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第三十六部第四章 機雷の海その十二
「ガキの頃から家でずっと肉焼いてきましたし」
「そうだったのか」
「俺の家じゃそれが俺の仕事だったんですよ」
「幾つから焼いてたんだ?」
「十歳の頃からです」
 こう述べるのだった。
「その時からです」
「家事をできるようになってからか」
「少なくとも火を使えるようになってから」
 それからだというのだ。
「もう毎日みたいに焼いて十年ですよ」
「それなりに大した年季だな」
「ですよね。だから自信があるんですよ」
「家で焼いていたのか?」
「いえ、店で」
 こう答えを返すのあった。
「店で焼いていたんですよ。うち料理屋でして」
「ああ、それでガキの頃から焼いていたのか」
「はい、そういうわけです」
 にこりと笑ってそれで肉を切っていくのだった。その包丁捌きも見事だ。軍曹はそれも見て言うのだった。
「包丁も使ってたんだな」
「わかりますか?」
「そんなのは見ただけでわかるものだ」
 こう兵士に言葉を返す。その間も目は彼から離さない。
「俺だって飯炊きやって長いんだからな」
「あっ、そうだったんですか」
「そうだ。もう軍に入って二十年だぞ」
「えっ、二十年ですか!?」
 兵士は今の軍曹の言葉を聞いて思わず声をあげてしまった。それと共にかなり驚いた顔をして彼の顔をまじまじと見たりもする。それを隠せなかったのだ。
「ってことは軍曹は」
「高校を出てすぐに入ったんだぞ」
「じゃあまだ三十八歳ですか」
「そうだ。三十八だ」
 自分の年齢を今言うのだった。
「もうすぐ三十九になるな」
「はあ。そうだったんですか」
「言っておくがその頃から四十の顔だって言われてたぞ」
 兵士が何故驚いているのかはよくわかることだった。何しろ他ならぬ自分自身のことであるからだ。それでわからない筈がないことだった。
「その時からな」
「はあ。四十ですか」
「それで今は四十五に見られる」
 忌々しげに言いながら今度はドレッシングを作っていた。どうやらサラダを作るらしい。
「七歳位にまで縮んだんだがな」
「よかったじゃないですか、縮んで」
「それは嫌味か?」
「いえ、本当に」
 肉を切りながら邪気のない顔で応える。それを見ると彼が本当に悪気があって言っているのではないことがわかる。むしろその逆であった。
「そうじゃないですか」
「そういうものか?」
「そうですよ。これで四十五になったら同じになりません?」
「その時にもっと老けていなかったらいいんだがな」
「まあその時は年齢はもっと短くなっていますよ」
 こう言ってくるのである。
「ですから安心して下さいって」
「そういうものか」
「だって十八で四十だったんですよね」
 このことを尋ねてきたのであった。
「それが二十年で十三縮んだんなら」
「そうだな。もっと縮むな」
「そういうことになりますよ。安心していいと思いますよ」
 明るい顔で軍曹に対して述べるのだった。
「実は俺もですね」
「御前も。何だ?」
「額が気になってますし」
 ここで彼は苦笑いになった。そのうえでの言葉だった。
「実は」
「額?ああ、そういえば」
 今彼は帽子を被っている。話す軍曹もだ。調理の時に髪の毛やフケといったものが食べ物の中に入らないようにである。これは当然の配慮であった。
「御前も額結構あるな」
「実は遺伝でして」
 苦笑いは寂しさと悲しさも含んだものになっていた。
「親父も祖父さんも曽祖父さんもですね」
「大体あれか」
「お袋の方の血筋もそれで伯父さん達も全員」
「ああ、それはまずいな」
 こういうことは遺伝するのが常である。軍曹もそれはよく知っていた。
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