分の隙もありません」
「確かにな。そして艦がどれも大きい。見よ」
そう言いながら目の前に映る駆逐艦を指差した。
「あれは駆逐艦だな」
「はい」
ベルガンサがそれに応える。
「我が軍の軽巡程はある。武装もなl。我が軍ではあれは駆逐艦とは言わない」
「それだけではありませんな」
アローニカが言った。
「あれは空母ですが」
「うむ」
彼は四段の独特の形をした空母を指差した。
「あれには我が軍の二倍もの艦載機が搭載されております」
「そして一度に出撃させるそうだな」
「ええ。そしてその艦載機もかなりの強さです。特に火力と防御力に秀でております」
「それは連合の艦艇にも言えます」
ゴドゥノフが述べた。
「恐ろしいまでのしぶとさです。あの駆逐艦にしろ戦艦の主砲の一撃だけでは沈みません」
「まさか」
それを聞いた幕僚の一人が驚きの声をあげた。
「嘘だと思うか」
「駆逐艦がそこまでの生存力を持っているとは」
「あれは我が軍では軽巡だな」
「はい」
「ならばわかるだろう。そういうことだ」
「むむむ」
その幕僚はそれを聞いて唸った。実際に見てみなければわからないがあの駆逐艦がエウロパにおいては到底駆逐艦とは言えるような代物ではないことはよくわかるからだ。
「砲艦やミサイル艦もあるな」
「あれの一斉攻撃には苦しめられました」
ターフェルが述べた。
「まずは巨大戦艦の攻撃とあれ等の一斉攻撃からはしまりまして」
「そうらしいな」
連合軍の攻撃はかなりオーソドックスなものである。まずはティアマト級巨大戦艦の巨砲の射撃からはじまり、そして砲艦とミサイル艦が攻撃を仕掛ける。その後戦艦と重巡が主砲で攻撃し軽巡や駆逐艦を伴って突撃する。この時砲艦やミサイル艦は援護射撃に徹する。そして側面や後方には高速戦艦の部隊が周り込む。敵を陽動すると共に彼等を挟撃するのである。こうしてかなりのダメージを与えたところで止めをさす。
空母のそれを主とした艦載機を出撃させるのである。それで徹底的に叩く。彼等の戦術はある意味機械化されておりセオリーに従ったものでしかない。だがそれだからこそ威力があった。連合軍の艦艇の性能及び物量を考慮したものであり、最良の戦術だからである。それに対処できるような数はエウロパにはなく、だからこそ彼等は敗北を重ねていたのである。
「そして最後に空母が。ですが我が軍にとっての最大の脅威はそれではないです」
「それは精神的な意味で、だな」
「はい」
ジャースクが答えた。
「やはりあの巨大戦艦が問題です」
そう言いながら目の前にいる巨大戦艦を指差した。そこにいるティアマト級巨大戦艦はその巨体を宙に浮かべていた。それだけで周囲を圧していた。
「あれの巨砲及び主砲の威力もさることながら」
彼は言葉を続けた。
「存在だけで脅威となっております。あの威容が将兵に与える影響はかなりのものです」
「そのようだな」
それはモンサルヴァートも聞いていた。
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