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第九部第五章 戦いの意義その十
「ご老人は本当に話がよくわかっておられる」
「ですが我々とロシアの方々のお酒の飲み方はかなり違いますな」
「そうなのですか」
「はい。ロシアの方々は食後に飲まれますな」
「ええ」
 ロシアの兵士はそれを認めた。
「我々は食事と一緒ですから。そこが違うのです」
「そうなのですか」
「ええ。あくまで酒は飲み物なのですから」
「ジュースと同じなのですね」
「簡単に言うとそうですね」
「ふむ。よくわかりました」
 兵士達はそこまで聞き頷いた。
「どうも連合とエウロパは本当に何から何まで違っていますね」
「そうですね。それは私も感じました」
 老人はそう言葉を返した。
「まさかここまで違うとは。いや、いい勉強になりました」
「ご老人」
 兵士の一人があらためて彼に尋ねた。
「かなり博識と見受けられますがそれだけの知識を何処で見に着けられました?」
「いえ、仕事で」
「仕事で」
「はい。学校の教師をしておりましてね。それで色々と勉強したのですよ」
「ふむ、学校の先生でしたか」
「今は校長をしておりますよ。ヘンリー=テューダー校でね」
「ヘンリー=テューダー校」
「はい。公立の学校でして。その地区の名前をそのまま学校の名前としたのです」
「そうなのですか。公立ではよくある話ですね」
「実は私も同じ名前です」
 老人は笑いながらそう答えた。
「えっ、それは本当ですか?」
「はい」
 彼は頷いた。
「両親が一番覚え易い名前がいいということで。それでつけられたのです」
「それはまた」
「両親には感謝していますよ。おかげですぐに名前を覚えましたし」
「そうでしょうな」
 自分の住んでいる街と一緒なのであるからそれは当然であった。
「また宜しければ学校においで下さい。また色々とお話しましょう」
「はい」
 それからも兵士達とテューダーの話は続いた。そしてこの戦いの後このテューダー先生は兵士達との話を一冊の本にまとめた。そしてそれは連合とエウロパの文化を比較研究するうえで重要な資料となったのであった。

 だがそうしたやりとりの中でも戦争は続いていた。連合とエウロパはエウロパの領土内で激しい戦闘を続けていたのである。だが南方だけは今は例外であった。
「敵の国防長官が到着したそうです」
 モントローズ要塞にいるモンサルヴァートにそう報告が入った。
「遂にか」
 モンサルヴァートはそれを受けて頷いた。
「はい」
 報告をした若い将校がそれに答える。見れば彼の顔は表情がなく締まったものとなっていた。
「それではいよいよ交渉の開始だな」
「停戦及び総督府の市民達の安全についてですね」
「そうだ。今総督府では遂にティムールが侵攻を開始した」
「シャイターン主席自ら兵を率いているそうですね」
「そのようだな。それを見ても彼等が本気で総督府を全て手中に収めようとしているのがわかる」
「はい。そして今我等は彼等を抑えることができません。それ故に総督府を放棄したのですから」
「残念だがな。その通りだ」
「今重要なのは市民の安全です」
 将校はそれを受けてそう述べた。
「私はそう考えますが」
「私も同じだ」
 モンサルヴァートもそれに同意した。
「それがわかっているから彼等も停戦を申し出てきたのだろう。しかし」
「しかし?」
「相手からその話が出て来たのがな。どうにも気に入らない」
「我等から出るべき話だったということでしょうか」
「我々からか」
「はい」
 その士官は頷いた。
「違うでしょうか」
「我々がそれを言い出すことができると思うか?」
 モンサルヴァートは答えるかわりにそう問うた。
「それは・・・・・・」
「言えないだろう」
 口篭もるその士官に対してそう述べた。
「そういうことだ。自国の市民の安全を他国、しかも敵国に要請する国が何処にある。それだけは何があってもできない」
「そうでした」
「だが敵からそれを申し出た時には受けることもできる。それは彼等が最もよくわかっていることだ」
「だからこそ申し出てきたのでしょうか」
「だろうな。これは連合、そして連合軍にとっては実にいい手だ」
「よいのですか」
「悪いと思うか?」
 モンサルヴァートは彼にそう問うた。
「市民に銃を向けない軍ということを宣伝できるのだ。そして連合中央政府は敵国の者といえど銃を持たない者に対しては決して危害を加えないということの宣伝なのだぞ」
「それだけで彼等にとっては大きな宣伝ということでしょうか」
「そうだ。そしておそらくそれだけではない」
 モンサルヴァートは言葉を続けた。
「彼等は取引も要求してくるだろうな」
「取引ですか」
「丁度格好の材料がここにはある」
「この要塞ですか」
「そうだ。これ以上の取引材料はないだろう。彼等はそれをどうするか、だ」
「それですか。困ったことになりますね」
 士官は暗い顔になった。
「この要塞を彼等に明け渡すことになれば。南方の戦いは実質的に敗戦です」
「実質的に、か」
「はい」
 士官は答えた。
「違うでしょうか」
「半分は正解だ」
 モンサルヴァートはそれに対してそう答えた。
「だが半分抜けている」
「どういうことでしょうか」
「確かにモントローズを明け渡すだけで南方の戦いは我等の敗北になると思っていい」
「はい」
「だがそれでも我々はこの戦いには負けたことにはまだならないのだ」
「あっ」
 士官はそれを言われてハッとした。
「成程、そういうことでしたか」
「そうだ」
 彼は頷いた。
「南方を失うのは確かに痛手だ。総督府もな」
「はい」
「だがそれだけで戦いは終わったのではないのだ。それはよくわかってくれ」
「わかりました」
 彼はそれに答えた。
「そうなると問題は中央でしょうか」
「だろうな」
 モンサルヴァートは口に手を当てて考えながらそう述べた。
「今中央にはシュヴァルツブルグ閣下が精鋭部隊を率いて展開しておられる。だが連合軍もそこに主力を向かわせている。戦いは熾烈なものになるだろう」
「はい」
「既に北でも我等は撤退をはじめている。残念なことだがな」
「ヴァルハラ星系はやはり放棄せざるを得ないでしょうか」
「既に放棄は規定事項だ。これも止むを得ない」
「無念です」
「無念だと思うか」
「はい」
 彼は感情を隠そうとはしなかった。はっきりとモンサルヴァートに対してそう言った。
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