第九部第五章 戦いの意義その八
「身の程、というやつです」
「身の程?」
「はい」
老人は静かに答えた。
「平民には平民の、貴族には貴族の身の程があります」
「そんなものがあるのですか」
「はい」
「ううむ」
兵士達はそれを聞いて首を傾げて考え込んだ。
「私達はお互いにそれぞれの社会には入り込まないようにしているのです。まあ使用人として使われることもありますがそこでもお互いのことには入り込まないですね」
「貴族が平民を搾取しているとかそういうことはないのですか?」
「搾取?」
老人は兵士の一人のその言葉に目を丸くさせた。
「私達が搾取されているのですか?」
「ええ」
その兵士は答えた。
「貴族は自分達の為だけに貴方達を色々と使ったりしているのでしょう?」
「その財産まで取り上げることもあるとか」
「まさか」
老人はその言葉を笑い飛ばした。口を大きく開く。
「そんなことは有り得ませんよ」
「本当ですか!?何でも貴族達は横暴で独善的で」
「貴方達を平民と蔑んでいるとか」
「確かに私達は平民です」
老人は率直に答えた。
「ですがこれはちゃんとした身分ですよ。別に蔑まれているわけじゃありません」
「そうなのですか」
兵士達はそれを聞いて意外といった顔をした。彼等は今まで貴族は悪そのものと思っていたのだ。そう考える連合の者も多かったのである。
「確かに身分があるのは事実です。連合にはありませんね」
「ええ」
「人間は皆能力とかそうしたもの以外は同じですから」
これは連合の考えであった。あくまで連合の考えである。
「それは我々もわかっています」
「それでは何故」
「まあ国のあり方の違いですね」
老人はそう答えた。
「国の?」
「はい」
「それはどういうことでしょうか」
兵士達はそれを聞いてさらにわからなくなった。
「貴方達は二十世紀に建国された国が多いですね」
「ええ、まあ」
「中にはそうではない国もありますが」
しかしそれは日本やエチオピア、タイ等少数である。かって植民地だった国、宇宙進出以後に建国された国が連合の大勢であった。
「そこに答えがあります」
「そこに!?」
「ますますわからないのですが」
「つまり貴方達の国のスタートはそこからですね」
「はい」
「価値観もそこからです。ですが我々はそれより前に価値観があるのです」
「フランス革命の時ですか?」
「残念ですが違います」
老人は兵士の一人の問いに首を横に振った。
「あの時から価値観が戻りまして」
「はあ」
「議会政治はそのままでね。これは御存知ですね」
「勿論です」
これは彼等も知っていた。エウロパにも議会があり選挙が行われる。ここでは平民出身の議員も大勢いるのである。
「貴族というのは決して悪ではないのです」
「そうでしょうか」
「ほら、人間の社会はやはりある程度はピラミッドになりますね」
「はい」
彼等は軍にいる。だからこれはよくわかった。軍は大統領を最高司令官にその下に国防長官がおり、そして制服組の階級が続く。完全にピラミッド型の社会なのである。
「秩序を維持する為に」
「そう、秩序です」
老人はその言葉を指摘した。
「秩序?」
「我々にとって貴族は指導し、守ってくれる存在なのです」
「そうなのですか」
「貴族に対する法と処罰は我々に対するものより遥かに重いのは何故だかおわかりでしょうか」
「何故でしょうか」
「それは彼等が責任ある立場にいるからです」
「責任ある立場」
「言い換えると高貴な者だからでしょうか」
「高貴な者だと刑罰なんかも重くなるのですか」
「はい」
老人は言い切った。
「責任ある立場ですから。軍でも将校と下士官、兵士では処罰が違うでしょう」
「ええ」
連合においてもサハラ各国の軍においてもこれは同じである。同じ不祥事が起こっても将校と下士官及び兵士とでは処罰が違うのである。下士官や兵士に対しては手心が加えられたりするが将校にはそれが一切ないのである。
「それと同じです。こう言うとわかり易いでしょうか」
「まあ」
「そう言って頂けると」
「確かに分けられていますしね。学校の教育の段階から」
「そうみたいですね」
エウロパにおいては平民の学校と貴族の学校で分けられている。流石に大学ではそうではないがそもそも大学に入るのも色々と子供の頃から検定がある。テストに受かれば誰でもどんな大学に入れる連合とは違うのである。なお連合においてはどの国にいても連合にあるどんな大学もテストを受けることができる。条件は高校を卒業しているかどうかだけである。ちなみに連合もエウロパも市民ならば移動は自由であるし選挙権もある。連合内、エウロパ内にある全ての国への移動、選挙の自由が保障されているのである。
「そして納税とかも。貴族と平民では違うのですよ」
「やはり貴族の方が色々と多いのですか」
「はい。そうしたことに特権はありません」
「意外と貴族にも厳しいのですね」
「当然ですよ。貴族には責任がありますから。あと一番厳しいのは私達に対することですね」
「それですか」
「間違っても貴族は平民に害を及ぼしてはならない。これはエウロパにおいては最も恥ずべきこととされています」
「例えばですが」
兵士の一人が尋ねた。
「貴族が平民を殺した場合はどうなりますか?」
「爵位や貴族としての身分、財産等を全て没収されたうえで死刑です」
「厳しいですね」
「当然ですよ。貴族は平民を守るのが仕事なのですから」
「はあ」
「高貴なる者には責務が伴うということです」
「それを聞くと本当に連合とは違いますね」
「食べるものが違うというのもそうした事情からでしょうか」
「そうでしょうね」
老人は答えた。
「例えば軍においては貴族、すなわち将校は食費も服も全て自分持ちです」
「えっ、それは本当ですか!?」
連合の兵士達はそれを聞いて皆驚きの声をあげた。
「ええ」
老人は彼等が驚いたのを見て少しキョトンとしながら答えた。
「連合では違うのですか」
「勿論ですよ」
彼等はそう答えた。
「それは国が支給してくれるものでしょう?」
連合では兵士も下士官も将校も同じ食堂で同じものを食べる。従って食費も国の費用で、ということになるのだ。軍服も同じである。ただ官給品であるので質が今一つということで業者がいる。彼等は将兵に軍服や靴、階級章等を売ることでかなりの利益をあげているのだ。中には特注する者もいる。
「貴族に関しては違うのですよ」
「はあ」
「そもそも食べているものがまるで違いますし」
「そんなにですか」
「戦艦等では音楽を奏でながらの食事となりますよ。ワイン付で」
「贅沢ですね、それは」
「その演奏者の費用も彼等が負担します。かなりの高給で」
「何か放送かければいいような」
「ははは、それでは雰囲気は出ませんよ」
老人はそこでまた笑った。
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