第九部第五章 戦いの意義その十一
「私もエウロパの軍人です。それは否定しません」
「そうか」
モンサルヴァートはそれを黙って聞いていた。
「それは閣下も同じではないでしょうか」
「否定はしない」
一言そう答えた。
「私もエウロパの軍人だからな」
「ならば」
「臥薪嘗胆という言葉を知っているか」
「臥薪嘗胆?」
士官はそれを聞いてキョトンとした。
「知らないか。中国の言葉だが」
「申し訳ありません」
「連合のことを知っている者は少ないな。だからこそ」
モンサルヴァートはそれを聞いて顔を暗くさせた。だがそれは一瞬で消してその士官に対してまた言った。
「いや、いい」
「はあ」
「わかりやすく言おう。ブラウベルグのことだ」
「彼のことですか」
「そうだ」
言わずとしれた今のエウロパの建国者であった。エウロパにおいては国父とさえ謳われている。
「彼が欧州のリーダーになった時欧州は完全に彼等の後塵を拝していた」
「彼等は力と数をものに横暴の限りを尽くしていました」
これはエウロパから見方である。連合から見れば狡猾なエウロパに力を合わせて勝利したことになる。正義というものも立場によって変わるし勝利ならば尚更であった。
「それに対して彼は最初は耐えた」
「はい」
「何故だかわかるな」
「無論です」
士官は強い声でそれに答えた。
「機を待っていたのです。力を蓄え、そして彼等に対抗できるようになるまで」
「そういうことだ」
モンサルヴァートはそれに合格を出した。
「そしてヘンリー=スチュワートも」
「はい」
「彼もまた同じだった。その想いを胸にここに辿り着いたのだ。このエウロパの地にな」
「何時の日か彼等に打ち勝つ為に」
「勝つ為には時として耐えなければならない。辛くともな」
「それが臥薪嘗胆の意味だったのですか」
「そうだ。エウロパではもう使われなくなりだしている言葉だがな」
モンサルヴァートはそう述べた。
「連合の諺だからといって忌避することはない。覚えておいて損はないぞ」
「はい」
「今が耐える時ならば耐える。それも軍人だ。屈辱にも忍ばなくてはならない時もある」
言葉には血が滲んでいるようであった。モンサルヴァートも今の状況には不満がある。だがそれでも言わざるを得ない状況であったのだ。
「今は、だ」
彼は続けた。
「耐える時だということはわかってくれればいい。機が来るのを待て」
「わかりました」
士官はそれに応えて敬礼した。
「それでは閣下の御言葉に従います」
「うむ。ところでだ」
話題を変えた。
「彼等は交渉の場を何処でしたいか、だ」
「我々が提案してもいいですね」
「そうだな」
モンサルヴァートはそれに同意した。
「こうしたことも駆け引きだ。場所を何処に設けるかでまた異なってくる」
「はい」
「すぐにそれについて話そう。幕僚達を呼んでくれ」
「わかりました」
士官が敬礼したその時にモナコが部屋に入って来た。
「閣下」
「どうした」
「今しがた連合の方から電報が入りましたが」
「連合から?」
「はい」
モナコは頷いた。
「御覧になられますか」
「うむ」
見ないではおられなかった。モンサルヴァートはそれに同意した。
「行こう。司令室だな」
「はい」
モナコは頷いた。そしてモンサルヴァートに対して述べた。
「それではすぐに」
「うむ」
こうしてモンサルヴァートはモナコとその若い士官を伴って要塞の司令室に向かった。そこには彼の幕僚達と要塞司令官であるオランケ=ヴァン=ホーリック元帥がいた。彼はオランダ貴族出身である。
「ようこそ、閣下」
「はい」
かって彼はモンサルヴァートの上官であった。彼が軍務省にいた時の直接の上司であったのだ。そしてモンサルヴァートは伯爵家であるが彼は侯爵家である。国は違えど爵位は関係がある。だから彼もホーリックに対してはいささか腰が低いのである。エウロパの貴族社会では爵位は大きな意味を持っているのである。
「連合から電報が届いているそうですか」
「はい」
それにはプロコフィエフが応えた。彼女もここに来ていたのである。
「こちらです」
「うむ」
プロコフィエフから一枚の紙を受け取った。そこにはラテン語で文が書かれていた。
「ラテン語か」
モンサルヴァートは最初にそれに気付いた。
「はい」
プロコフィエフとベルガンサがそれに頷いた。
「どうやら我々に配慮したものであるようですが」
「結構なことだな」
モンサルヴァートはそれに苦笑した。
「我々も銀河語は読めるが」
「それはそうですが」
だがそれに対してターフェルが苦い顔をした。
「何分複雑な言語ですから。文字を覚えるのだけで苦労します」
「あれはな」
それにはモンサルヴァートも同意した。
「アルファベットだけではない。漢字や平仮名まで使われている。キリル文字やヘブライ文字も入っていたな」
「ハングルやアラビア文字もありますよ」
「他にも」
「そうだ。一体どれだけの文字があるのかわからないが。不思議な言葉だ」
「どうもかっての日本語のように複数の文字を組み合わせた結果のようですね。長い歴史のうちにああなったのだとか」
「確かかっては英語を使っていたのだな」
「はい」
プロコフィエフがそれに答えた。
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